2013/04/08 - 2013/04/08
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しんちゃんさん
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鎌倉市内散策後編です。銭洗弁財天を参拝後来た道を戻りました。鎌倉大仏へ向かう途中「佐助稲荷神社 」の案内板を発見「二度と来れない!」遠回りだが即、見学開始。境内に“りす”を発見。自然が残る神社でした。大仏へは、山越えの近道がありました。見学して良かった。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通手段
- JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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銭洗弁財天を参拝後来た道を戻る途中(佐助2丁目18付近)交差点に「佐助稲荷神社」の案内板。大仏へは遠回りだが、即見学開始。
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「佐助稲荷神社下社」説明版からです。【相州鎌倉隠里(そうしゅうかまくらかくれざと) 佐助稲荷神社由緒当社は源頼朝公の再建せし古社にして御祭神は宇加御魂命・大己貴命・佐田彦命・大宮女命・事代主命。往古(むかし)頼朝公伊豆蛭(ひる)ヶ小島の配所にて、平家討伐を日夜念じをりし折、稲荷の大神気高き老翁の姿にて夢に現れ給い、挙兵をうながし、その時期を啓示し給えり。…
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…頼朝公天下一統の礎を固めし後、稲荷神霊の加護に感謝し畠山重忠に命じ、佐介山隠れ里の霊地を選び社殿を造建せしむ。人々の信仰きわめてあつく、出世稲荷としてその御神徳は広く関東一円に拡がりたり。さらに寛元の頃(十三世紀中)鎌倉に疫病流行せレ時、佐介稲荷の大神再び奇瑞(きずい)を現し給い、霊種をして薬草を生ぜしめ病苦の者、ことごとく癒し給いぬ。以来、神威更にかがやき、商売繁盛、病気平癒、大漁満船、学業成就の霊験顕然たり。例祭 二月初午 正午】
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朱塗りの鳥居群
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佐助稲荷神社、拝殿。
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扁額
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拝殿内部
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拝殿脇の祠
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説明版のコピーです。【伊豆の蛭ガ小島(ひるがこじま)に流されていた源頼朝が病に伏していた時、「かくれ里の稲荷」と名乗る翁が夢枕に立ち、平家討伐の挙兵をうながしました。後に幕府を開いた頼朝は、かくれ里に祠を探しあて、稲荷神社を建てたと伝えられます。幼少のころ佐殿(すけどの)いわれていた頼朝を助けたので「佐助」の名を付けたといわれています。参道登りロに縁結びの十一面観音が祀られています。】
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“りす”発見。某サイトでは“台湾リス”らしい。「http://www.fsinet.or.jp/~kam_love/table/l_sasuke.htm」YOUTUBEでは動画もあり「http://www.youtube.com/watch?v=-uCRxgg3sxg」鎌倉大仏でも木から木へ飛び回っている元気なリスがいた。
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「霊狐泉」
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説明版より【「霊狐泉」佐助の稲荷山は往古より麓の田畑を潤す水源の地なり、生命の基のこの湧水を人々霊狐の神水を称え家々の神棚に供えて稲荷のご神徳を戴くなり。今に至るも絶えず湧き出づる霊狐の泉なり。佐助稲荷神社 祭神:宇迦之御魂神 神徳:農漁商工業繁栄・生活の守護神】
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神社一番上にある奥社です
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狐が一杯。稲荷と狐の関係は…一番よく聞く説:【稲荷の神と同体と考えられる御饌津(みけつ)神が誤って三狐神と書かれ、そこから狐が登場した。(「けつ」は狐の意味の古語。今でも狐を「けつね」と呼ぶ地方はある。】よく本に書いてある説:【穀物を食べる野ネズミを狐が食べてくれるので、狐を穀物の守り神と考え、そこから結び付いた。】お稲荷さんも奥が深い「http://www.ffortune.net/spirit/zinzya/miya/inari.htm」より
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奥社
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大仏殿への近道のためハイキング道を登った。
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振り返った「佐助稲荷神社」
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途中の祠は御塚(おづか)と言われ、佐助稲荷の最古の祭場跡です。
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ちょっとした山登りの気分
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シャガが満開の季節だった。
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道標、大仏ハイキングコースより近道である住宅街を抜けるコースを選んだ!!
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佐助稲荷神社より約25分、鎌倉大仏へ到着しました。
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「鎌倉大仏」
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山門は工事中
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大仏様は外からは見えません。小さいからでした。
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拝観料金200円(中学生、13歳以上)
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手水舎
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外国人観光客が多かった。
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説明版からです。【国宝鎌倉大佛因由 この大佛は阿弥陀仏である。源頼朝の侍女であったといわれる稲多野局(いだののつぼね)が発起し、僧浄光が勧進(資金集め)して造った。零細な民間の金銭を集積して成ったもので、国家や王侯が資金を出して作ったものではない。…以下略】
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直営売店
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御朱印所
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胎内めぐり、料金20円、最近日本で20円という料金は体験が無い。善光寺では100円です。
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胎内めぐり入り口
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鎌倉大仏背中側
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肩から頭を覗いています。
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頭についているぶつぶつ「螺髪(らほつ)」が見える。
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説明版
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左手の下あたり
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右手の上あたり…と撮ったら観光客に邪魔された!
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大仏見学終了。お昼です。大仏殿近くで神奈川県道32号藤沢鎌倉線を歩いていると宣伝の派手なお店がありました。
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「生しらす丼」を選択しました。
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一番混んでいる時間であった。
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丼が出来るまで、暇なので写真を撮った!
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生しらす丼、1000円
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昼食後は「光則寺(こうそくじ)」見学
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「長谷幼稚園」門に、花祭り(甘茶まつり)が飾ってあった。
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花祭り(甘茶まつり)、お釈迦様の誕生日を祝っていた。
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説明版からです。【『立正安国論』などによって日蓮聖人が佐渡へ流された時、弟子の日朗上人(にちろうしょうにん)も、北条時頼(ほうじょうときより)の家臣であった宿谷光則(やどやみつのり)の屋敷に捕えられました。やがて光則は、日蓮聖人に帰依し、屋敷を光則寺としたと伝えられています。境内の裏山には日朗上人が捕らえられていたと伝わる土牢が残っています。境内には法華経の信者だった宮波賢治の『雨ニモマケズ』の詩碑があり、樹齢二百年といわれるカイドウの古木をはじめ、四季折々さまざまな花が見られる鎌倉有数の花の寺です。】
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境内は後回し、「土牢」へ向かいました。団体さんの後を付いて行きました。
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土牢
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土牢
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土牢の内部
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土牢から光則寺(こうそくじ)を眺める
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光則寺(こうそくじ)本堂にも花祭り(甘茶まつり)の行事が行われていた。
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咲き終わったカイドウの古木
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宮波賢治の『雨ニモマケズ』の詩碑
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境内の一角に孔雀(くじゃく)が飼われており、雄が求愛のポーズを取っていた。この後は鎌倉駅まであっち寄り、こっち寄りぶらぶらと歩き帰途に着きました。暑くなく、寒くなく丁度良い季節でした。アジサイが咲く季節にまた来たいです。―鎌倉散策終了―
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