2011/09/10 - 2011/09/14
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ももんがあまんさん
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アミアンを離れて、一路,パリへ向かう事にしました,当初の予定では、アミアンからルーアンへ向かい、ノルマンジーからブルターニュへとのルートだったのですけれど、このところの西風に、やや気持ちが、ヘコタレテしまいました。
海岸沿いを、西へ走るのは、殆ど自殺行為?(ちと大袈裟)という事で、先にパリへ向かい、内陸部のロワール川沿いを、西へ走ります、内陸部ならば、たとえ、偏西風が吹いても、多少は弱くなるし、帰りが、ブルターニュからノルマンジーとなれば、今度は、追い風となりますので・・・急遽の大転換となりました・・・「アッタマイイ!」と、自画自賛であります。
写真は、パリは「モンパルナス墓地」で見つけた、酔っ払いの「リカルド君」の、お墓の上に座ってた「猫」?です、最初に見つけたのは、16年前ですけど、今もまだ、健在でありました、僕にとっては、これぞフランス、これぞパリ、と言いたいくらいの「墓石のアート」であります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 100万円以上
- 交通手段
- 自転車
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
9月10日(土) アミアン
「Palais de Justice」裁判所です。
ギリシャ「パルテノン」風の建築です、共和制(民主制)のシンボルと言える建築。 -
N 1号線 ピカルディー Picardie
アミアンからパリへ向かいます、かなり距離は有るので、出来れば、ゴッホ所縁の町「Auvers-sur-Oise」辺りで、手頃な宿が有れば、泊まるつもりで、走ってます。 -
N 1号線 ピカルディー
北フランスの風景です、道はかなり平坦で、風景もかなり平板な感じ。
ホント、教会や町でも無ければ、絵にならない事、おびただしです。 -
N 1号線 ピカルディー
風車が有ったので、撮っときます。
大地が平坦なので、風の通りが良いのですね。 -
N 1号線 Breteuil ピカルディー
小さな、フランスの町です。 -
N 1号線 ピカルディー
所々に、並木が有ります、これは栗の木だと思います、フランスと言えば、パリの、マロニエ並木と言うのがイメージですけど、田舎だと栗の木もかなり多いです。
これから、ますます秋です、あっちこっちで、道端に、沢山の栗の実が落ちていて、自転車で、これを踏みしだきながら走ります、ちと、もったいない感じです、誰も拾う人がいないのか?。 -
ボーヴェ Beauvais ピカルディー
ちょっと有名な観光の町です。
この写真は、ボーヴェのティンバー・ハウス街です、お店としては、食べ物屋が多い、それも、ケバブ屋さんとか、テイクアウトの店とか、かなり安い飲食店街と言う感じ。
イギリスだと、高級ブティックとか、高級レストランが入ってそうな、古い街並みなのですけど、フランスは、ちょっと感覚が違うようです。 -
ボーヴェ Picardie
こちらは、ボーヴェの「Cathedrale」、あまりにデカすぎて、資金が続かず、適当にやっつけたとかで、有名な教会。
それと、フランスの歴史の中では、百年戦争時代に、ジャンヌ・ダルクの敵役として登場する坊主(ジャンヌを魔女として訴追した裁判長)が、司教をやってた教会として有名な建物です。
このピエール・ナントカと言う坊主は、イギリス派だったのですけど、ジャンヌの登場によって勢いを盛り返した「シャルル七世派」によって、教会と町から追われたとかで、ジャンヌに対する「恨み骨髄」の私怨が、残虐な「魔女裁判」の結果をもたらしたとか・・・。
ジャンヌ・ダルクがわりと好きな僕としては、敵役の教会なので、あまり好感を持ってないのですけど、マア、建物に罪が有るわけでは無いので、一応写真は撮っときます。
フランスの旅のテーマの、これまた一つなのですけど、ジャンヌ・ダルクの所縁の町を訪ねること、そういうわけで、この町もまあ、縁が有ると言えば有る町です。 -
ボーヴェ
「カテドラル」の扉です。
多分、「聖書物語」だと思う、彫刻が良い感じ。 -
ボーヴェ
こちらの教会も。やっぱり入場無料です。 -
ボーヴェ
教会前広場にあった、Chateau の城門。
いかにも中世風の建築です、なかなか立派。
町の印象 ★★★ 特に良い町でも無いけど、悪くも無い町です。 -
D 927号線 イル・ド・フランス Ile de France
ボーヴェを後にして、「イル・ド・フランス」と言われる地域に入ります,このあたりはパリの周辺地帯、「Ile」とは、フランス語で「島」とか「地域」とかいう意味だそうです、「フランス地方」というような意味でしょうか、古代からの、パリを中心とした、この地方の呼び名であったとか・・・元々のフランスと言うのは、この一部の地域の呼び名だったのかも知れません?
パリが首都となったことにより,その支配地が、全て「フランス」という事になったのか? あまり、詳しくは知りませんけど。 -
オーヴェル・シュル・オワーズ Auvers sur Oise
オランダ人画家、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホが、死の最後の日々を過ごした、病院のある町です。
宿を探したのですけど、見つからず、この写真の建物には「Hotel Restaurant」との文字が有るけれど、これもまた「Hotel」と言う名のレストランなのかどうか?? よく解らず「Entry Hotel」との入り口にも、それらしい「受付」が無い、街角にも、何処の町にもあるホテルの案内が何もないので、廃業したのかもしれない。 -
イチオシ
オーヴェル・シュル・オワーズ
わりと有名な観光の町なので、ホテルの二・三軒くらいは有るだろうと考えていたのですけれど、案内も何もなし、やっぱりパリに近いこれくらいの距離だと、泊まるほどの事も無いのかも知れません。
町の印象 ★★★ 静かな、良い町なのですけれど・・・宿が無くては・・
写真の建物は、ゴッホの絵で見たような気もしますけど、似たような教会は、何処にでもありますし、誰かほかの人の絵かも? わりと雰囲気の良い風景です。 -
オーヴェル・シュル・オワーズ
オワーズ川です、だいぶ日が暮れてきました、仕方ないので、パリへ向かいます、途中でホテルが見つかればよいのですけど・・・かなり不安。
本日の走行距離 (110km) ホテルが無くて、仕方なく走ったのですけど、1日の走行距離としては、この旅で一番のロング。 -
9月11日(日) タベルニー Taverny イル・ド・フランス
前夜も、10時を過ぎて、ようやく見つけたホテルです、「Hotel Campanile」二つ星 60ユーロ(+9ユーロ朝食)、仕方なくとは言え、二つ星で、60ユーロは、かなり高い、さすが、これだけ払えば、部屋には「お茶のセット」が有ったし、風呂は「バスタブ」付、勿論、en-suite の部屋です。
宿の評価 ★★★ これくらい払えば、部屋の良いのは当然ですけど、9ユーロも払って、朝食がお粗末すぎです、ハムかソーセージか、卵くらい付けなさい!と言いたい、やっぱり、二つ星です。 -
St. Denis Ile de France
パリ郊外、サン・ドニ近くの街の風景。
パブですけど、フランスはパブで「馬券」が買えます、カードの記入式で、備え付けの機械に入れて、当たれば、その店で換金できます。 -
サン・ドニ イル・ド・フランス
十字架が立ってるので、キリスト教会だと思いますけど、何やら変な教会です、多分、プロテスタント系? マア、パリですので、いろいろ何でもアリ。 -
パリ Paris River Seine
セーヌ川です、これは、サン・ドニ辺りの風景です。
セーヌ川と言うのは、有名な川なのですけれど、はっきり言って、あまり美しくない川です、パリの町なかを流れる川なので、水が綺麗でないのは仕方ないのですけど、特に都市部では、護岸がセメントで固められているし、周りの建物も、パリの一部以外は、殆ど、箱型のビルの風景で、つまらないのです。 -
パリ Paris 今宵の宿 25ユーロ(ドミトリー・朝食付き)
「Jules Ferry Youth Hostel」の窓からの風景です。
フランスでの、初ユースですね、ロンドンのユースと比べて、いくらか安いか?
宿の印象 ★★★ 一般の二つ星ホテルに比べれば、朝食も付いてるけど、マア、ドミトリーですし、それを考えれば、どちらが安いとも何とも言えない・・・二つ星ホテルの方が気楽かも?
もう9月なので、ヨーロッパは、大学が始まっているとか、おかげで、このユースは、まだ夏休みの、日本人大学生だらけでした。
パリは世界的ブランドですから、ブランド好きの日本人が集まるとも言えるでしょうか・・・他の町ではあまり見かけないのが、寂しい気もしますけどね。
写真は、ユ―スの前のマロニエの並木道ですね。 -
パリ Bastille
「バスティーユ広場」です、1,789年、バスティーユ襲撃事件の有ったところ、当時は、この広場の近くに「牢獄」が有って、その中に、武器が保存されていて、民衆の襲撃は、その武器を得るためのモノであったとか、別に、政治犯が収容されていたわけでは無いらしい。
因みに、7月14日の、バスティーユ襲撃の直前まで、あの、サド侯爵が、この牢獄に収監されていたとか、7月4日に、シャラントンの精神病院へ移されて、残された彼の原稿や日記の多くが、襲撃とともに失われてしまったとか・・残念かどうかは何とも、人さまざま。
広場の塔(写真)は、7月革命(1830年)の記念柱、あのドラクロワの「民衆を率いる自由の女神像」で有名な革命(ブルボン復古王朝を倒し、ルイ・フィリップを王とした、王朝の交代劇)です。 -
パリ Paris Place de Republique
「リパブリック広場」
台座の上には「自由の女神像」です。 -
パリ モンマルトル Montmartre
「アメリ」で有名になった「サクレ・クール寺院」です。
マア、昔から、派手な寺院ではありました。 -
パリ モンマルトル
♪ モンマルトルのアバルトマンの窓辺に開く
♪ リラの花よ 愛の部屋で
♪ あなたはいつも絵をかいてた愛しい人 私をモデルに
♪ 愛し合った あなたと私の 二十歳のころ
♪ ラ・ボエーム ラ・ボエーム 幸せの夢よ
♪ ラ・ボエーム ラ・ボエーム 根のない草花
「ラ・ボエーム」 作詞・作曲 シャルル・アズナブール
訳詩 中西礼 歌 ちあきなおみ
https://www.youtube.com/watch?v=oLay5X0grO0
僕としては、金子由香里さんの「ラ・ボエーム」が好きなのですけど、ユーチューブになくなっちゃったので、ちあきさんで、勿論、なかなか悪くないです。 -
イチオシ
パリ モンマルトル
貧しい、絵描きの卵がアパート暮らししていたモンマルトルです。
確かに、貧しいアバルトマンは、もう何処にも無さそうな、観光客の洪水。 -
パリ モンマルトル
モンマルトルは坂の町、坂道から、ふと見える町並みが美しい。 -
パリ モンマルトル
僕がパリに来て、最初にモンマルトルへ来たのは、このポスターに描かれているモンマルトルの思い出なのですね。
「アメリ」でも、「アバルトマン」でも無く、モンマルトルと言えば、「赤い風車と踊り子」です。 -
モンマルトル
これがその、モンマルトルの「赤い風車」(ムーラン・ド・ラ・ギャレット)ですね、ルノアールの絵で有名な「キャバレー」ですけど、僕にとっては、ルノアールはどうでもよし。
「モンマルトル」と言えば「赤い風車の踊子」、「踊り子」と言えば、映画「フレンチ・カンカン」、映画「フレンチ・カンカン」と言えば、主演女優「フランソワーズ・アルヌール」なのです。
こんな女優さんです、とても美人で、とても可愛い。
http://www.audio-visual-trivia.com/2007/02/francoise_arnoul.html -
モンマルトル
「Le Moulin de la Galette」の入り口です。
フランソワーズ・アルヌールの映画としては、「フレンチ・カンカン」「ヘッド・ライト」「女猫」しか記憶に残ってないけれど、いずれも全く違った役柄で、それぞれに魅力的な女性を演じてました、マア、それよりなにより、美人で可愛い。
僕たちの世代の、フランス女優と言えば、カトリーヌ・ドヌーブとか、ジャンヌ・モローとか、ブリジット・バルドーとかの有名女優がいるけれど、その誰よりも、僕にとってのフランス女優は、テレビの名画座で何度か見た「フランソワーズ・アルヌール」なのですね。 -
イチオシ
モンマルトル
「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」の、店の前の坂道です。
何処かに、彼女の写真かブロマイドが売ってないものかと、あちこち探したのですけれど、さすがに、もう 50年も昔の女優さんですので、何処にも見当たらず、さすがに、カトリーヌ・ドヌーブやブリジット・バルドーの写真は、有ったけど、活躍期間の比較的短い女優さんだったし、今ではかなり、マイナーな女優さんの扱いになってしまったようです・・・マア、それはそれで良いですけど、知らない人は、かわいそう・・・ハハ、ちと大袈裟? -
モンマルトル
モンマルトルの坂道です。 -
パリ
ユース・ホステルの近く、リパブリック広場の夜景です。
本日の走行距離 (20km) -
9月12日(月) パリ サン・クルー St.Cloud
本日は、競馬場へ行きます、競馬を楽しむというのもありますけど、目的はもう一つ、何とかして、使いづらい 200ユーロ札をスモールチェンジすることです。
写真は、サン・クルーの駅の出口、遠くにエッフェル塔が見えます。 -
パリ サン・クルー
同じく、サン・クルー駅前の風景。 -
St.Cloud Hippodrome サン・クルー競馬場
ヨーロッパの競馬場としては、わりと、こじんまりとした競馬場です。
-
サン・クルー競馬場
だいたいレースは1日8レースです、日本ほど、客もいないし、窓口も少ないので、200ユーロ札ばかり出すのも難しい、窓口を変えながら、何とか数枚の 200ユーロ札のスモールチェンジに成功しました。
競馬の成績は、-14ユーロと、負けましたけれど、マア、手数料と考えることにします。
本日の走行距離 (0km) -
9月13日(火) パリ メゾン・ラフィット Maisons Laffitte
本日も、2日連続の競馬場通いです、まだいくらか 200ユーロ札が余っているので、全て、交換するつもりです。
今日は、メゾンラフィット競馬場です、パリの近郊には、平場の競馬場が4つあります、昨日はサン・クルーで、今日はメゾンラフィット、ロンシャンとシャンティは、過去2回の旅で行ったことが有るので、今回で、パリの平場の競馬場は、完全制覇です。 -
メゾン・ラフィット Hippodrome 競馬場
客がまるで少ないです、呆れるくらいガラガラ。
これではたして、経営が成り立つのでしょうか、10年以上前に、シャンティの競馬場の閉鎖と言うのが、話題になりましたけど、それもまあ、当然と言う感じです。 -
メゾン・ラフィット競馬場
競馬場のパドックです、日本だと、ゼッケンを付けた馬がぐるぐる回って、観客に馬の様子を見せるのですけど、そんな馬はチラホラいるだけ、ゼッケンの無い馬が歩いてたりもして、どれがどの馬やらも解らない、殆どの馬は、直前になってパドックに現れ、あっという間に、コースに出て行ってしまいます。
およそ、ファンサービスとか、ファンの推理の便宜を図るという事が、全く無いわけで、これでは、競馬場に来る意味も殆ど無いわけです、競馬には、ライブの楽しみと言うのが有ると思うのですけど、全く、意に介してない感じです、まあこれでは、大金持ちに頼るだけの競馬になるのも、致し方なし・・・馬券が売れるはずもなしです。 -
メゾン・ラフィット競馬場
フランスには、各地で「けいが競争」と言うのをやってます、馬が、車を引いて走る競争で、映画「ペンハー」の戦車競走の様なもの、血統も何も解らないので、これにまで、手は出しませんけれど、パリにも、専用の競馬場が、2つほど有るようです。
戦争前は、日本でもやっていたらしいです、マア、競馬と言うのは、元々が、軍馬の育成に由来するものですし、馬車を引くのも当然有りですね。 -
メゾン・ラフィット競馬場
若い女性が、沢山働いています、最近は、日本でも、厩務員や助手などの職業に就く女性も増えてきた感じですね。
ただ女性騎手と言うのは、なかなか難しいらしく、此処フランスでも、なかなか見ない。 -
メゾン・ラフィット競馬場
戦いすんでの、室内の風景です、ゴミ箱が見当たらないのに、ゴミがまあ、この程度という事で、いかにファンが少ないかがよく解る、マア、馬券は、町の「パブ」でも買えるから、競馬場まで来る人も少ないのでしょうけど、それにしても、ちとさびしい光景、やっぱり競馬場のファンを大事にしないと、先行きは暗いと思うのですけど・・・ -
メゾン・ラフィット
駅前の風景、「ツーリスト・インフォメーション」です、なかなか親切、競馬場行きのバスは、この近くから出ます、でも乗る人が殆どいないので、要注意。
本日も、終日、競馬観戦、マア、これでようやく、残りの 200ユーロは、全額スモール・チェンジ完了です、これでようやく、安心して旅を続けられます。
本日の馬券成績 昨日の負けを取り戻して、ややプラス、マア、やってみるものです。
本日の走行距離 (0km) -
9月14日(水) パリ River Seine
3日間のパリの滞在を終えて、いよいよ、フランスの旅再開です。
セーヌ川を渡って、南へ下ります。 -
パリ モンパルナス Montparnasse 墓地
パリの南、 モンパルナスです。
昔来たこともある「モンパルナス墓地」をもう一度です。 -
イチオシ
モンパルナス Montparnasse 墓地
懐かしい、「家形の墓」です、これが、フランスのトラディショナルな墓のタイプなのかと思っていたのですけど、フランスの田舎を回って、そうでもない事を発見しました、地方には、この手のタイプの墓と言うのは、殆ど無いのです、つまり、こういうタイプの「何々家の墓」と言うのは、此処パリだけの、トラディショナルのようなのです、
今回は、ロワール川流域から、ブルターニュ〜ノルマンジーの旅ですけど、このタイプの墓と言うのは、殆ど無かったのです・・・まだ、フランスの一部を回っただけなので、何とも言えないけれど、これは一体どういう事か、よく解りません。
考えられることは、地方の墓地と言うのは、殆ど、「教会の墓地」が多いので、パリのような「公共の墓地」とは違うのか? この点は、他の都市の「公共の墓地」と言うのを見てみないと、何とも言えません、もっとも、フランスには、都市といえる程の町が少ないし、教会の墓地以外に、「公共の墓地」と言えるものが有るかどうか、それも、今のところ分からない。 -
モンパルナス墓地
高い塔の男の墓。 -
モンパルナス墓地
鳥だと思うのですけど、よく解らず?
鳥にしては、しっぽが変ですけど・・・? -
モンパルナス墓地
何だかな〜と言う感じ。
小さなアートの墓石です、人々の、日常生活を描いたアートの様にも見える、小人の群れ、ちょっとお気に入りの墓です。 -
モンパルナス墓地
ご存じ、サルトルとボーヴォワールのお墓。
簡素です。 -
モンパルナス墓地
モンパルナスの墓地は、パリの墓地としては、新しい墓地ですけど、これは、その中では、古い部類に入ります。
「悪の華」の詩人、ボードレールの墓、ランボーあたりはともかく、ボードレールとなると、なんとなく近寄り難くて、おどろおどろしい気もして、まともに読んだことが無いです。 -
モンパルナス墓地
酔っ払いのリカルドの墓です。
足元に、一輪のバラが、何とも哀しい。
パリの墓石の中では、一番のお気に入りですね。 -
イチオシ
モンパルナス墓地
リカルドの後姿です、なかなか、凝ってます。
リカルドは、猫好きだったのでしょうね。
不謹慎なと、お怒りの方のおられるかもしれませんけど、マア、日本で言えば、藤子不二雄さんのお墓に、オバケのQ太郎やドラえもんが乗ってるようなものと考えれば、それほどおかしくも無いはず。 -
モンパルナス墓地
フランスの自動車王「シトロエン」さんのお墓ですけど、実に地味です、フランスの自動車産業、実業界の大立者の墓だというのに、何という簡素さ、見栄も無ければ、人を驚かすことも、何もない墓です、実に意外な墓。
多分、このシトロエンと言う人は、根っからの「技術屋」だったのだと、そんな気のする墓であります。 -
モンパルナス墓地
パンの神(牧羊神)が笛を吹いてる「墓石」です。 -
モンパルナス墓地
その下にはナント・・・マア、教会の墓地にはとても、葬ってもらえないだろうお方ですね、マア、宗教に関係の無い、公共墓地ならではの墓石・・・ハハ。 -
イチオシ
モンパルナス墓地
パンの神の墓石のお向かいの墓石。
何やら、不気味な人形が笑ってました。
パリの墓地で、フランソワーズ・アルヌールのお墓が無いかと思って、探したのですけど、見当たらずでした、パリじゃないのかもしれませんけど・・・もしかしたら、まだ、存命なのかも・・・? -
バリ
パリ郊外のトラムです。 -
N 20号線 Mont-Ihery
パリを抜けだすのには、かなり苦労しました、この時はまだ、おおざっぱな地図しか持ってなかったので、エタンプの町へ行く道がなかなかわからず、宿を見つけるのにもかなり骨を折って、ようやく、夜も9時30分過ぎになって、ようやく空き部屋のある宿を発見です。 -
N 20号線 Mont-Ihery 今宵の宿
「Hotel F1」と言う、幹線道路わきのホテルです、ホテルの従業員は、誰もいないホテルです、料金はカード決済のみ、右わきにある機械にカードを差し込んで、あとは、英語の指示に従ってボタンを押すと、コード番号が出てきます、あとは、ホテルの入り口と部屋に、コードを打ち込んで、勝手に部屋に入ります。
ホテルの評価 ★★★ 39.90ユーロ(朝食付) ホテルの係員は、朝にならないと出てこないので、かなり不安ではありますが、マア、慣れれば、これでも良いのかも? 部屋も綺麗で、設備に問題は有りません、ただ、僕のような長期旅行の場合、カードを使うのは何となく不安なのです、変な請求書が来ても、確認出来ないので。
本日の走行距離 (30km)
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