2011/08/11 - 2011/08/19
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ライオンベラーさん
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※ 11 (http://4travel.jp/traveler/wanyamapori/album/10656014/) の続きです。
アメリカの旅もいよいよ6日目となりました。
あと3日で、ニューヨークの残ったところを周りきらなければなりません。
今日は、まずミュージカルのライオンキングを観て、その後エンパイアステートビルに上ることにしました。
エンパイアステートビルは第二次世界大戦以前に建てられて、完成後80年になりますが、現在でもこのニューヨークで最も高いビルです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
朝の9時過ぎです。
今日はまず、ミュージカルのライオンキングを観に行きます。
いきなり英語で観るよりも、ある程度ストーリーがわかっていた方が楽しみやすいだろうと思って、先日東京で観てきました。
(http://4travel.jp/traveler/wanyamapori/album/10600085/)
こちらとの違いを知ることも楽しみのひとつです。 -
96番通り駅から地下鉄に乗ります。
-
タイムズスクエアにやってきました。
北向きです。
9時45分です。 -
このブロードウェイ通りには、たくさんの劇場があります。
ライオンキングをやっているミンスコフ劇場は、ここから左に曲がったところです。 -
ミンスコフ劇場です。
この左が入り口(チケット売り場)です。 -
ここです。
空いています。
ラッキーです。
さっそくチケットを買おうと思って、値段を尋ねると・・・
240ドル(約1万9千円)!
・・・・・。 -
でも明日の分だと142ドル(約1万千円)だということで、そんなにも安くなるならということで、明日の分を買うことにしました。
どうせ、今日も明日も街歩きなので、無理に今日観てしまう必要はありません。
さあ、これで念願のブロードウェイミュージカル、ライオンベラー・・・ではなくて、ライオンキングのチケットが手に入りました!
明日が楽しみになりました。 -
さあ、次に向かうのはエンパイアステートビルです。
エンパイアステートビルは、現在、ニューヨークで最も高い建造物です。
そんなところからこのマンハッタンを眺(なが)めることができると思うと、心が躍(おど)ります! -
ブロードウェイを南下しています。
南西向きです。
ここは35番通りのあたりです。 -
南西向きです。
実はこの広場もブロードウェイなのですが、ここは車は通れません。
写真の右後ろからやって来て、左前に向かって進んでいます。
33番通りが、写真手前を左右(東西)に横切っています。 -
ここでは6番街が、ブロードウェイと斜めに交差しています。
右の黄色いタクシーが走っているのが6番街です。
ブロードウェイは、写真の右後ろから左前に続いています。
このエリアだけは歩道になっていますが、この右後ろと左前は車道です。
この後左前の道(ブロードウェイ)を進んで行きました。 -
ブロードウェイを南下してきました。
正面の交差点で、左右に横切っているのは31番通りです。 -
南向きです。
写真の右外を縦に走っているのがブロードウェイで、そこを南下してきました。
手前を横切っているのが25番通りです。
左の奥に走っている通りは5番街です。
ブロードウェイと5番街は、この写真の右奥あたりで、斜めに交差しています。 -
同じ場所です。
左の緑地がマディソンスクエアパークです。
先日の散歩で来た公園です。
大きな白い顔のモニュメントがありました。
その向こうに見えている時計台は、エンパイアステートビルではありません。
どうやら、少し南下しすぎたようです。
ここから5番街を北(写真左手前)に進みます。
10時37分です。 -
五番街を北に向かっています。
あれは・・・エンパイアステートビルでしょうか?
似たようなビルがたくさんあるのでわかりません。 -
そうです!
やはりあれがそうです!
エンパイアステートビルです! -
これからあのビルに登ります。
-
おおお、という感じで、心が打ち震えてきます。
-
おおお・・・!
-
おおおお・・・!
-
おおおおお・・・!
-
だんだん近づいて来ます。
-
おおお・・・
-
おおおお・・・
-
おおおおお・・・
-
おおおおおお・・・!
-
きっとあの上からは、このマンハッタン全体が見渡せるに違いありません。
-
壮大な風景が広がっているはずです。
-
さあ、ついにやって来ました!
-
登り上り口がわかりにくくて、行ったり来たりしたけど、ようやく見つけました。
さあ、登っていきます。
11時になろうとしています。 -
2階のチケット売り場です。
混雑しているときは、ここにぎっしりと人が並んでいるのでしょう。
チケットと一緒に、日本語のイラスト地図を買って、日本語で解説が聞けるヘッドホーンを借りました。
このビル(381m)は1931年に完成しました。
世界恐慌(きょうこう)が始まった直後でした。
その後、1972年にワールドトレードセンター(417m)ができるまでの41年間は、これが世界一の高さを誇(ほこ)っていました。 -
ワールドトレードセンターができた直後に、シカゴのシアーズタワー(442m)が完成し、2004年には台北101(448m)が、2010年からはドバイのブルジュハリファ(636m)が完成して世界一となりました。
セキュリティで荷物検査を受けたときに「○○○は持っていますか?」と尋ねられました。
よくわからなかったので、怪訝(けげん)な顔をしていると、検査官が3本の指を下に向けて開いて見せたので、カメラの三脚のことだとわかりました。
そんなかさ張るものは持っているはずが・・・・・あ!
ありました! -
百円ショップかどこかで買った、手のひらサイズの小さなものを持っていました。
でもこれくらいのものなら、特に使用するつもりもないので、許してもらえるでしょう・・・
と思いましたが、何と係官は思案しています。
そして近くの同僚と相談した結果、ここで預けるようにと言いました。
仕方なく、その小さな三脚をそこに預けました。
最近、大阪のWTCや横浜ランドマークタワーや東京都庁舎など、あちこちでこのようなエレベーターに乗りました。 -
だから今回もつい何も考えずに、普通に乗ってしまうところでした。
でも、乗る直前にはっと気が付きました。
ここはニューヨークです!
ということは、この上からはニューヨークの風景が一望にできるのです!
心して乗らなければいけません。
さあ、いよいよ乗り込みます! -
展望階に着きました。
11時半になろうとしています。 -
外の風景が見えます!
おおお、想像以上の高さです! -
うおおおお・・・・!
高い!!!
とんでもない高さです!
マンハッタン島の先端がはるか向こうに小さく見えます! -
南西です。
-
たくさんの人がいます。
-
アメリカ各地や世界中からやって来た観光客でしょう。
-
再び南です。
超高層ビルはあのマンハッタン島の先端(ロウアーマンハッタン)とこの付近(ミッドタウン)に集中しています。
正面の向こう側に見える陸地がスタテン島(ニューヨーク市)で、この島の右側(西)を流れているのがハドソン川、左側(東)を流れているのがイースト川です。
右のハドソン川の向こう側の陸地がニュージャージー州のジャージーシティで、左のイースト川の向こう側は、ブルックリン(ニューヨーク市)です。
ニューヨーク市の人口820万人のうち、このマンハッタンは160万人ほどで、残りはあのスタテン島やブルックリンなどに分散しています。 -
以前は、正面にある最も高い建設中のビルの場所に、ワールドトレードセンターが2棟(とう)そびえていました。
高さは528mで、そのすぐ左手前にある高いビルの2倍ぐらいあったようです。
ここは381mですから、ここよりもさらに147mも高かったことになります。
写真の右側には、2日目(4日前)に訪れたリバティ島の自由の女神像や、間違えて降りてしまったエリス島が見えています。 -
今度は反対の北側です。
川はハドソン川で、対岸(左)はニュ−ジャージー州です。
写真右下の長方形の広大な緑地がセントラルパークです。
この公園は1876年に完成しました。
ちょうど同じ年(明治8年)に、日本では上野公園が開園しています。
私が滞在しているホテルは、この公園の左側になります。 -
公園の向こう側(北)がハーレムで、そこまでがマンハッタンで、その向こうはブロンクス(ニューヨーク市)です。
ブロンクスには野球のヤンキーズスタジアムがあります。
ハドソン川の対岸はニュ−ジャージー州ですが、その向こう(写真左奥)は、このニューヨーク州が続いています。
その向こう300kmぐらいのところに五大湖のひとつ、オンタリオ湖があります。
オンタリオ湖の向こうはカナダです。
オンタリオ湖の西(写真左)にナイアガラの滝があります。 -
ほんとうにたくさんの人たちが登ってきています。
皆、この雄大な景色に見入っています。
にらめっこしている人もいますが・・・ -
こちらは南東です。
イースト川の対岸はブルックリン(ニューヨーク市)です。
このブルックリンだけでも250万人(大阪市ほど)の人口があります。
写真の左端あたりが、ブルックリンとクイーンズ(ニューヨーク市)の境になります。
クイーンズもブルックリンほどの人口があります。
ニューヨーク市はここマンハッタン(160万人)の他に、写真の右回りに、ブルックリン(250万人)、スタテン島(50万人)、ブロンクス(140万人)、クイーンズ(220万人)の5つの地区で構成されています。 -
写真は東です。
-
東です。
到着したJ.F.ケネディ空港が右奥に見えています。
距離はここから20kmほどです。 -
北東です。
イースト川の向こう側はクイーンズ(ニューヨーク市)です。
その南(写真の右)がブルックリン(ニューヨーク市)です。
そして、そのクイーンズやブルックリンがあるあたりは、大陸ではなくて、ロングアイランドという東西に細長い四国ほどの大きさの島になっています。
ずっと向こうに見える川より右の部分がロングアイランドで、写真の奥方向に150kmほど続いています。
写真の左奥にかすかに見えているのがロングアイランド湾で、その湾の左が北アメリカ大陸です。 -
ひとつ前の写真の中ほどやや左にある先端のとがったビルはクライスラービル(319m)で、このエンパイアステートビル(381m)ができるまでの2年間は世界一の高さを誇っていました。
この写真でも左上に少し見えています。
そして、その少し右(南)のハドソン川べりに建っている四角くて平べったいビルが国連本部です。 -
そのさらに手前です。
右下隅が34番通り、その左(北)の緑地の右が35番通りです。 -
右下の通りが34番通りです。
-
東の真下です。
中央の縦の広い通りが34番通り、その右が33番通りです。
中央やや下で左右に走っているのがマディソン街、その向こうで左右に走っているのがパーク街です。
マディソン街のこちら側、このビルのすぐ下には5番街が左右に走っています。 -
再び東です。
川向こうのブルックリンからこのマンハッタンにたくさんの人が通勤しています。
そのため、9.11テロのときは、ブルックリン在住者からたくさんの犠牲者が出たようです。
ブルックリンがあるのはロングアイランドで、150kmほど奥(東)に伸びています。 -
再び北東です。
イースト川の真ん中に細長いルーズベルト島が見えます。
その先端あたりにあるのが国連ビルです。 -
南東です。
イースト川の向こうがブルックリンです。
橋はウイリアムバーグ橋です。
その手前はイーストビレッジというエリアです。
イーストビレッジは少し治安の悪いところのようです。 -
またまた北東に戻ります。
真ん中のビルが国連本部です。
場所はルーズベルト島の南端あたりになります。 -
そのやや北、ルーズベルト橋を横切って架(か)かっているのは、エドコッククイーンズボロ橋です。
写真の左端はクライスラービルです。 -
上を見上げると、このエンパイアステートビルの尖塔(せんとう)が見えます。
ここが381mであの尖塔の先が443mです。 -
北です。
左上にセントラルパークが見えます。
中央部を北上しているのが五番街です。
東部(写真右)はロングアイランドでしたが、こちらは大陸です。
写真やや右に300kmぐらいのところにボストンが、やや左500kmぐらいのところにカナダのモントリオールがあります。 -
真下の様子です。
縦に走っているのが5番街、下部で交差しているのが36番通りです。 -
北部です。
セントラルパークが見えます。
ここからあの辺りまでがミッドタウンです。
セントラルパークのあたりはアップタウンです。
セントラルパークの左(西)がアッパーウエストサイド、右(東)がアッパーイーストサイドです。
セントラルパークの北側がアッパーマンハッタンで、そこにはハーレムなどがあります。
そのさらに北がブロンクス(ニューヨーク市)です。 -
またまた北東部です。
クライスラービルや国連本部が見えます。
クライスラービルの左隣には、グランドセントラル駅があります。 -
またまた北部です。
11時42分です。
ここに上がってから15〜6分経っています。
左下に見えているのはブライアント公園です。
その左を縦に走っているのが6番街です。
右下で縦に走っているのは5番街で、このあたりが中心のショッピングエリアです。
ブライアント公園の向こう側を左右(東西)に42番通りが走っています。
写真中央のセントラルパークのこちら側(南)を左右(東西)に59番通りが、向こう側を同じく左右に110番通りが走っています。
ここからあのセントラルパークの手前までがミッドタウンです。
ニューヨークの繁華街は時代とともに北に移って来ましたが、現在はこのミッドタウンが繁華街の中心です。 -
タイムズスクエアは、この写真の左下あたりです。
この向きの500kmぐらい向こうにカナダのモントリオールがあります。 -
同じ向き(北西)です。
-
西です。
ハドソン川の向こうはニュージャージー州です。
中央の縦に走る広い通りが34番通りで、その左(南)隣が33番通りです。
33番通りの南側に少し見えている円筒(えんとう)形の建物がマディソンスクエアガーデンで、ここでバスケットの大きな試合などが行われます。
その地下がペン駅で、昨日はここからアムトラック(アメリカ鉄道)で、ワシントンD.C.まで、往復しました。
右上の地域はヘルズキッチンとよばれ、昔ギャング団がいて、アメリカで最も危険な地域といわれていたようです。 -
そのやや左(南)です。
写真の左の地域はチェルシーと呼ばれています。
到着3日目(3日前)に、ここを通っているハイラインの上を歩いて来ました。
1912年の4月、イギリスを出港したタイタニック号は、大西洋を横断して、この写真の左端にあるふ頭に着岸する予定でしたが、途中の事故で沈没して、ここに到達することはできませんでした。 -
再び北西部です。
タイムズスクエアは、写真下の中央あたりです。 -
再び、上を見上げました。
-
南です。(真南は高層ビル群のやや左です。)
1万数千年ほど前に、最初の人類が、アジアからこのアメリカ大陸に渡って来ました。
その後、彼らは南アメリカまで達し、南北アメリカの各地に住むようになりました。
このマンハッタン島も、そのような先住民の人たちが暮らしていました。
10世紀末(1000年少し前)には、カナダのニューファンドランド島あたりにノルマン人(ヴァイキング)がやってきて入植を試みましたが、成功しませんでした。 -
彼らはそのときは、このマンハッタンには達してはいなかったようです。
15世紀の大航海時代になると、多くのヨーロッパ人がこのアメリカ大陸にやって来るようになりました。
1492年、コロンブスが西インド諸島に到達し、その後スペインが中南米に進出してきました。
16世紀にはイギリスやフランスも進出し始め、イギリスは南のバージニアやカロライナを、フランスはルイジアナを中心に入植しました。
その頃の日本は戦国時代で、ポルトガル人が鉄砲を伝来した頃になります。 -
しかしまだ、それらのヨーロッパ人はこのマンハッタン島には達しておらず、ここは先住民族のインディアンのレナぺ族が暮らしていました。
1524年、フランスの依頼でイタリア人のヴェラッツァーノが探索にやってきて、正面のスタテン島と左のブルックリンの間の海峡の、ブルックリン側あたりに停泊しました。
レナぺ族のインディアンたちはカヌーに乗ってそこへ向かい、ヴェラッツァーノらと出会いました。
ヴェラッツァーノらの一行はこちらへは入港せずに、そのままあの海峡を去ったようです。
現在そこにかかっている橋(写真左奥)は、彼の名前をとって、ヴェラザノ海峡橋と名づけられています。
このマンハッタン島に最初に達したヨーロッパ人は、イギリスの探検家、ハドソンでした。
彼はオランダの東インド会社に雇われて、1609年(江戸時代が始まって間もなく)にやって来ました。
オランダ人はこのマンハッタン島の南端(写真の高層ビルが乱立しているあたり)に入植し、そこをニューアムステルダムと名付けました。 -
それよりこちら側(北)は先住民族のインディアン(レナぺ族)が生活していました。
1624年には、オランダがインディアンからこのマンハッタン島を買い取りました。
1653年にオランダ人たちは居住区の境界を明らかにするために、そこに壁(ウォール)を築きました。(写真の高層ビル群の中ほど)
その壁があったあたりが、現在のウォール街です。
英蘭(えいらん)戦争の結果、1664年にこのニューアムステルダムはイギリス領となり、その2年後にニューヨークと改名されました。 -
でもその頃もまだ、街はあの高層ビル群のあたりだけで、それ以外のところはほとんど緑地が広がっていたと思われます。
その100年後、イギリスの圧政に抗して、独立戦争が始まりました。
1776年3月、イギリス軍をボストンから追い出した大陸軍(指揮官はワシントン)がここにやって来て、防御陣地を築きました。
当時のニューヨーク市街はあの高層ビルのあたりだけだったので、あのあたりに大陸軍の主力が陣を構えていたということになります。 -
5月には、写真左奥のブルックリン(ロングアイランド島)に半数の兵を送り、このマンハッタン島やあのブルックリンの周囲に砦(とりで)を築いていました。
対するイギリス軍は7月2日に、写真右奥に見えるスタテン島に上陸して、陣を構えました。
その2日後の7月4日には、フィラデルフィアで独立宣言が採択され、この日から大陸軍(大陸植民地反乱軍)は、アメリカ合衆国軍となりました。
8月22日、イギリス軍はヴェラザノ海峡を渡って左のブルックリンに上陸し、その5日後にブルックリンのアメリカ合衆国軍への攻撃を開始しました。 -
アメリカ軍1万人とイギリス軍2万人が会したこの戦いは独立戦争最大の会戦となりました。(ロングアイランドの戦い)
この戦いで、アメリカ軍に300人、イギリス軍に64名の戦死者が出ました。
アメリカ軍はその2日後の夜間にイースト川を越えて、全員がこのマンハッタン島に退避しました。
9月15日、1万2000人のイギリス軍が、市街地(あの高層ビル群のあたり)に上陸して、その後こちらに北上してきました。
アメリカ軍はセントラルパーク北西部で、初勝利をあげた -
ものの、その後撤退して、このマンハッタン島はそれから終戦まで、イギリス軍の支配が続きました。
1783年、パリ条約が結ばれてアメリカはイギリスから独立しました。
そしてこのニューヨークからイギリス軍が撤退し、ここがアメリカ合衆国最初の首都になりました。
1789年、ウォール街(写真の高層ビル群のあたり)で、ワシントンが初代大統領に任命されました。
その翌年の1790年に、首都はフィラデルフィアに移りました。 -
1811年には、このマンハッタンの道路を碁盤の目のような規則正しいものに整備することが決まりました。
このとき、昔からの道はブロードウェイとして、そのまま残されました。
(セントラルパークが開園したのは1876年です。)
1840年代は最初はアイルランドから、続いてドイツから大量の移民がやって来ました。
その頃以降は、西部開拓が行われ、アメリカ合衆国の領土や入植者の居住地は、西へ拡大していきました。 -
その頃の対外的な状況としては、アメリカは、東南アジアに進出していた西欧諸国に対抗して清(中国)や朝鮮に接近していました。
1853年には日本に上陸し、鎖国(さこく)していた日本を開国させることにも成功しました。
1861年〜65年の南北戦争の期間は、戦場となることもなく、北部の大都市として、北軍の兵を供給していました。
1880年代以降は、イタリアや東ヨーロッパからの移民(ユダヤ人やスラブ人)が増えてきました。
その後もここニューヨークは、アメリカ合衆国を代表する -
大都市として成長を続け、1898年にはブルックリンを併合(へいごう)して、現在の五区構成になりました。
1900年代に入ると、アフリカ系アメリカ人が南部から大量にやってきました。
1903年には東部にウィリアムズバーグ橋(この写真左外、ここから南南西に6km)が完成しました。
1904年には地下鉄が開業しました。
1909年はマンハッタン橋(この写真のすぐ左外、ここから南に5km)が完成しました。
1910年にはペンシルバニア駅(この西600m)が、1923年にはグランド・セントラル駅(この北東700m)が完成しました。
第一次世界大戦中(1914年〜19年)は、ここの港から大量の兵士をヨーロッパに送り出していました。
1930年にはクライスラービル(この北東700m)が、1931年にはこのエンパイアステートビルが完成しました。
その直前の1929年にはあの高層ビル群の中のウォール街で株の大暴落が起こっていて、このエンパイアステートビルが完成した頃は、すでに世界恐慌(きょうこう)が始まっていました。 -
1939年、ヨーロッパで第二次世界大戦が勃発(ぼっぱつ)しましたが、アメリカは中立の立場をとっていました。
しかし1941年に入ると、ドイツやイタリア、日本などの枢軸(すうじく)国と敵対する国(イギリス、ソ連、中華民国など)に軍事支援を始めました。
1941年の暮れ、日本がハワイの真珠湾を攻撃し、太平洋戦争が始まりました。
日本、ドイツ、イタリアは三国同盟を結んでいたため、ドイツ、イタリアがアメリカに対して宣戦布告し、アメリカはヨーロッパでも参戦することになりました。
戦争中は、日系アメリカ人の人たちは、写真の高層ビル群の右に見える2つの島のうち、こちら側の島、エリス島に収容されていました。
第二次世界大戦では、アメリカ本土は戦場とはならなかったけれども、兵員の犠牲者は、約40万人で、日本の約230万人、ドイツの約210万人に次いで、3番目に多い数となっています。
世界の大都市が大きな戦争被害を受けたのに対して、このニューヨークなどのアメリカの都市はすべて無傷でした。
そしてその後、ここニューヨークは、世界をリードし続ける最先端の街として、発展を続けました。 -
1970年代からは不況による街の治安悪化が問題となりました。
当時はこの街の至る所で凶悪犯罪が頻発(ひんぱつ)していました。
治安の悪化は1990年代後半まで続きました。
この街で1年間に起こる殺人事件の数は、1990年頃は2000件以上でしたが、ここ数年は400〜500件ほどに減っています。 -
南向きに見下ろしています。
中央を縦(右斜め奥)に伸びている大通りが5番街です。
写真中央の公園はマディソンスクエアパークです。
緑地の中央に、あの白い大きな顔のモニュメントが見えます。
公園の向こうで5番街と斜めに交差しているのがブロードウェイです。
ここへ来るときは、あのブロードウェイをいったんあの公園の手前まで南下して、そこから五番街をこちらに向かって北上して来ました。
ブロードウェイは先住民が使っていた道を拡張したもので、五番街は他の道路同様に1811年の都市計画によってできた道です。
その交差点の向こうに見える、三角柱の形をしたビルはフラットアイアンビルディングです。 -
フラットアイアンビルディングです。
このビルは1902年に完成しました。
高さは88mで22階建てですが、形が面白いので目を引きます。
当時、世界で一番高いビルの高さは119mで、市内のここより南の方にありました。
道路は右が5番街で左がブロードウェイです。
手前を左右(東西)に横切るのは23番通りです。 -
南西です。
向こうはスタテン島、ハドソン川の右はニュージャージー州で、その間に見えるのがリバティー島とエリス島です。
写真の左上の道路が5番街、右下の道路が6番街です。
写真の下を斜めに左奥に走っているのがブロードウェイです。
このブロードウェイの向きが真南になります。
右端のハドソン川近くに縦に10番街が走っていて、その向こうにハイラインが走っています。
到着3日目はそこを向こう(南)からこちら側(北)に歩いて来ました。 -
南西です。
ハドソン川の向こうはニュージャージー州です。
昨日訪れたワシントンD.C.はこの向きに300kmほどのところです。
ハイラインは川のこちら側を左右(東西)に走っています。
緑地が多い部分がチェルシー地区です。
ハイラインを歩いていたときに見えていたのは、これらの建物です。 -
真西です。
左がチェルシー地区です。 -
北西です。
この400kmぐらい向こうにナイアガラの滝があります。
その向こうの右側がオンタリオ湖で、その向こうはカナダです。 -
北です。
-
独立戦争の1776年に、イギリス軍に追われてこのマンハッタンを北部に撤退した、ジョージ・ワシントン率いるアメリカ軍は、写真のセントラルパークの向こうのハドソン川近くでイギリス軍と一戦を交え、相手の3分の1ほどの人数で、初勝利しました。(ハーレム・ハイツの戦い)
しかしその後、撤退して、このマンハッタンは終戦までイギリス軍の支配下に置かれました。 -
北側真下です。
-
北側です。
-
北です。
私が滞在しているホテルは写真の中央あたりです。
セントラルパークの北側が、ハーレム地区です。 -
同じ向き(北)です。
橋はジョージ・ワシントン橋で、1931年(このビルと同じ年)に完成しました。
こちらは5月に完成し、あの橋は10月に完成しました。
完成当時は、主スパン長で世界一(1067m)でしたが、6年後の1937年にサンフランシスコのゴールデンゲートブリッジ(1280m)に抜かれました。
1964年には、湾の入り口(南向きの写真の左奥)にヴェラザノ・ナローズ・ブリッジ(1298m)が架かって、それが世界一になりました。 -
北東です。
写真中央右の先端がとんがっているのがクライスラービルで、グランドセントラル駅はその左(西)隣です。 -
時刻は0時15分です。
50分近くもここにいたことになります。
その間、借りていたヘッドホーンで日本語の解説を聞いたりしながら、何周かしました。
この後も、もうしばらく景色を見てからここを降りました。 -
地上に降りて来ました。
あまり高いので、ここからは先端の塔の部分は見えません。
2時になろうとしています。
だいぶ街を歩いてから、三脚を返してもらっていないことに気が付きました。
急いで戻りました。
引換券を見せると・・・ -
返してもらえました。
※ 13 (http://4travel.jp/traveler/wanyamapori/album/10644424/)に続く。
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