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平成館で特別展を見た後、裏手の庭園で少し休んだ後、まだ入ったことがない表慶館へ。ネオ・バロック様式の素晴らしい建物でした。ここは、大正天皇(嘉仁天皇)の御成婚記念に国民から奉献された美術館ということです。<br />宮内省の片山東熊に設計が委託され、明治34年8月に着工、明治41年10月に竣工しました。<br />片山東熊が設計した東宮御所(現在の迎賓館)も同じネオ・バロック様式で鉄骨・石材などが似ています。<br />石張り煉瓦造りの2階建てで、中央部に大ドームがあり、両翼に小ドームがある左右対称となっています。<br />内部は中央ドーム下のホールが1・2階吹き抜けとなっており、ドーム天井周り、2階ギャラリーを巡るイオニア式列柱、ギャラリーの手摺りなどが、整然とした比例構成で、とても趣き深い建築となっています。<br />

上野・表慶館から法隆寺宝物館へ

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2011/11/16 - 2011/11/16

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belledune

belleduneさん

平成館で特別展を見た後、裏手の庭園で少し休んだ後、まだ入ったことがない表慶館へ。ネオ・バロック様式の素晴らしい建物でした。ここは、大正天皇(嘉仁天皇)の御成婚記念に国民から奉献された美術館ということです。
宮内省の片山東熊に設計が委託され、明治34年8月に着工、明治41年10月に竣工しました。
片山東熊が設計した東宮御所(現在の迎賓館)も同じネオ・バロック様式で鉄骨・石材などが似ています。
石張り煉瓦造りの2階建てで、中央部に大ドームがあり、両翼に小ドームがある左右対称となっています。
内部は中央ドーム下のホールが1・2階吹き抜けとなっており、ドーム天井周り、2階ギャラリーを巡るイオニア式列柱、ギャラリーの手摺りなどが、整然とした比例構成で、とても趣き深い建築となっています。

交通手段
徒歩
  • 平成館から出口へ向かう右手に表慶館があります。

    平成館から出口へ向かう右手に表慶館があります。

  • ネオ・バロック様式の佇まいが見事ですね。

    ネオ・バロック様式の佇まいが見事ですね。

  • 向かって右には、口を開いているライオン

    向かって右には、口を開いているライオン

  • 左手には、口を閉じているライオン

    左手には、口を閉じているライオン

  • 玄関を入ったところが、吹き抜けのホールです。

    玄関を入ったところが、吹き抜けのホールです。

  • 床は、モザイク模様で彩られています。チュニジアのモザイク美術館に行った時のことが頭に浮かぶ程の出来栄えでした。

    床は、モザイク模様で彩られています。チュニジアのモザイク美術館に行った時のことが頭に浮かぶ程の出来栄えでした。

  • ホールの2階へは上がれませんが、回廊の手摺りが見えます。<br />3階へ上がって天井のドームの装飾を近くでみたいものです。

    ホールの2階へは上がれませんが、回廊の手摺りが見えます。
    3階へ上がって天井のドームの装飾を近くでみたいものです。

  • 下から見上げた天井ドームです。綺麗ですね。

    下から見上げた天井ドームです。綺麗ですね。

  • 現在展示しているアジア諸国の美術、工芸、考古遺物展の大パネルが設置してあるので、ここから見ると綺麗な景色に見えます。

    現在展示しているアジア諸国の美術、工芸、考古遺物展の大パネルが設置してあるので、ここから見ると綺麗な景色に見えます。

  • ホールから左右に部屋が広がっていますが、両端には同じ様式の階段があります。壁は漆喰で白い仕上げになっています。

    ホールから左右に部屋が広がっていますが、両端には同じ様式の階段があります。壁は漆喰で白い仕上げになっています。

  • フラッシュ無しで撮影したので、灯りの黄色いが壁が反射して、ベージュになっていますが、壁は白色です。

    フラッシュ無しで撮影したので、灯りの黄色いが壁が反射して、ベージュになっていますが、壁は白色です。

  • アーチ型の階段の天井

    アーチ型の階段の天井

  • 扉も天井まである高い大きなものです。

    扉も天井まである高い大きなものです。

  • 2間続いた部屋も、大きな扉で仕切られています。

    2間続いた部屋も、大きな扉で仕切られています。

  • 裏手へ出られる扉

    裏手へ出られる扉

  • ホールの廊下へ伸びる部屋の上部

    ホールの廊下へ伸びる部屋の上部

  • 階段部分も見事です。

    階段部分も見事です。

  • 1階のホールの回廊天井部分

    1階のホールの回廊天井部分

  • 1階のホール回廊の壁装飾

    1階のホール回廊の壁装飾

  • しつこく床のモザイクを撮っていました。

    しつこく床のモザイクを撮っていました。

  • 外玄関の天井部分の装飾

    外玄関の天井部分の装飾

  • 玄関を出て、左手に周って行きます。

    玄関を出て、左手に周って行きます。

  • 左側の小ドームです。

    左側の小ドームです。

  • 黒田家の江戸屋敷鬼瓦。<br />徳川幕府の参勤交代制度で、諸大名は江戸に屋敷を設けました。この鬼瓦は、筑前福岡藩主黒田家(現在の外務省のある場所)の建物の棟飾りとして用いられていました。鬼面にはなっていませんが、複雑な雲文のひれまでを一体に造った大振りのものです。屋根を重厚にする江戸趣味を良く表しています。

    黒田家の江戸屋敷鬼瓦。
    徳川幕府の参勤交代制度で、諸大名は江戸に屋敷を設けました。この鬼瓦は、筑前福岡藩主黒田家(現在の外務省のある場所)の建物の棟飾りとして用いられていました。鬼面にはなっていませんが、複雑な雲文のひれまでを一体に造った大振りのものです。屋根を重厚にする江戸趣味を良く表しています。

  • 旧因州池田屋敷表門(黒門)。<br />因州池田家の江戸屋敷の表門で、江戸時代末期に、丸の内大名小路(現在の丸の内3丁目)に建てられていましたが、明治25年芝高輪台町の常宮御殿の表門として移建されました。その後、東宮御所に移り、さらに高松宮家に引き継がれました。表門は昭和29年3月、ここに移建され、修理されました。屋根は入母屋造り、門の左右には向唐破風造りの番所を備えており、大名屋敷表門として最も格式の高いものです。<br />昭和26年9月重要文化財に指定されました。

    旧因州池田屋敷表門(黒門)。
    因州池田家の江戸屋敷の表門で、江戸時代末期に、丸の内大名小路(現在の丸の内3丁目)に建てられていましたが、明治25年芝高輪台町の常宮御殿の表門として移建されました。その後、東宮御所に移り、さらに高松宮家に引き継がれました。表門は昭和29年3月、ここに移建され、修理されました。屋根は入母屋造り、門の左右には向唐破風造りの番所を備えており、大名屋敷表門として最も格式の高いものです。
    昭和26年9月重要文化財に指定されました。

  • 表から見た池田屋敷表門

    表から見た池田屋敷表門

  • 表慶館の裏手にある法隆寺宝物館(法隆寺献納宝物)は、谷口吉生氏の設計で平成11年に開館しました。<br />明治11年(1878)に奈良・法隆寺から皇室に献納された300件余りの宝物を収蔵・展示しています。<br />とてもモダンな設計ですね。

    表慶館の裏手にある法隆寺宝物館(法隆寺献納宝物)は、谷口吉生氏の設計で平成11年に開館しました。
    明治11年(1878)に奈良・法隆寺から皇室に献納された300件余りの宝物を収蔵・展示しています。
    とてもモダンな設計ですね。

  • 宝物館から外を眺めたところです。ここへは余り訪れる人も少なく、静かでした。

    宝物館から外を眺めたところです。ここへは余り訪れる人も少なく、静かでした。

  • 2階から外を見たところです。海外でもよく美術館や博物館へ行きますが、混んでいないことが多くて、嬉しいです。<br />静かに鑑賞できることは素晴らしいことです。

    2階から外を見たところです。海外でもよく美術館や博物館へ行きますが、混んでいないことが多くて、嬉しいです。
    静かに鑑賞できることは素晴らしいことです。

  • 博物館動物園駅照明復元事業。<br />この駅は、昭和8年(1933)に竣工し、6灯の壁付き照明器具が三方に開いた出入り口を照らしていました。第2次大戦の金属提供により、取り外されて長く失われていました。NPO法人上野の杜芸術フォーラムによる企画と募金活動により2010年1灯が復元したそうです。

    博物館動物園駅照明復元事業。
    この駅は、昭和8年(1933)に竣工し、6灯の壁付き照明器具が三方に開いた出入り口を照らしていました。第2次大戦の金属提供により、取り外されて長く失われていました。NPO法人上野の杜芸術フォーラムによる企画と募金活動により2010年1灯が復元したそうです。

  • 黒田清孝の記念館

    黒田清孝の記念館

  • 旧東京音楽学校奏楽堂、母が若かりし頃、通ったところです。<br /><br />

    旧東京音楽学校奏楽堂、母が若かりし頃、通ったところです。

  • 明治23年(1890)、東京音楽学校(現東京芸大)本堂といて建設されました。設計は山口半六、久留正道で、日本で始めての本格的な音楽ホールで、音楽教育の記念となるものです。この音楽堂kら滝廉太郎を初めとして、多くの音楽家を世に送り出してきましたが、老朽化が進んだため、昭和62年3月この地に移築・復元されました。昭和63年1月13日付けで国の重要文化財に指定されました。

    明治23年(1890)、東京音楽学校(現東京芸大)本堂といて建設されました。設計は山口半六、久留正道で、日本で始めての本格的な音楽ホールで、音楽教育の記念となるものです。この音楽堂kら滝廉太郎を初めとして、多くの音楽家を世に送り出してきましたが、老朽化が進んだため、昭和62年3月この地に移築・復元されました。昭和63年1月13日付けで国の重要文化財に指定されました。

  • チェンバロ

    チェンバロ

  • 大正9年に徳川頼貞候が英国から購入し、昭和3年に東京音楽学校へ寄贈されました。アボット・スミス社製で、パイプ総数は1379本です。現在では、世界でも珍しい空気式アクション機構を有しています。コンサート用パイプオルガンとしては、日本最古のもので、柔らかい音色が特徴です。現在でも演奏されています。

    大正9年に徳川頼貞候が英国から購入し、昭和3年に東京音楽学校へ寄贈されました。アボット・スミス社製で、パイプ総数は1379本です。現在では、世界でも珍しい空気式アクション機構を有しています。コンサート用パイプオルガンとしては、日本最古のもので、柔らかい音色が特徴です。現在でも演奏されています。

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