2012/02/18 - 2012/02/18
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ドクターキムルさん
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横浜市栄区笠間2には庚申塚がある。石仏1体と4基の庚申塔であるが、延宝8年(1680年)から万延元年(1860年)までの180年間に亘って建立されてきたことがわかる。江戸中後期になると江戸庶民にも大山詣でが盛んになり、物見遊山で江ノ島や鎌倉、金沢八景などに寄った。そうして江戸時代になると笠間は宿場町となり、笠間仲宿とそれと平行した笠間裏宿が設けられた。その宿場町の出入口に庚申塔が建てられた。庚申塚はいわば上方見附に相当しようか。それなら新橋の延命地蔵あたりが江戸見附に相当しよう。
こうした庚申塚の庚申塔や石仏は魔除け、厄除けとして祀られたもので、宿場町を出るときには旅の安全祈願を、入るときには悪魔祓いをしたものと考えられよう。
また、笠間仲宿の出入口にも欅の根元に石祠があり、辻には石仏(石井家では馬頭観音と伝えている)があり、これも魔除け、厄除けとして祀られたものであろう。
(表紙写真は笠間の庚申塚)
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「この庚申塔は、笠間村の出入口に位置し、魔除け、厄除けとして祀られたもので、村を出るときの安全祈願、入るときの悪魔祓いをしたものとおもわれます。
三猿(見ざる、聞かざる、言わざる)を配した石の庚申塔は、室町時代から、江戸時代初期にかけて全国各地に建てられるようになりました。 私達の先祖が築き上げた文化財としての庚申塔を今後も、大切に保存していきたいと思います。」 -
庚申塔の説明。
鎌倉中と在郷にある庚申塔は江戸時代初期から幕末にかけて建てられたものばかりで、室町時代のものは残ってはいない。 -
庚申塚。庚申塔の他に石仏があるが、道祖神はない。
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石仏。
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庚申塔(延宝8年(1680年)銘)。
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庚申塔(正徳4年(1714年)銘)。
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青面金剛王(文政6年(1823年)銘)。
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庚申塔(万延元年(1860年)銘)。
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笠間裏宿の辻手前にある欅の根元の石祠。
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笠間裏宿の辻にある石仏。天保12年(1841年)銘か?石井家の馬頭観音と伝えられているようだが、石仏だろう。
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