2012/08/29 - 2012/09/06
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nammosa21さん
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(・・続き)今日は、ケルンからミュンヘンまで約450km、4時間半の車窓の旅。予め座席予約をして「ジャーマンレイルパス」(第3日目)を活用します。この夜、ミュンヘンでのレストランの味が(ドイツの)今までの店と違って濃くないところがとってもお気に入りとなりました。
★スケジュール(5日目)
ケルン中央駅〜(鉄道)〜ミュンヘン中央駅
〜自由行動〜
ノイエ・ピナコテーク、
マリエン広場、新市庁舎、ペーター教会。
(夕食)レヒトハラー・ホフ。
(ホテル)クレアティフ・エレファント。
(写真は、夜のミュンヘン新市庁舎。)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
9月2日(日曜日)
7:45ケルン中心部から北東約6kmのホテル「ホリデイ・イン・エクスプレス」をチェックアウト。
ケルン・ドイツ駅の地下通路とホーム上の間にキャリーケース等を乗せて昇降させる装置があり、実際に使ってみて私は画期的と思ったのですが・・。
ケルンからミュンヘンまでの発車駅は、ケルン中央駅発車とケルン・ドイツ駅発車の2つがありホテルから近いケルン・ドイツ駅を選択しました。 -
今日はICE特急(イーツェーエー)でミュンヘンまで4時間半の旅(直行)。ハイデルベルクからケルンまでの2時間半の車内混雑も経験したので、DB窓口で座席予約をして行くことにしました。
こんな時(DB窓口へ行くにもホームに行くにも買い物するのでも)改札口を一々通る必要が無いということがいいですね。 -
予約席になると座席の上に、予約された区間が電光表示されます(上部の96席はヴュルツブルクからミュンヘンまでの予約席)。予約なしで席を探す場合は、表示された区間外なら座っても構わないので、予約表示区間が入っていない席を探して座ることになります。
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列車はケルン・ドイツ駅を定刻の8:44(ICE 529号)に発車。窓外のドイツの風景を楽しみながら、駅のコンビニ「Eckert.」で購入した(世界中で?)メジャーなビール「ビットブルガー」をゆっくり味わえるのも嬉しいです。
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ICEは4時間半かけてドイツ第三(ベルリン、ハンブルクに次ぐ)の大都市ミュンヘンに到着(13:12着)。
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人口約138万人(2011年)のミュンヘン市は、1972年に夏季オリンピックが開催され同じ年に冬季オリンピックが開催された縁で北海道札幌市と姉妹都市の提携をしている街です。
と言うよりも、私にとっては世界中でもっとも有名なビアホールがあるビールの本場、世界最大のビール祭りオクトーバーフェストが(毎年9月末から)開催される街と言う方が分り良いのですが・・・。
ミュンヘンの発展は12世紀頃から、塩の交易、貨幣鋳造など商業の町として栄えて行きました。 -
先ずは今日と明日泊まるホテル「クレアティフ・エレファント」に到着の報告。ミュンヘン中央駅からは150m、近くて便利(歩いて5分もかからない)です。入り口は向かって右端にありますが小さいのでちょっと分かりづらい。
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1970年に創業した6階建て全44室の3ツ星ホテル。カーテンがバイオレット・レッドでポップな感じの清潔な部屋でしたが・・
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シャワールームが狭っ!。洗面台の形が古風で小さくて使いづらーい。
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シャワー器具も1970年当時のものなのでしょうか?(まさか!)。
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トイレの水を流すボタンはデザインがちょっとおもしろい。
(後のローテンブルクのホテルも同じようなデザインでした。ハイデルベルクのトイレは水タンクの上蓋を押す方法で分り難かった。暫くあっちこっちを押して分るまで時間が掛かりました。) -
早速街(マリエン広場)に出かけます。昼食はピザ。新市庁舎、聖霊教会の前を南東方向に歩き、タール(Im Tal)通りに面した「ハーゲンダッツ・ショップ」と「マクドナルド」の間(挟まれた)のピザハウス「la pizzetta」?。
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店の間口は狭く中は細長いこじんまりした店ですが活気はありました(14時頃)。右側のショーケース?に沢山の種類のピザがあって迷いますが指先注文でOK(1/6カット五種類とも美味しかった)。ビールは何種類かの内「エーデルシュトッフ」と「テーゲルンゼー・ヘレス」を。
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昼食後長男はブンデスリーガの観戦に。
CL(UEFAチャンピオンズリーグ)で4回優勝経験のある古豪FCバイエルン・ミュンヘンと岡崎、酒井の所属するVfBシュツットガルトの試合が69,000人収容のアリアンツ・アレーナで有るという。 -
FCバイエルン・ミュンヘンは、いま23歳のトーマス・ミュラー、トニ・クロースなど若手の活躍で盛り上がっているとの事。この日も超満員だったそうです(聞いた話)。
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話によるとFCバイエルン・ミュンヘンが勝つとアレーナの外側が赤色に変わるという。面白い演出をしてくれるものです。
この日の結果は、6−1で岡崎・酒井のいるシュツットガルトがボロ負けだったそうな。 -
私たち(夫婦)は昼食の後ノイエ・ピナコテークへ。
(写真はピザハウス前から西方面、おもちゃ博物館を望む。)
まずマリエン広場からSバーンでカールス広場に戻りトラム(路面電車)に乗り換えるのですが、カールス広場の地上に出た時点で乗り場に迷ってしまった。
見つけた市電19番乗り場から南側に道路横断を繰り返して市電27番乗り場にたどり着くと柵があって入れない。この乗り場はどうやら地下から出入するような形態のようでした。 -
市電27番に乗って3駅目ピナコテークで下車。すぐ目の前に道路を挟んで北にノイエ(新しい)ピナコテーク、南にアルテ(古い)ピナコテーク、さらに東側にモダン(現代的)ピナコテークが建っています。
旅行ガイドブックによると、ミュンヘンに着いたらこの3館は見逃がせないとの事。
https://www.pinakothek.de/besuch/neue-pinakothekノイエ ピナコテーク 博物館・美術館・ギャラリー
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ノイエ・ピナコテークでは、18世紀中頃から20世紀初めの約400の絵画や彫刻を、展示室22(室)、陳列棚10で公開(1フロア)しています。
写真は印象派を代表する画家クロード・モネ(1840〜1926年)の「アルジャントゥイユの橋」1874年。(アルジャントゥイユはパリ郊外のセーヌ川に面した土地。ホール18に展示。)
“光の画家”と呼ばれるモネがその光の効果を追求し始めるのは1890年以降の一連の連作作品からと言われています。 -
同じホール18に展示していたエドゥアール・マネ(1832〜1883年)の作品、「ボート(DIE BARKE、1874年)」、アルジャントゥイユで制作しているクロード・モネを描いているそうです。
マネとモネは、モネが出品した海景画(1866年)がマネの作品と間違えられたのを切っ掛けに交際するようになったといわれています。マネは7歳年下の画家としてのモネの力をいち早く見抜いていたとのことです。 -
ホール19は私にとってハイライトの、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(1853〜1890年)の作品が3点並んでいました。
写真は「アルルの花咲く果樹園」1889年。補色に関心を持っていたような色使いがとても素適でした。 -
ゴッホの作品として有名な「ひまわり」1888年。
花瓶に挿されたゴッホの「ひまわり」は7点(現存6点)在るといわれていますが、ノイエ・ピナコテークで展示されているのは3番目(12本のひまわり)の作品。ナショナル・ギャラリー(ロンドン)の15本のひまわりはこの作品を元に制作された4番目の作品といわれています。
背景のターコイズ・ブルーが画面全体を引き締めていて印象的です。 -
同じくゴッホの作品「オーヴェル近郊の平原」1890年。
「炎の人ゴッホ」といわれるように、激しく大胆な色使いが特徴の一つと思っていましたが、亡くなる年の作品で明るい絵でとても包容される作品だと思います。近くで見ると独特な筆使い(色、形、線)に改めて感動してしまいました。 -
一時期ゴッホと共同生活(フランス南部アルルで1888年)をしたポール・ゴーギャン(1848〜1903年)の「神の子」1896年、が同じホール19に展示されていました。
ゴーギャンは安住と楽園を求めて2度(1891〜1893、1895〜)タヒチに渡ります。しかし結果的には貧困や病苦に悩まされることになるのですが・・・。 -
同じくゴーギャンの作品「四人のブルターニュの女の踊り」1886年。
ゴーギャンは1886年6月から11月までフランス北西部のブルターニュに滞在(後も3回滞在)し、ポン=タヴェン派の代表的な画家となるシャルル・ラヴァルや総合主義の創始者となる若きエミール・ベルナールと出会うことになります。この数ヶ月間の体験はゴーギャンにとって画家としての自己形成と芸術創造(作風形成)を促したといわれています。 -
ホール20に展示していたモネの「睡蓮 1915」。
この題材となったのは、1883年から移り住んだジヴェルニー(パリの西約80kmの郊外)の自宅庭の池であるという事は有名ですが、そのモネの「睡蓮」は1899年〜1926年までの間に200点以上制作されているといわれています。
比較しては気の毒ですが、オランジュリー美術館の2部屋を占用する睡蓮の大画(小さいもので2m×6m位)を見た時の衝撃を思いだしました。 -
ホール21には(モネの光の手法や作風を高く評価していた)ポール・セザンヌ(1839〜1906年)の作品「飾りだんすのある静物」1883-87年がありました。
セザンヌは印象派のグループの一員として活動していましたが、1880年代からグループを離れ独自の絵画様式を探求します。遠近法とは異なる複数の視点から眺められた独自の技法と思われます。風景、人物、静物いづれの画題の作品も数多く手がけていますが、特に静物画(テーブルや置物)に独特な複数の視点を見つけることができるのが面白いです。 -
今でも残念に思っているのは「カール・ロットマン(1797〜?)」の部屋です。ホール6の部屋に12点の“風景画”が展示されていました。じっくり見ていたのですが、連れが余りにも早く先を急ぐので追い駆けて急いで部屋の出口で(全景を)写すのが一杯でした。一つ一つじっくり見て写真を撮りたかった〜。
お願い!だれか全部見てきて〜〜。 -
最後にドイツの画家ウィルヘルム・フォン・カウルバッハ(1805〜1874年)の作品「ティトウスによるエルサレム破壊」1846年を紹介します。
西暦70年のエルサレム陥落を描いた作品は多くの画家が描いているようですがこれも大作です。
右側のローマ軍を率いて入城してくる(後の皇帝)ティトウスと天子の加護を受けているキリスト教徒一団に対し、左画面は炎上するエルサレム神殿と四人の預言者の告げによって舞い降りてくる復讐の天使、悪霊によってユダヤの民が追い立てられています。画面中央に浮き上がっているのはエルサレムの大祭司長が神に禁じられた自害をする瞬間。重苦しい内容の絵ですが明暗をはっきりさせた構成でイエスを磔刑にかけたユダヤ人(教徒)に対し神罰であると教訓を伝えているようです。 -
「ノイエ・ピナコテーク」での印象派あるいは後期印象派の作品を紹介しましたが、その他にもトマス・ゲインズバラ(1727〜1788年)、ユベール・ロベール(1733〜1808年)、マリー=ガブリエル・カペ(1761〜1818年)など聞いたことも見たことも無かった画家の素晴らしい作品を約1時間半堪能してきました。
帰りは美術館の東側、丁度写真正面の市電(右側通行)乗り場から乗車します。 -
ミュンヘンの今日の日の入りは18時52分。まだ2時間あるのでマリエン広場に戻ってきました。
マリエン広場に面した新市庁舎(1867〜1909年築造)。ネオゴシック様式の建物。 -
高さ85mの塔の入場は10〜19時(5〜10月)。エレベーターで上れるそうです。2.50ユーロ。
写真の左端に見えるのは黄金のマリア柱像。ドイツで三十年戦争が起こったとき、マクシミリアン1世が「ミュンヘンが戦災から逃れることができたら記念柱を建てる」と神に誓い、実際に戦災から逃れられたことを記念してたてられたという。 -
ドイツ最大の仕掛け時計グロッケンシュピール。11時、12時、21時(3〜10月は17時も)に32体のからくり人形が動き出すという。私達がここに着いたのは17:25頃で残念ながら見ることが出来ませんでした。
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ミュンヘンで最も古い教会、12世紀からの歴史を誇るペーター教会。内部は18世紀のロココ調の造りだそうです。
私たちは教会の中に入って通り抜けてしまいましたが、塔への入口は教会の外側を南に回り込めば見つかります。 -
ペーター教会の西側。この壁を見ながら回り込みます。
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ペーター教会の塔の入口。
右側の小屋にて塔の入場料1.50ユーロを支払います。高さ92m、306段の階段は一部急な所もありますが、その先には旧市街の(最高の)眺望が待っています。17:30頃。
(眺めはフラウエン教会よりもすばらしいとのこと。) -
北西方向にフラウエン教会の双子の塔が見えます。北塔は99m、南塔は100mの高さがあり南塔に上れるとの事です。
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北側に約30年前に建てられた新市庁舎が見えます。
ミュンヘンの歴史は約850年。最も古い歴史的なスポットは町の中心部マリエン広場周辺に集中していますが、何百年もの歴史と中世からの景観を保ちながら現代的な都会の魅力も兼ね備えている素晴らしい観光都市です。 -
東方眼下に旧市庁舎と聖霊教会が見えます。
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18:00過ぎに塔から下りて、周辺を廻って見かけた珍しい民族衣装の店「ANGER MAIER(アンゲルマイヤー)」。
ギャザースカートなど120~300ユーロだったような・・
https://www.trachten-angermaier.de/ -
ペーター教会の南側、ヴィクトアーリエンマルクト(野外市場)。
200年以上にわたってミュンヘン市民の生活を支えている市内で最大の市場。食品、嗜好品、雑貨など約150店舗の店が朝6時頃から18時位まで開いているはずでしたが、なんと今日は日曜日でした(休/日・祝)。ここのエコバックは人気商品と聞いていたのですが。 -
ペーター教会の周りをグルッと廻って来ました。先程上がったペーター教会の塔(高さ92m)です。この後ホテルに戻って夕食前に一休みします。
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夕食は遠くに出掛けるのも面倒になったので21時前にホテルを出て近くのビアレストランへ。
これが結果的に◎だったのですが・・・。 -
レストラン名は「レヒトハラー・ホフ」。
http://www.rechthaler-hof.com/
日曜日の21時頃ということも有ったと思いますがお客さんは3割程度。好きなテーブルに着ける状態だったのですが「オーソチラハグループヨ」と言うことなのでしょう、案内されたのは6人くらい座れるグリーン色のテーブルクロスが掛かった席。落ち着いた室内の色と調和していました。レヒトハラー ホフ 地元の料理
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バイエルン料理のお店で、メニューは後で知ったのですが日本語表記もあるらしい。
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先ずはビーアビッテでシュパーテンのヘレス(0.5リットル、3.30ユーロ)。
ラガービール(下面醗酵ビール)を発明した本家本元のビール。ミュンヘン最大の醸造所に発展しましたが、日本ビールとの違いはドイツビールは全般的に苦味が少ないことかな。 -
ミックスサラダ(Salateller)5.30ユーロ。
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ソーセージサラダ(Wurstsalat)6.60ユーロ。
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牛肉のプレート(Tellerfleisch gesot)10.20ユーロ。
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焼きソーセージ(Bratwurst)6.90ユーロ。
付合せはマッシュポテトとザウアークラウト。付合せの定番のようです。 -
味付けは今までのドイツ料理(濃い味)と違いあっさりしていて美味しいと思いました。
22時近くになると周りの人たちが居なくなり、私達が帰る時(22:30頃)には入り口周辺の数人しか見えなかったのですが、お店は0時まで営業しているようです。 -
入り口のメニューカードには“Japanese”という言葉が・・・。
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私達は知らないで最初裏口から入って来たのです。この写真がお店(レヒトハラー・ホフ)の南側正面入り口でした。
レヒトハラー ホフ 地元の料理
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ミネラルウォーターを買うために22:35頃ミュンヘン中央駅に寄りましたが、これだけの人の往来を見てなぜか安心できました。
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写真は中央駅構内のコンビニですが、ミネラルウォーターはちょっと高いです。
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22:40過ぎホテル帰着。明日は8時集合のオプシュナル・ツアー、楽しみです。(続く・・)
クリーティフ ホテル エレファント ホテル
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この旅行記へのコメント (4)
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- 子連れ旅人さん 2015/06/23 18:37:16
- ディアンドルですね☆
- nammosa21さん
こんにちは。クランプスへの投票有難うございました。
素敵なミュンヘン旅行記ですね。記事中にある「Angelmayer」のスカートはディアンドルという民族衣装ですね。オクトーバーフェストに女性はみなこのディアンドルを着て行きます。私が着たらおへそまでみえちゃいそうで、着たことないんですが・・・(笑)
また、お邪魔致しますね。
子連れ
- nammosa21さん からの返信 2015/06/26 09:57:28
- RE: ディアンドルですね☆
- 子連れ旅人さん、こんにちは。
「ビーア・ビッテ!の旅(5日目)」への訪問そして投票有難うございます。
「クランプス」の旅行記楽しく読ませて頂きました。日本の“なまはげ”などというものでは無いですね。真面に見られないくらい、顔、姿が怖いですね〜。
子供たちは、彼らに追い駆けられたらその日は悲惨ですね。夜は寝られないですね。うなされそうですね。
そんな、怖い一日が日本(秋田県以外)の風物、歳時記の中に有っても好いような気がします。ここだけの話ですが、わが家には魔女がいます!。
これからも宜しくお願い致します。
nammsa21
-
- ガブリエラさん 2012/12/18 22:07:43
- ミュンヘンの建物も、素敵ですねヽ(^o^)丿
- nammosa21さん☆
こんばんは♪
なぜか、縁のないミュンヘン・・
行きたいのに、機会がないのです(1度は、航空機遅延で(^_^;))。
素敵な建物が、たくさんありますね!
旧東ドイツの方とも違い、ローテンブルクなどともちょっと違う、細かい細工の建物に、くぎづけになりました♪
いつか、行ってみたいです(*^_^*)
ガブ(^_^)v
- nammosa21さん からの返信 2013/02/16 12:17:25
- RE: ミュンヘンの建物も、素敵ですねヽ(^o^)丿
- こんにちは。大変遅刻の返信になってスミマセン。
> なぜか、縁のないミュンヘン・・
・「ビーア・ビッテの旅(5)」漸く終わりました。ミュンヘンはビールと白ソーセージとサッカーの街と思っていましたが、なーんと美術館が良かったですね。ゆっくり見る時間が必要だと思いました。
私は、これからローテンブルクの旅行記の完成、そしてドイツの旅の完結に向けてもう一度(4トラベル画面上の)旅しますので、完成したらまた訪問してくださいね。じゃまた。
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