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東京国立博物館 平成館で12月4日までやっている特別展法然と親鸞 ゆかりの名宝を見に行って来ました。日本史に疎い私は、イヤーホーンを借りて190点余りの展示物をゆっくり見て周りました。<br />お昼過ぎから出掛けたのですが、予想よりは空いていました。イヤーホーンで注釈を聴かないと詳しいところまでは理解できないと思いました。<br />昨日もNHKで五木寛之さんがお話していらっしゃいましたが、国宝が多くて、こんな機会はまたとないし、見る価値は大きいと思いました。<br />2時間半程で一通り見ましたが、疲れたので、裏手の庭園が丁度開放されていたので、そこで少し休憩しながら、お庭を散策して周りました。<br />その後、大正天皇の後成婚を記念して建てられた表慶館、法隆寺宝物殿と久し振りにゆっくりと歩いて見て来ました。芸術の秋を満喫した1日でした。

法然と親鸞 ゆかりの名宝 を見に上野へ

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2011/11/16 - 2011/11/16

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belledune

belleduneさん

東京国立博物館 平成館で12月4日までやっている特別展法然と親鸞 ゆかりの名宝を見に行って来ました。日本史に疎い私は、イヤーホーンを借りて190点余りの展示物をゆっくり見て周りました。
お昼過ぎから出掛けたのですが、予想よりは空いていました。イヤーホーンで注釈を聴かないと詳しいところまでは理解できないと思いました。
昨日もNHKで五木寛之さんがお話していらっしゃいましたが、国宝が多くて、こんな機会はまたとないし、見る価値は大きいと思いました。
2時間半程で一通り見ましたが、疲れたので、裏手の庭園が丁度開放されていたので、そこで少し休憩しながら、お庭を散策して周りました。
その後、大正天皇の後成婚を記念して建てられた表慶館、法隆寺宝物殿と久し振りにゆっくりと歩いて見て来ました。芸術の秋を満喫した1日でした。

交通手段
徒歩
  • 正門を入って正面に見えるのが、本館です。

    正門を入って正面に見えるのが、本館です。

  • 昭和13年に開館した本館(日本ギャラリー)は、重要分化財です。

    昭和13年に開館した本館(日本ギャラリー)は、重要分化財です。

  • 左手が表慶館です。後で、寄ることにします。

    左手が表慶館です。後で、寄ることにします。

  • そしてやっと見えてきたのが、平成館です。平成11年に開館しました。

    そしてやっと見えてきたのが、平成館です。平成11年に開館しました。

  • 本館横の紅葉が綺麗です。

    本館横の紅葉が綺麗です。

  • 平成館裏の庭園が開放されているので、入ってみました。

    平成館裏の庭園が開放されているので、入ってみました。

  • 向こうの池に紅葉が映っています。

    向こうの池に紅葉が映っています。

  • 銅製の五重塔は高さ5,7mで、最上部の相輪には龍が絡み付いており、垂木、斗拱の組み物の細部まで入念に作られています。基壇に第5代将軍徳川綱吉が法隆寺に奉納したという銘文が線刻されています。<br />

    銅製の五重塔は高さ5,7mで、最上部の相輪には龍が絡み付いており、垂木、斗拱の組み物の細部まで入念に作られています。基壇に第5代将軍徳川綱吉が法隆寺に奉納したという銘文が線刻されています。

  • 向こうに春草廬が見えます。

    向こうに春草廬が見えます。

  • 春草廬は、江戸時代、河村瑞賢(1618〜1699)が攝津淀川改修工事の際に建設された休憩所で、その後大阪へ、さらに横浜の三渓園に移築され、その後、昭和12年に埼玉県所沢市にある松永安エ門(耳庵)の柳瀬荘内に移築されました。昭和23年に寄贈され、現在の位置へ移されました。<br />入母屋の妻に掲げられた「春草廬」の扁額は、能書家として有名な曼殊院良尚法親王の筆によるものです。<br />木造平屋建て、入母屋造り茅葺き、座敷は五畳と三畳から成っています。<br />

    春草廬は、江戸時代、河村瑞賢(1618〜1699)が攝津淀川改修工事の際に建設された休憩所で、その後大阪へ、さらに横浜の三渓園に移築され、その後、昭和12年に埼玉県所沢市にある松永安エ門(耳庵)の柳瀬荘内に移築されました。昭和23年に寄贈され、現在の位置へ移されました。
    入母屋の妻に掲げられた「春草廬」の扁額は、能書家として有名な曼殊院良尚法親王の筆によるものです。
    木造平屋建て、入母屋造り茅葺き、座敷は五畳と三畳から成っています。

  • 転合庵は、小堀遠州が桂宮から茶入れ「於大名」に賜った際、その披露のために京都伏見の六地蔵に立てた茶室です。<br />その後、大原寂光寺に移築され、昭和38年当館へ茶入れと共に寄贈されました。<br />木造平屋造り、切妻屋根、瓦葺き、二畳台目向切席など全て遠州好みのものです。四畳半座敷、水屋もあります。<br />転合庵脇の四角い土壇は、重要分化財の旧十輪院宝蔵(校倉)が建てられていた跡です。現在はm法隆寺宝物館の脇に一般公開されています。

    転合庵は、小堀遠州が桂宮から茶入れ「於大名」に賜った際、その披露のために京都伏見の六地蔵に立てた茶室です。
    その後、大原寂光寺に移築され、昭和38年当館へ茶入れと共に寄贈されました。
    木造平屋造り、切妻屋根、瓦葺き、二畳台目向切席など全て遠州好みのものです。四畳半座敷、水屋もあります。
    転合庵脇の四角い土壇は、重要分化財の旧十輪院宝蔵(校倉)が建てられていた跡です。現在はm法隆寺宝物館の脇に一般公開されています。

  • 池の向こうに見えるのは、本館です。

    池の向こうに見えるのは、本館です。

  • 薄の穂が秋らしい風情です。

    薄の穂が秋らしい風情です。

  • 六窓庵は慶安年間(17世紀中頃)ならの興福寺慈眼院に建てられたもので、現在の奈良国立博物館にある八窓庵などと共に大和の三茶室と言われていました。<br />明治8年博物館が購入しましたが、解体輸送中に舟が難破するという災難にあいましたが、幸い流失を免れたので、明治10年無事当館に移築されました。<br />その後、第二次大戦中、再び解体疎開していましたが、昭和22年9月数奇屋の名工・木村清兵衛によって、現在の位置に再建されました。<br />金森宗和好みの入母屋造り、茅葺きで、席は三畳台目出炉。水屋、寄付、腰掛は明治14年、古筆了仲によって設計・増築されたものです。

    六窓庵は慶安年間(17世紀中頃)ならの興福寺慈眼院に建てられたもので、現在の奈良国立博物館にある八窓庵などと共に大和の三茶室と言われていました。
    明治8年博物館が購入しましたが、解体輸送中に舟が難破するという災難にあいましたが、幸い流失を免れたので、明治10年無事当館に移築されました。
    その後、第二次大戦中、再び解体疎開していましたが、昭和22年9月数奇屋の名工・木村清兵衛によって、現在の位置に再建されました。
    金森宗和好みの入母屋造り、茅葺きで、席は三畳台目出炉。水屋、寄付、腰掛は明治14年、古筆了仲によって設計・増築されたものです。

  • にじり口にある手水鉢は四方仏水盤と言われる形式で、延長3年(925)関白藤原忠平が建立した山城国法性寺の石塔の一つでした。その後、銀閣寺を経て、所有者が何度か変わり、明治18年に博物館の所有になりました。

    にじり口にある手水鉢は四方仏水盤と言われる形式で、延長3年(925)関白藤原忠平が建立した山城国法性寺の石塔の一つでした。その後、銀閣寺を経て、所有者が何度か変わり、明治18年に博物館の所有になりました。

  • 応挙館は尾張国の天台宗寺院・明眼院の書院として寛保2年(1742)に建てられ、後に東京品川の益田孝(鈍翁)邸内に移築され、昭和8年当館に移築されました。室内に描かれている墨画は天明4年(1784)、円山応挙が眼病治療のため、明眼院に滞留していた際に描いたものとされています。<br />松竹梅を描いた床張付と襖絵が残されています。墨画は保存上の理由で収蔵庫に保管されていますが、最新の技術を駆使した結果、現在、複製障壁画が設置され、応挙が描いた当時の絵画空間が再現されました。

    応挙館は尾張国の天台宗寺院・明眼院の書院として寛保2年(1742)に建てられ、後に東京品川の益田孝(鈍翁)邸内に移築され、昭和8年当館に移築されました。室内に描かれている墨画は天明4年(1784)、円山応挙が眼病治療のため、明眼院に滞留していた際に描いたものとされています。
    松竹梅を描いた床張付と襖絵が残されています。墨画は保存上の理由で収蔵庫に保管されていますが、最新の技術を駆使した結果、現在、複製障壁画が設置され、応挙が描いた当時の絵画空間が再現されました。

  • 木造平屋建て、入母屋造り、瓦葺き、間口15m、奥行き9m、二部屋、廻り廊下を巡らせています。

    木造平屋建て、入母屋造り、瓦葺き、間口15m、奥行き9m、二部屋、廻り廊下を巡らせています。

  • 九条館は、元々赤坂の九条邸にあった建築で、当主の居室として使われていました。昭和9年九条家から寄贈され、現在の位置に移築されました。床張付などには狩野派の筆と言われる楼閣山水図が描かれており、欄間には花梨の一枚板に藤花菱が透かし彫りされています。

    九条館は、元々赤坂の九条邸にあった建築で、当主の居室として使われていました。昭和9年九条家から寄贈され、現在の位置に移築されました。床張付などには狩野派の筆と言われる楼閣山水図が描かれており、欄間には花梨の一枚板に藤花菱が透かし彫りされています。

  • 木造平屋造り、瓦葺き、寄棟造り、間口15m、奥行き10m、二部屋、廻り廊下を巡らせています。

    木造平屋造り、瓦葺き、寄棟造り、間口15m、奥行き10m、二部屋、廻り廊下を巡らせています。

  • 透かし彫りの欄間の奥に部屋が少し見えます。

    透かし彫りの欄間の奥に部屋が少し見えます。

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