2011/08/08 - 2011/08/30
737位(同エリア1266件中)
たこさん
アメリカ横断もいよいよ大詰め。ワシントンとニューヨークにそれぞれ3泊。
ワシントンでは地震に遭遇し ニューヨークでは100年ぶりの台風直撃で ホテルに2日缶詰状態 おまけに帰りの飛行機は欠航に。
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8月22日朝ナイアガラを出発。この日は900キロ近く走行予定のため 6時頃にはホテルを出たはず。
ただワシントンに向うのもモッタイナイからと すこし回り道になるが9.11テロの現場に寄ってみた。ここはルートをグーグルアースで調べてた時 ここ一点だけ異常に投稿写真が多かったので気がついた。 -
3時近くに到着。ナイアガラから500キロくらいの地点だから 時間がかかり過ぎだが 途中警告ランプが点灯して どうするか考えていたからだ。 修理工場を探して相談したり(もっとも英語が通じてたとは思えないが・・)「どこから来た」の問いに「日本からだ」と答えたら笑っていた。隣町にトヨタがあるから「そこへ行け」と言われ 「それもそうだ」とトヨタのディーラーに行くと数百ドルする「なんとかパック」を勧められた。現地のユーザーと勘違いしてる。どうみても旅行者なのに・・。結局ハーツのレンタカーと分かると笑いながら「ノープロブレム」だから行けと言い出した。
結局 ヒヤヒヤしながらも最後まで警告ランプは点きっぱなしのまま走りきった。
もちろん一番最初にハーツのサポートに連絡したけど 何しろ要領を得ない。サポートに電話して「ジャパニーズデスク」を呼んでもらい 以降 ハーツサポート・通訳・自分 の3者で話をするのだが 警告ランプの位置を説明するのにも手間がかかり 何よりサポートの人の英語を私が理解出来たのに 間に立つ通訳の人が誤解してるなあ(車のことよく知らないのではないかな?)と思うこともあったりで 結局 通訳とサポートさんには申し訳ないけど時間の無駄みたいな感じだった。 -
9・11テロのユナイテッド航空93便の墜落現場はペンシルベニア州のシャンクスビルという所。ピッツバーグの南東100キロ近くの小さな田舎町。
資金が集まらず 写真のようなトタン張りの質素な建物と 20台とまれば一杯になるような狭い駐車場だけだった。
現在の状況は こちら。
https://www.nps.gov/flni/index.htm
建物には事故の様子や犠牲になった人の一覧があった。記帳ポストが有ったので記帳してきた。
犠牲になった40人の中に日本人が一人(20歳で早稲田の学生さん)いました。合掌。 -
墜落現場。
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ワシントンのホテル ここに3泊した。
アーリントンと云うところにあるデイズイン。ペンタゴンの西3キロくらいのところ。
デンゼル・ワシントンの映画「タイタンズを忘れない」で モデルになった高校がすぐ近くにある。ロケ地でもないし行かなかったけど。
2日目 朝食の時 隣のテーブルが日本人家族だったので声をかけてみた。「あんた誰?」みたいな応対で 声をかけたのを後悔した。日本人同士って何処か空々しい。 -
ワシントンの地下鉄。
駅の造りはどの駅も同じだった。ドラマ「NCIS」でよく出てくる。 -
車内。
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ホワイトハウス。
Farragut West駅で降りて5分くらい南に歩くとホワイトハウスに着くが 反対側のため 写真の場所へは大きく迂回しないとダメ。
周辺さすがに警備は厳重で ちょっと車道を歩いただけでも「ヘーイ」と声を掛けられた。 -
ワシントン記念塔。
ホワイトハウスの目の前ながら 一直線には行けないので ナンダカンダで1キロくらい歩く。グルリを囲む星条旗が綺麗で印象的だった。 -
周りは観光客だらけだった。この塔の中に入るのは有料なんだけど ダフ屋もどきにチケット売りつけられそうになった。日本語で「何ですか」と言ったら退散したけど。
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スミソニアン航空科学博物館。ここが一番の目的だった。
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期待が大きすぎたせいだと思うが 思ったより広くないと感じた。それでも航空機の展示が多く 見せ方にもいろいろ工夫されていた。
ジェット機の歴史の所で 日本の「橘花」が小さく絵で紹介されていたが あれはちょっと情けない。(高校の文化祭レベルに近い)テスト段階で終戦となり ほとんど飛んでないから仕方ないと思うけど。
意外な気がしたのは 太平洋戦争の真珠湾攻撃やレイテ沖・ミッドウエイなどの各海戦が写真や展示物とともに実に細かく紹介されてた事。
細かな字でびっしり書かれた英語が何処まで史実通りか疑問に思うけど 自分の父親が参加した海戦などは さすがにじっくり見て回った。 -
アポロの月着陸船。もちろん 本物は月に残っているわけで これは訓練等で使用したバックアップ用だと思う。
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左がグレン中佐 右がソ連のガガーリン少佐の宇宙服。ガガーリンの宇宙服がここに有るのが不思議な気がするが オークションで競り落としたものだそうだ。
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TBSの秋山さんの写真もあった。日本人最初の宇宙飛行士はこの人。
ガガーリンの「地球は青かった」や最初の女性宇宙飛行士テレシコワの「私はカモメ」など 歴史に残る名言を残しているが この人の宇宙からの第一声「これ本番ですか?」はダメですね。最悪。 -
こちらは自然史博物館。エントランス部分。
航空宇宙と比べて 建物の造りが複雑でちょっと分かりにくい構造になっている。 -
骨格見本の数が多く どれも見事だった。
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国会議事堂。
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国会議事堂から真西方向。
ワシントン記念塔まで2キロ半。さらにその1キロ向こうにリンカーン記念館がある。 -
国会議事堂前でテレビ中継に遭遇。後ろを通る時はちょっと緊張した。
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国会議事堂の北1キロ弱のところにある「Japanese American Memorial」。
戦争中 日系人と云うだけで全財産没収し僻地に強制収容した事実に対して 1988年アメリカ政府レーガン大統領が公式に謝罪したのを機にこのモニュメントが作られた。 -
鶴と有刺鉄線のモニュメント。
旅行に出る直前に テレビで日系人強制収容の実態のドキュメントを放送してて それを見て ココに行きたいと思ってた。
渡辺謙さんの語りで 日系人の名誉回復に尽くしたノーマン・ミネタ氏の話が中心で実話だから説得力があった。
近頃 アメリカの空港ではテロ対策のためチェックが非常にキツくなっているが それを立案し実行したのが 911テロ当時運輸長官だったこのミネタ氏。アラブ人の入国を制限せよ という世論に対して 自身の経験から人種による差別に強固に反対した姿勢は立派だったと思う。 -
ワシントン2日目 あちこち歩きまわって疲れたので 早めに帰りの地下鉄の駅に向かっている時だった。
道路工事の脇を歩いていると 少し揺れたような気がした。工事の振動かと思った程度のごく弱い地震だった。
ところが 2〜3分すると各建物から 続々と人が出てくるではないですか。もしこの人達が日本の地震を経験したらパニックになるだろう。
驚くべきことに まだ勤務時間内なのに この人達はみんな帰宅して行った。アメリカの公務員はどうなってんだ。 -
アーリントン国立墓地。
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ケネディー大統領のお墓。
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見物の観光客が多かった。
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有名なモニュメントだが ここはアーリントン墓地ではなく隣接する海軍施設内。
硫黄島戦勝モニュメント。 -
上の海軍施設から地下鉄に向かっているところ。
よく見ると 中央分離帯に人が居る。それも何人も。みんな通勤者で車道を横断して地下鉄の駅に向かってる。通勤も命がけ。 -
ここは第二次大戦戦勝記念モニュメント。
ワシントンは戦争のモニュメントだらけで 回らなかったが朝鮮戦争・ベトナム戦争などの記念広場が近くにあった。 -
リンカーン・メモリアル。
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上のリンカーンの目線で。
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同じくリンカーン・メモリアル。キング牧師が有名な演説をした場所。
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国務省。
この時はヒラリーさんが長官だったかな。
カメラを向けると「写真を撮るな」と警備の人に穏やかに注意された。
以上 ワシントンはここまで。 -
最後の宿泊地 ニューヨークに向かう途中。
ボルチモア郊外のクリフォードブラウンのお墓に寄り道。
交通事故で早死したジャズプレーヤー。この人のトランペットは必聴だと思う。 -
マウントザイオン墓地。ナビがないと限られた時間では辿り着けない場所だけど 途中裏道や気味の悪い道を経由して到着するわけで 日常でない心細さがよい思い出だ。
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さらにニューヨークに近づき フィラデルフィアに到着。
ここはジョン・コルトレーンの自宅だったところ。
州の歴史的建造物に指定されてるようだが 観光地でも何でも無く 周辺は大いに寂れ荒れた印象だった。 -
コルトレーンの自宅だった家。
jazz界では神様のような存在ながら大変質素な家だった。 -
コルトレーンの自宅から2キロほど。
フィラデルフィア美術館。
写真の中央よりやや下にある足跡がロッキーステップ。映画ロッキーでスタローンがトレーニングした場所がここ。 -
フィラデルフィア。
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ロッキー像。上の階段に向かって右にひっそりと。
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ニューヨークのホテル到着。ここに3泊して横断旅行が終わるはずだった。
ニュージャージーのコンフォートイン。 -
マンハッタンに出るにはハドソン川を渡らねばならず フェリー乗り場へ。
フェリー乗り場には「ロボンギ」というお寿司屋があった。経営者は絶対に韓国人か中国人に違いない。 -
ニュージャージーからマンハッタンへフェリーで向かう。
退役した空母イントレピッド。今は海上航空宇宙博物館になっている。 -
マンハッタンの第一歩。
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グランドゼロ。
ニューヨークはとにかく騒々しい。クラクションがひっきりなしに鳴っている。二度と行く気がしない。 -
自由の女神を見るためフェリー乗り場 到着。
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スタテン島に向かうフェリーは地下鉄の代替からだと思うが無料だった。
写真は望遠レンズなので大きく映っているが 実際は距離がありかなり小さい。 -
ダコタハウス。
ジョンレノンの住んでいた高級住宅。この1階でジョンレノンが射殺された。 -
ダコタハウスからセントラルパークに入ってすぐ。
イマジン碑。ものすごく観光客が多かった。 -
ホテルの部屋からハドソン川越しにハーレムあたりのニューヨークを見る。
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ニューヨークでは100年ぶりとかのハリケーン直撃でホテルが冠水した。
940ミリバールまで発達した。(アメリカではミリバール表記をするみたいだ) -
テレビ。大手局はほとんど終日こんな感じだった。
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ホテルフロントもこの有り様。
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救急車と消防車が待機し様子を監視してた。
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前日までこの車の横に止めていたが 直前に移動したため水に浸からずにすんだ。移動した時はタイヤが10センチほど浸かっている状態だったが それが見る見る増水し10分遅かったら移動できたかどうかわからない。ほんとにラッキーだった。ホテルにほぼ2日缶詰状態で テレビやインターネットで状況を把握してた。翌日の帰国の飛行機が飛ばないとメールが届き どうしたものかとあれこれ考えた。
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慌てて空港近くのホテルを予約した。とにかく空港近くに居ないと心配だったし 最悪空港で一泊もありかも と考えてた。旅の経験が少ないし言葉に不自由してて心細かった。
写真は空港近くのホテルに向かう時にとったもの。水はかなり引いていた。 -
ジョージ・ワシントン橋。ハドソン川を渡る。
ケネディー空港へ行くため ニュージャージーからマンハッタン方面へ。
西海岸に比べて東海岸は有料道路がずっと多いけど この時は全部無料で開放されていた。 -
急遽予約したホテル。ベストウエスタン。窓に合板を貼り付けた様はちょっと大げさな気がしたが 毎年台風の来る日本と違い100年ぶりではこうなってしまうかも。
中は大混雑で食事する場所もぎっしりすし詰め状態で 自分らは近くのスタンドで「チン」する食材を買ってきたが 電子レンジすら順番待ちだった。
この頃には翌日一番で代替機が飛ぶとメールが来ていたし落ち着いていた。 -
今回の旅行の行程。
とにかく3週間の横断旅行も終わりです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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