2013/06/29 - 2013/06/29
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ドクターキムルさん
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神奈川宿の台町の坂の下に鎮座する大綱金比羅神社は、社伝によれば、鎌倉時代初期の文治年間(1185年〜1190年)の文治4年(1188年)の創建とされる飯綱社で、幕府の関東郡代伊奈半十郎忠冶が後方の山上に寛永19年(1642年)に創建したとも社殿を建立したともいわれ、江戸後期には社殿は後方の小高い三角山の山上にあった。文化3年(1806年)に完成したとされる「東海道分間延絵図」には一里塚の奥の高島山あたりかその西奥には小高い三角山が描かれており、飯綱社の社殿も見える。その後、現在地(山下)へ遷座し、勝軍飯綱権現と称した。文政6年(1823年)に著された「神奈川駅中図会」には飯綱社とあり山下に鎮座している。さらに明治44年(1911年)に中腹にあった琴平社を合祀して大綱金比羅神社と改称した。
また、大綱金比羅神社前の街道の両脇には日本橋から7番目の一里塚が置かれていた。
現在では、この飯綱社本殿があった場所は荒れ果て倒木がある程だ。その裏の崖も蔦か葛で覆われている。左手横に金刀比羅宮の社殿があり、その横に天狗像が彫られている。境内には稲荷大明神や弁財天が祀られているが、神奈川宿当時の面影は全くのところない。
鳥居横に建つ社号標石には「大綱大社 金毘羅宮 遷座」と刻まれおり、大綱大社は飯綱社のことか?
(表紙写真は金比羅宮)
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「神奈川宿 袖ヶ浦」の看板。
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大綱金比羅神社前の青海波のタイル。
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大綱金比羅神社の朱塗りの鳥居。
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神奈川宿歴史の道「大綱金刀比羅神社と一里塚」。
「大綱金刀比羅神社と一里塚
この神社は、社伝によると平安末期の創立で、今の境内後方の山上にあった。その後、現在の地へ移り、さらに琴平社を合祀して、大綱金刀比羅神社となった。かつて眼下に広がっていた神奈川湊に出入する船乗り達から深く崇められ、大天狗の伝説でも知られている。
また、江戸時代には、神社前の海道両脇に一里塚が置かれていた。この塚は、日本橋より七つ目に当り、土盛の上に樹が植られた大きなものであった。」 -
「大綱大社 金毘羅宮 遷座」の社号標石。
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大綱金刀比羅神社掲示板。
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境内立入禁止の看板。
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「大綱金比羅神社略記」。
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石段。
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狛犬。
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狛犬。
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歌碑。
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手水。
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社務所。
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社務所。
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飯綱社本殿跡。倒木が見える。
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飯綱社本殿跡の倒木と裏の崖。緑に覆われている。
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崩れた石燈籠。
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絵馬掛。
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金比羅宮。
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金比羅宮の祭壇。
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稲荷大明神。
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手水鉢。
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大天狗の像。長野市の北方に聳える飯綱山は、古くから修験道の霊山として栄え、変幻自在の天狗・飯縄大明神は不動明王の化身ともされる。
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摂社。
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池。
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弁財天。
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弁財天。
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弁財天と池。
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弁財天裏の崖。緑に覆われている。
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