2012/06/10 - 2012/06/10
1291位(同エリア2039件中)
滝山氏照さん
甲州街道の一部として多摩川の支流である浅川を渡る大和田(おおわだ)橋の橋詰に八王子空襲に関する説明板があります。
『焼夷弾・弾痕の保存について』
「八王子市は太平洋戦争終結の13日前、昭和20年8月2日未明に、米空軍のB29爆撃機180機の空襲を受け、約450人が死没、2000余名が負傷し、旧市街地の約80%の家屋が焼失する被害を受けました。
大和田橋の歩道上には、この空襲のとき投下された焼夷弾の跡が17箇所残っています。
車道の部分は過去の補修により、弾痕は残っていませんが、現在歩道上に残っている弾痕の数から推測すると橋全体で約50個以上の焼夷弾が投下されたと思われます。
建設省(当時)相武国道建設事務所では、この大和田橋の補修工事にあたり焼夷弾の弾痕を保存し、太平洋戦争の痕跡を永く後世に伝えるものです。
弾痕の保存については上下歩道上各1箇所は透明板で覆い、他15箇所は色タイルでその位置を示しています。
(平成9年10月、建設省関東地方建設局 相武国道工事事務所) 』
八王子市街がアメリカ空軍機により空襲を受けた事は漠然と知っていましたが、今般いつも利用している大和田橋に向かうと橋詰にその説明板が立っていることを発見した次第です。
従来より八王子市街の歴史散歩して社寺等を訪れますと、例えば戦国時代八王子城落城に伴う焼失により秘宝等が消滅という話はありますが、今般の空襲による市街の80%が焼失し、約450人の死亡と2000人以上の負傷は大きな被害であり誠に残念でなりません。
- 交通手段
- 徒歩
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大和田橋
多摩川の支流である浅川(あさかわ)を渡る大和田橋が見えます。甲州街道の一部で画面左が日野方面となります。 -
対岸風景
浅川の左岸にはホテルニューグランド(画面右側)と学生用マンションが並んでいます。 -
ホテルニューグランド
ホテルの右には結婚式専用のチャペルとなっています。イギリスから移築したビクトリア王朝時代の本物のチャペルです。(時折通りますと結婚式風景を見ることができます) -
焼夷弾・弾痕保存の説明板
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投下された焼夷弾跡
茶色のタイルが投下された焼夷弾跡です。 -
投下された焼夷弾跡
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投下された焼夷弾
投下された焼夷弾の弾痕を透明版板で覆って保存しています。 -
大和田橋橋詰
八王子方面側の橋詰には「大和田橋」と標識が建ってます。 -
浅川下流
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大和田橋橋詰
八王子方面の橋詰には交通標識があり、直進は甲州街道、右折はバイパスとなっています。
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