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 東京タワーの南西隣にある心光教院(東京都港区東麻布1)は浄土宗のお寺でお竹大日堂が建っている。心光教院は寛永年間(1624年〜1644年)、庄内出身のお竹が奉公していた佐久間勘解由(かげゆ)家の菩提寺である。お竹は信仰厚く常に念仏を怠らず、大往生をとげたという話を聞いた5代将軍綱吉の生母桂昌院は、いたく心を動かされ 金襴の布に包まれた立派な箱にお竹が当時使った流し板を納めて、増上寺別院であった心光院に寄進し、その徳光を顕彰した。3代将軍徳川家光の側室・桂昌院(寛永4年(1627年)〜宝永2年(1705年))はお玉と呼ばれ、玉の輿の語源とも言われている。奈良や京都を巡ると寺社の修復・寄進では桂昌院がしばしば出てくるが、お膝元の江戸の寺社に桂昌院が出てくることは尤もなことでもあろうか。<br /> あるいは、また、湯殿山の宿坊に泊まった武藏国の浄蓮坊主らが、ある夜 大日如来の霊夢のお告げ「江戸大伝馬町にある佐久間家の稗女お竹はわが大日如来の化身なり」を受ける。お坊さん二名が、急遽江戸に馳せ参じ、同所を訪れお竹にこのことを告げる。しかし、その後、お竹は痩せ衰え58歳の若さでこの世を去ってしまった。<br /> 江戸市中に「お竹如来」の噂が飛び交い、主人の佐久間氏もお竹如来像を製作する。後に羽黒山の麓にある正善院黄金堂のお竹大日堂に安置されることになる。<br /> 心光院には当時のお竹を描いた浮世絵が残る。また、幕末には河竹黙阿弥の歌舞伎「双蝶色成曙」(別称「孝女於竹」)でも演じられた。浮世絵や歌舞伎になるほどであるから江戸市中の騒ぎも大きかったのだろう。<br /> お竹の墓は善徳寺(北区赤羽)(佐久間家の親戚である馬込勘解由家の菩提寺)にあるという。<br />(表紙写真は心光教院表門)

心光教院(東京都港区東麻布1)

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2011/11/04 - 2011/11/04

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 東京タワーの南西隣にある心光教院(東京都港区東麻布1)は浄土宗のお寺でお竹大日堂が建っている。心光教院は寛永年間(1624年〜1644年)、庄内出身のお竹が奉公していた佐久間勘解由(かげゆ)家の菩提寺である。お竹は信仰厚く常に念仏を怠らず、大往生をとげたという話を聞いた5代将軍綱吉の生母桂昌院は、いたく心を動かされ 金襴の布に包まれた立派な箱にお竹が当時使った流し板を納めて、増上寺別院であった心光院に寄進し、その徳光を顕彰した。3代将軍徳川家光の側室・桂昌院(寛永4年(1627年)〜宝永2年(1705年))はお玉と呼ばれ、玉の輿の語源とも言われている。奈良や京都を巡ると寺社の修復・寄進では桂昌院がしばしば出てくるが、お膝元の江戸の寺社に桂昌院が出てくることは尤もなことでもあろうか。
 あるいは、また、湯殿山の宿坊に泊まった武藏国の浄蓮坊主らが、ある夜 大日如来の霊夢のお告げ「江戸大伝馬町にある佐久間家の稗女お竹はわが大日如来の化身なり」を受ける。お坊さん二名が、急遽江戸に馳せ参じ、同所を訪れお竹にこのことを告げる。しかし、その後、お竹は痩せ衰え58歳の若さでこの世を去ってしまった。
 江戸市中に「お竹如来」の噂が飛び交い、主人の佐久間氏もお竹如来像を製作する。後に羽黒山の麓にある正善院黄金堂のお竹大日堂に安置されることになる。
 心光院には当時のお竹を描いた浮世絵が残る。また、幕末には河竹黙阿弥の歌舞伎「双蝶色成曙」(別称「孝女於竹」)でも演じられた。浮世絵や歌舞伎になるほどであるから江戸市中の騒ぎも大きかったのだろう。
 お竹の墓は善徳寺(北区赤羽)(佐久間家の親戚である馬込勘解由家の菩提寺)にあるという。
(表紙写真は心光教院表門)

  • 「浄土宗心光教院」の寺号標石。

    「浄土宗心光教院」の寺号標石。

  • 表門。

    表門。

  • 表門。木鼻、唐獅子の木鼻も朱塗りだ。

    表門。木鼻、唐獅子の木鼻も朱塗りだ。

  • 表門の牡丹の彫刻。

    表門の牡丹の彫刻。

  • 表門の蟇股。

    表門の蟇股。

  • 表門の牡丹の彫刻。

    表門の牡丹の彫刻。

  • 表門。木鼻、唐獅子の木鼻も朱塗りだ。

    表門。木鼻、唐獅子の木鼻も朱塗りだ。

  • 表門屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。

    表門屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。

  • 表門屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。

    表門屋根に上がる唐獅子の飾り瓦。

  • 表門。

    表門。

  • 「登録有形文化財」。表門が登録されている。

    「登録有形文化財」。表門が登録されている。

  • お竹大日堂。

    お竹大日堂。

  • お竹如来像。

    お竹如来像。

  • 「       お竹如来の縁起<br /> お堂にはお竹如来像および流し板をまつる<br /> 寛永年間 江戸大伝馬町の名主佐久間勘解由(かげゆ)家のところの下女お竹は荘内(山形県)出身にして生れつきいつくしみの心が深く 朝夕の自分の食事を貧しい人に施し 自らは水盤の隅に網を置いて、洗い流しの飯が溜ったものを食料としたという。信仰厚く常に念仏を怠らず、大往生をとげたという<br />この話を聞いた五代将軍綱吉の生母桂昌院は、いたく心を動かされ 金襴の布に包まれた立派な箱にお竹さんが当時使った流し板をおさめて 増上寺別院であった心光院に寄進され、その徳光を顕彰された このこと江戸名所図絵、三縁山志等に出つ。桂昌院御詠歌に<br />     ありがたや光と共に行く末は<br />             花のうてなにお竹大日<br />一茶の俳句に<br />       雀子やお竹如来の流し元<br />       雪の日やお竹如来の縄だすき<br /> また当時の浮世絵師春信 国芳 豊国ら多くの絵師によっ<br />てお竹の姿が描かれた。なおこの御堂は秋田出身の神成志保<br />氏の特志によって建立された。<br />                            浄土宗 心光院」

    「       お竹如来の縁起
     お堂にはお竹如来像および流し板をまつる
     寛永年間 江戸大伝馬町の名主佐久間勘解由(かげゆ)家のところの下女お竹は荘内(山形県)出身にして生れつきいつくしみの心が深く 朝夕の自分の食事を貧しい人に施し 自らは水盤の隅に網を置いて、洗い流しの飯が溜ったものを食料としたという。信仰厚く常に念仏を怠らず、大往生をとげたという
    この話を聞いた五代将軍綱吉の生母桂昌院は、いたく心を動かされ 金襴の布に包まれた立派な箱にお竹さんが当時使った流し板をおさめて 増上寺別院であった心光院に寄進され、その徳光を顕彰された このこと江戸名所図絵、三縁山志等に出つ。桂昌院御詠歌に
         ありがたや光と共に行く末は
                 花のうてなにお竹大日
    一茶の俳句に
           雀子やお竹如来の流し元
           雪の日やお竹如来の縄だすき
     また当時の浮世絵師春信 国芳 豊国ら多くの絵師によっ
    てお竹の姿が描かれた。なおこの御堂は秋田出身の神成志保
    氏の特志によって建立された。
                                浄土宗 心光院」

  • 石塔。

    石塔。

  • 本堂。

    本堂。

  • 本堂に掛かる「心光菊若」の扁額。

    本堂に掛かる「心光菊若」の扁額。

  • 庫裡。東京タワーが近い。

    庫裡。東京タワーが近い。

  • 庫裡の扉。

    庫裡の扉。

  • 石仏。

    石仏。

  • お地蔵さま。

    お地蔵さま。

  • 五重石塔。

    五重石塔。

  • 水子地蔵。

    水子地蔵。

  • 石仏。

    石仏。

  • お堂。大きな葵の紋がある。

    お堂。大きな葵の紋がある。

  • 東京タワー。

    東京タワー。

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