2012/05/20 - 2012/05/20
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mas98765さん
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中央墓地とザンクトマルクス墓地に行って作曲家たちのお墓参りをします。ついでに、このとき初めて乗った路面電車の話をします。
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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2012年5月20日(日)
今日は最初に作曲家たちのお墓参りをします。まず、地下鉄U3線に乗って終点のジンマリング(Simmering)まで行きました。現在8時12分。
(参考)周辺の地図
http://maps.google.co.jp/?ll=48.170536,16.420698&spn=0.004057,0.010568&t=m&z=17&brcurrent=3,0x0:0x0,1 -
駅を出ます。中央墓地まで行くためにここから路面電車に乗るわけですが、通りの向こう側に行くべきかこちら側で待つべきか迷ってしまいました。
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結局、こちら側が中央墓地方面の停留所と判明。8時18分、ここから路面電車に乗ります。
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手持ちのガイドブックでは71番と書かれていましたが、6番に乗ってもいいのです。
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Simmeringから乗って右向きに行き、Zentralfriedhof2.Tor(中央墓地の第二門)で降ります。
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窓はこんな感じで
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降りるときはこのボタンを押します。後で写真をのせるように違うタイプもありました。
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目的の停留所です。8時24分、降ります。
(参考)周辺の地図
http://maps.google.co.jp/?ll=48.154484,16.441694&spn=0.004058,0.010568&t=m&z=17&brcurrent=3,0x0:0x0,1 -
降りたところで
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右を向くと、
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このような門があります。
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左側と
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右側はこんな感じで
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これが中央で
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第二門と書かれています。
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8時26分、中に入ります。
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傍らに案内板があります。見どころがいくつかあるようで、番号とともに上側に写真付で紹介されていますが、
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時間の都合上、今回目指すのは2番で示されている32Aという区画です。
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中央の道を進んでいきます。
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このような場所を通ります。
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上空で音がしたので見上げてみると、飛行機が真上のやや低い位置を飛んでいます。飛行機は頻繁にやってきました。これではお墓の人たちも落ち着いて眠れないかもしれませんね。
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「市立の墓地造園」というような案内板の矢印が斜めをさしていて、
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その方向を見るとこんな感じです。この先の方に何かあるのかもしれませんが、
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もとに戻って中央の道をまっすぐ行くと
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中央のつきあたりには教会がありますが、
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8時34分、このあたりの位置で左手を向くと
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このような場所があって
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「MUSIKER(音楽家)」という看板があります。その方向に目をやると
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正面に有名な作曲家たちの墓碑があります。わたしはクラシック愛好家の端くれなので、このアングルの写真は過去に何度も見ていました。逆光で左上に丸いものが出てしまっていますが、何枚か撮った写真のうちこれが一番よかったのでこの写真をのせました。
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朝早くて人の姿がなかったのですが、ここのベンチにカメラを置けば、ちゃんと自分の記念写真を撮ることができました。
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真ん中のこの像はモーツアルト(1756-1791)です。でも、モーツアルトはここには埋葬されていなくてただのモニュメントです。モーツアルトは天才的な作曲家で、天使的な曲をさらりと書き上げていったことで有名です。派手な生活をし過ぎて経済的に苦しくなってしまい、寂しい生涯を閉じました。
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正面左手はベートーヴェン(1770-1827)です。
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上から見ていくと、
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このようなマークがあって、
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ベートーヴェンの名前が記されていて、
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ベートーヴェンは実際にここに埋葬されています。ドイツのボンで生まれましたが、ここウィーンで活躍し、亡くなりました。難聴と闘いながら時間をかけて素晴らしい音楽をいくつも作曲したことで有名です。葬儀には多数の市民が参列したそうです。わたしがクラシック好きになったきっかけは月並みですがベートーヴェンの「運命」です(そのときは小学生でした)。
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正面右手はシューベルト(1797-1828)です。
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レリーフとともにシューベルトの名前が記され、
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このようなマークがあって
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ここに埋葬されています。ここウィーンで生まれ、ウィーンで亡くなりました。歌曲を中心に、メロディーの綺麗なたくさんの曲を作曲しました。ベートーヴェンを尊敬していて、亡くなったのもベートーヴェンの翌年でした。
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これら3つの墓碑がある広場の左手にも墓が並んでいます。
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左から見ていくと、まずはハゼナウアーという人の墓です。オーストリアの建築家だそうです。
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その右隣はヨハン・ヘルベック(1831-1877)という人の墓です。ウィーンで生まれウィーンで亡くなった指揮者・作曲家です。
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その右隣はフランツ・スッペ(1819-1895)の墓です。オーストリアの作曲家で指揮者や歌手としても活動しました。「軽騎兵」などで有名ですね。
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その右隣はストライヒャー家の墓です。息子のJohann Baptist Streicher(1796-1871)、父のAndreas Streicher(1761-1833)、母のNanette Streicher(1769-1833)という3人の名前が記されています。ピアノ製作者の一家だったようです。
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今度は広場に向かって右側の墓を右から順に見ていきます。
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一番右はカール・リッター・フォン・ゲーガ(1802-1860)という人の墓のようです。ゼメリング鉄道を設計したエンジニアのようです。
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その左隣はNicolaus Dumba(1830-1900)という人の墓です。ギリシャ系のオーストリアの実業家で芸術や音楽を保護したようです。
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その左隣はブラームス(1833-1897)の墓です。バッハ、ベートーヴェンとともにドイツ音楽の「三大B」と呼ばれる有名な作曲家です。ハンブルクで生まれ、ウィーンで亡くなりました。
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その左隣はヨハン・シュトラウス2世(1825-1899)の墓です。「美しく青きドナウ」などの数々の有名なワルツを作曲した「ワルツ王」で、ウィーンで活躍しました。3番目の奥さんアデーレ(1856-1930)もここに一緒に埋葬されています。
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ここで振り返ります。この位置の右手後方にシューベルトの墓があって、右手は広場で、写真中央の向こうから順にヨハン・シュトラウス2世の墓まで見てきたわけですが、この後角を曲がって裏側の部分を右から順番に見ていきます。
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一番右側はAnderと記されていました。生没年の記載がないこともあり、ちょっと調べたところではどなたか分かりませんでした。
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その左側のユニークな三角形はヨハン・シュトラウス1世(1804-1849)の墓です。先ほどのヨハン・シュトラウス2世の父ですが、この人も作曲家として「ラデツキー行進曲」などの有名な曲をつくりました。
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その左側はヨーゼフ・ランナー(1801-1843)の墓です。シュトラウス一家より先にウィンナワルツを確立させた作曲家です。
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この墓地の教会もドーム内部のデザインが綺麗らしいようなのですが、日曜日の朝ということでミサが行われている可能性があるので、立ち寄りませんでした。
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てっぺんの十字架を眺めて
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帰ります。
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8時56分、門のところまで戻りました。左側の裏にはフランツヨーゼフ1世の名前が記されています。この墓地はフランツ・ヨーゼフ1世のウィーン改造計画の一環としてつくられたようです。
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右側の裏にはカール・ルエーガーの名前が記されています。ウィーン市長としてその近代化に努めた人です。
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続いて、ザンクトマルクス墓地に向かいます。停留所に戻って路面電車を待ちます。
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9時06分、路面電車がやってきました。
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今度は71番です。先ほど地下鉄を降りたSimmeringを越えて、St.Marxまで行きます。
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この車両の押しボタンは先ほどと違って、こんな感じです。「お降りの際はボタンを押してください」と表示されていて、
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ボタンを押すと「電車がとまります。ドアは自動的に開きます。」と表示されます。
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9時22分、St.Marxで降りました。
(参考)周辺の地図
http://maps.google.co.jp/?ll=48.188786,16.400313&spn=0.004056,0.010568&t=m&z=17&brcurrent=3,0x0:0x0,1 -
ザンクトマルクス墓地に向かいます。GPSを使えば迷うことはありませんが、このような標識に従って
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今電車で来た方向に
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まっすぐ歩いていき、正面に見える建物のところを
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標識に従って右に曲がり、
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曲がってすぐ1つ目の角を
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標識に従って
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左に曲がり、
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まっすぐ歩いていくと、
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9時33分、右手にこのようなところが現れて、
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これが入口になります。
(参考)周辺の地図
http://maps.google.co.jp/?ll=48.184594,16.403382&spn=0.004056,0.010568&t=m&z=17&brcurrent=3,0x0:0x0,1 -
観光地であることを示す旗の印があります。
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入口を入ってまっすぐ進みます。
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両側にところどころベンチも並んでいます。
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左右を見ると、このように墓が整然と並んでいます。この墓地は新たな受け入れをしていないそうで、ほとんど人を見かけませんでした。
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9時39分、入口からまっすぐのびる道の突き当たりには、
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このような十字架のキリスト像があります。このキリスト像の手前左側に
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MOZARTGRAB(モーツアルトの墓)という案内板があって、
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左を向くとこんな感じで
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これがモーツアルトの墓です。モーツアルトはシュテファン大聖堂での葬式の後、ここザンクト・マルクス墓地の共同墓穴に埋葬されました。でも、昔「アマデウス」という映画で見たように、同行する家族も知人もなく穴に放り込まれる感じだったようで、正確な位置はよく分かっていないようです。ここにある「モーツアルトの墓」も墓地の看守が適当に作ったものらしく、これもまた中央墓地にあった記念碑のようなものかもしれません。DNA鑑定が行われたというような話を聞いたことがありますが、インターネットでちょっと調べたところでは特定されたという情報は見つけられませんでした。
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天使の坊やがいます。
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せっかく来たので何枚か写真を撮りました。
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裏側からも眺めて
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帰ります。
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9時49分、門を出てまた路面電車の停留所に向かいます。次の旅行記に続きます。
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