2012/11/22 - 2012/11/22
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KawakamiKenさん
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凱旋門に行ってきました。
想像以上に「大きな」建造物です。
朝一の観光と意気込みましたが「イタリア」からの「来賓」で閉鎖されています。
午後には「入場」できたので、登ってみました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 徒歩
- 航空会社
- オーストリア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
地下鉄 「駅」 を登ると 「側面」 に出てきました。
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感動です。
思った以上に 「でかい」 が感想です。 -
やたら 「警官」 が多いと気付きます。
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何かの 「式典」 の 「リハーサル」 をしている様に見えます。
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期待してなかったんですが、
「凱旋門」 は 「見る価値」 ありと感じました。 -
この凱旋門は、数ある凱旋門の中で、正式には 「エトワールの凱旋門」 といいます。
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「5万トン」 の石材を使用しています。
また、ローマの 「コロッセオ」 と同じ材料だそうです。 -
「1792年出発」 と言う名の 「彫刻(フランソワ・リュード作)」 。
「革命戦争」 へと進む 「ラ・マルセイエーズ」 の場面です。
上部には 「ニケ(勝利の女神)」 です。 -
同じく 「1792年出発」 の彫刻です。
「1792年」 は 「フランス」 が 「オーストリア」 に宣戦布告(フランス革命戦争)した年です。 -
誰かが瀕死です?。
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「警官」 に 「入場」 できないと 「英語」 で言われました。
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「1810年勝利」 の彫刻(ジャン・ピエール・コルトー作)」
1810年は前年に 「オーストリア戦役」 に勝利して 「ナポレオン」 が「絶頂期」 を迎えるの年です。 -
同じく 「1810年勝利」 の彫刻の正面です。
中央のナポレオンは 「ローマ帝国」 かぶれなので 「古代ローマ風」 です。 -
かなり大規模な 「式典」 か?
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どうやら 「イタリア」 からの 「来賓」 のようです。
「フランス(欧州)」 では、このような 「閉鎖」 が 「来賓、式典、スト」 などで、よくあるそうですね。
事前に 「情報」 をキャッチすることまでしなけ -
貴重な 「時間」 を〜 、と思いながら、しっかり 「写真」 は撮ります。
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「シャンゼリゼ通り」 も一部 「閉鎖」 されてます。
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皆さんも、観光で来たけれども、入れない・・・だと思われます。
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現場で 「指揮」 をとってる 「偉い人」 です。
胸の 「勲章」 が多かった。 -
いつ 「来賓」 は来るんだ? の場面。
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「20分位」 待つと 「整列」 し始めました。
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来ました!
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誰が来たか判りません。
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「イタリア国旗」 がなびいているので 「イタリアの来賓」 でしょう。
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いったい誰だったんだろう。
ネットで調べても判りませんでした。 -
「数時間」 も続かないので、じきに終わると判断。
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「国歌」 らしき音楽を演奏していました。
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「車」 が整列しています。
色々な 「メーカー」 の車を利用してました。 -
滅多に 「見れない」 光景なので、逆に 「ラッキー」 だったのかなと思い始めます。
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「バイク」 は 「メーカー」 はどこだと気になったんですが、
「メーカー」 の 「ロゴ」 が見当たりません。
「日本製」 っぽい作りなんですが・・・。 -
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本来であれば、この 「地下への階段」 が 「凱旋門」 へと続いています。
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まだ、続きそうなので、「周辺」 を散歩します。
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「警官官」 が 「一角」 ごとに配置され 「完全封鎖」 です。
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「シャンゼリゼ通り」 を歩いているつもりだったんですが、
「閑散」 としてきます。 -
どうやら、「逆(アルメ通り)」 に歩いて外れのほうに来てしまったようです。
「1.5km」 ほど行き、引き返します。 -
「路上」 に設置されている 「トイレ」 です。
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「引き返したら」、式典が終わっていました。
「凱旋門」 への入口は 「地下」 からです。 -
地下の様子。
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「入場券売り場」 です。
「パリ・ミュージアム・パス」 で入場できます。 -
「目の前」 に見えました。
「大きい」 です。 -
高さ 「約50m」 あります。
幅は 「約45m」 で、
奥行きは 「約22m」 です。 -
「シャンゼリゼ通り」 です。
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真正面から一枚。
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「凱旋門」 とは 「軍事的勝利」 を讃え、その勝利をもたらした将軍や国家元首や軍隊が凱旋式を行う 「記念」 のために作られた門のこと(ウィキペディア)。
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凱旋門の発祥の歴史は 「古代ローマ時代」 まで遡るそうです。
この凱旋門も 「ローマ帝国時代(紀元前315年)」 の 「コンスタンティヌスの凱旋門」 がモデルです。 -
数ある 「凱旋門」 の中でも、この凱旋門は 「エトワールの凱旋門」 と言われています。
「エトワール」 とは 「星」 という意味です。 -
「1805年」 の 「アウステルリッツの戦い」 に勝利した記念に 「ナポレオン」 の命により建てられました。
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しかし、完成は 「1836年」 で 「30年」 かかっており、ナポレオンの 「死後」 となりました。
1840年に 「ナポレオンの墓」 の 「改装」 があり、その時には門をくぐることができたそうです。 -
「1810年勝利」 の 「ナポレオン」 です。
「新古典主義」 の代表的な建築だそうです。
「新古典主義」 とは 「バロック、ロココ調」 の反動で、「ギリシャ芸術」 を模範とした芸術思潮。 -
「無名兵士の墓」 です。
「1914−1918」 と刻まれています。
「第一次世界大戦」 です。 -
「1792年出発」 の彫刻です。
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「1814年抵抗」 の彫刻です。
「1814年」 は ナポレオンが 「エルバ島」 に流されます。
「周辺諸国」 から 「フランス」 は 「包囲」 されることとなります。 -
「1815年平和」 の彫刻です。
「1815年」 はナポレオンが 「エルバ島」 を脱出し、「ワーテルローの戦い」 で敗北し、「百日天下」 となった年です。 -
同じく 「1815年平和」 の彫刻です。
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「凱旋門」 には活躍した 「将軍」 の名が刻まれています。
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ここが 「屋上(展望台)」 への入口です。
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「284段」 の 「螺旋階段」 です。
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フランスの世界遺産は 「螺旋階段」 だらけです。
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「屋上」 に登る手前に大きなフロアがあります。
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ちょっとした展示品が飾られてます。
写真は 「ニケ(勝利の女神)」 です。 -
何故か薄暗く汚い 。
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お土産を売っています。
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「屋上(展望台)」 です。
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「シャンゼリゼ通り」 です。
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「星の広場(エトワール広場)」 に 「凱旋門」 は建っており、「ロータリー」 となっています。
そこに 「12本」 の通りが 「放射状」 に延びています。 -
「エッフェル塔」 方面。
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シャンゼリゼ通りの 「真逆」 方面。
「アルメ通り」 です。 -
中心地から少し離れた場所に 「副都心」 です。
高さ 「110m」 の 「新凱旋門(グランダルシュ)」 が建っています。 -
見にくいですが 「真正面」 に 「新凱旋門」 が見えます。
かなり 「巨大」 です。 -
「ガラガラ」 の屋上です。
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この放射状の 「12本」 の道が 「星の輝き」 に似ていることから 「エトワール(星)凱旋門」 という名が付きました。
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「フランス旗」 です。 通称 「トリコロール」 。
「青」 は 「自由」 。
「白」 は 「平等」 。
「赤」 は 「博愛」 。 -
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最後は 「第二次世界大戦」 の
「フランスのために死んだ人々」 のための 「プレート」 です。
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