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アジアン・ハーブ・アソシエイツを出て、トンローの駅に向かって歩いた。<br />夕暮れにはまだ、時間がある。駅向こうには、有名な屋台街ソイ38があり、そこで時間をつぶすのも悪くない、そう思っていた。<br /><br />だが、本当のことをいうと、僕は迷っていた。<br />香港で、シンガポールで、コタキナバルで、デンパサールで、屋台とみると飛び込み、土地の人と同じものをむさぼり食ってきた。<br />それがその土地の一番うまいものにありつく、もっとも簡単な方法だったからだ。<br />屋台での食事に抵抗がない、という以上に、これまではむしろ屋台を好んできた。<br />だが、ここバンコクでは二の足を踏んでいた。<br /><br />それは臭いのせいだった。<br />ナンプラーと食材が放つ臭い、バケツに放り込まれた残飯が腐敗してゆく臭い…。だが、なによりも耐え難かったのは、その底に漂うドブの臭いだった。<br />屋台は食器の洗い水や食べ残しのスープを下水へと流す。つまり必然的に屋台はその処理がしやすい下水溝のそばに建てられる。<br /><br />そこに洪水の影響が重なっていた。<br />下水の受け皿であるはずのチャオプラヤ河はすでに限界水域に達している。<br />流れてゆく場所を失った汚水が下水管のなかで滞留、腐敗し、下水溝から悪臭を立ち昇らせていた。<br />そう考えると、屋台のそばを一刻も早く離れたいと思う、この食欲を萎えさせる臭いの秘密に説明がつきそうだった。<br /><br />屋台はやめにしよう、そう相方に話しかけた。<br />МBKセンターなら、ローカルの人々と混じって、買物も食事もできる。<br />我々はその日の予定を変えて、BTSでナショナル・スタジアムへと向かった。<br /><br />途中、現金の手持ちが少ないことに気づき、サイアムなら両替所もたくさんあるに違いない、そう踏んで途中下車した。<br /><br />駅の北側にはトレンドの先端をゆくブランドを揃えたサイアム・パラゴン、サイアム・センターといったショッピング・モール群が林立する。<br /><br />我々はそれとは反対側の、サイアム・スクエアと呼ばれるエリアに出ると、両替屋を探した。サイアム・スクエアは駅の北側とは打って変わって、どこか庶民的で、渋谷あたりの裏町にでも迷い込んだような雰囲気がある。<br /><br />両替屋はノボテル・ホテルの向かい側にあった。10,000円をbahtに替えると、相方がこの辺に、「クルアイ・クルアイ」というバナナ・ジュースの美味しい甘味処があるという。<br /><br />相方は鼻の利くスイーツ・ハンターで、これはと思うものをかならず見つけ出し、そのほとんどは間違いなく美味しい。<br /><br />だが、「クルアイ・クルアイ」の捜索は、思いのほか難航した。洪水に備えて土嚢をうず高く積み上げ、塹壕のように守りをかためた建物から建物へ、ソイ(通り)からソイへと渡り、やっとのことで見つけた。<br /><br />「クルアイ・クルアイ」は雑居ビルの2階にある小さな店だった。その前で高校生か大学生くらいの若者たちがたむろし、揚げバナナを食べ、バナナ・ジュースを飲んでいる。<br />相方からバナナ・ジュースを分けてもらい飲んでみたところ、確かに重量感のある濃いバナナの味がした。<br /><br />そこで一服し、再びМBKセンターへと歩き出した。ソイを1、2本横切り、大きな通りへと出ると、そこには黒々とした建物が横たわっている。それがどうやらМBKセンターらしかった。高架橋でサイアム・スクエアと結ばれている。<br />

洪水の前に―10/22バンコクその⑤МBKセンター

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2011/10/21 - 2011/10/27

17750位(同エリア24269件中)

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おっちゃん

おっちゃんさん

アジアン・ハーブ・アソシエイツを出て、トンローの駅に向かって歩いた。
夕暮れにはまだ、時間がある。駅向こうには、有名な屋台街ソイ38があり、そこで時間をつぶすのも悪くない、そう思っていた。

だが、本当のことをいうと、僕は迷っていた。
香港で、シンガポールで、コタキナバルで、デンパサールで、屋台とみると飛び込み、土地の人と同じものをむさぼり食ってきた。
それがその土地の一番うまいものにありつく、もっとも簡単な方法だったからだ。
屋台での食事に抵抗がない、という以上に、これまではむしろ屋台を好んできた。
だが、ここバンコクでは二の足を踏んでいた。

それは臭いのせいだった。
ナンプラーと食材が放つ臭い、バケツに放り込まれた残飯が腐敗してゆく臭い…。だが、なによりも耐え難かったのは、その底に漂うドブの臭いだった。
屋台は食器の洗い水や食べ残しのスープを下水へと流す。つまり必然的に屋台はその処理がしやすい下水溝のそばに建てられる。

そこに洪水の影響が重なっていた。
下水の受け皿であるはずのチャオプラヤ河はすでに限界水域に達している。
流れてゆく場所を失った汚水が下水管のなかで滞留、腐敗し、下水溝から悪臭を立ち昇らせていた。
そう考えると、屋台のそばを一刻も早く離れたいと思う、この食欲を萎えさせる臭いの秘密に説明がつきそうだった。

屋台はやめにしよう、そう相方に話しかけた。
МBKセンターなら、ローカルの人々と混じって、買物も食事もできる。
我々はその日の予定を変えて、BTSでナショナル・スタジアムへと向かった。

途中、現金の手持ちが少ないことに気づき、サイアムなら両替所もたくさんあるに違いない、そう踏んで途中下車した。

駅の北側にはトレンドの先端をゆくブランドを揃えたサイアム・パラゴン、サイアム・センターといったショッピング・モール群が林立する。

我々はそれとは反対側の、サイアム・スクエアと呼ばれるエリアに出ると、両替屋を探した。サイアム・スクエアは駅の北側とは打って変わって、どこか庶民的で、渋谷あたりの裏町にでも迷い込んだような雰囲気がある。

両替屋はノボテル・ホテルの向かい側にあった。10,000円をbahtに替えると、相方がこの辺に、「クルアイ・クルアイ」というバナナ・ジュースの美味しい甘味処があるという。

相方は鼻の利くスイーツ・ハンターで、これはと思うものをかならず見つけ出し、そのほとんどは間違いなく美味しい。

だが、「クルアイ・クルアイ」の捜索は、思いのほか難航した。洪水に備えて土嚢をうず高く積み上げ、塹壕のように守りをかためた建物から建物へ、ソイ(通り)からソイへと渡り、やっとのことで見つけた。

「クルアイ・クルアイ」は雑居ビルの2階にある小さな店だった。その前で高校生か大学生くらいの若者たちがたむろし、揚げバナナを食べ、バナナ・ジュースを飲んでいる。
相方からバナナ・ジュースを分けてもらい飲んでみたところ、確かに重量感のある濃いバナナの味がした。

そこで一服し、再びМBKセンターへと歩き出した。ソイを1、2本横切り、大きな通りへと出ると、そこには黒々とした建物が横たわっている。それがどうやらМBKセンターらしかった。高架橋でサイアム・スクエアと結ばれている。

同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
鉄道 タクシー 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • МBKセンターは壁付き、屋根付き、冷房付きのウィークエンド・マーケットそのものだった。ありとあらゆるものが雑然と並べられ、その隙間にできた通路を地元の買物客、観光客が行き交う。<br /><br />特にほしいものがあるわけではないので、ただぼんやりと歩いていると、相方がマンゴスチン石鹸とジャスミン・ライス石鹸がほしいと言いだした。<br /><br />МBKセンター内に併設されている、東急百貨店ならあるに違いない。行ってみると、さすが東急百貨店、日本人の嗜好をきちんと捉え、お土産用の石鹸コーナーがきちんと設けてある。<br />相方はここで石鹸を買うと、ドラッグストア・チェーンのワトソンズより、1個当たり5baht安かったことに気を良くしている。<br /><br />さらに東急百貨店内を歩くうちに、東急スーパーへと入りこみ、お土産のお菓子でも品定めしておこうと、棚を眺めていると、丸ごと空っぽの棚があった。<br />バンコクの地元民が洪水に備えて、米を買い占めているせいで、スーパーから米が消えたといニュースは知っていたが、これほどだとは…。<br /><br />土嚢を積み、店の前にコンクリートで壁を築いて、洪水よ、いつでもやって来い、とでもいうように、彼らは悠然と構えているように見えた。街でも、電車内でも、浮足立ったところが少しもなく、日本人ならこうはいかないだろうな、と勝手に思い込んでいた。<br /><br />だが、それは違っていた。彼らも日本人と同様に、先の見えない恐怖と闘っていたのだ。<br />そんなことを考えているうちに、疲れが両肩にのしかかってきた。朝からの歩き疲れと、アジアン・ハーブ・アソシエイツで受けたマッサージが血行を良くしたお陰で、もみ返しのように疲労がぶり返した感じだった。<br /><br />疲れたから、このあたりでご飯を食べて、ホテルへ戻ろう。相方にそう提案してみた。<br /><br />МBKセンターの6階にフードコートがあることは調べてあった。屋台街での食事を諦めた代わりに、今風の屋台街ともいえそうなフードコートで気分だけでも屋台を味わいたかった。<br />

    МBKセンターは壁付き、屋根付き、冷房付きのウィークエンド・マーケットそのものだった。ありとあらゆるものが雑然と並べられ、その隙間にできた通路を地元の買物客、観光客が行き交う。

    特にほしいものがあるわけではないので、ただぼんやりと歩いていると、相方がマンゴスチン石鹸とジャスミン・ライス石鹸がほしいと言いだした。

    МBKセンター内に併設されている、東急百貨店ならあるに違いない。行ってみると、さすが東急百貨店、日本人の嗜好をきちんと捉え、お土産用の石鹸コーナーがきちんと設けてある。
    相方はここで石鹸を買うと、ドラッグストア・チェーンのワトソンズより、1個当たり5baht安かったことに気を良くしている。

    さらに東急百貨店内を歩くうちに、東急スーパーへと入りこみ、お土産のお菓子でも品定めしておこうと、棚を眺めていると、丸ごと空っぽの棚があった。
    バンコクの地元民が洪水に備えて、米を買い占めているせいで、スーパーから米が消えたといニュースは知っていたが、これほどだとは…。

    土嚢を積み、店の前にコンクリートで壁を築いて、洪水よ、いつでもやって来い、とでもいうように、彼らは悠然と構えているように見えた。街でも、電車内でも、浮足立ったところが少しもなく、日本人ならこうはいかないだろうな、と勝手に思い込んでいた。

    だが、それは違っていた。彼らも日本人と同様に、先の見えない恐怖と闘っていたのだ。
    そんなことを考えているうちに、疲れが両肩にのしかかってきた。朝からの歩き疲れと、アジアン・ハーブ・アソシエイツで受けたマッサージが血行を良くしたお陰で、もみ返しのように疲労がぶり返した感じだった。

    疲れたから、このあたりでご飯を食べて、ホテルへ戻ろう。相方にそう提案してみた。

    МBKセンターの6階にフードコートがあることは調べてあった。屋台街での食事を諦めた代わりに、今風の屋台街ともいえそうなフードコートで気分だけでも屋台を味わいたかった。

  • 大型の社員食堂のような広々としたスペースにテーブルとイスが配され、それを取り囲むように30あまりのレストラン・ブースが並んでいる。すでに3割ほどが先客によって埋まっていた。ここで食事をしているタイ人たちは、どこかみんなこぎれいで、上品な落ち着きがあった。<br /><br />それはかつての日本人がとっておきのおしゃれをして、勇んで百貨店の食堂へ出かけたように、ここでの食事は彼らにとって「ハレ」の瞬間だからなのか。<br />それとも、我々のような部外者にはうかがい知ることのできない、「階級」の壁があるということなのか。<br /><br />ひとつひとつブースの料理を眺めて歩きながら、屋台から取り除かれた上澄みのようなものだけがここには陳列されている。そんな気がした。<br /><br />クイティアオ屋の前に立ち止り、タイ風のさつま揚げがのったセンヤイ(太麺)を注文し、ICカードをお店の人に渡した。ここのフードコートでは全店、あらかじめ受付でチャージしたカードで料金を精算するというシステム。カードに残金があれば、受付で払い戻してくれる。<br /><br />あとはビールがあれば、十分だった。<br />ビールは案の定、いい値段だった。汁麺が45bahtだというのに、ハイネケンの大瓶が160bahtだという。高いと思うのなら、飲まなければよい。それだけのことだ。<br /><br />席につき、麺をすすった。美味い。本当に美味い。スープはさっぱりしていて、かつお出し、昆布出し、鶏ガラスープとも違ううま味がある。米麺もつるりとしていて、のど越しがよい。近所にあったら毎日でも通いたい味だった。<br /><br />相方がパッタイ(40baht)をトレーに載せて戻ってくるなり、ビール飲まないんだ? と怪訝な顔をする。<br />高いから、というと、飲めばいいのに、という。それではと、ビールを買ってきて、分けてもらったパッタイをつまみに、やはり飲むことになった。パッタイはタイを代表するエビ風味の甘い焼きそば、ピーナツともやしがアクセントになっていて、実にうまい。<br />これなどは、屋台を代表する味かもしれない。<br /><br />なんだか、今日は疲れた。ホテルまでの帰り道の遠いことといったらなかった。ホテルに着いたら、シャワーを浴びる元気もなく、眠りこけていた。(洪水の前に―10/23バンコクその⑥ワット・アルン~ワット・ポーへ続く)<br />

    大型の社員食堂のような広々としたスペースにテーブルとイスが配され、それを取り囲むように30あまりのレストラン・ブースが並んでいる。すでに3割ほどが先客によって埋まっていた。ここで食事をしているタイ人たちは、どこかみんなこぎれいで、上品な落ち着きがあった。

    それはかつての日本人がとっておきのおしゃれをして、勇んで百貨店の食堂へ出かけたように、ここでの食事は彼らにとって「ハレ」の瞬間だからなのか。
    それとも、我々のような部外者にはうかがい知ることのできない、「階級」の壁があるということなのか。

    ひとつひとつブースの料理を眺めて歩きながら、屋台から取り除かれた上澄みのようなものだけがここには陳列されている。そんな気がした。

    クイティアオ屋の前に立ち止り、タイ風のさつま揚げがのったセンヤイ(太麺)を注文し、ICカードをお店の人に渡した。ここのフードコートでは全店、あらかじめ受付でチャージしたカードで料金を精算するというシステム。カードに残金があれば、受付で払い戻してくれる。

    あとはビールがあれば、十分だった。
    ビールは案の定、いい値段だった。汁麺が45bahtだというのに、ハイネケンの大瓶が160bahtだという。高いと思うのなら、飲まなければよい。それだけのことだ。

    席につき、麺をすすった。美味い。本当に美味い。スープはさっぱりしていて、かつお出し、昆布出し、鶏ガラスープとも違ううま味がある。米麺もつるりとしていて、のど越しがよい。近所にあったら毎日でも通いたい味だった。

    相方がパッタイ(40baht)をトレーに載せて戻ってくるなり、ビール飲まないんだ? と怪訝な顔をする。
    高いから、というと、飲めばいいのに、という。それではと、ビールを買ってきて、分けてもらったパッタイをつまみに、やはり飲むことになった。パッタイはタイを代表するエビ風味の甘い焼きそば、ピーナツともやしがアクセントになっていて、実にうまい。
    これなどは、屋台を代表する味かもしれない。

    なんだか、今日は疲れた。ホテルまでの帰り道の遠いことといったらなかった。ホテルに着いたら、シャワーを浴びる元気もなく、眠りこけていた。(洪水の前に―10/23バンコクその⑥ワット・アルン~ワット・ポーへ続く)

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