2012/02/21 - 2012/03/17
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HYRONさん
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洋館と聞くと神戸や横浜を思い起こしますが、東京各地にも様々な洋館建築が点在しています。
見学しておきたいと思い、訪問希望リストなぞを作成したものの、「まあ、いつでもいけるわな・・・」と伸ばし伸ばしになっていました。
そうこうしているうちに、東京駅のように長期の復元工事や修繕工事に入る施設も増えてきたようです。
これではいかん、と慌てて訪問を開始したのですが、さすがに東京は広い!!とても1日で回ることは出来ません。桜の季節になってしまうと、人混みを見に行くようになってしまうので、その前に見て回るべく、2月〜3月を訪問集中月間にしました。
各建築物のデータは【所在地/建築年/設計者/その他情報】
の順で記載しています。また掲載順は建築年代順としましたが、同じ場所にある建物については連続して掲載しました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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旧東京医学校本館
【文京区/明治9年/西郷元善(工部省営繕局)/国定重要文化財】
東京大学の前身、東京医学校の建物です。基は現在の東大本郷キャンパスの敷地内にありましたが、1965年に解体、4年後には現在の場所に移築され、翌1970年には国の重要文化財に指定されました。東京大学 名所・史跡
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東京大学総合研究博物館内
現在は東京大学の総合研究博物館小石川分館として公開されている、旧東京医学校本館の館内です。
なお、庭園越しに建物を見るためには隣接する小石川植物園(東京大学大学院理学系研究科附属植物園本園)に入場し、出口近くにある日本庭園まで来る必要があります。
■アクセス
東京地下鉄丸の内線 茗荷谷駅下車
徒歩15分(植物園入り口まで)
徒歩8分(博物館入り口まで) -
柴田記念館
(旧東京帝国大学理学部植物生理化学実験室)
【文京区/大正8年/東京帝国大学営繕課】
東京帝国大学の柴田桂太教授(植物学)が、学士院恩賜賞の賞金を寄付し建設した建物です。
建築費用は5061円76銭也。
生理化学の研究室として使われていましたが、2005年春に外装を改修し、内部も展示・講演を目的とした部屋に改装されました。
■アクセス
東京地下鉄丸の内線 茗荷谷駅下車
徒歩10分 小石川植物園内
植物園の入場口までは少し距離があります。この記念館を見て、温室を見学、最後に日本庭園から旧東京医学校本館の建物を見るというのが、鉄板コースのようです。 -
日本水準原点標庫
【千代田区/明治24年/佐立七次郎/都有形文化財】
国会議事堂前庭にあるドーリア様式神殿の様なこの建物は、日本の高低測量の基準点(標高0m)を定めた場所を保護する為のものです。この建物内に水準原点の目盛り版があり、内部は年に1回、測量の日(6月1日)前後の日に公開されます。
正面には菊花紋章と共に、「大日本帝国」と刻まれています。公的な建物で旧国名が残されているのは、かなり珍しいのではないでしょうか。
■アクセス
東京地下鉄 永田町駅下車
徒歩 約5分 -
法務省旧本館
【千代田区/明治28年/H.エンデ/国定重要文化財】
米沢藩上杉家藩邸があった場所に、司法省の庁舎として1895年に竣工しました。ドイツ・ネオバロック様式の歴史主義建築物(西洋の過去の建築様式を復古的に用いた建築法)です。設計は建築顧問官を務めていたドイツ人建築家のヘルマン・エンデとヴィルヘルム・ベックマン。
関東大震災(1925年)の際は無傷だったそうですが、東京大空襲(1945年)で建物の大部分を焼失。その後、改修され法務省の庁舎として使用されていましたが、1994年の改修工事で竣工当時の外観に戻されました。
館内は、ごく一部分ですが展示室が公開されています。
■アクセス
東京地下鉄有楽町線 桜田門下車
徒歩1分桜田門駅 駅
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旧岩崎邸庭園
【台東区/明治29年/J.コンドル/国定重要文化財】
上野の動物園近くにあるこの建物は岩崎弥太郎の子、岩崎久弥によって1896年(明治29年)に建てられました。現在は国の重要文化財に指定されています。
ジャコビアン様式の建物はジョサイア・コンドルの設計によるもの。
■アクセス
東京地下鉄千代田線 湯島駅下車
徒歩3分程度 -
旧大木戸門
【新宿区/昭和2年/不詳/】
信濃高遠藩内藤家下屋敷の土地は、1879年(明治12年)に宮内省管轄で新宿植物御苑として開設され、1906年に日本初の皇室庭園として開園しました。戦後は新宿御苑となり一般に開放、多くの人に親しまれています。
この山小屋風の建物は旧大木戸門(現在の門はこの奥にある)に付帯する守衛所です。
■新宿御苑へのアクセス
東京地下鉄丸の内線 新宿御苑駅下車
徒歩5分程新宿御苑 公園・植物園
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旧新宿門
【新宿区/昭和2年/不詳/】
大木戸門よりも小ぶりな建物ですが、同じようなデザインから設計者は同じ人物と思われます。 -
旧洋館御休所
【新宿区/明治29年/片山東熊/国定重要文化財】
皇族が訪れた際の休憩所として建設されたこの建物は、新宿御苑が皇室庭園であった歴史を物語る建物です。
明治−大正期における皇室関係の庭園休息施設としては唯一現在まで残っている建物だそうで、重要文化財にも指定されています。
古き良きアメリカ建築風の木造の建物は、レース編みの様な細かい模様が目を引きます。使用されているガラスは建設当時のもので、そのせいか、少し歪んでいるのも趣がありました。新宿御苑 公園・植物園
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旧雑司ヶ谷宣教師館
【豊島区/明治40年/マッケーレブ/都定重要文化財】
1907年(明治40年)にアメリカ人宣教師マッケーレブが自らの居宅として建築。太平洋戦争開戦直前の1941年に帰国するまで34年間この家で生活しました。
木造2階建の建物の屋根や外壁はシングル材で覆われています。耐久性に優れ主に屋根の材料として使用されるシングル材を外壁にまで使用したこのアメリカの建築スタイルは、シングル様式と呼ばれています。
現在は都の重要文化財として豊島区によって管理されています。 -
旧雑司ヶ谷宣教師館(南側)
■アクセス
東京地下鉄副都心線 雑司ヶ谷駅下車
徒歩10分
住宅街を歩いていきます。ほぼ、まっすぐですが、目印が無いので地図は必携です。 -
迎賓館(旧東宮御所、赤坂離宮)
【港区/明治42年/片山東熊/国宝】
紀州藩の屋敷跡地に建てられたネオゴシック様式の建物です。住居としては使い勝手が悪かった事から、東宮御所としては殆ど使用されませんでした。
心血を注ぎ建築した東宮御所の完成報告を、明治天皇に行ったところ「贅沢すぎる」と言われ、設計者の片山東熊はショックで、その後、病気がちになってしまったとか。
第二次大戦後は国の管理となり、国会図書館や東京オリンピック組織委員会など様々な用途に使用されましたが、従来、迎賓館として使用されてきた旧朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)が手狭になっていたため、この建物が迎賓館となり、現在でも使用されています。
最初に迎賓館に迎えられた国賓は米国のフォード大統領との事。
ここ数年、年に1回の一般公開に応募しているのですが、落選(?)し続けています。
■アクセス
JR中央線・総武線 四ッ谷駅下車
徒歩5分程迎賓館赤坂離宮 名所・史跡
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旧近衛師団司令部庁舎
【千代田区/明治43年/田村鎮(陸軍技師)/国定重要文化財】
江戸城北の丸のあった場所に近衛師団の兵営地が作られ、その一角に師団庁舎として建てられました。この赤レンガ造りの洋館は、関東大震災や第2次大戦をくぐりぬけ、ほぼ完全な姿で現在に残されています。現在、兵営地は北の丸公園として整備され、建物は国立近代美術館工芸館として利用されています。
1972年に国の重要文化財に指定されました。
アクセス
東京地下鉄東西線 竹橋駅下車
徒歩5分
九段下駅で下車し、田安門をくぐり、日本武道館を横目に北の丸公園を抜けてアクセスするのも◎。 -
旧日比谷公園事務所
【千代田区/明治43年/福田重義/都定文化財】
日比谷公園の北側に建つこの建物は、管理事務所として建設されたものです。 老朽化と耐震性から長らく閉鎖されてきましたが、現在は公募により修復され、休憩所件結婚式場として利用されています。
―我が国最初の洋式公園であった日比谷公園の管理事務所として、明治43年(1910年)11月に竣工した、ドイツ・バンガロー風の瀟洒な建物です。(中略)明治期の数少ない近代洋風建築の一つとして、1990年に東京都指定有形文化財に指定されました。(案内看板より)
アクセス
東京地下鉄日比谷駅下車A10出口よりすぐ -
旧竹田宮邸
【品川区/明治44年/片山東熊/】
グランドプリンスホテル高輪の別館として利用されているこの建物は、明治天皇の御用邸として建設計画されていたもの。建設中に竹田宮恒久王の結婚が決定した為、竹田宮に下賜されたのだそうです。
第二次大戦後に行われた皇籍離脱後、旧皇族の土地は占領軍によって没収され、サンフランシスコ条約締結を経て日本政府に返還されます。
旧竹田宮邸は一時期は通産大臣官邸として利用され、その後、西武鉄道に売却されました。プリンスホテルの名前は、旧宮家の土地を利用しホテルとして開業したことが由来とのこと。グランドプリンスホテル高輪 宿・ホテル
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旧竹田宮邸の庭園側にステーキハウスがあり、そこからなら庭園の全景を見ることができるようです。
立ち寄っただけの私はこれが限界。
(ステーキを食べるには、お腹具合はともかく、懐具合が寂しかった・・・)
館内も見学したいのですが、その方法は・・・。
1.誰かの結婚式にでも呼んでもらう
2.ホテルに宿泊し、フロントに見せて!とお願いする
・・・私にはどちらも可能性が低そうです。
■アクセス
JR品川駅下車
高輪口より徒歩7分程。
行く手には長い坂道が待っています!!品川駅 駅
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クルトゥルハイム聖堂
【千代田区/明治期後半/不明/】
上智大学の四ツ谷キャンパス内にある建物の中で最も古いものが、ドイツ語で「文化の館」と名付けられたこの建物です。上智大学の卒業生であれば、この聖堂で結婚式を挙げられるそうです。四ツ谷駅 駅
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旧蚕糸試験所守衛所
【杉並区/大正元年/不詳/】
蚕糸の森公園は、1911年に設置され1980年につくば市に移転するまで、農林水産省の蚕糸試験場があった場所です。跡地は公園として整備され、敷地内にあった建築物は防災上の理由から殆どが取り壊されてしまったそうです。現在では正門と守衛所だけが残され、守衛所は公園の管理事務所として利用されています。
■アクセス
東京地下鉄丸の内線 東高円寺駅下車
徒歩1分東高円寺駅 駅
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旧古河邸(旧古河庭園)
【北区/大正6年/J.コンドル/国定名勝】
1917年(大正6年)、古河虎之助男爵の邸宅として建築。
ジョサイア・コンドル設計による建物の外観はルネサンス様式。庭園は薔薇で有名です。
■アクセス
JR京浜東北線 上中里駅下車
徒歩7〜10分上中里駅 駅
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晩香廬
【北区/大正6年/田辺淳吉/国定重要文化財】
飛鳥山公園は、徳川吉宗が享保の改革の一環として造成した行楽地。造成当初から桜の名所になるべく造られたそうです。明治6年には上野公園などと共に、日本で最初の公園に指定されました。
そんな飛鳥山に居を構えたのが、日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一で、その邸宅跡地に残る晩香廬は、栄一の喜寿のお祝いとして清水組から贈られた洋風茶室で、賓客の接待等に使用されました。
晩香廬の名称は「バンガロー」の当て字として名付けられたといわれています。
■アクセス
東京地下鉄南北線 西ヶ原駅下車
徒歩7分
王子駅のすぐ南側にある飛鳥山公園ですが、建物に直接行く場合は、西ヶ原からの方がアクセスしやすいです。 -
青淵文庫
【北区/大正14年/田辺淳吉/国定重要文化財】
晩香廬に隣接するこの建物は渋沢栄一の傘寿と子爵への昇爵を祝い、竜門社(渋沢栄一記念財団の前身)から贈られた書庫です。名前は渋沢栄一の号より。2階建ての鉄筋コンクリート造で、1階は閲覧室、2階は書庫となっていましたが、その蔵書は都立中央図書館に寄贈されました。施工は晩香廬と同様、清水組。
*館内撮影禁止。
■アクセス
東京地下鉄南北線 西ヶ原駅下車
徒歩7分 -
自由学園明日館
【豊島区/大正10年/フランク・ロイド・ライト/国定重要文化財】
女性思想家の羽仁もと子と吉一夫妻によって建学された自由学園の旧校舎です。学園が東京都東久留米市に移転した後も関連施設として利用されてきましたが、1997年に重要文化財に指定。老朽化が顕著になっていたため、保存修理工事が行われ、一般にも公開されました。
建物は木造で漆喰塗。中央棟を中心に、東教室棟、西教室棟をシンメトリーに配置。空間を連続させて一体構造とする設計方法は、当時、ライトが建築を進めていた帝国ホテルと同じ手法で、現在の木造枠組壁構法(2×4、ツーバイフォー)の先駆けとも言われているそうです。
■アクセス
JR池袋駅下車
南口より徒歩10分 -
スコットホール
【新宿区/大正10年/W.M.ヴォーリズ/東京都選定歴史的建造物】
赤煉瓦造りの重厚な建物は、早稲田大学の学生の為の寄宿舎礼拝堂として建てられたものです。早稲田大学の創設者である大隈重信が米国バプテスト教会の宣教師ベニンホフに依頼し開設した「友愛学舎」がその前身で、現在は早稲田奉仕園の施設として利用されています。建物の名前は建物を寄付したスコット夫人の名前に由来しています。
■アクセス
東京地下鉄東西線 早稲田駅下車
徒歩5分 -
旧鳩山邸
【文京区/大正13年/岡田信一郎/】
内閣総理大臣を務めた鳩山一郎の私邸であるこの洋館は、鳩山記念館として一般公開されています。設計者は鳩山の友人でもあった建築家、岡田信一郎によるもの。
日ソ国交回復に向けた打ち合わせの場として使用されるなど、戦後政治史の舞台としても有名です。
増改築されていましたが、老朽化が進んだため、大規模な修復工事が行われ、現在では竣工時の姿に復元されています。
建築当時としては珍しい鉄筋コンクリート造で、各所に配置された鳩、ミミズク、鹿等の装飾が目を引きます。鳩山会館 名所・史跡
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庭園側から見た旧鳩山邸。
■アクセス
東京地下鉄有楽町線 江戸川橋駅下車
徒歩10分江戸川橋駅 駅
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聖徳記念絵画館
【新宿区/大正15年/小林正紹/国定重要文化財】
青山練兵場の跡地に造営された明治神宮外苑の主要建造物です。設計は公募により、大蔵省臨時建築部技手の小林正紹の案が採用され、実施設計は佐野利器の指導のもと行われました。
明治天皇の生涯の軌跡が、40点の日本画と、同じく40点の西洋画によって展示され、幕末から明治時代の歴史の勉強もできます。教科書に掲載されている絵も何点かありました。
銀杏並木とセットで紹介される事も多く、紅葉に季節には沢山の人で賑わう事でも有名です。
■アクセス
JR総武線 信濃町駅下車
徒歩5分 -
旧山本有三邸(山本有三記念館)
【三鷹市/大正15年/不詳/三鷹市文化財】
作家の山本有三が1936年から、第2次大戦後、進駐軍に接収される1946年までの10年間を暮らした洋館。有三の代表作「路傍の石」もここで執筆されました。接収解除後は児童教育のため都に寄付され、図書館・有三青少年文庫として利用されていましたが、修繕を経て、1996年に記念館として一般公開されました。
建物は貿易商 清田龍之介の別荘として建築されたもの。 -
山本有三記念館(南側庭園から見た洋館)
シルエットが旧古河庭園洋館に似ているので、何らかの影響を受けているものと思われます。
小泉純一郎元首相が、所信表明演説(2001年)の結びで引用した「米百俵の故事」を広く知らしめた戯曲・米百俵の著者も山本有三です。
◆米百俵
北越戦争(戊辰戦争の一局面)で新政府軍敗れた長岡藩は財政が行き詰まり、藩士たちはその日の食べるものにも窮する状況であった。この窮状を見かねた三根山藩(長岡藩の支藩)より見舞いの米百俵が贈られる。これで暮らしが楽になると喜ぶ藩士。しかし、彼らが手にしたのは米ではなく、「米を売却し学校設立の費用とする」との通達であった。この通達に驚き、反発し、押しかける藩士を前に、藩の大参事(幕藩体制では家老に当る)小林虎三郎は論した。
「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」。(Wikipedia より抜粋)
■アクセス
JR中央線 三鷹駅南口下車
徒歩10分
記念館を越えて歩いていけば井の頭公園や三鷹の森ジブリ美術館に到着します。公園に行く途中で立ち寄れますので散歩がてらにどうぞ。 -
旧小笠原伯爵邸
【新宿区/昭和2年/曽禰中條建築事務所/都選定歴史的建造物】
小倉藩の藩主、小笠原長幹の邸宅として1927年に完成しました。鉄筋コンクリート造で、当時流行していたスパニッシュ様式(1915年のサンディエゴ万博で展示された建物が全米で大流行し、日本でも流行した)の建物です。
戦後は進駐軍により接収されましたが、4年後に返還。以降、東京都が管理していましたが、1975年以降は使用される事無く荒廃していました。
一時は取り壊しの計画もあったようですが、2000年に民間に貸し出され、修復工事を経て、現在はレストランとして利用されています。
■アクセス
都営地下鉄大江戸線 若松河田駅下車
徒歩1分 -
神田教会聖堂
【千代田区/昭和3年/設計:マックス・ヒンデル/国定登録有形文化財】
創建は1874年と東京のカトリック教会のなかでも有数の歴史を持っています。関東大震災の復興期に立てられた建物のため、耐震性を考慮し鉄骨鉄筋コンクリート造とされ、現在は国の登録有形文化財に登録されています。
■アクセス
JR総武線 水道橋駅下車
徒歩5分水道橋駅 駅
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トイスラー記念館
【中央区/昭和8年(1998年復元移築)/J.V.W.バーガミニー】
山荘を思わせるようなこの建物は、聖路加国際病院の宣教師館として建設されました。元々は隅田川沿い(現在の聖路加ガーデン)に建っていたそうですが、1998年に移築されました。柱や梁が見て取れる外観はアルザス地方のコロンバージュ造り風。
名前の由来となっているトイスラーは、1902年に聖路加病院を創立したアメリカの宣教医師です。
■アクセス
東京地下鉄日比谷線 築地駅下車
徒歩5分 -
聖路加国際病院旧病院棟
昭和8年に建築された旧病院棟は、チェコ出身の建築家のA.レーモンドらの手によるものですが、装飾のないデザインが不評を買い、建設途中で解雇。アメリカ人バーガミニーが引き継ぎました。
レーモンドはフランク・ロイド・ライトの助手で帝国ホテル建設チームの一員として来日。ライトの帰国後も日本に残り、多くのモダニズム建築を残しています。
病院の再開発計画に伴い取り壊される予定でしたが、建物の文化的重要性から計画を変更。レーモンドの設計を基に修復されました。 -
カトリック築地教会
【中央区/昭和8年/石川音次郎/都定歴史的建造物】
この教会の発祥は1873年。東京で最初に建てられたカトリック教会として、司教座(司教座教会は大聖堂やカテドラル等と呼ばれます)が置かれていました。しかし関東大震災で聖堂は焼失・倒壊してしまったため、古代ギリシアのドーリア神殿風の建物として再建されました。
ギリシア風神殿といえば、巨石を積み上げて作った建物をイメージしますが、この建物はなんと木造です!!
■アクセス
東京地下鉄日比谷線 築地駅下車
徒歩5分築地駅 駅
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東京銀行協会ビル
【千代田区/大正5年/松井貫太郎】
渋沢栄一が創設した東京銀行協会のための集会場として建築されました。煉瓦造りの建物でしたが、老朽化し建物全体が皇居側に傾き始めたため、現在の形で保存されました(1993年改築)。
近代的な高層ビルに古い建物の表層部分が貼り付いているような建物のため、瘡蓋(かさぶた)建築と揶揄される事もありますが、往時の面影を残して貰えているのはありがたい事です。
■アクセス
東京地下鉄大手町駅D4出口 下車すぐ -
日本工業倶楽部会館
【千代田区/大正9年/横河民輔・松井貫太郎/】
瘡蓋建築の第2弾。一時は取り壊しも検討されていましたが、周囲の保存を望む声から、現在の様な形で2003年に修復されました。保存方式に賛否両論ありますが、これはこれでありかな、と思います。
正面屋上には小倉右一郎作の像。当事の日本経済の主産業であった石炭(ハンマーを持つ男性)と紡績(糸巻きを持つ女性)を表現しているそうです。
■アクセス
東京駅(JR,東京地下鉄)下車。すぐ。 -
三菱1号館
【千代田区/対象外】
1894〜1968年に煉瓦造の建築物として存在していましたが、重要文化財指定の直前に、突如、取り壊されてしまいました。現在は往事の面影を残す形で、2009年に完成したレプリカが「瘡蓋」の様に貼り付いています。
「古い洋館」ではありませんが、「瘡蓋シリーズ」の象徴の様な建物なので、掲載しました。
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