2013/01/11 - 2013/01/11
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ソフィさん
2013年1月11日(金)
東京駅中央線ホームから、新装なったばかりの丸の内駅舎が、部分的に見えている。
明日の再会が楽しみだ。
浅川行きの中央線の電車に乗って、大阪周辺のJR電車とは違った風を感じた。
一口で言えば東京の山手の風だろうが、やや上品で高踏的な雰囲気である。
電車に乗れば、その沿線の空気を感じる。
昨年久々に訪れた香港では、地下鉄内でこれまでに経験しない知的な空気を感じることがあった。
香港の進化のようなものを感じて、感心したものだった。
中央線の沿線には、いろいろな思い出がある。
昭和21年、20歳で大学受験の下見のために訪問した初めての東京では、高円寺の知人宅に泊まった。
昭和28年国鉄入社時、社員教育のための合宿は、国分寺にあった。
戦時中は軍隊の兵営だった建物を転用した「国鉄中央学園国分寺寮」は、一室8名で、共同生活が始めてだった私にとり、この一年は、「人間」を深く知るために貴重な経験だった。
翌昭和29年、見習い実習で東京鉄道管理局勤務となり、宿舎に割り当てられたのは、三鷹寮だった。
この寮は三鷹事件の余韻が残る三鷹電車区に隣接し、八畳4人。
私は夜勤明けを利用して三鷹電車区テニスコートで腕を上げ、東京都都民大会三鷹代表に選ばれた。
約半年後、金沢に暮らしていた母親と同居するために、6畳一間の五反田家族寮に引っ越した。
戦時中女子の職工を地方から集めるために急遽造られた建築らしく安普請で、近くの山手貨物線をD51が走ると、窓ガラスがビリビリと音を立てて振動した。
しかし毎日顔を合わせる家族たちは、お互いの貧しさに共感があるらしく、明るくて仲の良い近所付き合いだった。
母親は私を出産してから「産後のリューマチ」に罹患し、身体が不自由だったので、ずっと私の転居に付き合ってくれた。
昭和29年から42年まで13年間、その間五反田、熱海六軒長屋、熱海二軒長屋、盛岡、東京巣鴨、高田馬場と、見知らぬ社会をほぼ二年おきに6回越した。
私はその間に、単身生活を6回しているので、合計12回越している。
国鉄在職28年には、30回引っ越した。
関連の写真を「ソフィーさんの旅行記」http://4travel.jp/traveler/katase/に掲載します。
ご覧ください。
(2013年2月21日 片瀬貴文 記)
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