2010/09/11 - 2010/09/20
94位(同エリア207件中)
gezellig kamerさん
- gezellig kamerさんTOP
- 旅行記53冊
- クチコミ3件
- Q&A回答0件
- 85,076アクセス
- フォロワー1人
この日は少し足を伸ばしてベルリン近郊のポツダムを巡りました。ロココ調で有名なサンスーシ宮殿とポツダム宣言で有名なツェツィーリエンホフを訪ねます。ここにも「壁」や冷戦の跡が。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- KLMオランダ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
ポツダム駅です。ベルリンから普通にSバーンで行く事ができます。(ベルリン市内の電車乗り放題のチケットで行く事ができます。)途中から都市を離れてどんどん森っぽい感じになって行きます。
ポツダムの駅自体は結構広くて近代的です。(大きなショッピングモールが入っていたと思います。)サンスーシ宮殿は結構駅から離れたところにあります。 -
駅周辺は近代的な雰囲気です。ポツダムも東ドイツの都市だったため、未だに東ドイツっぽい雰囲気の建物が駅周辺には残っていました。
-
東ドイツっぽい建物。街中心まではそれなりに距離があったことは覚えているのですが、トラムやバスを使っていったか徒歩で行ったか忘れてしまいました。。。
-
中心街に近づくとちょっと古い感じの趣のある通りに出ます。
-
また少し歩くとサンスーシ公園のゲートがあります。ゲートから宮殿までかなーりあります。本当に公園の敷地は広いです!(サンスーシ宮殿以外にもいろいろな建物があるようでしたが、今回、私たちは時間の関係上、他の建物はスキップしました。)
-
高校の世界史の資料集に載っていたあのサンスーシ宮殿!と思うと本当に感慨深かったです。高校時代には、自分がこの地まで来れるとは思ってもみませんでした。
-
宮殿の前の階段は葡萄のツタで覆われていて美しかったです。
そういえば、確かサンスーシ宮殿は入場時間が決まっていて、結構早めに行ったにもかかわらず、あまり早い時間のチケットが取れず、ちょっと外で待たされた気がします。しかも、ちょうどそのとき雨が降り出したので、テンションが下がったような(苦笑)
音声ガイドを貸してくれるとき、係のお姉さんが日本語で「1番を押して下さい(だったかな?とりあえず、こんにちはではなかったです(笑))」と言ってくれました。(もちろん、この言葉だけを知っているだけだと思いますが、いきなり言われるとちょっとびっくりします(笑))あとにもさきにも現地の人が日本語を話してくれたのはここだけでした。 -
宮殿の中は、さすが!という感じで豪華絢爛でした。サンスーシとは「憂いのない」という意味だそうですが、まさにユートピアな雰囲気を感じる宮殿です。ドイツなのにすべてがロココ調で統一されていてフランスにいるみたいです。
-
オランダ人街だと思われるところ。確かにオランダの町並みを思い出させます。
-
サンスーシ宮殿では土砂降りぐらいの雨に降られましたが、ランチで休憩しているうちに、このように見事に晴れました。この中だったら、サンスーシ宮殿もきれいだっただろうに、とちょっと残念に思いました。
ポツダムにもきれいな教会が。 -
街の様子です。この辺りはカフェやお店などがたくさんあります。おかしやさん(主にチョコを売っている)でかわいい缶に入ったおかしを買ったり、カフェで昼食のサンドイッチを食べたりしました。ドイツのカフェはゆったりしていてほんとにくつろげます。ここからバスに乗ってポツダム会談が行われたツェツィーリエンホフに向かいます。
-
森の中をひたすらバスが走っていくとツェツィーリエンホフの入口に着きます。(ツェツィーリエンホフのほうに向かうバスは本数があまりないので、要注意です。)ツェツィーリエンホフの建物まではまた少し歩きます。森の中に突然コテージのような建物やきれいな庭が見えてきます。写真は現在ホテルになっている建物です。
-
久しぶりに日本人の団体の観光客の方たちに遭遇しました。ポツダム宣言の話などをガイドの方がなさっていたので、ちょっと聞きかじってしまいました笑
-
ツェツィーリエンホフの中庭。建物自体は、ご覧のようにコテージのような建物で、サンスーシ宮殿のような豪華絢爛な「宮殿」という感じはあまりしません。(ポツダム会談で有名ですが、もともとは最後のドイツ皇太子一家の邸宅だったそうです。その奥様がツェツィーリエという方だったので、ツェツィーリエンホフという名前だそうです。)中の内装もサンスーシ宮殿と比べるとかなりシンプルです。
宮殿の中には、ポツダム会談のときの写真も展示してあったと思います。 -
中庭にはソ連の星が。このあたりはちょうど冷戦時代の境界線があり、ツェツィーリエンホフは、ソ連側(東側)に位置していたそうです。でも、なぜ冷戦後もこのソ連の星が残っているのかは謎です。
-
これはある一室からの眺めなのですが、窓からは木々や湖が見えて、本当に癒される空間でした。
1日目の旅行記に載せさせていただいた「ベルリン中央駅」のブログ(http://berlinhbf.exblog.jp/13056707/)で、実は冷戦時代、このあたりには「壁」が建てられていたため、現在のツェツィーリエンホフからの湖の見える風景は「壁」に遮られていた、という記事を読んでいたので、この美しい風景も当然のものではないんだ、と思うと何だか複雑な気持ちでした。
こんなところにまで「壁」が関係しているんですね。。。 -
部屋の中。部屋それぞれにテーマがあって、すべて感じが違います。(ツェツィーリエのお部屋は確か船の船室を模して作られていたとかで、丸窓などがあった気がします。ポツダム階段が行われてた部屋は山小屋が吹き抜けになったような部屋で全く雰囲気が違いました。)
-
宮殿周辺はこのように非常に美しい自然が残っています。本当に油絵の中に出てきそうな風景です。個人的には、この場所が、今回の旅行で一番好きな風景でした。
-
湖も美しいです!バスの本数も少ないので、最初は行こうかどうかためらっていましたが、来て大正解でした!地元の学生っぽい人達が集団でランニングをしていました。こんなところでトレーニングできるなんてうらやましい。。。
-
すてきな風景。。。思わず写真を取りまくってしまいます。
-
きれいなお庭。ちょっとイギリスっぽい?
-
名残惜しいですが、ベルリンに戻ります!
-
アレキサンダープラッツに戻ってきました。
-
アレキサンダープラッツにはこのように「壁」にまつわる展示がかなり大規模に行われていました。屋外にありますが、常設のような感じでした。(期間が長い展示というだけだったのかもしれませんが。。。)
-
ポツダム広場の開発の様子。展示場の近くにお土産やさんがあってそこで売られていたポスターです。
本当に壁があったんだ!って感じです。 -
壁に関する名所マップ?
-
「善き人のためのソナタ」で主人公を演じた故ウルリッヒ・ミューエの写真を見つけました。写真の右側で座って話をしているのが、ミューエです。彼は、映画の中ではシュタージ将校の役でしたが、実際には、シュタージ側に目をつけられていた側の人だったそうです。
-
ベルリンでの反政府運動の拠点の一つとなっていたシオン教会に関するものだと思われる展示。この教会の話は、NHKの壁崩壊から20年特集のBSのドキュメンタリーでも紹介されていたことを思い出しました。
-
展示は他にも多岐に渡ります。
この日はこのあと、ベルリン・フィルハーモニーでベルリンフィルのコンサートに行きました。このとき演奏された音楽もベルリン的(?)でかなり前衛的なものでした。(たまたま私たちが行ったときがそうだっただけだとは思いますが笑。)
この日はかなり密度が濃い1日でした。。。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
gezellig kamerさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
29