2013/01/05 - 2013/01/05
109位(同エリア587件中)
ころっつさん
奈良県・南東部の宇陀市(旧大宇陀町)は、飛鳥時代には朝廷の狩場・阿騎野として名を知られた場所。近世初頭には宇陀松山に城下町が造られ、以降江戸時代には伊勢街道の宿場・商家町として発展しました。
今も往時の繁栄を伝えるまちなみは、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されており、伊勢に訪れる旅の前に立ち寄りました。
- 交通手段
- 自家用車
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旅の出発点は道の駅宇陀路・大宇陀。
特産品を販売するコーナーや温泉足湯を併設した道の駅で、現在は合併して宇陀市となっている旧大宇陀町の中心部にあります。 -
道の駅から少し東に進んだ場所にあるのが松山の集落です。
松山は江戸時代前に城下町が築かれ、その後も宇陀地方の政治・経済の中心地として繁栄した場所で、国の伝統的建造物群保存地区にも選定されているまちなみです。
まずは、まちなみの北側に位置する、歴史文化館となっている旧細川家から歩きます。 -
江戸時代後期に建築された細川家は歴史文化館「薬の館」として公開されています。
破風屋根が付いた「天寿丸」の看板が目を引く、松山地区のシンボル的な建物です。 -
同じく「薬の館」。レトロな雰囲気を醸し出す擬ガス灯も設置されています。
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旧街道沿いにある町家は、まちなみに溶け込むように最近になって修景されたものも多くあるようです。
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城下町から商家町に発展したまちなみ。
正月休みですが、歩いている人はほとんどいません。 -
山邉家住宅。
江戸時代中期の建築で、松山の中でも最も古いといわれる町家だそうです。かつては紙問屋を家業としていたそうで、二階部分のかわいい虫籠窓が特徴的です。 -
黒壁の重厚感のある町屋もあります。
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街道に沿って、平入の建物が多くあります。
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明治初期に建築された都司家住宅。
明治維新後も松山には宇陀郡役所が置かれ、宇陀地域の中心としての機能を有していましたが、鉄道が通らない僻地となったため、次第に繁栄を失っていったようです。 -
黒川本家。
代々吉野葛を扱う商人の家でした。松山のまちなみの中でも大きな屋敷で、存在感のある建物です。 -
火事除けのうだつを施した建物も残っています。
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森野吉野葛本舗。
吉野葛販売の老舗で、隣接する「森野旧薬園」は国の史跡にも指定されており、江戸享保年間に造られ、多くの種類の薬草が栽培されている日本最古の薬草園だそうです。 -
老舗の玄関には、昔ながらの木の看板と暖簾が掛けられています。
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吉野葛は、葛を用いて作ったデンプン質の最高級の製粉で、料理のとろみや和菓子づくりにも使用されるものです。
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昔ながらの町医者の建物。
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まちなみを南下して、国道との交差点の手前にある、まちづくりセンター千軒舎に入ります。元々は薬屋・歯科医院として使われていた建物を改装しており、無料で開放しています。
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千軒舎に入ると、屋敷の中庭には蔵が残っており、小さなギャラリーとなっています。
かつて宇陀千軒と呼ばれるほどの賑わいをみせたまちなみにちなみ、千軒舎と名付けられています。 -
千軒舎の建物の内部。
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格子越しに見る伊勢街道。
大阪方面から伊勢に向かう主要な街道であったので、かつては多くの人がこの前を行き交ったことでしょう。 -
千軒舎からは再びまちなみを折り返して、薬の館まで歩いて戻ります。
こちらは「アナンダ」というフランス菓子とパンを販売するお店ですが、この日はお休みでした。 -
まちなみの中にある老舗菓子店「田中日進堂」。
揚げだし豆腐のような見た目の「きみごろも」という和菓子が有名なお店です。 -
都司家住宅の横から伸びる寺への参道。
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格子が新調された建物。まちなみの修景が進むことで、より一層歴史的な雰囲気を感じ取ることができるようになります。
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歩き始めたスタート地点の「薬の館」の向かい側にある竹田家住宅。
江戸末期の建物で、白漆喰が厚く塗り込まれた2階にはデザインの異なる虫籠窓が3種類あります。
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