2012/10/19 - 2012/10/20
18位(同エリア44件中)
康さん
夜勤仕事中に発作的に出かけたくなり
休憩時間中にネットでピーチ航空の予約を入れてしまった
そんな勢いだけの韓国旅行のお話。
2012年10月16日から4泊5日。
滞在は全てソウル。移動は始めてのピーチ航空利用。
焼肉と冷麺が食べたい、南北軍事境界線を今のうちに見ておこう。
漠然とこれだけが計画(もう計画と呼べるようなモノではないけどね)
===============
5日間の日程のうち
最初の3日間は、ただ焼肉食べて酒呑んで
ソウルの散歩だけダラダラしてたという
しょーもない旅行記。
後半2日間は南北軍事境界線を見に行って
日本へ帰るまでの軍事ヲタク丸出しの旅行記。
前後編の2冊でお送りします。
前編
http://4travel.jp/traveler/yasushi_f/album/10749567/
後編
http://4travel.jp/traveler/yasushi_f/album/10726369/
===============
100円=約1400KRW(韓国 ウォン)
1USD(米ドル)=約83円
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 2.5
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ピーチ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
何度もニュース映像では見ていた板門店。
最近、きな臭い話ばかりなんで行けなくなる前に見ておこうと思い立った。まごまごしているうちに、タリバンにバーミヤンを破壊された時と同じ悔しさを味わいたくないので即行動。
訪問時点でのgoogle地図。
板門店周辺より以北が、ものの見事に空白地。
今回は旅行会社コネストさんを利用。
http://www.konest.com/
板門店訪問は許可を受けた4社(大韓旅行社・ICSC国際文化サービスクラブ・中央高速観光・板門店トラベルセンター)の会社が運行。
旅行会社は、この4社のツアーへ取次ぎをする形になる。DMZ (非武装地帯) 建造物
-
コネストを通じて大韓旅行社の板門店&DMZ訪問ツアーへ参加することとなる。
ところが直前になってメールにて『大韓旅行社が行う当日の板門店訪問は軍よりの命令で不可能になった』との連絡。最初は諦めていましたが『大韓旅行社が行う…』と言う下りにピンと来て返信メールにて『他の3社への振り替え要請』を送信。何通かメールをやり取りして…
結局は…南侵第3トンネル訪問の際にモノレールで途中まで行けるはずだったが全工程徒歩になる。ツアー訪問地の本文順序が当初と変わる。バスを途中で乗り換える。の3点に了承いただければ板門店へ行ける様に手配するとの回答だった。数通のメール対応も含め2時間程度で対応を完了した事を考えるとコネストは、なかなか臨機応変な対処能力がある…と感心した。
推定になるが前半は当初の予定通りに進み、後半は別のグループへ所属変更して板門店へ行く事になった。後半のグループには脱北者が同行していたので…前半は大韓旅行社、後半は中央高速観光のツアーに参加する様な変則手配になったんだと思われる(脱北者が同行するのは中央高速観光のツアーだけだからだ) -
8:30にロッテホテルに集合。
私は途中でスカイパークホテル3でピックアップを受ける。
9:00頃。臨津閣に到着。
朝鮮戦争で使われた銃やヘルメットを溶かして造られた「平和の鐘」イムジンガク (臨津閣) 建造物
-
世界各地の戦場の石を集めたモニュメント
日本の広島の石などもありました。イムジンガク (臨津閣) 建造物
-
当時の蒸気機関車が保存されている
イムジンガク (臨津閣) 建造物
-
自由の橋の道路橋を復元したもの。
ココから先は民間統制区域と言う地点に壁が設けられて居ます。
実際、南北境界は韓国側から見ると民間人統制区域(ココより先は一般韓国人が立ち入ったり住んだり出来ない地域)、非武装中立地帯(お互いの軍事行動が制約されている中立地帯)が2キロ幅、そして事実上の国境線(停戦ライン)があるという三重構造。自由の橋 建造物
-
ここまでは一般人も自由に来られるので、お土産屋もある。
自由の橋 建造物
-
臨津江鉄橋(通称 自由の橋)
イムジン河ですね。自由の橋 建造物
-
臨津閣国民観光地として整備されています。
臨津閣観光案内所 散歩・街歩き
-
ファミリーマートまである(苦笑)
臨津閣観光案内所 散歩・街歩き
-
朝鮮戦争の参戦国の国旗が並ぶ横で…
臨津閣観光案内所 散歩・街歩き
-
平和遊園地が稼動中というミスマッチ。
この時は、キムチ祭りの準備で仮説テントが並んでいました。臨津閣観光案内所 散歩・街歩き
-
ココから先は民間人統制区域。
臨津江 滝・河川・湖
-
バスで民間人統制区域を進みます。
看板に見えるのは実はコンクリートの塊。
北朝鮮軍が侵攻してきた際に爆破する事で幹線道路を封鎖する『戦車止め』この後も数箇所で見かけました。南北対話ムードの影響で昔よりも数は減らされてるそうです。 -
10:00頃。都羅山駅(トラサンえき)に到着。
韓国側の最北端駅。都羅山駅 駅
-
イチオシ
駅周辺には直立不動の韓国兵は守っています。
(右奥に写っているのが私)都羅山駅 駅
-
駅の内部には来るべき南北鉄道連結を見据えて税関まで設置されています。
ココを国境駅とした国際列車を想定して建設されています。都羅山駅 駅
-
改札口にも兵士。
駅の壁には韓国から北朝鮮を経由してシベリア鉄道、欧州鉄道へ連結させる構想路線図が貼られています。都羅山駅 駅
-
10:30頃。都羅展望台
韓国軍管理下の北朝鮮を遠望できる展望台。都羅山展望台 山・渓谷
-
韓国陸軍の兵士がたくさん…
都羅山展望台 山・渓谷
-
プロパガンダは日本語・韓国語・中国語・英語。
都羅山展望台 山・渓谷
-
この黄色い線より外側での写真撮影は禁止。
一般人が北朝鮮を遠望しての撮影は出来ない。都羅山展望台 山・渓谷
-
双眼鏡で覗くことが出来る。(双眼鏡は有料500KRW)
三脚にカメラをつけて高く突き出し、セルフタイマー撮影してみた。
これは注意されなかった。あくまでラインを超えなければOKみたい。都羅山展望台 山・渓谷
-
小さな土産屋が一軒。
そこの店頭に飾ってあったTシャツ。都羅山展望台 山・渓谷
-
11:00頃。南侵第三トンネルに到着。
第3トンネル 史跡・遺跡
-
DMZ映像館・展示館を先に見学。
板門店の模型。
まずは映像館で記録映画を鑑賞。
日本語ヘッドホンがあるので内容は良く分かる。第3トンネル 史跡・遺跡
-
展示館に朝鮮戦争当時の銃火器が展示。
第3トンネル 史跡・遺跡
-
歩兵銃。
第3トンネル 史跡・遺跡
-
南侵トンネルを掘削する北朝鮮工作員。(もちろん人形)
第3トンネル 史跡・遺跡
-
軍事境界線を警備する韓国兵…の人形。
第3トンネル 史跡・遺跡
-
板門店周囲の地形模型。
第3トンネル 史跡・遺跡
-
南侵第三トンネル入口。
1978年10月17日 韓国軍が発見した3番目のトンネル。ソウルから52km離れた所にあり、1時間当り1万人の兵力が送り込める…らしい。第3トンネル 史跡・遺跡
-
トンネル内部は基本撮影禁止。
トンネル内部のカメラ映像。第3トンネル 史跡・遺跡
-
北朝鮮との国境手前の地点の映像。
第3トンネル 史跡・遺跡
-
この扉の向こうが北朝鮮側。
第3トンネル 史跡・遺跡
-
12:00頃。自由の村にある売店に到着。
自由の村…正式名称:、大成洞自由の村。
民間人統制区域の中にあり同区域の中で唯一民間人が居住している地区。軍事境界線の500m韓国側にあり休戦当時の住人の直系子孫だけ居住することができる。韓国人の三大義務中、納税と徴兵を免除される。
それにしても…セコムが守ってるらしいw -
DMZ米。
農薬などをほとんど使わず、統制地域のため開発されておらず自然豊かな中での産物な為、非常に美味との事。 -
北朝鮮製の酒類なども販売されている。
-
焼酎:力道山
これを土産に購入。
北朝鮮ツアーの土産を成田空港で放棄させられた(持ち込みさせてもらえなかった)との話も聞いていたので日本へは鞄の底へ入れて帰国(苦笑) -
12:30頃。昼食。
板門店ツアーは、ほとんど皆ココで食べてるみたい。 -
料金の込みのプルコギ定食。
白飯・キムチ・ナムルは、お代わり自由。 -
一人で参加したので私は、この定食。
なんだか少し損した気分…
一人参加は私ともう一人だけ。
二人だけ隅っこで、コレ。
味は良かった。 -
追加料金で冷麺や飲み物が注文できる。
これから板門店へ向かうものはアルコールを呑む事が許されない。
正確には飲酒後24時間の板門店入域は禁止。 -
統一大橋を渡り板門店へ。
-
ここでパスポートチェックなどを受ける。
-
ピリピリした軍用地をすり抜けながら…
-
ここも検問所。
-
国連軍キャンプボニファスにあるJSAブリーフィングルームへ。
板門店おみやげコーナー お土産店
-
イチオシ
国連軍ゲストのIDカードを胸につける様に言われる。
板門店おみやげコーナー お土産店
-
ブリーフィングの後に誓約書にサインを求められる。
板門店おみやげコーナー お土産店
-
敵の予測不可能な攻撃で死んでも韓国政府や国連軍は責任取れないよー、って内容でした。
無事にソウル市内まで帰ると、お土産に書類を返還してくれます。板門店おみやげコーナー お土産店
-
国連軍キャンプボニファスの米軍の方々。
英国人の親子(子供は中学生くらい)が、ぜひ子供と記念撮影させて下さい…と、やっていたので『私も!』と便乗して撮らせて頂いた。
子供の希望に快く応えていた米兵も、日本のオッサンの便乗に対しては『OH!ジーザス…』と呆れられてしまった…ORZ板門店おみやげコーナー お土産店
-
コチラは人形。
板門店おみやげコーナー お土産店
-
イチオシ
はい!コチラがニュース映像で有名な「軍事停戦委員会」の本会議場です。
板門店 文化・芸術・歴史
-
本会議場内部だけ見学できます。
韓国側からだと他に並んだ施設は入れません。
「軍事停戦委員会」本会議場をはじめ、韓国(国連)側の管理施設は青色です。板門店 文化・芸術・歴史
-
有名な半分身を隠して警戒している韓国陸軍憲兵。
手はいつでも腰の拳銃を抜ける位置にあります。板門店 文化・芸術・歴史
-
中央置くには北朝鮮側の建物『板門閣』
コチラを監視する北朝鮮兵が見えますね。板門店 文化・芸術・歴史
-
反対側にも憲兵さん。
板門店 文化・芸術・歴史
-
歩哨の憲兵以外は結構皆さんリラックスしています。
板門店 文化・芸術・歴史
-
この米兵さんは訪問者の写真に、わざと変な顔で写りこんできます(苦笑)
もちろん変顔は北朝鮮側から見えない立ち居地だけでやってます。板門店 文化・芸術・歴史
-
白い建物は北朝鮮管理下にある「中立国停戦監視委員会」の建物。
板門店 文化・芸術・歴史
-
「中立国停戦監視委員会」とは朝鮮戦争において中立を宣言したスイス、スウェーデン、チェコスロバキア(当時)、ポーランドの4カ国によって板門店に設置された機関。現在はスイスとスウェーデンの2国のみでやってるようです。
チェコスロバキアはチェコとスロバキアに解体されたし、ポーランドもワルシャワ条約機構に加盟したり冷戦終結後にNATOに加盟したり中立性があまりないという事で、北朝鮮側に追い出されたそうです。板門店 文化・芸術・歴史
-
奥に見える白い杭から手前が国連(韓国)側、奥が北朝鮮側。
過去には、板門店に限って言えば南北両兵士が自由に行き来していた時期もあったそうです。2度にわたり亡命や銃撃戦など問題が発生してから板門店地区内でも厳密に境界を引くようになったんだとか。板門店 文化・芸術・歴史
-
建物へは2班に別れ、各班2列で移動することが義務付けられている。
列を乱したり、走り出したりすることは禁止。
亡命行為と見なされ取り押えられたり銃撃の対象になる。板門店 文化・芸術・歴史
-
内部は、こんな感じ。
この建物の中央を南北境界線(事実上の国境)が走る。
見学時は20名以上で入るのだが往生際悪く最後まで残って会議場を出る直前に一人で撮影してもらう。板門店 文化・芸術・歴史
-
この憲兵の後ろにあるドアが北朝鮮側へ抜けるドア。
ドアに触れる行為そのものが亡命行為と見なされるため触れる事はできない。この兵よりも後ろに立つことも注意される。板門店 文化・芸術・歴史
-
窓から外を望む…縁石が軍事境界線。
板門店 文化・芸術・歴史
-
窓から北朝鮮サイドを見る。
板門店 文化・芸術・歴史
-
イチオシ
本会議場のテーブル。
ちょうど軍事境界線をまたぐように設置されている。板門店 文化・芸術・歴史
-
憲兵も軍事境界線をまたぐように立っている。
直立不動。話しかけること、触れることは厳禁。
ただし横で記念撮影は可能。板門店 文化・芸術・歴史
-
韓国側、平和の家一階。
ココにも不動の憲兵。板門店 文化・芸術・歴史
-
平和の家前には米軍のジープ。
板門店 文化・芸術・歴史
-
国連軍ゲスト(我々)をエスコートする兵士は米軍より10名、韓国軍より10名で編成された特別チーム。
韓国軍側は、思想や学歴、家柄、体格、顔まで北に馬鹿にされない様にイケメンのエリートのみで構成され思想的にも韓国への深い忠誠を持つ者のみらしい…
そのため、退役後にお見合いの希望者が殺到するとか(ガイド談)板門店 文化・芸術・歴史
-
バスで板門店を縦断。
韓国側ギリギリの所の道路を走行。板門店 文化・芸術・歴史
-
不動の憲兵。
24時間体制でこの緊張した警備は、さぞ大変だろうと…板門店 文化・芸術・歴史
-
と、思ってたんですが
夕方17時(18時だったかな)になると双方の軍人は帰ってしまい無人になるそうだ。カメラなどでの監視はしてるだろうけど何だかお役所仕事だよなぁ。板門店 文化・芸術・歴史
-
1976年8月18日ポプラ事件の舞台になった場所。
記念碑の丸い場所は当時のポプラの木の太さを示してるそうです。 -
ポプラ事件とは…この写真右奥に見える国連軍の第三監視所から…
-
この国連軍の第四監視所への視界を遮るポプラ大木を切り倒した事が北朝鮮軍を刺激してしまい紛争に発展した事件。北朝鮮側が植えたポプラが大きくなり監視の邪魔になった米軍が剪定しようとしたが自身が植えた事を根拠に北朝鮮側の反対にあっていた。
国連軍(米軍工兵隊)に対して朝鮮人民軍が攻撃を行い、2名の米陸軍士官を殺害、数名の韓国軍兵士が負傷した。一時は第二次朝鮮戦争の引き金になりかねない事態になった…らしい。
第四監視所は北朝鮮側に張り出しており危険との事で今は無人カメラ警備との事。帰らざる橋 史跡・遺跡
-
沙川橋(帰らざる橋)
朝鮮戦争の休戦時に捕虜交換が行われた場所。
捕虜へ北朝鮮へ戻れば自由は無く帰れない事を告げて釈放した。帰らざる橋 史跡・遺跡
-
最後にJSAキャンプボニファス内の購買部(土産屋)に寄って終了。
写真の兵士の鞄を衝動買い。
土産に国連軍のワッペンを購入。板門店おみやげコーナー お土産店
-
ロッテホテル前で解散。
一気に緊張が解けた感じ。L7 ミョンドン バイ ロッテ ホテル
-
最終日…
午前中に土産物のカタツムリクリームだけ買ったら、すぐにソウル駅へ。国鉄ソウル駅 駅
-
行きと同じ空港行き特急で。
国鉄ソウル駅 駅
-
乗り口が二つあって迷った。
国鉄ソウル駅 駅
-
でも接続が良いので便利になりましたね。
仁川国際空港 (ICN) 空港
-
さて、駐機料金を安く上げる為なのか…キリキリ乗るように促されピーチ航空で離陸。
仁川国際空港 (ICN) 空港
-
離陸時は空港撮影禁止のアナウンスが無かったので仁川空港空撮。
上手く撮れなかった。 -
これで、お終い。
焼肉喰って板門店へ物見遊山。終了。
にしても化粧品の、お土産選ぶのメンドクサイね。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
-
L7 ミョンドン バイ ロッテ
3.75
この旅行で行ったスポット
もっと見る
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2012 朝鮮半島
0
89