2012/08/19 - 2012/08/19
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横浜市港南区港南台2にある安養寺は高野山真言宗のお寺で東宮山無量院安養寺という。鎌倉時代の創建とされる。当時は大伽藍を擁していたが、室町時代の大永元年(1521年)火災にあい、翌年再建された。しかし、大正12年(1923年)に起こった関東大震災で倒壊し、その後、草ぶきのお堂が建てられた。当時、田舎であったこの地方では茅葺きが普通である。
現在の鉄筋コンクリート製の本堂は昭和53年(1978年)に再建されたものである。「無畏城」の扁額が掲げられている。この言葉は先代(現住職の父)にゆわれのある言葉であるという。「大日経」に「六無畏」とあるが、その城という意味であろうか。
本堂横の銀杏の木は樹齢300年程度に見えるのであるが、住職にいわせると子供の頃からほとんど大きくなっていないという。この銀杏の木を残すように本堂の位置を決めたのだという。要は、本堂の位置は昔から殆んど変わっていないのだという。また、境内も現在と同じく狭いものであったという。
港南台となって宅地開発がなされる前は、宮ヶ谷道(現在の舞岡上郷線)と鎌倉古道の小坪街道とが日野川のあたりで合流していた。また、お寺の裏には山があった。この山裾にやぐらが7つあったとされる。住職は見た記憶がないというから、子供の頃に宅地開発で破壊されたのであろう。しかし、鎌倉在のこのあたりにやぐらがあるとは少し疑問な点もある。現在、残されている「深田横穴古墳(横穴墓)」でさえも「深田やぐら」として認識されているからである。後世(室町時代)に改修し、五輪塔を彫ったりして新たに埋葬施設とする場合も有り得る。ここ「安養寺やぐら」もそうしたものではなかったのか?「安養院やぐら」の名もあるくらいであるから、全くのところ当てにはならない。
お寺の裏にあたる四ッ切共同墓地の外側には港南台の開発に伴い、周辺から集められた石仏や供養塔が祀られている。最も古いものは寛文12年(1672年)の念仏供養塔であり、他に庚申塔が5基、馬頭観音塔が1基、常夜灯が1基あるという。
(表紙写真は安養寺本堂)
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