2012/10/16 - 2012/10/24
1382位(同エリア17021件中)
天野川さん
『三銃士』でおなじみのアレクサンドル・デュマ。
彼が唯一本気で書いたと言われている
小説『モンテ・クリスト伯』を愛して、
愛しすぎて、とうとうそのパリの舞台をめぐることにしました。
ガイドブックによると、デュマはモンマルトルに眠る…と
書いてありましたが、実は違いました。
彼は祖父が黒人であったため、
フランスの偉人が眠るパンテオンには入れてもらえずにいたところ、
シラク大統領の時代にようやく認められ、
文豪の一人としてヴィクトル・ユゴーの隣に迎えられることになりました。
ナポレオン末期を描いた名作をたどる旅。
友人から「オタクの旅」と言われましたが、
デュマのファンとして、本望です!!
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 1.0
- グルメ
- 2.5
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- フィンランド航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
七月革命記念塔
この旅行の前に、フランス料理店のマスターから「盛り上がるためにも、『ベルサイユの薔薇』を読んで行ってください」と言われ、久しぶりに名作漫画ベル薔薇を読みました。
「オスカルって、どんな生活していたんだろう」そんな疑問が湧き、まずはバスチーユへ。
かつてはバスチーユ牢獄があったところも、今では新オペラ座がある、おしゃれな街になっていました。
オスカルはバスチーユ牢獄襲撃で命を落としたのです。
モニュメントの背後にある建物が新オペラ座です。 -
バスチーユ近くのカルナヴァレ館。
貴族を代表する歴史建造物で、
現在無料で観覧できます。
相当高い身分の貴族のお館ですので、見どころ満載。
オスカルのイメージが出来上がりました。
当時の貴族の生活は、半端ない。
圧倒的大多数の民衆を搾取することで成り立っていたことは言うまでもありません。贅沢を通り越していますから、そのツケが革命という大爆発につながったわけですよね。 -
中庭
展示物が素晴らしすぎて、建物内の写真を撮るのを忘れる。。 -
カルナヴァレ館の庭
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このあたりは、昔からの貴族が住んでいた場所というだけあって、そういう建物が博物館になっていることが多い。
ほかにも見て回りたい「元お屋敷」がたくさんあったのですが、時間の関係上スルーしました。 -
カルナヴァレ館近くのヴォージュ広場
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ヴォージュ広場の回廊
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サント・ギュスタン教会
デュマの銅像があるという、マルゼルブ駅へと向かう道すがら。
私はパリのサンラザール駅の北側のホテルを使用しました。
便利なところということもあり、パリ観光は基本歩き。
10枚綴りの地下鉄チケット「カルネ」を最初に購入したものの、使い切らなかったです。
というのも、歩いて、パリという街並みを、息づかいを感じたいから。地下鉄に乗ってしまうと、せっかくのパリの建物、パリらしさを見逃してしまうと思います。
意外と歩いて行けますよ。
サンラザール⇒マルゼルブ⇒コンコルド広場⇒シャンゼリゼ⇒エッフェル塔⇒セーヌ川沿いをひたすら歩いて⇒シテ島⇒ノートルダム寺院まで歩けました。 -
マルゼルブ駅到着。
あら。あそこにそれらしきものがあるが…。
公園で芝刈りをしていた若い男性に大声で尋ねる。
「エクスキュゼ、モア、ムッシュー! あれは誰? アレクサンドル・デュマですか?」
「ノン! デュマ・フィス(息子)だよ!」
えぇ〜。父ちゃんじゃないの?
がっかりしていたら、ムッシューは別の方向を指さし、
「あれがデュマ・ペール(お父さん)だよ!」
「おぉ! メルシー・ボク!」
彫刻家は Rene de Saint-Marceaux
(フランス語は文字化けする) -
いた! デュマ・フィスが向いている方向に彼はいた。
敬愛するデュマ。
方角的には、オペラ座のほうを向いていますが、どういうコンセプトかわかりません。
この地のフランス語のウィキペディアで下記を発見。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Place_du_G%C3%A9n%C3%A9ral-Catroux -
頭が黒人の血ならではの縮れ。
おぉ。あの風貌は、間違いなくデュマ。
そして労働者階級の親子かしら。
彼の著書は、世代、階級の垣根を越えて愛されました。
幼かったころ、田舎暮らしで、森の管理をする退役兵のもとでよく遊んでいたそうで、彼らの、ナポレオンに従軍して得た戦争話を聞くのを楽しみにしていたとか。
語るおじさん、お爺ちゃんらに武勇伝をせがむ彼の姿を想像したりして。。
あのワクワク胸躍らせる冒険譚を得意とする彼のベースは、子どもの頃の環境がそうさせたのでしょうか。 -
イチオシ
後ろに控えているのは、なんとダルタニヤン!
デュマの背後でサーベルを抜き、銃士隊長殿がお守りしています。
彼ほどの男前を知りません。
作者はギュスターヴ・ドレ(Gustave Dore)
彼は天才だ。。あんなハンサムな彫刻、見たことない。
D'Artagnan, bronze, 1883,Place du General-Catroux, Paris.
(フランス語は文字化けするので、上記ウィキペディアを参照) -
違う角度から見てもカッコイイ。
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モンソー公園
マルセルブからセーヌ河方面に下りて行こうとした途中、雰囲気の良さそうな公園があり、通りました。
クロード・モネも描いています。
また、周辺は大ブルジョワ階級が多く住まうところだそうで、道理で庭園みたいだなぁと思いました。 -
『モンテ・クリスト伯』を読んでいて、ぜひ訪れたかったのがオペラ座。
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重厚ですね。
見学だけでしたが、できました。
見学だと、シャガールの絵は薄暗い中でしか見れず。
舞台ではリハーサル中でしたので。 -
イチオシ
オペラ・ガルニエや『オペラ座の怪人』については、以下に詳しく書きましたので、興味のある方はどうぞ。
http://neroloop.boo.jp/archives/1744 -
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踊り子たちの絵画
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イチオシ
コンコルド広場の噴水。
なんか素敵だなぁと思っていたら、実は世界遺産。 -
シャンゼリゼー通り。
モンテクリスト伯爵がお住まいでした。
シャンゼリゼ―30番地?だったかな。 -
青信号、交差点のど真ん中でパシャ。
どんどん凱旋門が近づいてくるぞ。 -
イチオシ
凱旋門。
とにかく天気には恵まれました。
10月下旬だというのに、サングラスが欠かせません。
白人女性はノースリーブ姿。
25度という好天。ですが、朝は寒いです。
かなりの寒暖の差。 -
ノートルダム・ド・パリ
近くに無料公衆トイレがありますから、ぜひここで済ませましょう。 -
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ノートルダム寺院の中
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柱には「祈ってください」とありました。
私は日本の神様を信じていますが、祈るという行為、そして聖なるものに対する敬意は同じなので、こうしてパリに来て素晴らしい経験ができたことに感謝の意を込めて祈りました。 -
フランス救国の勇者、ジャンヌ・ダルク像。
ご興味のある方は、佐藤賢一の『傭兵ピエール』という小説を読んでみてください。
なんとも言えない、当時の感じであるとか、そういうものの片鱗はあります。
佐藤賢一、デュマのファンなのですってね。
『傭兵ピエール』を読んでから知ったのですが、「あぁ、なるほど」と思いました。
『褐色の文豪』という作品は、デュマがモティーフになっているみたい。 -
人道橋(ポン・デ・ザール)
ここからの眺めがいいとのことで撮影。
セーヌ河にかかる橋には、永遠の愛を誓ったものと思われるおびただしい数の錠前が。 -
どうしても訪れたかったパンテオン。
フランスの偉人が眠る霊廟。
デュマは2002年にモンマルトルからここに移されました。
おごそかです。
政治家、哲学者、文豪、芸術家など、名の知れた人々は枚挙にいとまがないフランスですが、その多くがここに眠っています。 -
パルテノン神殿みたい。
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デュマの著書がいくつもあったけれど、フランス語なのでパス。
我が日本の食通小説家が池波正太郎ならば、ここ美食の国フランスの筆頭はデュマであると思いますが、いかがでしょうか。
池波正太郎は、子ども時代に、はじめてもらったおこずかいをうなぎの有名店での飲食に使うほどの人。
デュマは食通、健啖家で有名で、料理本も著していました。
ご両人、小説の中での食べ物シーンは秀逸です。 -
イチオシ
内部。
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霊廟そのもの。
ここに眠る偉人の多さに閉口。
探しまくることを覚悟していたのですが、私の念力がそうさせたのか、わりとすぐに見つけられました。
まるで導かれるように。。 -
ありました!
「破天荒」という言葉、彼のような人物にこそふさわしい。
変わり者程度の人物ではなく、何をしても抜きんでていた。
隠し子の数、決闘した数、借金の金額も。途方もない。
旅行しまくり、愛人も多い。
そして、文筆活動は、「小説の生産工場」とまで言われた戯曲、小説の数。
疲れを知らない偉丈夫の彼は、書いて書いて書きまくった。
ほとんどはお金のために。そして大衆に受けるために小説を書いた。
でも、本気で書いたのは『モンテ・クリスト伯』なのだという。
上が文豪ヴィクトル・ユゴー。
『レ・ミゼラブル』の著者ですね。
その下に、アレクサンドル・デュマの名が。
遅れて入ったために、なんだか、彫りが違う。
1802年-1870年の生涯… -
棺
デュマの祖母は黒人奴隷でした。そうした人種差別的な理由で、大衆小説家として抜きんでていた彼も、パンテオンに入れてもらえなかったのですが、シラク大統領がデュマのファンであったこともあり、2002年、生誕200年の年にパンテオンに再埋葬となりました。
小説家としては6人目とのことです。
奇しくも、同じ年に生まれたヴィクトル・ユゴーと同部屋。
政治家でもある社会派のユゴーとデュマ。凄いコンビだと思います。
デュマの出自などについては、よろしければ以下を参照ください。
http://neroloop.boo.jp/archives/516 -
サン・ジェルマン・デ・プレ教会
現存するパリ最古の教会だそうで。 -
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翌日、パリ郊外のシャトー・モンテクリストへ。
日本語のガイドブックには載っていません。
自分でサイトを探し、英語で読むしかありません。
サン・ラザール駅からSNCFでマルリー・ル・ロワ(Marly le Roi)駅下車。
そこからバスに乗る…詳しくは下記に。
1時間くらいで行けたと思います。
CHATEAU MONTE CRISTO
http://www.chateau-monte-cristo.com/
バスに乗ったのですが、運転手の黒人男性はフランス語しかしゃべれないみたいで、ぱぁ〜っとしゃべってきましたが、ちんぷんかんぷん。
でも、降りる駅が来ると、「ネクスト!」と言ってくれました。 -
朝10時に、ただ一人、訪問するのですが。
軽く霧がかかって、寒々しい。 -
シャトー・モンテクリストとは、デュマが財を投じて、
有体にいえば、借金まみれになりながら建てたお屋敷。
小説の主人公のような、莫大な金持ち気どりで建ててしまったものの、首が回らなくなり、手放しました。
所有者は転々としたものの、やはりデュマファンが黙っていません。
有志がいて、その方たちが管理し、こうして観光施設として公開しているのです。 -
-
いかにも、パリ郊外。
電車の車窓からも、
昔々、貴族たちが遠出して、狩りをしたんだろうな、という印象。
このあたりは、完璧な住宅地。
途中、フランスの一軒家というものを見ました。
紙ぶくろからフランスパンをのぞかせて歩く女性や、病院にでも向かううのか、ご年配の方など。 -
シャトー・モンテクリストの敷地は広いのです。
庭が続きます。 -
あれがシャトー・モンテクリスト。
なんだか物悲しい。
中は展示スペース。
写真撮影はNG。
デュマゆかりのもの、愛人、隠し子などなど、いろいろなお話が。
私は大ファンなので、必死で英語を読みました。
まぁ、ノロノロなので、熱心に見えたらしく、管理のお爺ちゃんに「キミはコレクターかい?」
とフランス語なまりの英語で聞かれました。
そんなわけで、よく聞きとれず、また、私もへたくそな英語で、自分がどんなにデュマを敬愛しているか語ったのですが、己の英語下手を実感するのみでした。
トホ。 -
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シャトー・ディフ。
中は見学できません。
小説に出てくる、海の孤島、断崖絶壁の牢獄の名をつけられています。 -
朝10時、オープンとともにここに入ったせいか、私一人の貸し切り状態。
帰りがけ、日本人夫婦に会いました。
なんだか不思議ですね。 -
シャトー・ディフといえば、実は…実在する孤島の牢獄シャトー・ディフに行こうとマルセイユまでTGVで行ったのです。
が、その日はBAD DAYと言われ、船が出ませんでした。何のために行ったのかわからなかったです。
この旅でがっかりだったのは、その1点だけですね。 -
イチオシ
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この旅行記へのコメント (4)
-
- ウェンディさん 2013/03/29 22:52:34
- 私もデュマの作品、大好きです
- Bcheeseさん こんにちは。そして、初めまして。
デュマの追っかけ旅行記を拝見しました。
実は、私も子供の頃から、デュマ作品が大好きです。
同じくデュマ好きな方を見つけて嬉しくなってしまいました。
実は私の初めての海外旅行は、ある有名な作家の追っかけでBaker Street 221bまで行き、その雰囲気にどっぷり浸りたくて、その近所に1か月間居座り(ホームステイともいうかな?)ました。
Bcheeseさんの旅行記の中のオペラ座の内装も素敵ですね。
Phantomの舞台や映画を彷彿する光景です。
パリって、私の中では近代的なイメージが強く、旅行リストの上位には入っていなかったのですが、Bcheeseさんの旅行記を拝見して、順位が急上昇中です。
素敵な旅行記をありがとうございました。
他の旅行記にも、またお邪魔させてくださいね。
ウェンディ
- 天野川さん からの返信 2013/03/30 20:52:09
- RE: 私もデュマの作品、大好きです
- ウェンディさん
こんばんは。
デュマファンなんですね!
とってもうれしいです。自分の損得とは無関係に、ただただうれしいです。
パリは世界一の観光地であることは、行けば納得です。
街並みは歴史にあふれ、芸術を感じさせてくれます。
ただし、やはりテーマを決めて行かれるといいかと思いますね。
私、デュマの『モンテ・クリスト伯』を読んで、大学で専門的に西洋史を学ぼうと決めました。ですから、人生の進路を決定づけた作品であるのです。
そういう意味で、20年後にやっとかの地へ行けて、どれだけ天にも昇る気持ちであったか。
といいながら、実際に卒論のテーマにしたのは、イギリス近現代史であります。
そう。Baker Street 221bで有名な1900年前後、モロその時代を論じたのです。奇遇ですね!
あの時代、D氏は影響力を持っていまして、強い大英帝国を標榜して存在感を示していた…ということも、卒論に取り入れました。
恥ずかしながら、卒論に取り上げたのに、イギリスには未だ行ったことがありません。
近々行きたいですね。オススメスポットがありましたら、ぜひご教授ください。英語をもっとブラッシュアップしてから行こうかしら。ホームステイ、ぜひしてみたいです。どんな種類の、どんな手続きがありましたか?
またお知らせくださいね!
> Bcheeseさん こんにちは。そして、初めまして。
>
> デュマの追っかけ旅行記を拝見しました。
> 実は、私も子供の頃から、デュマ作品が大好きです。
> 同じくデュマ好きな方を見つけて嬉しくなってしまいました。
>
> 実は私の初めての海外旅行は、ある有名な作家の追っかけでBaker Street 221bまで行き、その雰囲気にどっぷり浸りたくて、その近所に1か月間居座り(ホームステイともいうかな?)ました。
>
> Bcheeseさんの旅行記の中のオペラ座の内装も素敵ですね。
> Phantomの舞台や映画を彷彿する光景です。
>
> パリって、私の中では近代的なイメージが強く、旅行リストの上位には入っていなかったのですが、Bcheeseさんの旅行記を拝見して、順位が急上昇中です。
>
> 素敵な旅行記をありがとうございました。
> 他の旅行記にも、またお邪魔させてくださいね。
>
> ウェンディ
>
- ウェンディさん からの返信 2013/03/31 21:42:51
- こんばんは
- Bcheeseさん こんばんは。
私がイギリスに行ったのはもう20年以上前の話で、現在のホームステイについては、残念ながら詳しいところは分かりませんが、でも行けるチャンスがあるならば、お勧めです。
私も滞在当時は、午前中は語学学校、午後は美術館巡り、そして週に1回、4時間並んでミュージカルの当日券を買いミュージカルを見るという今から見れば夢の様に楽しい、そして自分を広げることのできる時を過ごしてきました。
機会があるならば、またそんな時を過ごしてみたいと夢見ています。
Bcheeseさんのシヨン城の旅行記も拝見しました。
写真と文章から古城の雰囲気がビシビシ伝わってきました。
Bcheeseさんのこれからの旅行記、読んでみたくなりました。
フォローさせてくださいね。
ウェンディ
- 天野川さん からの返信 2013/04/01 01:01:22
- RE: 私もデュマの作品、大好きです
- ウェンディさん
フォローありがとうございます!
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