アンマン旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 中東から北アフリカにかけてのイスラム圏はきな臭いイメージがある。エジプト、チュニジアでは革命が起こり、リビアは内戦に突入しNATOが介入するに至った。ヨルダンに国境を接するシリアでは革命運動が現在でも進行している。これら一連の民主化運動は「アラブの春」と呼ばれている。これらは各国にとって本当に必要であるかどうかは、一介の旅行者である僕には知る由もない。<br /> 短い滞在ながらいくつかの遺跡を観ることが出来たがそれらを造り上げたのはナバタイ人、ローマ人、十字軍を初めとする数々の民族であった。しかし、現在この国に暮らす人々の大半がアラブ人であり、ムスリムである。街中の到る所にモスクが立ち並ぶ。彼らの聖典はもちろんコーランであるが、この国には聖書に由来する土地も数多く存在する。イエスが洗礼を受けたヨルダン川があり、モーセが放浪の末に果てたネボ山がある。<br /> メソポタミアで文明が誕生して以来、この地域は侵略と征服の連続であり、数々の民族が交錯する場所でもあった。また、ユダヤ経、キリスト教、イスラム教と時代毎にこの地に住まう人々の信仰も移り変わる。歴史と宗教を知らずしてこの地を語る事は出来ないが、この目で観て来た現在のヨルダンと過去のヨルダンを綴ってみようと思う。<br /><br /> 成田空港を出発して10時間程だろうか、深夜にUAEのアブダビに到着した。窓から眺めるアブダビは漆黒の闇に佇んでいて、おそらく道路の街路灯が等間隔に橙の明かりを放っていた。ヨルダンのアンマンへは日本からは直行便がないためにここで乗り継ぐ事になる。空港内は近代的な造りになっており、成田空港より過ごし易いと感じた。<br /> 待ち時間の間に利用した広場は中央に吹き抜けがあり、それを取り囲むように免税店やカフェなどが並んでいた。深夜に到着したこともあり、空港の外に出ても仕方がないし、なにより異国の地で深夜の一人歩きをする度胸もない。おとなしく、フライトまで待つことにした。暇を持て余しつつ、空港内のカフェでカプチーノを頼むと日本の倍はあるであろう量で出て来た。しかしカプチーノではアラブは感じない。代金をドルで支払い、現地通貨のディルハムで釣りを渡されたとしても。国際空港なのだから様々な人種がいてもさしたる感動もない。アラビア語の文字に物珍しさを覚えるものの、いまひとつアラブにいる実感に乏しかった。<br /> ある事に気付く。働いている人間に明らかな違いがあった。空港内の飲食店の従業員や清掃員はアラブ系が少なく、空港のスタッフはアラブ系が多い。もっとも彼らがカフィーヤと呼ばれる布を頭に巻いていたからではあるが。そういえば、UAEやカタールなどはアラブ人は管理職に就き、現場で働く人間は出稼ぎの外国人労働者が多いという話を聞いた事がある。ここも同じことなのであろう。そしてこうも思う。日本も似たような所があるではないかと。<br /> 日本から持ってきた文庫を読んだり、免税店をうろついたり、マックでダブルチーズバーガーを食べコーラを飲んだりなどで時間を潰しておよそ4時間。長いが退屈の連続ではない。むしろ慌しい乗り継ぎをしなくて済む。こちらのほうが僕にはありがたい。ゲートに着くとと太陽が出迎えたくれた。ヨルダンに向かうのだ。ここで嬉しいトラブルが起こる。航空会社の人間がその場で席をアップグレードしてくたのだ。たまたま席が空いていたのであろうか。この便には僕を含め日本人は4人、搭乗していた。その4人全員がそうなのである。気紛れか、心遣いか、とにかく快適な空の旅にはなる。<br /> 4時間ほどか。ヨルダンのクイーン・アリア国際空港に到着した。

ヨルダン 001

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2011/09/25 - 2011/10/03

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maco

macoさん

 中東から北アフリカにかけてのイスラム圏はきな臭いイメージがある。エジプト、チュニジアでは革命が起こり、リビアは内戦に突入しNATOが介入するに至った。ヨルダンに国境を接するシリアでは革命運動が現在でも進行している。これら一連の民主化運動は「アラブの春」と呼ばれている。これらは各国にとって本当に必要であるかどうかは、一介の旅行者である僕には知る由もない。
 短い滞在ながらいくつかの遺跡を観ることが出来たがそれらを造り上げたのはナバタイ人、ローマ人、十字軍を初めとする数々の民族であった。しかし、現在この国に暮らす人々の大半がアラブ人であり、ムスリムである。街中の到る所にモスクが立ち並ぶ。彼らの聖典はもちろんコーランであるが、この国には聖書に由来する土地も数多く存在する。イエスが洗礼を受けたヨルダン川があり、モーセが放浪の末に果てたネボ山がある。
 メソポタミアで文明が誕生して以来、この地域は侵略と征服の連続であり、数々の民族が交錯する場所でもあった。また、ユダヤ経、キリスト教、イスラム教と時代毎にこの地に住まう人々の信仰も移り変わる。歴史と宗教を知らずしてこの地を語る事は出来ないが、この目で観て来た現在のヨルダンと過去のヨルダンを綴ってみようと思う。

 成田空港を出発して10時間程だろうか、深夜にUAEのアブダビに到着した。窓から眺めるアブダビは漆黒の闇に佇んでいて、おそらく道路の街路灯が等間隔に橙の明かりを放っていた。ヨルダンのアンマンへは日本からは直行便がないためにここで乗り継ぐ事になる。空港内は近代的な造りになっており、成田空港より過ごし易いと感じた。
 待ち時間の間に利用した広場は中央に吹き抜けがあり、それを取り囲むように免税店やカフェなどが並んでいた。深夜に到着したこともあり、空港の外に出ても仕方がないし、なにより異国の地で深夜の一人歩きをする度胸もない。おとなしく、フライトまで待つことにした。暇を持て余しつつ、空港内のカフェでカプチーノを頼むと日本の倍はあるであろう量で出て来た。しかしカプチーノではアラブは感じない。代金をドルで支払い、現地通貨のディルハムで釣りを渡されたとしても。国際空港なのだから様々な人種がいてもさしたる感動もない。アラビア語の文字に物珍しさを覚えるものの、いまひとつアラブにいる実感に乏しかった。
 ある事に気付く。働いている人間に明らかな違いがあった。空港内の飲食店の従業員や清掃員はアラブ系が少なく、空港のスタッフはアラブ系が多い。もっとも彼らがカフィーヤと呼ばれる布を頭に巻いていたからではあるが。そういえば、UAEやカタールなどはアラブ人は管理職に就き、現場で働く人間は出稼ぎの外国人労働者が多いという話を聞いた事がある。ここも同じことなのであろう。そしてこうも思う。日本も似たような所があるではないかと。
 日本から持ってきた文庫を読んだり、免税店をうろついたり、マックでダブルチーズバーガーを食べコーラを飲んだりなどで時間を潰しておよそ4時間。長いが退屈の連続ではない。むしろ慌しい乗り継ぎをしなくて済む。こちらのほうが僕にはありがたい。ゲートに着くとと太陽が出迎えたくれた。ヨルダンに向かうのだ。ここで嬉しいトラブルが起こる。航空会社の人間がその場で席をアップグレードしてくたのだ。たまたま席が空いていたのであろうか。この便には僕を含め日本人は4人、搭乗していた。その4人全員がそうなのである。気紛れか、心遣いか、とにかく快適な空の旅にはなる。
 4時間ほどか。ヨルダンのクイーン・アリア国際空港に到着した。

同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス 徒歩
航空会社
エティハド航空
旅行の手配内容
個別手配

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