2012/10/08 - 2012/10/08
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ドクターキムルさん
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横浜市長尾台の丘陵部は長尾砦址であるという。鎌倉時代、鎌倉扇ケ谷の上杉氏の家臣であった長尾氏の館のあったところが長尾砦であり、長尾台御霊神社あたりには長尾氏の居舘跡が残っていたとされる。戦国時代になり、後北条氏の時代になると、永正9年(1512年)には玉縄城の出城として長尾砦が造成・整備された。長尾城とも言われる。
戦国武将である越後の上杉謙信は、永禄4年(1561年)、関東管領上杉憲政から上杉家を相続し、その報告に軍を率いて鶴岡八幡宮も参拝している。
現在でも空壕、塚などが残されているというが、東側の長尾台御霊神社のまわりにも西の畑にも全くその跡が見られない。昭和55年(1980年)に農地整備され、発掘調査が行われたようだが、長尾砦や長尾氏の居舘に直結する跡は見付ってはいないようだ。長尾台御霊神社本殿右横の看板と神社左横の坂道に建てられた看板だけがそれを伝えている。
長尾台御霊神社の背後に広がる広大な台地には畑が広がり宅地が点在している。西に行くほど高くなり林が残されている。そんな昔のことは何もなかったかのようにただ畑が広がる丘陵地である。このあたりを散策しても単に畑の中を散歩しているようなものだ。
(表紙写真は長尾台丘陵部の畑)
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