2008/07/25 - 2008/08/15
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みなみやまさん
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画像:河北省承徳・外八廟・『普陀宗乗之廟』大紅台
清朝「避暑山荘」 からみなみやま撮影
康熙帝以来、避暑山荘は歴代皇帝の夏宮となり、紫禁城ではなくここで政務が執られた。
18世紀から19世紀には中国政治の重要な舞台となった。
山荘は宮殿区と風景区(湖景区・平原区・山景区)に分かれる。
「麗正門」には、漢族、満州族、チベット族、蒙古族、ウイグル族のそれぞれの文字で刻まれた石版がある。
画像の左側。右側の石版は、世界遺産の表示があった。
入場料は90元。(120元に値上がりしているという情報がありました。)
さらに、通票200元、連票180元の表示もあった。
入場できたのは、12時だった。
さあ、駆け足で・・中を見よう。
8/9:15日目:北京着早朝→乗り換え→承徳 /承徳泊(370元)
8/10:16日目:チベット仏教寺院見学/午後ミニバスで秦皇島へ
夜行列車で北京へ
8/11:17日目:北京早朝着、高速鉄道CRHで天津へ/天津3泊(天津友誼賓館)470元×3
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
まず、地図で説明しよう。
山東半島の青島(チンダオ)火車站から北京火車站へ。
ここで、乗り換えて河北省承徳へ。
となる。
承徳は『天津幸福飯店』(現在『ちょいとそこまで。il diario di Nina Panino 』)ニーナ・パニーノさんの旅行記を見た記憶があった。
それと、簡単には行けないチベット自治区のラサのポタラ宮をモデルに清朝第6代皇帝乾隆帝60歳を記念して建てた寺(1771年完成)があると聞いていた。
時刻表では、北京→承徳4時間18分と書かれていたので、つい惹かれてしまった。
実際は5時間30分1時間以上の遅れだった。
列車での移動は簡単のようだが、ローカルな列車旅で結構疲れるものだった。
長途汽車なら北京→承徳は3時間30分だそうだ。 -
特快列車は2008年8月8日20時14分発。
北京オリンピックの開会式の6分後。
T26次。7車048号。
真空調硬座特快 116元。 -
特快の候車室は、地下ではなく、1階のがらんとした場所。
ここで、時間待ちをする。
女性警察官が、チケットのチェックをしている。 -
みなみやまも、乗車まで時間をもてあましながら、マイお茶を飲んで時間をすごす。
無事、乗車。
満席だ。
候車室では、窓から外にある大きな液晶テレビが見れて、オリンピック開会式を中継していた。
これは、あとでわかったが、北京南站。
最新の近代的火車站だったのだ。
新しすぎて、北京南站へのアクセスがないのだ。 -
しかし、みなみやまは、それを見ることはなかった。
列車は、定刻に発車。
早朝に、午前5時19分、北京に着いていた。 -
この時点では、まだ、「北京南站」の開業を知らなかったみなみやまである。
「早朝に、午前5時19分、北京に着いた。」とは先に書いておいた時間だ。
このときは、北京オリンピック観戦には、興味がもてなかった。
そこで、北京站に着いたあと、北京には留まらず、北京から行ける場所を探していた。
そこで、目に留まったのが、清朝の「避暑山荘」がある「承徳」だった。
時刻表を見るとN211次列車が6時30分発だ。
北京に着いて、1時間あまりで、切符を買って列車に乗ることは冒険だ。
時間切れの可能性もある。
しかし、幸運にもそれが実現したのだった。
実は、改札を出ずに切符が買えたのだ。
それは、偶然だった。
北京站に到着したあと、ホームから地下に降り出札口へ向かった。
すると、出札口の手前に、行列が出来ていた。
「集票処」という表示が目に付いた。
まだ、夜が明けたばかりの時間だった。
すんなりではなかったが、切符が買えたのだった。 -
北京火車站「北京→N211次→承徳」
2008年8月9日06:30開
09号004号
新空調軟座快速
\61.00元 -
北京火車站
-
北京→承徳 5時間半の鉄道の旅の始まり。
さて、切符がすんなり手に入ったみなみやま。
今回は、軟座にしてみた。
61元は、900円あまり。
高くはない。
切符が手に入り、出札口を出る。
ここから、再度、荷物検査を受けて、北京站に入り直す。
この辺は融通が利かないのだ。
改札が始まり、4站へ。
なんか変だ。この通路。
無事、列車に到着。
この車両は結構、古いタイプだった。
列車は、定刻に出発した。
この日の北京の天候は、珍しく「雨」だった。
久しぶりの軟座。
席は半分ほど埋まっているがあとは空席だ。
列車の一番端の4人がけ席を一人で使う。
窓は汚れていて、写真写りは悪い。
おまけに雨だ。 -
北京站を出た列車は、北京東站を通過し、東へ向かう。
北京から秦皇島站へ向かうルートだ。
そして、さらに線路は北へ分かれた。
北京の北側は、すぐに山の中に入る。 -
在、唐山→承徳の高速公路が建設中で、完成後は天津方面の移動がかなり短縮されるだろう。
今回の、承徳→秦皇島のミニバス移動はかなりハードなものだった。
さて、雨の中を承徳行き列車は走った。 -
12時少し前に、N211次は承徳站に到着した。
この列車、列車プレートは、快速となっていた。
アルファベットではKとなり、普快よりランクは上だ。
しかし、とても「快速」とはいえないローカルな列車だった。
さて、承徳の天気は晴れ、むっとする夏の中国内陸の気候はとても中国らしかった。
昼前に、列車は、承徳火車站に到着した。時間は11時。
ホームは、空が見えるのんびりとした雰囲気。
確か今日は週末。
遊びに来たお客さんが確かに多い。
ホームから直接出札口(出站口)へ。 -
みなみやまは、タクシーの客引きには目もくれず、「歩き方」を信じて、公共汽車(市内バス)に乗り込む。
まずは、「避暑山荘」に行き、近くで宿探しだ。
ということで、市内バスに乗り込む。
1元バスなので、特に問題はない。
バスは、地方のバスそのものだった。
しかし最初から、「歩き方」には裏切られたのだった。 -
バスは、承徳站をでて、川を渡り、街中へは行って行く。
しばらくすると、乗客がたくさん降りた。
ここで、降りたらよかったのだが、世界遺産「避暑山荘」前に行くと確信していたので、そのままやり過ごす。
ところが、バスは町外れまで走り、何と終点のバスの車庫まで行ってしまったのだった。
仕方がないので、後戻り。
さっきの乗客がたくさん降りたところで降りて、地図を頼りに歩いていくと世界遺産「避暑山荘」だった。 -
しかし、簡単には宿は見つからなかった。
「没有」の連続だった。
やはり観光シーズンのようだ。
おまけに、北京オリンピック開催中というので、ランクの低い安宿の賓館では、外国人はダメと断られた。
最終的には、立派な「四海国際飯店」に落ち着いた。
値段は高かったが(370元窓なし)仕方がない。 -
最終的には、立派な「四海国際飯店」に落ち着いた。
値段は高かったが(370元窓なし)仕方がない。
こうして、承徳の宿は決まったのだった -
康熙帝以来、避暑山荘は歴代皇帝の夏宮となり、紫禁城ではなくここで政務が執られた。
18世紀から19世紀には中国政治の重要な舞台となった。
山荘は宮殿区と風景区(湖景区・平原区・山景区)に分かれる。
「麗正門」には、漢族、満州族、チベット族、蒙古族、ウイグル族のそれぞれの文字で刻まれた石版がある。
画像の左側。右側の石版は、世界遺産の表示があった。
入場料は120元に値上がりしたらしい。。
入場できたのは、12時だった。
さあ、駆け足で・・中を見よう。 -
実は、避暑山荘は、80%が山景区が占める。
宮殿区、湖景区・平原区で20%。
回りは、ちゃんとミニ長城(煉瓦壁)で囲まれている。 -
清朝「避暑山荘」入口「麗正門」
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次は、内午門。「避暑山荘」の額は康熙帝の直筆。
その奥には、皇帝が政務を執った宮殿がある。 -
さらに、「四知書屋」という建物。
書斎じゃなくて皇帝の休憩所だそうだ。
ここで、チベットのパンチェン・ラマ6世やモンゴルの王族に会った。 -
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その奥には、十九間照房。近侍が住んだ。
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さらに、宮殿の一番奥にある「雲山勝地楼」。
1711年に建築。
上階へは、外からの石段で上がる。 -
これで、宮殿区はおしまい。
団体客の間をすり抜けて宮殿区を一通り見て回った。
外に出る前には、しっかり、土産物屋があるのだった。
宮殿区から外に出ると、広い・・・とその時は感じた「湖景区」にでた。
その湖景区を歩いてみることにした。
時間は、午後2時。1時間あまりの行程だった。 -
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広大な湖景区は江南の西湖を模して作られた。
みなみやまは、ただ暑い日差しの中闇雲に歩き回っただけだった。 -
広大な湖景区
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広大な湖景区
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広大な湖景区
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広大な湖景区
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広大な湖景区
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このあと、宮殿区に近くまで戻ると、ミニバス乗り場があった。
40元で山景区を回るらしい。
高いと思い、一瞬やめようと思ったが、思い直した。
二度と来るわけではないと。
それは大変正解だった。
みなさんも、平原区ははずしても、別料金でも山景区は登ってくださいね。
ところで、再度「避暑山荘マップ」の登場。
ガイドが黄色の旗で指している先が、ちょうど、ミニバスの発着地点。
地図には「環山路線」bus-ride line
赤丸は「主要景点」major attraction
と書かれている。
実際、本当に山を一周するミニバスだったのだ。
画像は、乱れがあるが雰囲気を紹介するために紹介しよう。 -
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「四面雲上亭」が最高峰か?
そのあと、アップダウンで城壁が見える。
こんな山の中にも城壁があるのがさすが大中国だ。
金に糸目をつけず作り上げたのだろう。 -
これで終わりかと思ったが・・・・。
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城壁万里の長城ミニチュア版か?
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城壁
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これが周遊バスだ。
城壁から少し降りたところで下車だ。
とにかく、今日は観光客が多く、周遊バスが数珠繋ぎ。
城壁まで歩いて登る。 -
えええええ!!!!絶景だ!!
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最高だ!!!!!!
期待をしていなかっただけに、最高の景色だった。
だから、ミニバスに乗ったのが正解だったのだ。 -
歩いてみてわかったのだが、とても立派な城壁だ。
山の高さを考えると、万里の長城を想起させる。 -
これは、確かに清朝になって建造されたはずだ。
八達嶺の長城は、明代以後の修復建造である。
違いがあるとするならばそこだろう。 -
この後は、ミニバスは、休憩所により、そのまま山景区を駆け下りた。
ちょうど平原区を走り抜け、再び湖景区へ。
団体客は、途中下車して茶芸館に向かった。
ミニバスは、無事始発点に戻った。 -
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山荘出口は、別だった。
そのまま、山荘正面まで戻る。 -
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「避暑山荘」前面
さてこのあとどうしたものか?
時間は、午後3時半を回っていた。
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