2012/12/30 - 2012/12/30
1014位(同エリア2325件中)
tajiさん
雨が激しく車に戻りパッチをはいていざ、出雲大社へ。
やっぱり凄かった。神楽殿のしめ縄はこれぞ、出雲!
大遷宮が来年5月にあるので仮御殿だったが、神様が近い。
松の参道を通り、長年の念願だった出雲大社参りが出来た。
昼食 荒木屋 縁結び天セット 1380縁(円)
島根県出雲市大社町杵築東409-2
0853-53-235
http://www.izumo-kankou.gr.jp/1640
2階席で食す。2段重ねのそばと天ぷら、ぜんざいも付いていた。そばは足りないかな、と思ったが
トータルでちょうどいい量。おみくじとご縁袋が付いていた。ぜんざいが出雲発祥と後で知る。
神在をじんざい、それが出雲弁でなまって京に行きぜんざいになったそうだ。
昼食を食べて出雲阿国の墓に向かう途中、ラジオからは竹内まりやさんの曲が、、。
http://www.izumo-kankou.gr.jp/211
出雲で彼女の曲を聴けるなんて超タイムリー。
稲佐の浜に向かう途中、出雲阿国の墓を参拝。
http://www.izumo-kankou.gr.jp/211
強雨風の稲佐の浜を見て、日御碕神社と日御碕灯台へ向かう。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- レンタカー ANAグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- ANAセールス
-
正門の鳥居。
勢溜(せいだまり)の鳥居。
ここから境内まで下り坂の参道が一直線に延びている。 -
鳥居をくぐるとすぐに屋台がある。年末の為か1つの店しか営業していなかった。
-
ずわい蟹天ぷらって美味しそう。
-
参道を歩く。
-
参道にある提灯には出雲大社の花押が入っている。
-
祓社(はらいのやしろ)
参道の右手にある小さな社。心身の汚れを祓い清めてくれる、四柱の祓戸神(はらいどのかみ)を祀る。 -
参道。
-
祓橋
-
松の参道。『松が痛まない様に両側をお歩きください』と看板があるが、松の為ではない。参道の真ん中は神様が通る道の為に、両側を歩かなければならない為だ。
-
松の参道の右側にある、『結びの御神像』。
大国主大神が幸魂(さきみたま)と奇魂(くしみたま)を授かり、縁結びの神様になった事を象徴する像。 -
結構大きい。
-
凛々しいお顔をされている。
-
雨に濡れて見づらかったが、案内看板を読む。
-
皇后陛下が平成15年に御参拝された時にお歌を詠まれた記念碑。
『国譲り 祀られましし 大神の 奇しき御業を 偲びて止まず』 -
御慈愛の御神像。
参道の左側にある。大国主大神がウサギを助ける因幡の白兎神話のワンシーン -
神門通りにある像よりいい。
神門通り 名所・史跡
-
手水舍。
-
交通安全の御祓所。
-
四の鳥居の『銅の鳥居』
毛利綱広が寄進した日本最古の青銅の鳥居。 -
鳥居をくぐり左手に“神牛像”がある。
-
その横にある、“神馬像”
なでると子宝に恵まれるという。由来は、、
この神馬を創った職人の妻が、当時妊娠中だった。
しかし出産は”穢れ”なので、職人は出産を遅らせてほしいと大国主大神に祈った。
そうしたら出産は遅れ、無事神馬の完成後、妊娠13ヶ月で子供は安産にて生まれすくすく成長したことから。 -
御仮殿。
戦後最大の木造建築。遷宮期間中は大国主大神の仮住まいになっている。
昭和34年5月に竣功した。通常は参拝者の御祈祷が行われ、古伝新嘗祭等のお祭の他、さまざまな奉納行事が行われている。 -
御仮殿の注連縄
-
2礼、4拍手、1礼で参拝。
大遷宮の為、御仮殿での参拝だが、考えようによっては、いつもより神様が近いのだからラッキーかも。60年振りの大遷宮だからここで参拝出来るのは生きている間にはもうないし、、。 -
注連縄
-
注連縄を下から
-
遷宮中の本殿を垣間みれる。お賽銭を払って見る。
-
隙間から見られた本殿。
-
本殿前の授与所で
木札のお護りと厄よけのお護りを授かる。 -
授かったお護りはこの袋に入れていただく。
-
本殿から神楽殿に向かうと
西十九社がある。旧暦10月、全国から集まった神々がご宿泊する場所。
その期間だけ扉が開かれる。本殿の両側に東十九社と西十九社がある。 -
西十九社と氏社
-
遷宮中の本殿が見える。
-
氏社の案内看板。
2つあって、出雲国造家祖神の天穂日命(北)と17代の祖で出雲氏初代の宮向宿彌(南)を祀る。 -
氏社と西十九社
-
神楽殿に向かう。
-
祈祷や結婚式を奉じる社殿で270畳の大広間がある。
-
大注連縄。
日本一の大きさと言われているが宮地嶽神社(福岡県福津市)の方が
少しだけ大きい。
が、知名度なら間違いなく日本一だろう。 -
ワラが落ちない様に金網がかかっている。
-
長さ13m、太さ8m、重さ4.5t
-
このサイズで人の大きさと比較すると本当に大きさが良くわかる
-
最後に引きで撮って神楽殿を後にする
-
神楽殿と本殿の間に流れている川。
-
いい感じ
-
勤王の志士、松本巌氏の遺跡石碑。ネットで調べても松江藩出身ということと
立命館で講演した、ということしか分からなかった。 -
その川の反対川の街並
-
この入り口から再度入る。
-
庁舎
-
松の参道を再び通り正門に向かう。
-
参道に流れている水路
-
勢溜の鳥居から宇迦橋の大鳥居に向かう参道の風景。
-
神門通りにあるみやげ屋。
“ようこそ47番目に有名な島根に来てくれました”という自虐的な
コピーを発見。神門通り 名所・史跡
-
無料の休憩所
-
そこに飾ってあるパネル。昭和初期の出雲大社駅
-
こちらも昭和初期の大社駅
-
昭和初期の神門通り。
軍服を来た海軍の軍人さんが写っている。神門通り 名所・史跡
-
昭和初期の宇迦橋の大鳥居。
出雲大社の正門まで一直線に参道が延びている。 -
昼食を食べに“荒木屋”へ。
http://www.izumo-kankou.gr.jp/1640そば 荒木屋 グルメ・レストラン
-
1階の店内
-
2階席へ
-
縁結び天セット 1380縁(円)を頼む。
先につゆと薬味がくる -
おみくじが付いている。末吉だった。
-
縁結び天セット。
せいろが2段重ねになっている。天ぷらは塩で食べる。
足りないかなっ?と思う量だが、最後のぜんざいを食べるとちょうどいい量だった。 -
食べ終わってから2階の雰囲気を写す
-
1階に江戸時代に使われていた、そば屋台が展示してあった。
-
稲佐の浜に向かうと再び出雲大社が見える
稲佐の浜 自然・景勝地
-
出雲阿国の墓入り口
駐車場もあるので参拝しやすい出雲阿国の墓 名所・史跡
-
この階段を登る
-
案内看板。
彼女が興した歌舞伎がなぜ、男性だけが演じる物になってしまったのだろうか?
調べると、歌舞伎は京都で「ややこ踊り」という小唄踊りを演じたことがルーツになります。それ以後、遊里で遊女が踊る「遊女歌舞伎」へと移り変わりますが、風紀を乱すという理由で女性の役者が禁止され、男性中心の芸能に変容します。とあった。
それでも男性だけになったのは解せない。男尊女卑の時代に生まれのが一番の理由のような気がする。 -
お墓。
-
阿国の墓から稲佐の浜はすぐ近く。
-
出雲大社の西にある海岸で、国譲り、国引きの神話で知られる浜。
浜辺の奥に大国主大神と武甕槌神が国譲りの交渉をしたという屏風岩があり、海岸の南には、国引きのとき、島を結ぶ綱になったという長浜海岸(薗の長浜)が続いている。
また、この浜は、旧暦10月の神在月に、全国の八百万の神々をお迎えする浜でもある。長浜海岸 自然・景勝地
-
稲佐の浜ビーチ
稲佐の浜 自然・景勝地
-
弁天島
稲佐の浜に一際目立つ丸い島がある。
古くは「沖御前」といい、遥か沖にあったといわれています。昭和60年前後までは、島の前まで波が打ち寄せていたが、近年急に砂浜が広がり、現在では島の前まで歩いていけるようになったらしい。
神仏習合のころには、「弁財天」が祀られていたが、今は豊玉毘古命(とよたまひこのみこと)が祀られている。稲佐の浜 自然・景勝地
-
日御碕神社に向かう途中に車を停めて日本海を写す。
日御碕神社 寺・神社・教会
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
出雲市(島根) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
75