
2012/08/18 - 2012/08/26
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8月のお盆の時期に9日間の休みがもらえるということで、海外旅行を計画。
東アフリカ、西アフリカ、ギアナ高地、モロッコ~オランダ縦断といろいろ考えたが、お盆でありちょうどいい飛行機が空いていなかったため今回も結局登山に決めた。
前回5900mを超えても高度障害が全くなかったため、今回は6000mを超えることを目標にした。
短期の日程で初心者でも登頂可能そうな6000m峰をさがすとボリビアのワイナポトシ(6088m)かインドのストックカンリ(6137m)、前回チャレンジできなかったエクアドルのチンボラソ(6267m)の3択。
エクアドルは前年行っているし、他2つで迷ったが、やはり人生で1度はヒマラヤ山脈に属する山に登ってみたいと思いインドのラダック地方にあるヒマラヤ山脈西端に位置するストックカンリに決めた。
日程は9日間というギリギリの日程。高度順応を十分にする間もなく登り始めなければならず、登山の出発点レーと首都デリーを結ぶ飛行機は欠航が多いと聞いていたので、日程内に日本に帰れなくなる恐れもあったため社会人なのにこれでいいのかと最後まで悩んだが、飛行機の手配も保険をかけて決行することにした。
また、ガイドや登山道具も現地で手配しようと思ったためギリギリの日程がうまくいくかどうか運の要素も大きかった。
結局現地で自分のサイズの登山靴だけみつからず、軽登山靴ですらないローカットのハイキングシューズで臨むはめになってしまったが、なんとか無事登頂することができた。
6000m峰も登ることができたので、登山に関しての目標は達成。
スリルは十分に味わえたのでしばらくはテニス、ゴルフの上達に励もうと思う。
5日目はアッパーBC(約5000m)からストックカンリ山頂(6137m)、そしてBCへ帰り、翌日にストック村へ。
7日目にはデリーに帰り空港近くの宿に宿泊。疲れていたので観光せず深夜便で帰国。
帰国後に短期記憶、集中力の低下が。。慣れない高所で、低酸素により脳が少しやられたか、思い過ごしならいいのだが。。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- タイ国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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-
5日目。
午前0時に起床。
天気は穏やか。
自分がアタックした日の天候だけは恵まれていた。
その前々日、前日、翌日と夜間に相当激しい雨、風の天候だったので運がよっかった。
天候は良かったが、起きてみると体調は最悪。
あれだけあった食欲はなく、アタック前最後の食事、水分ともに全く口にする気になれない状態であった。
食べ物の臭いをかぐだけでもどしそうになる状態であった。
こんなときのためにレーでカロリー摂取用のチョコバーを5本ほど購入していたので、1本は吐きそうになりながらも胃袋に入れた。
頭痛もあり、体は重い。これはヤバいなと思いながらもフル装備で出発。
レーで購入したヘッドランプが今まではつかえていたのにつかない。。致命的。。スペアの電池を持って来ればよかったと後悔するもどうにもならない、小さい懐中電灯も持っていたので左手は使えなくなるが仕方ないのでこれでおぼつかない足元を照らしながら登っていった。
ガレ場が多く、そこの柔らかい自分のトレッキングシューズには相当堪える。しばらく登ると氷河が出現。
ここまでかと思いつつ、ガイドに引き返すかと声をかけるも、この靴でも行けるから大丈夫との返事。
半信半疑ながら登山続行。
雪解け水が勢いよく流れる川を3回ほどわたる。グリップ力がないのでジャンプした時に滑るのではないかとほんとに怖かった。
流されたら死ぬし。。
氷河をなるべく避けるルートを取り、アイゼンをつけずになんとか越える。 -
左手にはついたり消えたりするあまりいいとは言えない懐中電灯、右にはピッケルを持ち無心に登っていく。
稜線に到達したあたりから(6000m弱くらいか?)いくら息を吸っても苦しくなる状態になった。小休憩では体力も回復せず、次第にペースは遅くなり、最後の急斜面は、短い距離なのにだいぶかかった気がする。
現地時間8月23日午前6時40分、ストックカンリ山頂に到着。 -
山頂にはルンタが掲げられていた。
去年登ったエクアドルのコトパクシ(約5900m)の天候は悪く、強風も吹き荒れていたため、今回の登山は比較するとだいぶ楽だったような気がする。
トレッキングシューズではなく、ちゃんとした登山靴を履いていたらもう少し快適だったはずだし。 -
アイゼンを履いていないので、山頂では滑らないように恐る恐る歩いていた。
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30分くらいボーっとしていた。
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携帯の待ち受けにしているお気に入りの一枚。
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結果的にこんな靴でいけました。
前回雪眼で下山中に片目を一時的に失明してしまった経験から、日本でド入りの結構な値段のサングラスを買っていきましたが、次回の高所登山が今後の人生で万が一にもあるならば靴も日本でちゃんとしたものをさがさないとだめだと思いました。 -
いろいろな標高がありますが、この頂上のTシャツには6137mと表示されていました。
ここらが高さ的には素人が挑戦できる限界の山ではないでしょうか。
仕事もあって、若いうちにこんな挑戦ができるとは嬉しい限りです。 -
下山。
自分は登頂にほとんどの体力を使い果たすらしく、今回も下山はしんどかった。ガイドもあまりの遅さにイライラしていた。 -
ガレ場ばかりなので、底がちゃんとした靴でないと足首が痛くなります。
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1本道に入ってからはガイドを先にいかせ、2時間ほどの道のりを自分のペースでヒマラヤ単独行を楽しんだ。
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遠くにベースキャンプが見えてきました。
5000m付近なのに空気が濃くなったと思えることが不思議でした。 -
99%の体力を使い果たしたような感じでした。
一旦横になると何もしようとは思わなくなり、鼻を噛むのも、メガネをとるのも、寝袋を取り出すのもすべてがおっくうで、しようと思ったことがすぐにできない状態でした。
うつ病になるとこんな感じになるのかなと思ったり。。
顔面には軽度浮腫がきています。四肢の浮腫は最初の2日間だけでいつの間にかひいていました。 -
着いたら疲労からか、何も食べずにひたすら横になっていました。
全く胃の中に何もないはずなのに、食欲はわかず、体も動きませんでした。
ガイドがせっかく作ってくれた夕食もパス。
結局アタックの日は午前1時から翌日の朝までチョコレートバー3本と水しか口にすることができませんでした。
アタック前日の午後6時からアタック翌日の午前8時までおよそ38時間にチョコバー3本分のカロリーしか摂取できていなかったことになります。
我ながら久々に無茶したなと思いました。
一応戻ってきたといってもBCの標高は約5000m。夜は頭痛と寒さのため、寝ては1時間おきに目が覚め、さらに見る夢はすべて悪夢で、最後の夜は悶え苦しみました。 -
翌朝、一気にストック村まで戻る。
体調は完全に回復し、頭痛も消えた。
朝食を食べ、ハイペースでストック村へ。 -
ほぼ小走りのようなハイペースでなんとアッパーベースキャンプから、ストック村まで3時間45分程で到着。
2日かけて歩いてきた道のりをあっという間に踏破してしまった。
酸素が濃くなるだけで疲労度は全然違う。
ストック村では、ビールをふるまわれ酒に弱い自分はコップ1杯だけいただいた。ここは帰ってきたと言っても3500mほどの高地、普段から弱いため、1杯だけで頭から血の気が引き、立ち上がると目の前が真っ白になり、立位を保てなくなった。
しばらく横になる。
山頂でアルコールを飲む人もいると聞くが、調子に乗って自分がやったらリアルに死ぬかもと思った。 -
馬の渋滞
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はるかかなたに見えるストックカンリ。
ほんと良くあそこまで到達したと実感。 -
再びYak tail Hotelに宿泊。
停電が頻繁におきる。ろうそくが電気代わりになる。
前回エクアドルのコトパクシ下山翌日でもそうだったが、日焼け止めをしていても汗でとれて強い紫外線を浴びるようで皮膚はボロボロ、重度の日焼けのため日焼け止めを塗り忘れていた首筋などには水疱ができている。
特に顔は髭をそっていなかったせいもあるが10歳くらい老けたのではないかというぐらいダメージを受けていた。 -
翌早朝、レーからデリーへ。
-
エコノミーが予約できず、仕方なしにレー→デリーの便は8席しかないビジネスクラスを予約したのだが、シャー・ルク・カーン というインドでは大物映画俳優と席を挟んで乗り合わせた。
VIP扱いで、一番最後に乗り込んできて、別出口から降りて行った。
自分は有名人とは知らなかったので、物凄いオーラがある人やなと思っていたのだが、やたら客室乗務員たちが気を使っているのと、屈強なボディーガード、マネージャーらしき人がついていたのでなんとなく俳優かなんかだとは感じた。
着陸後、ビジネスはカーテンでしきられていたのだが、インド人が大半をしめているので乗客が彼に気付き、ビジネスの座席に殺到、写真やサインをねだりだした。
ボディーガードが乗員をビジネスクラスの座席の方に来ないよう立ちふさがり、そのうちにシャー・ルク・カーンは別出口からどこかに消えた。
ちなみにシャー・ルク・カーン御一行のすぐ後ろが自分だったためそのままわからず別出口について行こうとしたらボディーガードかマネージャーかに怒られた。
いやいや、降り口が別にあるなんて普通わからんて。
あまりの人気ぶりにあとで一緒に写真をとってもらい上機嫌な乗客の一人に彼の名前を聞いたらシャー・ルク・カーンと言っていた。
あとでググってみるとインドでは結構な有名人だと判明。
せっかくあんな近くに居合わせたのだから一緒に写真くらい撮っておけばよい記念になったのに残念だ。 -
デリーでは到着してから雨がふ観光する気にもなれず、雨が降っていて近くのホテルに宿泊。
久々のホットシャワーを浴びれた。 -
デリーでは空港の近くの宿を探して適当に宿泊。
数年前に友人とネパールとインドを旅行した際、デリーでラール・キラーにお金の残りが少なくて入れなかったので、今回はラール・キラーを見るためにオールドデリーまで足をのばそうと思ったが、雨が降っていたためめんどくさくなって一日中ホテルのベッドの上にいた。
不思議なことに筋肉痛もなかったが、疲労感はいくら寝ても取れない。
当日に深夜の便で日本へと帰国。
明日からまた仕事がはじまると思うと現実に引き戻される。
2日後に控える症例レポートも症例発表の原稿も手つかずのまま。。。
代償はしっかり払わなければならなかった。
登山に関しては目標としていた6000m峰も、ヒマラヤに登るという夢もかなったため、今回で一区切りついた。
去年のコトパクシ山で精神的にも肉体的にも結構な極限状態を経験したため、今回はある程度は焦らず状況を受け入れることができた。
帰国後、集中力の低下、短期記憶の低下をきたしているような気がする。普段運動もあまりしない人間が高所順応に時間をかけずに5000〜6000mの標高にとどまるとやはり低酸素状態にさらされることにより脳にダメージを受けるのだろうか。ネットで検索するとそのような文献報告が多数あり、自分のただでさえ数少ない脳細胞が多少なりともダメージを受けているだろうということにショックをうけた。
社会人なので、次回海外旅行をする機会があれば安全第一の旅行を心がけるようにしようと思った。。と前回の旅行後も思っていたが笑
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この旅行記へのコメント (2)
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- durianさん 2018/09/23 20:14:40
- 標高6000mですか
- t-swanさん
初めまして。ストックカンリでついこの間、日本人女性が高山病で亡くなったという話を聞いたのでどんな山が4tra で検索したらt-swanさんの旅行記を発見し見させていただきました。凄い標高6000mなんですね驚きました。私も今年の夏にザンスガールに旅行しレー到着の夜に高山病になり頭痛吐き気を起こしました。レーに向かう前には三浦ドルフィンで標高4000mから5000m訓練も4回行ったのですが高山病になりましたが呼吸法を教えてもらっていたので大事にはなりませんでした。標高に順応してゆっくり登ってもストックカンリは結構大変な山なんですね。
durian
- t-swanさん からの返信 2018/09/24 13:45:07
- RE: 標高6000mですか
- durianさん
こんにちは。そうなんですね。。亡くなられる方もおられるんですね。
私は高所には比較的耐性がある方なのかもしれません。
ストックカンリは4泊か5泊で徐々に登り、難所もないので健康で体力さえあれば登頂できるんだと思います。高齢の欧米人たちもみかけました。
レーはまた行ってみてみたいと思う数少ない地域の一つです。
durianさんの旅行記はみな写真がきれいですね。
レー、ブータンの旅行記を見ているとまた一人でふらっと出かけたくなってきました。
t-swan
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