2012/08/21 - 2012/08/24
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Weiwojingさん
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瀋陽にはすでに2回訪れていますが、しかし、これまで「張氏帥府博物館」には行ったことがありませんでした。それで今回はぜひ見学したいと思っていました。
ここは中国の近代史の中で奉天系軍閥の首領としてその名を馳せたかつての張作霖と張学良親子の官邸兼私邸で、1914年に建てられました。
入口あたりから中国人の団体観光客がわんさと訪れ、人混みとマイクで説明するガイドの声が共鳴して、うるさいの何の、もうたまりません。有名観光地はどこも同じようなものですね。ガイドのマイクを利用しての説明だけはやめてほしいと思います。
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先ずはこの門から入ります。もうここから中国人の団体客が押し寄せ、すごい人ごみでした。幸いにして、人混みが途絶えたところで、やっと写真が撮れました。
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張氏帥府入口の建物。
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入口を入ると、こんな車が無造作に置かれています。張作霖や息子の張学良が利用したのでしょうか。
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博物館内にはこのような案内係の女性があちこちに待機していて、見学者の案内や質問に答えていました。
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歴史資料館に入ってみました。先ず目についたのはこの人物です。この方が張学良でしょうか。
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大帥府の中でも最も規模が大きい建物がこの「大青楼」で、1918年から22年までの5年間にわたって建設された3階建てのローマ様式の耐火レンガ建造物です。
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建物が非常に美しいですね。
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向かいの建物の屋根に2人の男性がいますが、何か修理でもしているのでしょうか、それともただ屋根の上で座っているだけなのでしょうか。
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この部屋には孫文と中華民国の国旗が飾られています。
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1階食堂です。多くの客がこの部屋で食事をしたり、談笑していたのでしょうね。
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2階ヴェランダの部分です。
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1918年に建てられた「小青樓」は、中国と西洋の両方の特徴を備えた2階建の大火レンガ造りの建物です。かつては張作霖の夫人や子女の住まいであったところです。
1928年、張作霖が蒋介石率いる北伐軍との決線を断念して満州に帰る途中、彼の乗った列車が関東軍の謀略により爆破され、瀕死の重傷を負った時、運ばれたのがこの建物で、西側の部屋でした。 -
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ひと通り見学が済み外に出ると、まだ見学箇所がもう1箇所ありました。それは「瀋陽金融博物館」で、1930年創建の銀行だった建物です。
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入口にこの建物の由来やどのように使われていたかを示すプレートがあります。
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建物の中は当時の銀行の様子を再現していて、興味深く見学することが出来ました。
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見学を終えて外に出ると、とうに昼ご飯の時間が過ぎていました。空腹に耐えかねて近くにあるレストランに入り、このようなワンタンを食べました。とても美味しかったです。
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