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東山のお寺を回ります<br /><br />実はBS放送で東福寺 泉涌寺の特集をしていまして<br /><br />三連休の前に行こうと思いまして^^

東福寺 泉涌寺 三十三間堂を回ります

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2012/07/08 - 2012/07/08

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mako

makoさん

東山のお寺を回ります

実はBS放送で東福寺 泉涌寺の特集をしていまして

三連休の前に行こうと思いまして^^

同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車
  • 東福寺に到着です<br /><br />北駐車場に車を入れましたが<br /><br />境内にも駐車場が有りました

    東福寺に到着です

    北駐車場に車を入れましたが

    境内にも駐車場が有りました

  • 仏殿から開山堂(常楽庵)に至る渓谷(洗玉澗;せんぎょくかん)に架けられた橋廊です。1380(天授6)年、春屋妙葩(しゅんおくみょうは;普明国師)が谷を渡る労苦から僧を救うため架けたとつたえられ、歩廊入口には同国師の筆になる「通天橋」の扁額をかかげます。<br />南宋径山(きんざん)の橋を模し、普明国師が通天と名付けました。<br />その後、第四十三世住持、性海霊見が修造し、長廊を架したともいわれますが、その後も幾度か架け替えられ、現在のものは、1959(昭和34)年、台風によって倒壊したものを1961(同36)年、再建したものです。 <br />

    仏殿から開山堂(常楽庵)に至る渓谷(洗玉澗;せんぎょくかん)に架けられた橋廊です。1380(天授6)年、春屋妙葩(しゅんおくみょうは;普明国師)が谷を渡る労苦から僧を救うため架けたとつたえられ、歩廊入口には同国師の筆になる「通天橋」の扁額をかかげます。
    南宋径山(きんざん)の橋を模し、普明国師が通天と名付けました。
    その後、第四十三世住持、性海霊見が修造し、長廊を架したともいわれますが、その後も幾度か架け替えられ、現在のものは、1959(昭和34)年、台風によって倒壊したものを1961(同36)年、再建したものです。

  • 洗玉澗一帯に繁る楓は俗に通天紅葉と呼ばれ、開山聖一国師円爾弁円が宋国より渡来したものとつたわります。葉は三つに分かれ、黄金色に染まるのが特徴で、数は二千本に及んでいます。<br />古来より僧や文人墨客の吟詠をさそった通天橋からの渓谷美、通天橋の春夏秋冬は、今もなお、訪れるものの心を洗い清めてくれるようです。

    洗玉澗一帯に繁る楓は俗に通天紅葉と呼ばれ、開山聖一国師円爾弁円が宋国より渡来したものとつたわります。葉は三つに分かれ、黄金色に染まるのが特徴で、数は二千本に及んでいます。
    古来より僧や文人墨客の吟詠をさそった通天橋からの渓谷美、通天橋の春夏秋冬は、今もなお、訪れるものの心を洗い清めてくれるようです。

  • 開山堂<br /><br />通天橋を渡って至る、別名常楽庵。もとの建物は1819(文政2)年に焼失し、1823年(同6年)、一条忠良によって再建されました。屋上に閣を持つ類例を見ない開山堂で、正面柱間八間、内部は禅式瓦敷(四半敷)、祀堂は床高で開山国師像を安置します。上層伝衣閣は正面三間、内部左右いっぱいに壇を設け、中央に阿弥陀、右に薬師、左に布袋像を祀ります。前方天井は格子天井で、この縁から見る庭園は、四辺の眺望を借景にして格別です。 <br /><br />

    開山堂

    通天橋を渡って至る、別名常楽庵。もとの建物は1819(文政2)年に焼失し、1823年(同6年)、一条忠良によって再建されました。屋上に閣を持つ類例を見ない開山堂で、正面柱間八間、内部は禅式瓦敷(四半敷)、祀堂は床高で開山国師像を安置します。上層伝衣閣は正面三間、内部左右いっぱいに壇を設け、中央に阿弥陀、右に薬師、左に布袋像を祀ります。前方天井は格子天井で、この縁から見る庭園は、四辺の眺望を借景にして格別です。

  • 開山堂庭園<br /><br />普門院の前庭も兼ねた池泉鑑賞式庭園。開山堂への参道を中ほどまで進めば左手に枯山水の庭が開けます。枯山水は約百坪(330平方メートル)の平庭式で市松の砂紋をつけ、鶴島、亀島を象った石組を配して蓬莢山水をあらわし、対面の池庭は築山風、池中に亀島をつくり、枯滝を設けます。<br />禅院式と武家書院式とを調和させた江戸中期の代表的な名園とされています。<br /><br /><br /><br /><br />

    開山堂庭園

    普門院の前庭も兼ねた池泉鑑賞式庭園。開山堂への参道を中ほどまで進めば左手に枯山水の庭が開けます。枯山水は約百坪(330平方メートル)の平庭式で市松の砂紋をつけ、鶴島、亀島を象った石組を配して蓬莢山水をあらわし、対面の池庭は築山風、池中に亀島をつくり、枯滝を設けます。
    禅院式と武家書院式とを調和させた江戸中期の代表的な名園とされています。




  • 開山堂庭園<br /><br />すばらしい苔です

    開山堂庭園

    すばらしい苔です

  • 開山堂庭園<br /><br />

    開山堂庭園

  • 開山堂庭園<br /><br />

    開山堂庭園

  • 1890(明治23)年再建。南正面の前庭には昭憲皇太后の寄進とつたえる向唐破風の方丈表門があります。恩賜門ともいい、小型ながら明治期唐門の代表作です。<br /><br />

    1890(明治23)年再建。南正面の前庭には昭憲皇太后の寄進とつたえる向唐破風の方丈表門があります。恩賜門ともいい、小型ながら明治期唐門の代表作です。

  • 見どころ:禅宗の方丈には古くから多くの名園がみられるが,東福寺の方丈は異色で,その四周に庭園をもっている.1939(昭和14)年に重森三玲氏によって作庭された枯山水式の庭園.南庭(前庭)は砂紋によって八海の荒海を,巨石によって四仙島を表現している.ウマスギゴケを植栽した五山が背後に置かれている.北庭と西庭は,もと御下賜門内にあった敷石とウマスギゴケPolytrichum commune Hedw. (蘚類,スギゴケ科)を用いて市松模様に配置した現代的な感覚の庭である.<br />

    見どころ:禅宗の方丈には古くから多くの名園がみられるが,東福寺の方丈は異色で,その四周に庭園をもっている.1939(昭和14)年に重森三玲氏によって作庭された枯山水式の庭園.南庭(前庭)は砂紋によって八海の荒海を,巨石によって四仙島を表現している.ウマスギゴケを植栽した五山が背後に置かれている.北庭と西庭は,もと御下賜門内にあった敷石とウマスギゴケPolytrichum commune Hedw. (蘚類,スギゴケ科)を用いて市松模様に配置した現代的な感覚の庭である.

  • ウマスギゴケで覆われた四仙島築山

    ウマスギゴケで覆われた四仙島築山

  • 井田市松,前景はウマスギゴケ

    井田市松,前景はウマスギゴケ

  • 小市松,コケはウマスゴギケ

    小市松,コケはウマスゴギケ

  • 仏殿(本堂)<br /><br />

    仏殿(本堂)

  • 仏殿(本堂)<br /><br />天井の画龍は堂本印象氏の作、龍の大きさは体長54m・胴廻り6.2mに及んでいます

    仏殿(本堂)

    天井の画龍は堂本印象氏の作、龍の大きさは体長54m・胴廻り6.2mに及んでいます

  • 三門は空門・無相門・無作門の三解脱門の略。南都六宗寺院の中門にあたります。東福寺は新大仏と呼ばれるような巨大な本尊を安置するなど南都二大寺に影響を受け、この三門は大仏様(天竺様)、禅宗様(唐様)、和様をたくみに組み合わせた建造方式となっています。<br />五間三戸、重層入母屋造、両脇に階上へのぼる山廊を設けた、日本最大最古の遺構です。<br />応永年間(1394-1428)、足利義持の再建で、1977(昭和52)年、大修理が完成しました。 <br /><br />

    三門は空門・無相門・無作門の三解脱門の略。南都六宗寺院の中門にあたります。東福寺は新大仏と呼ばれるような巨大な本尊を安置するなど南都二大寺に影響を受け、この三門は大仏様(天竺様)、禅宗様(唐様)、和様をたくみに組み合わせた建造方式となっています。
    五間三戸、重層入母屋造、両脇に階上へのぼる山廊を設けた、日本最大最古の遺構です。
    応永年間(1394-1428)、足利義持の再建で、1977(昭和52)年、大修理が完成しました。

  • 泉涌寺に到着しました<br /><br />泉涌寺は皇室とゆかりがあり、御寺(みてら)と呼ばれるお寺です。

    泉涌寺に到着しました

    泉涌寺は皇室とゆかりがあり、御寺(みてら)と呼ばれるお寺です。

  • 仏殿<br /> 当初の伽藍は応仁の乱でほとんど焼失し、現在の諸建造物はそれ 以降建立のものである。<br /> 大門から参道を下って正面の仏殿は、寛文8年(1668)徳川四代将 軍家綱によって再建され、現在伽藍の多くはこの時整備されてい る。<br /> 仏殿は一重もこし付入母屋造り本瓦葺き、唐様建築の代表作で、 国の重要文化財である。<br />

    仏殿
     当初の伽藍は応仁の乱でほとんど焼失し、現在の諸建造物はそれ 以降建立のものである。
     大門から参道を下って正面の仏殿は、寛文8年(1668)徳川四代将 軍家綱によって再建され、現在伽藍の多くはこの時整備されてい る。
     仏殿は一重もこし付入母屋造り本瓦葺き、唐様建築の代表作で、 国の重要文化財である。

  • 下り参道の右側にある切妻式の建物が浴室である。<br />

    下り参道の右側にある切妻式の建物が浴室である。

  • 舎利殿<br /> 舎利殿は、釈迦の仏牙舎利を奉安する貴重な霊殿である。慶長年 間、京都御所の建物を移築改装したもので、仏殿と同時代に現位 置へ移された。開山俊律師が熱願された舎利を、弟子の湛海律師 が安貞2年(1228)に宋朝より将来し遷座した。現在同時に将来さ れた韋駄天像・月蓋(がつがい)長者像(共に重文)とともに内 陣に奉祀されている。毎年、将来の日とされる10月8日(旧暦9月8 日)には舎利会法要が営まれ多くの参拝者でにぎわう。

    舎利殿
     舎利殿は、釈迦の仏牙舎利を奉安する貴重な霊殿である。慶長年 間、京都御所の建物を移築改装したもので、仏殿と同時代に現位 置へ移された。開山俊律師が熱願された舎利を、弟子の湛海律師 が安貞2年(1228)に宋朝より将来し遷座した。現在同時に将来さ れた韋駄天像・月蓋(がつがい)長者像(共に重文)とともに内 陣に奉祀されている。毎年、将来の日とされる10月8日(旧暦9月8 日)には舎利会法要が営まれ多くの参拝者でにぎわう。

  • 月輪陵(後の月輪陵)・開山堂<br /> 霊明殿の東に鎮まる陵墓は月輪陵(つきのわみさぎ)と呼ばれ  る。四条天皇をはじめ後水尾天皇から仁孝天皇までの25陵、5灰  塚、9墓が営まれている。ここに鎮まる方々の御葬儀は泉山長老が 御導師をお勤め申しあげ、御陵もすべて仏式の御石塔でお祀りさ れている。

    月輪陵(後の月輪陵)・開山堂
     霊明殿の東に鎮まる陵墓は月輪陵(つきのわみさぎ)と呼ばれ  る。四条天皇をはじめ後水尾天皇から仁孝天皇までの25陵、5灰  塚、9墓が営まれている。ここに鎮まる方々の御葬儀は泉山長老が 御導師をお勤め申しあげ、御陵もすべて仏式の御石塔でお祀りさ れている。

  • 御座所庭園<br /> 御座所の東南から御殿の南側にかけて、小さな御庭が築かれてい る。霊明殿・御座所・海会堂そして御陵拝所に取囲まれた御庭  は、小さいながらも無比の環境の中に自然と人工の巧の業を織り まぜている。低い築山の裾に曲折する池の汀、ひかえめに咲くさ つき、真紅の紅葉、薄すらと雪化粧した雪見灯篭に映える梅もど き等々、四季折々に楽しませてくれる。<br />

    御座所庭園
     御座所の東南から御殿の南側にかけて、小さな御庭が築かれてい る。霊明殿・御座所・海会堂そして御陵拝所に取囲まれた御庭  は、小さいながらも無比の環境の中に自然と人工の巧の業を織り まぜている。低い築山の裾に曲折する池の汀、ひかえめに咲くさ つき、真紅の紅葉、薄すらと雪化粧した雪見灯篭に映える梅もど き等々、四季折々に楽しませてくれる。

  • 三十三間堂に移動しました

    三十三間堂に移動しました

  • 三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)は京都市東山区にある仏堂。建物の正式名称は蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)。同じ京都市東山区にある天台宗妙法院の境外仏堂であり、同院が所有・管理している。元は後白河上皇が自身の離宮内に創建した仏堂で、本尊は千手観音である。<br /><br />

    三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)は京都市東山区にある仏堂。建物の正式名称は蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)。同じ京都市東山区にある天台宗妙法院の境外仏堂であり、同院が所有・管理している。元は後白河上皇が自身の離宮内に創建した仏堂で、本尊は千手観音である。

  • 三十三間堂での通し矢<br /> <br />成人を迎える射手が弓を引く

    三十三間堂での通し矢
     
    成人を迎える射手が弓を引く

  • 内部の撮影禁止なので<br /><br />http://www.youtube.com/watch?v=MS2rkFQ5Nm0&amp;feature=related<br /><br /><br />http://www.youtube.com/watch?v=5MTOKfN258Q<br /><br /><br />3寺周り 時間は約6時間でした<br /><br />この後 錦市場で観賞用ドジョウを購入し<br /><br />帰宅しました

    内部の撮影禁止なので

    http://www.youtube.com/watch?v=MS2rkFQ5Nm0&feature=related


    http://www.youtube.com/watch?v=5MTOKfN258Q


    3寺周り 時間は約6時間でした

    この後 錦市場で観賞用ドジョウを購入し

    帰宅しました

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