2010/02/19 - 2010/02/21
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leslyさん
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昨年末、来年のカレンダーをもらったのでなんとなくめくっていると・・・そうだ、来年の修正鬼会(しゅじょうおにえ)はいつだろうと・・・と思いつき調べてみると・・・2月20日(土)ん・・土曜日ジャン。ということはその気になれば行けるんだ!と思い、早速旅行会社をまわり、レンタカー付のツアーは無いかと探すと・・・ありました。1泊3日ホテル1泊、レンタカー付のツアーが。しかもレンタカーは1日500円。3日間借りても1,500円。これはもう行くっきゃないと思い、計画を考えました。そんな時、私のホームページの「国東写真館」を見た方から、国東の盲僧琵琶師、高木清玄師の情報をいただきました。高木師は残念ながら、もう、おなくなりになっているそうです。そして瑠璃光寺(るりこうじ)の境内に観音堂を建立し清玄師の木像、愛用の琵琶や衣を奉納されたそうです。これは一度訪れないといけないなと思いました。情報をくれた方は、「原風景の残る郷」という番組を作っている大分在住のかたでした。今回の修正鬼会にも取材に行かれるということなのでお会いできるのを楽しみに計画を練りました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- レンタカー JALグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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瑠璃光寺
2月19日。天気は上々。羽田を飛び立った飛行機は時間通り大分空港へ到着。早速、レンタカーの窓口へ。しばらくするとレンタカー会社の車が迎えに来ました。車を降り、手続きを済ませると、車は・・・。プリウスだ!しかも新車。「まだ、1,000キロしか走っていないのでぶつけないようにお願いします」という係りの人の言葉にちょっと緊張する。
まずは瑠璃光寺を目指します。途中、コンビニを見つけたのでここでお弁当を仕入れました。20分くらいで瑠璃光寺到着。駐車場で腹ごしらえをしてお寺へ。六郷満山(ろくごうまんざん)、天台宗のお寺。ここのご住職は面白い法話をするということで有名な方。早速、お話を伺うことにしました。高木師の像は本堂の横にありました。奥様とのツーショット。観音堂には師の写真や琵琶などが展示されています。しばらくすると地元の方たちが集まってきました。聞いてみると今日は鬼会の行事があるとのこと。日をおいて、多くのお寺で行われているとのことでした。今回の目的の天念寺の修正鬼会(しゅじょうおにえ)と、ここともう一箇所、今回は成仏寺(岩戸寺と1年おきに行われる)の鬼会は大々的に行われていますが、その他の寺院は住職による読経が行われます。国東に住む人々の信仰心は昔から脈々と続いているようです。 -
瑠璃光寺
高木清玄師夫妻の像 -
瑠璃光寺
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瑠璃光寺
鬼会の読経 -
瑠璃光寺
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両子寺 仁王像
瑠璃光寺を後に両子寺(ふたごじ)に向かいます。両子寺は国東半島の最高峰、721mの両子山の中腹にあります。国東半島は両子山の噴火により、28の尾根と谷で形成されており、谷に沿って集落が形成されました。両子寺は江戸期に六郷満山寺院の総持院となり、繁栄期を迎えました。山門にたたずむ国東随一の仁王像はとても威厳を感じます。仁王の前には朱塗りの無明橋がかかっており、、独特の雰囲気を醸しだしています。この橋を渡る人は一切の煩悩を断ってひたすら信仰を持たなければいけないと言われています。煩悩の塊のような私にはちょっと荷が重い感じでした。仁王像に見とれているとほんの一瞬ですが雪が舞ってきました。空は青空。白い雪が仁王像を包み込み幻想的な雰囲気になりました。しばし、感慨にふけり、山道を登っていくと総合門にたどり行きます。この門は900余年という歴史に秘められています。なおも登っていくと両子寺会館にたどり着きます。入館料200円なりを払って中へ・・・。寺伝によると仁聞(にんもん)が修行の折、観音様が現れ、男女二童子を授けたところから両子寺とし、子授けの霊地となったと言われています。隣にある護摩堂には本尊の木造不動明王が安置されていました。境内には多くの石仏があります。国東塔、庚申塔、宝篋印塔(ほうきょいんとう)・・・。階段を登って奥の院まで上がってみました。奥の院には本尊仏の千手観音(せんじゅかんのん)がまつられています。奥の院の隣の洞窟には不老不死の水が湧き出る洞窟があります。これを飲んで私は不老不死になるのだ! -
両子寺本堂
両子寺 寺・神社・教会
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両子寺 奥の院への階段
両子寺 寺・神社・教会
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両子寺 国東塔
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両子寺 不老不死の水が湧き出る洞窟
両子寺 寺・神社・教会
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泉福寺
両子寺を後にして泉福寺を目指します。泉福寺は曹洞宗、九州大本山のお寺で、国東半島の中で最も規模の大きい寺院です。無着禅師の開山で、創建当事は常任の僧侶が500人以上いたとされています。しかし、現在は無住。週に何回か住職がやってくるそうです。ここには国指定、重要文化財の開山堂があり、扉を開くときに独特の音がします。残念ながら住職が不在にため中を見せてもらうことができませんでした。泉福寺には多くの石造品があります。禅宗のお寺に、密教の象徴である、五輪塔も数多く見られます。これも国東だけのものでしょうか?両子寺 寺・神社・教会
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泉福寺 本堂
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熊野磨崖仏
鬼が一夜で積んだという階段国東半島 熊野磨崖仏 by leslyさん熊野磨崖仏 寺・神社・教会
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熊野磨崖仏へ。道路は格段によくなっています。胎蔵寺の駐車場に車を止めて胎蔵寺へ。このお寺も無住寺です。一通り境内を散策していよいよ熊野磨崖仏へ。入館料200円なりを払い、進んでいくと鳥居があります。ここからが本格的な上り坂。鬼が一夜で積んだという急な石段を登っていきます。息をきらしながら登っていくと突如開けた空間に巨大な磨崖仏が姿を現します。苦労して登ってきた者だけがこの感激を味わえるのです。絶壁の左側に不動明王、右側に大日如来。しばし見とれてしまいすす。不動明王は高さ約8メートル。不動様は一般的に憤怒の形相をしているのですがここの不動様はちょっとユニークな親しみやすいお顔をしています。。右側に鎮座する大日如来は約6メートル。腹部以下は見られない。当初、薬師如来とされていたのですが、頭上部の梵字(ぼんじ)から大日如来と判断されました。また、ここは10年ごとに行われる峰入りの出発点にもなっています。私が訪れたのは2月20日でしたが、3月30日から峰入りが行われます。磨崖仏を過ぎてもう少し登っていくと熊野権現社があり、神仏習合の名残りを残しています。しばし、感慨にふけり、後ろ髪を惹かれる思いで、磨崖仏を後にしました。
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熊野磨崖仏
大日如来国東半島 熊野磨崖仏 by leslyさん熊野磨崖仏 寺・神社・教会
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真木大堂。入館料200円なりを払って中へ・・・。鉄筋の宝蔵庫の中には仁聞(にんもん)の遺作と伝えられる九体の仏像が安置されています。本尊の阿弥陀如来像は藤原期の作と言われ、寄木造りの巨像、像高は2.17メートルもあります。その周りに鎮座するのは四天王像。こちらも藤原期の作。四天王は四方を守護する神として考えられ、その形相は邪鬼をもおとなしくさせてしまいます。その隣には不動三尊像・中央に不動明王、右側に矜羯羅童子(こんがらどうじ)・左側に制咤迦童子(せいたかどうじ)この三尊も藤原期の作と言われています。密教におけるの最高の神、大日如来の化身とも言われ、憤怒相はまさに荒れ狂う情熱です。熊野磨崖仏の不動様とはまったく違う表情ですね。そしてその左側には水牛に乗った大威徳明王(だいいとくみょうおう)が鎮座しています。高さ1.3メートル、この木造としては日本一大きな大威徳明王像は、六面六臂六足、頭に3面をいただいています。この像も藤原期の作と言われ、水牛に乗っているところから農民にも親しまれ、信仰されて来ました。
真木大堂の裏には古代公園があり、多くの石造物が配置されています。苔むした石造物は本当に年代を感じさせます。 -
真木大堂
真木大堂 寺・神社・教会
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真木大堂
苔むした阿弥陀如来?真木大堂 寺・神社・教会
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富貴寺。ここでも拝観料200円なりを払い山門くぐり抜けると・・・。目の前に富貴寺大堂が現れます。九州最古の木造建築。寺伝によると養老2年(718年)の作と言われ、本尊、阿弥陀如来とともに国宝に指定されています。この大堂と阿弥陀如来像は1本の榧(かや)の木から造られた言われています。内部は板敷きで、四壁には五十仏が描かれています。色彩はもうかなり薄くなっており、大切に保護されています。創建当事はどんな美しさだったのでしょうね?
国東半島 富貴寺 by leslyさん富貴寺(大分県豊後高田市) 寺・神社・教会
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イチオシ
富貴寺
本堂国東半島 富貴寺 by leslyさん富貴寺(大分県豊後高田市) 寺・神社・教会
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財前家墓地
富貴寺を後に財前家墓地に向かいます。財前家は国東半島に勢力を誇った豪族です。墓地には財前美濃守の墓といわれる国東塔をはじめ、宝篋印塔、板碑、五輪塔が百数十基が立ち並んでいます。以前来た時には鉄条網で囲われ、中に入ることはできませんでしたが今回訪れたときには鉄条網はなく、自由に立ち入ることができるようになっていました。美濃守の墓には天応3年(1321年)の銘があります。これだけの墓を維持できた財前家の繁栄はどれほどのものだったのでしょう? -
財前家墓地入口の六地蔵
財前家墓地 名所・史跡
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白髭神社。
入り口の鳥居
正平6年(1351年)沓掛城主田原直平によりこの地に建立されました。ここでは毎年10月の秋祭りにどぶろく祭が行われます。神前に供えられた濁酒が参拝者に振舞われ、この濁酒をいただくと無病息災だと言われています。この神社には仁王像も奉られています。 -
白髭神社。
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天念寺
天念寺講堂 ここで鬼会が行われる
豊後高田で昼食をとり、天念寺に向かいました。本堂にはかつて国宝に指定されていた五体の木造仏も朽ち果てたお姿で安置されています。背後には天念寺耶馬といわれる奇岩が連なり、10箇所ほどの仏龕があり、峰入り最大の難所、無明橋もあります。今晩、ここでは修正鬼会が行われます。天念寺では鬼会の準備が着々と行われていました。6メートルの大松明、火祭りなので近くの天念寺川から水をくみ上げ本堂に水をかけています。川の中には不動三尊の磨崖仏が鎮座しています。川中不動。川の中にあることから、度々見舞われた水害を除く祈念から建立されたのでしょう。隣には「鬼会の里」という建物ができていました。ここでは映像で鬼会の様子を見ることができます。今晩の鬼会を楽しみに次の目的地、無動寺に向かいました。 -
川中不動
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イチオシ
天念寺裏にある
無明橋 峰入り最大の難所 -
小岩屋山無動寺。
天念寺から山越えして、無明橋を越えてくることもできますが今回は車です。本堂に入るとテレビカメラを持った撮影の方がいらしていました。「テレビ局の方ですか?」と尋ねると「原風景の残る郷」という番組のスタッフということでした。「もしかして○○さんですか?」と尋ねると、一瞬怪訝な顔され、「そうです」との返答が・・・。メールをいただいた者です、というとやっと笑顔を返していただけました。本尊は薬師如来。そのほかにも不動明王、大日如来が鎮座しています。裏山には十六羅漢がデンと鎮座。その後ろは黒土耶馬と言われる岩場。国東半島は本当に尾根と尾根の間の谷に沿って開けてきているのがはっきりわかります。御住職の中島師はもう80歳を越えておりますがとても元気な様子。しかし今回の鬼会は残念ながら参加はされないとのことでした -
無動寺
大日如来 -
無動寺
薬師三尊 -
無動寺
鬼会の面 -
大岩屋応暦寺。
無動寺からは車で5分くらいのところにあります。ここの御住職、大嶽順公師は「国東文化と石仏」の著者としても有名です。本尊は千手観音菩薩と記されていますが本堂には不動明王が安置されています。カヤの一本造りで平安期のものと推定されています。そして観音堂の前に鎮座する仁王像はとてもユニークなお姿をされています。背後の山に進むと堂ノ迫磨崖仏があります。六観音、六地蔵が刻まれ、民間信仰の象徴として存在しています。応暦寺からさらに1キロほど奥に進むと有寺集落あり、ここには隠れキリシタンの作と言われている庚申塔があります。調査の結果ここはかつて隠れキリシタンの里であったそうです。応暦寺の檀家であった有寺集落は応暦寺の庇護にあったのか迫害等の記録はないと言うことです。 -
応暦寺境内
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観音堂前の仁王像
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イチオシ
有寺集落の庚申塔
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旧千灯寺跡。
ここは六郷満山開祖の仁聞菩薩が最後の修行をされ、入寂の聖地とされています。しかし、キリシタン大名、大友宗麟の焼き討ちにより全くの廃墟となってしまいました。文禄年間に再建されましたが、明治の火災によって再び消失。現在は寺院があったことを示す石垣と磨崖仁王像がポツンと残されているだけです。往時の大寺院として栄華は見る影もありません。しーんとした風景の中に残る仁王像は物悲しささえ漂ってきます。ここから少し登っていくと奥の院が・・・そしてその先には、仁聞菩薩の墓と言われる、国東塔、五輪塔群があります。今回は時間が遅くなってしまったので、今晩の宿泊地である伊美へ向かうことにしました。 -
イチオシ
旧千灯寺跡
仁王像 -
伊美別宮八幡宮。
ここには国東最大の国東塔、正応3年(1290年)の銘があります。そして巨大な陰陽石。これは明治17年の銘があり、国東半島では比較的新しいもです。密かに性病や安産を祈る人たちの参拝が耐えなかったとのことです。
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伊美別宮八幡宮。
陰陽石 -
伊美別宮八幡宮
国東塔 -
修正鬼会の起源について
土地の人たちは「オニヨ」と呼んでいます。起源は、768年に国家安泰、五穀豊穣、無病息災を祈ってはじめて行われたとあります。この行事は国東半島の各寺で行われていた記録があります。しかし盛んであったのは江戸末期までのことで明治、大正、昭和と時代が移るにつれて次第に消滅し、今は天念寺、あとは成仏寺と岩戸寺で隔年づつ行われるだけになってしまいました。しかし鬼会行事は中止していても勤行は各寺院とも所定日に続行され、六郷山必修の法会として今日に及んでいます。天念寺では毎年旧正月7日に催されます。 -
修正鬼会
大松明の入場
クライマックスは20時頃から。3本の大松明に火がつけられ、講堂に運ばれてきます。そして講堂では僧侶による読経がはじまります。読経の後、僧侶による香水(こうずい)の舞(動画)がはじまります。香水の舞は仁聞菩薩が滝に打たれ、修行する様子を現しています。そして鈴鬼の行事へ。そしていよいよ鬼の登場となります。体を縄で縛られた鬼役の僧侶が2人、タイレシという介錯役に背負われて講堂に入ってきます。まだ、鬼の面をつけていない鬼役は地面に足を付けてはいけないとされているためです。講堂で黒鬼と赤鬼の面をつけ、口に含んだ水を僧侶が鬼の面に吹きかけたら「鬼招き」が始まります。 -
修正鬼会
僧侶の読経 -
香水(こうずい)の舞
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イチオシ
そして鬼が現れ、小松明を持って、講堂狭しと暴れ始めます。鬼は仏の化身です。タイレシ達も小松明を持って「ホーレンショウヨ、ソラ鬼庭」と唱えながら講堂の梁をたたいていきます。もうもうと飛び散る火花。鬼会のクライマックスといっていいでしょう。その後見物客や地元の人たちが講堂の中に集まり、無病息災を願って鬼に小松明で背中をたたいてもらいます。私もたたいてもらいましたが、痛かったぁ!やがて鬼の目と言われる餅が2つまかれ、餅の取り合いがはじまります。餅を拾った者は「鬼さんここよ」と見せびらかしながら逃げ廻ります。
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修正鬼会
鬼とタイレシは餅を持った者を追いかけ松明で腰をたたきます。たたかれた者は無病息災です。拾った餅は小分けにされ、参列者にくばられます。私も一切れ、もらってきました。餅がばらばらになったら介錯が鬼を後ろから羽交い絞めにして止めます。その後、「加持の儀式」が行われます。、「鬼静め」の読経の中、鬼は本介錯に背負われて講堂から退場します。そして最後に僧侶たちが小餅をまきます。参列者たちは争ってこの餅をひろいます。この餅を食べれば1年間、無病息災と言われています。私も10個くらい拾うことができました。 -
天念寺の鬼会はこのように講堂で行われますが、成仏寺、岩戸寺の鬼会(旧正月の5日に行われます)は講堂での行事の後、鬼様は講堂を飛び出し、里の家々を一軒づつ廻ります。家々で鬼様は読経し、おもてなしを受けます。出されたお酒は必ず飲み干さないといけないと言われています。僧侶が鬼になるのですが、鬼の面をかぶると不思議な力が舞い降りると言われています。家々を廻った鬼様が寺に戻ってくるのは次の日の朝になることもしばしば。寺に戻ってきた鬼は暴れまわります。タイレシ達が鬼を捕まえ、鬼の口に餅がくわえられると鬼はおとなしくなり、仏から人に戻り、鬼会は終わります。
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姫島
最終日。今日は久しぶりに姫島に行ってみようと思い、フェリーの時間を確認すると、姫島で2時間くらいの時間が取れそうです。姫島は日本書紀によると、垂仁天皇の御代、韓国の王子が白い石から生まれたお姫様と結婚しようとしましたが、お姫様はそれを逃れ、海を渡って島に上陸し、比売語曽の神となりました。姫島の名の由来はここから始まります。姫島は国東半島の伊美港よりフェリーで約20分。伝説と七不思議、風光明媚な島です。近年、姫島の盆踊りは有名になっています。姫島盆踊りは鎌倉時代の念仏踊りから発展してきたと言われ、8月14日から16日までの3日間開催されます。一番人気はきつね踊り。そのほか地区ごとにユニーク踊りがありますが、私のお気に入りは、クロンボの踊り。あまり有名ではありませんがちょっとエロティック踊りです。産業は車えびの養殖。そして、かれいとたこ漁が盛ん。最近、この島はワークシェアリングでも脚光をあびています。 -
イチオシ
姫島
観音崎 仙人堂
姫島港到着。港の前にある、お土産屋さんでレンタサイクルを借ります。「あのぅー、この自転車、鍵がついていないのですが?」と言うと、「誰も盗みませんよ」と言う返事が・・・とてもおおらかです。まず、向かったのは港の反対側にある、観音崎へ。ここは高さ40メートル、乳白色の黒曜石の断崖が120メートルにも及んでおり、国の天然記念物に指定されています。この断崖の上には七不思議のひとつ、千人堂があります。大晦日の夜、債鬼に追われた善人を千人かくまうことができるのでこの名があります。海岸線から登山道を登ること約10分、観音崎に到着。ここからの景色は最高です。近くには夫婦岩が見えます。水もとてもきれい。しばし見とれてしまいました。 -
姫島
夫婦岩 -
姫島 比売語曽(ひめこそ)社
一度港まで戻り、海岸線を灯台方面に走ります。対岸には国東半島の峰々が見えます。姫島の最高峰、266メートルの矢筈岳(やはずだけ)を左に見ながら比売語曽(ひめこそ)社へ。近くには七不思議のひとつ、拍子水があります。ここはお姫様がおはぐろをつけたあと、、口をゆすごうとしたが水がなく、手拍子を打って祈ったところ、水が湧き出たので拍子水といいます。今でも、池に向かって手を打つと水がボコボコと湧き出てきます。口に含んでみるとちょっと鉄さびくさいがとても強い炭酸水です。隣にはこの温泉水を加熱して入浴できる拍子水温泉があるのですが、なぜか工事中。あーーー、入りたかったのに・・・。 -
比売語曽(ひめこそ)社 拍子水
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岩戸寺
残念ながら、時間がなくなってきたので、国東半島に戻ることにしました。空港に行く前に、岩戸寺を目指します。ここには国東最古の国東塔があります。鎌倉時代の作でとても優美な姿をしています。国の重要文化財。残念ながら一部が欠落していますが、これがなかったら国宝級のものです。山門を入り、奥の院に向かう途中に国東塔があります。しばし見とれてしまいました。 -
岩戸寺 国東塔
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文殊仙寺
岩戸寺を後に文殊仙寺に向かいます。仁王像が鎮座するうっそうとした急な山道を登っていくと、やっと本堂にたどり着きます。この寺は文殊山(614メートル)の山裾にあります。ここの御住職は成仏寺の鬼会の鬼様です。最近は鬼様を引退し、息子さんが鬼様になっているようです。また、ここは3大文殊のひとつに数えられ、奥の院の隣の洞窟からは知恵の水が湧き出ています。本尊は文殊菩薩。本殿にはいると、「どうぞご自由にお飲みください」とお茶とお菓子がおいてありました。ありがたくいただき、副住職がいらしたので、知恵の水について伺うと、「今、洞窟がちょっと危険な状態なので、一般の人は入れません。知恵の水はここに汲んでありますのでこちらをどうぞ」という返答。ありがたく知恵の水をいただきました。これで両子寺の不老不死の水、そして文殊仙寺の知恵の水をいただいたことになります。御利益がありそうです。 -
文殊仙寺
本堂文殊仙寺 寺・神社・教会
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文殊仙寺
奥の院文殊仙寺 寺・神社・教会
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成仏寺
最後に訪れたのは成仏寺です。本尊は不動明王。本堂にはちょうど御住職がいらして、お話を伺うことができました。18日行われた鬼会で使用したゲタを干していました。「今度使うのは2年後なので干しておかないとカビが生えてしまう。」ととても現実的なことをおっしゃっていました。鬼会は本堂の畳を上げて行われたそうです。奥の院には鬼会で使用された松明の残りも見ることができました。 -
成仏寺
本堂 -
成仏寺
不動三尊像と鬼会の面
成仏寺を後に大分空港を目指します。今回は初めてレンタカーで廻ったのでほぼ、予定通り行動できました。今回、行けなかったところにはちょっと後ろ髪を惹かれる思いですがまたの機会を期して国東半島を後にしました。
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