2008/12/31 - 2009/01/08
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2008年12月31日 関空発~シャルル・ド・ゴール空港<パリ泊>
2009年 1月 1日 オランジュリー美術館などパリ散策<パリ泊>
1月 2日 ヴェルサイユ宮殿・ルーヴル美術館など<パリ泊>
1月 3日 サクレクール寺院・オペラ座など<パリ泊>
1月 4日 オルセー美術館、エッフェル塔など<パリ泊>
1月 5日 パリ~シャルル・ド・ゴール空港<空港泊>
1月 6日 シャルル・ド・ゴール空港~パリ<パリ泊>
1月 7日 パリ~シャルル・ド・ゴール空港~<機中泊>
1月 8日 ~関空着
1年前の年末年始のフィンランド・オーロラ鑑賞旅行、その後のGWのベルギー・オランダ旅行に続き、年末年始休暇を利用して、パリに一人旅しました。
パリを選んだのは、ヘルシンキの空港でのように、乗り換えが分からなくて慌てることもなく、ベルギーの空港でのように、預け入れ荷物が届かない、等のトラブルが起こり得ない直行便があって、短い日程でも楽しめそうだからでした。
が、今回は、今まで以上のトラブルに見舞われたのでした・・・。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- エールフランス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2009年1月5日。最後の朝も早くから目が覚め、外の気温が気になって窓を開けると、雪が降っています。1月2日の朝にも降っていましたが、夜明けには止みました。
-
支度をしながら外の様子を何度となく窺いますが、なかなか止みそうにありません。夜が明け、少し小降りになりましたが、屋根の上だけでなく、歩道も真っ白に雪が積もってしまいました。
けれど、道路にまで積もるほどではなく、路線バスが走っているのも見えます。あっという間に時間は過ぎていき、場合によれば、空港までのタクシー利用も覚悟して、朝8時半、ホテルをチェックアウトしました。 -
ちらちらと雪が降り続く中バス停で待って、日中よりは混むオペラ・ガルニエ行きの路線バスに乗り、周囲に気を配って小さくなりながら、オペラ座に向かいました。ルーヴル美術館の前も、このような積雪でした。
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路線バスを降りたところから、ロワッシーバス乗り場は近いはずですが方向がよく分かりません。バス停に立つご婦人に聞くと、あっちだと教えてくれました。
バスは既に2台停まっていて、前の一台に乗ります。運転手さんから切符を現金で買い、スーツケースは中央の貨物置場に置いて椅子に座って待つこと10分ほど。タイムテーブルがあるのか、座席の加減で大体なのか、座席がほぼ埋まった時点でバスは出発しました。 -
ロワッシーバスは、何の問題もなく、ちょっと怖いほど高速道路をがんがん走り、10時頃には無事CDG空港の2Fターミナルに着きました。
着いた頃はまだ、フライトボードに搭乗機が表示されていませんでしたが、ただ待っているよりもチャレンジ!と、インターネットで調べていた自動チェックイン機を操作してみると、ちゃんと日本語画面があり、無事に搭乗券を発券することが出来ました。 -
出国審査を通過し、セキュリティ・チェックを受ける時、ちょっとヒールの高い靴を履いていたので、脱いでコンベアの上に乗せさせられました。
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トイレを済ませておこうと、ゲート横のエスカレーターを降りると、そこには、出国ゲートのすぐ前辺りよりも、充実した免税店が並んでいました。
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このフロアにも、こうしたボードがあり、チェックしながらウィンドウショッピングを続けられます。
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搭乗時間が過ぎた頃、ゲート前に、エールフランスのスタッフが来て、ゲートにあるコンピューターの操作などが始まりました。しかし、なかなか搭乗が始まりません。
出発時刻が遅れることが明白となった午後1時15分頃、ようやく搭乗が始まりました。しかし、その時点でもまだ、「当機は現在給油を行っています」などと、悠長なアナウンスがありました。 -
それからも駐機したまま、雪はずっと降り続いています。
やがて2時半になり、「3時になれば滑走路に出て、融雪作業に1時間掛かります」と新たな情報がアナウンスされます。午後4時の出発になるようです。
午後3時。機体はピクリとも動く気配がありません。外は、更に雪が激しくなっていました。
そし午後4時になり・・・、「機長以下スタッフ全員、出発に向けて最大限の努力をしてきましたが、天候による管制の麻痺の為、当機は欠航が決まりました」・・・非情なアナウンスが流れました・・・。 -
機を降ろされ、ゲート前で情報を待つと、相当な時間経ってから、JALのチケットの人達は別なゲートの方でほとんどの人が翌日のチケットを割り当てられたようで、又、イタリアなどからの便で、ここフランスを経由して日本に帰る人達は、ゲート前でホテルをとってもらえました。
が、エールフランスのチケットを持ってここフランスから乗る人達は、結局長々とゲート前で待たされた後、言われるままに荷物受取所でスーツケースを拾いましたが、ゲートで案内されたレーンと異なるレーンから出て来たので皆混乱し、無事受け取れた人達も、代わりのチケットがどこでもらえるのかお互いに情報を交換して、やっと手続きが出来るとわかったチェックインカウンターで翌々日の帰国便が割り当てられ、そのまま放り出されてしまいました。
因みに、この日はチケットを交換せずに一旦パリに戻り、翌日になって手続きをした人は、二日後且つオランダ経由のチケットになったそうです。
ボードを見ると、他にも何本かの便が欠航になっているようでした。代わりのチケットをもらえたのが既に午後9時。仕方なく空港で夜を明かしましたが、他にも大勢の人達が、凍えるような寒さの中、空港で眠っていました。 -
2009年1月6日朝8時過ぎ、長かった夜がようやく明けました。夜中に、空港職員がブランケットを配っていましたが、アナウンスがある訳でもなく、ブランケットを持って通路を歩く人を見つけてその方向へ歩いて行くと既になくなっていたり、又見つけてはその方向へ行ってみて・・・。どうしても手に入らないので、沢山持っている人達がいる辺りで、どうしたら手に入るのか、と訊いてみると、その人が1枚だけ譲ってくれました。
空港に人が増えて活気が戻って来ると、周囲にいた人達が発っていき、同じ欠航便に乗る予定でホテルで過ごした人達も空港に戻ってきて、そして日本へ発っていきました・・・。 -
夕方まで空港にいましたが、体を横にできないままの二晩目は辛すぎ、又、空港周辺のホテルも見当がつかず不安なので、再びパリに戻り、同じホテルにチェックインしてベッドで寝ることにしました。
ここで過ごした一日、同じ便に乗る予定だった人達や、別の欠航便でイタリアに帰る予定だった日本人の人や、沢山の人達と助け合ったり、お互いの話をしたり・・・、パリ観光と同じくらい思い出深いものになりました。 -
最初に予約していたのはダブルの部屋でしたが、今度はシングル。ベッドは同じ大きさがあるようでしたが、部屋が狭く、汚い中庭に面していて、あまり良い部屋ではありませんでした。
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トイレ・シャワールームも異常な狭さです。でも・・・、ベッドで寝られるならそれだけで幸せでした。
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1月7日朝、再び路線バスとロワッシーバスを乗り継いで空港に向かいましたが、途中で気分が悪くなり下車しました。近くのカフェに入り、コーヒーにお砂糖を沢山いれて飲むとましになったので、前日の空港でほとんど飲まず食わずだったことによる低血糖症状だったようでした。
カフェを出ると、近くのタクシー乗り場に行きましたが、運転手がいないタクシーが2台停まっているだけです。途方に暮れていると、すぐ近くでタクシーが停まり、お客さんを降ろしています。手を振って必死でアピールすると、こっちへ来いと合図され、無事乗車して空港へ連れて行ってくれました。
二日ぶりに乗せてもらえた飛行機は、少し遅れながらも無事に日本へ向けて出発。 -
日本に無事に着くことをただひたすら祈りながらほぼ一睡もできず、2009年1月8日朝、ようやく二日遅れで日本に辿り着きました。
フィンランドでは乗り換えのゲートが分からず、ベルギーでは預け入れ荷物が届かない、というトラブルの次は、飛行機が飛ばず、帰国が二日も遅れる!・・・というものでした。
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