2012/02/18 - 2012/02/18
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ドクターキムルさん
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横浜市栄区飯島町1900番地あたりには賽の神と庚申塚が並んでいる。山に上っていく道路は右にカーブして団地となっている山を越えてバス通り(戸塚大船線)に至る。どうしてこんな場所にと思う場所であるが、昔の街道は山の尾根にでも通じていたのだろうか。
賽の神、道陸神、道祖神は同一の神であり、村や集落の境に祭って邪霊の進入を防ぎ、道行く人の安全を守り、外敵の流行病の進入を防ぐ為、祈りお願いをする神である。
この集落では丸い石を御神体とした賽の神を祭っていたが、文化年間に疫病の蔓延に遭い、不帰の客となる者が相ついだために、此の悲嘆と苦悩を救い防疫の願いを込めて、文化14年(1817年)に「道陸神」碑が建立された経緯がある。もとは数m離れた位置にあったが道路改修の為に現在地に遷座したものである。
庚申塚も道路改修の為に現在地に遷座したのであろう。
(表紙写真は飯島町の賽の神・道陸神と庚申塚)
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賽の神、道陸神と庚申塚。1890番地から見る。
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記念碑、賽神、道陸神が1つの基壇に。隣に「道路改修記念」碑。
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記念碑、賽神、道陸神。
「記念碑
賽の神 道陸神 道祖神は同一の神であり 村や部落の境に祭って邪霊の進入を防ぎ 道行く人の安全を守り 外敵の流行病の進入を防ぐ為 祈りお願いをする神である
この部落では丸い石を御神体とした賽の神を祭っていたが文化年間に疫病の蔓延に遭い 不帰の客となる者相つぎ 此の悲嘆と苦悩を救い防疫の願いを込めて 文化十四年(一八一七)に道陸神碑が建立された
もとは数米離れた位置にあったが道路改良の為現在地に遷座したものである
平成二年十一月 吉祥」 -
賽神の五輪塔。
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道陸神(文化14年(1817年)銘)。
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「道路改修記念」碑。
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庚申塚。
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庚申塔(宝暦9年(1759年)銘)。
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庚申塔(宝永7年(1710年)銘)。
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庚申塔。
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石祠。
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