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 6日目、ワディ・ラムの砂漠を昼前に発ちぺトラへと向かう。昨日、ワディ・ラムへと向かった際も正規のルートではなかったが例に漏れず今日も裏ルートである。しかも、聞くところによると初めて利用するとの事。ヨルダン国内にはオスマン帝国時代に敷設された鉄道路線があり、イスラムの聖地であるメッカまでを結んでいるらしい。その線路と平行に走ればぺトラまで向かえるらしいのだが、走れども走れども線路は見えず道は徐々に荒れていく。<br /> 一体何処を走っているのか検討もつかないが、途中の検問所で兵士に聞いたところ道はあるとの事であった。彼があまりお勧めはしないともいっていたが。ワディ・ラムから東、サウジアラビアの国境付近の砂漠を車はひた走る。最後に舗装されたのはいつかわからないほど道路は荒れていた。<br /> 何台かすれ違う車があり道は続いているんだと思いただひたすら進むのである。しかし、あまりに酷い道のため横の轍を進もうと提案した。砂に足を取られないように祈っていたが不安とは的中するものなのかしばらくして、スタックした。<br /> その時、偶然にも一台の車が通りかかり3人の男達がこちらの状況を見るなり車から降りてきて立ち往生している僕らを助けてくれた。前輪の砂を掻き出し、男5人で車を押し砂から押し上げる。男達の1人がこう言っていたという。<br />「何でこんな所に来たんだ?朝から酒でも飲んでいるのか?」と。要はクレイジーだと言うことだ。<br /> 確かに今思えばそうかも知れない。4WDが何台も走る中、こちらは可愛い乗用車だ。そう言われるのも無理もないだろう。それでも道はあると信じて真っ直ぐに進むものの、線路は見えず、相も変わらず悪路は続く。ハンドルを握っていたマヘルが決断した。<br />「戻ろう」<br /> と。道を知らない僕とアーメルはお気楽に振舞っていたが、ここで万が一パンクしようものならぺトラはおろかここで夜を明かすことにも成りかねない。この判断は正解であった。夜、アンマンのマヘル宅でグーグル先生に訊いてみたところ線路は僕らが走っていた道から左手に見える山の裏側にあったのだった。<br /> あそこにいた人たちはみんなベドウィンで彼らしか知らないルートがあるだとか、あるいは秘密警察だとか推測ばかりだがもう二度と行かないということなので真相はわからぬままである。<br /> 予想外のアドベンチャーを体験し、昼過ぎにぺトラへと到着。疲れていたためにナバタイ人が建設したこの偉大な遺跡をエル・ハズネと呼ばれる宝物殿を見学した程度で立ち去ることになった。ぺトラの特徴はなんといっても広大であることであり、まともに見ようと思ったら1週間はかかるらしいのだ。そして、あまりに有名なためにやはり擦れているのだ。これは仕方がないがやはり残念である。<br /> 遺跡近くのホテルでアイスクリームを食べ、(これがまた美味い)ハイウェイを飛ばしアンマンへ。途中、十字軍の城跡があるショーバックに立ち寄る。山の上に堅牢な石造りの要塞を築く西欧の人々と、城を持たずラクダとナツメヤシだけで行軍したといわれるアラブ人。こうしたところにも文化の違いが見て取れる。<br /> 日も傾き6時頃にはアンマン市内に入っていた。クラクションと渋滞が懐かしく感じる。ほんの半日前に砂漠で往生したのが随分と遠くの出来事に思える。それだけ濃密な1日であったのだろう。ぺトラが脇役に思えるほどに。<br /> <br /> アーメルを一旦、自宅まで送り僕とマヘルは家に戻り、シャワーで砂を流し彼の奥さんのアキコさんが用意してくれた夕飯を平らげた。その後、アーメルがやってきて今日の出来事の報告会となった。アキコさんが呆れていたのは言うまでもない。これがヨルダン最後の夜となったのでワインで乾杯し、疲れもあったが存分に語り明かした。<br /><br /> 翌日は慌しい中での帰国となり満足に礼も言えずに出発したのが心残りであった。

ヨルダン 006

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2011/09/25 - 2011/10/02

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maco

macoさん

 6日目、ワディ・ラムの砂漠を昼前に発ちぺトラへと向かう。昨日、ワディ・ラムへと向かった際も正規のルートではなかったが例に漏れず今日も裏ルートである。しかも、聞くところによると初めて利用するとの事。ヨルダン国内にはオスマン帝国時代に敷設された鉄道路線があり、イスラムの聖地であるメッカまでを結んでいるらしい。その線路と平行に走ればぺトラまで向かえるらしいのだが、走れども走れども線路は見えず道は徐々に荒れていく。
 一体何処を走っているのか検討もつかないが、途中の検問所で兵士に聞いたところ道はあるとの事であった。彼があまりお勧めはしないともいっていたが。ワディ・ラムから東、サウジアラビアの国境付近の砂漠を車はひた走る。最後に舗装されたのはいつかわからないほど道路は荒れていた。
 何台かすれ違う車があり道は続いているんだと思いただひたすら進むのである。しかし、あまりに酷い道のため横の轍を進もうと提案した。砂に足を取られないように祈っていたが不安とは的中するものなのかしばらくして、スタックした。
 その時、偶然にも一台の車が通りかかり3人の男達がこちらの状況を見るなり車から降りてきて立ち往生している僕らを助けてくれた。前輪の砂を掻き出し、男5人で車を押し砂から押し上げる。男達の1人がこう言っていたという。
「何でこんな所に来たんだ?朝から酒でも飲んでいるのか?」と。要はクレイジーだと言うことだ。
 確かに今思えばそうかも知れない。4WDが何台も走る中、こちらは可愛い乗用車だ。そう言われるのも無理もないだろう。それでも道はあると信じて真っ直ぐに進むものの、線路は見えず、相も変わらず悪路は続く。ハンドルを握っていたマヘルが決断した。
「戻ろう」
 と。道を知らない僕とアーメルはお気楽に振舞っていたが、ここで万が一パンクしようものならぺトラはおろかここで夜を明かすことにも成りかねない。この判断は正解であった。夜、アンマンのマヘル宅でグーグル先生に訊いてみたところ線路は僕らが走っていた道から左手に見える山の裏側にあったのだった。
 あそこにいた人たちはみんなベドウィンで彼らしか知らないルートがあるだとか、あるいは秘密警察だとか推測ばかりだがもう二度と行かないということなので真相はわからぬままである。
 予想外のアドベンチャーを体験し、昼過ぎにぺトラへと到着。疲れていたためにナバタイ人が建設したこの偉大な遺跡をエル・ハズネと呼ばれる宝物殿を見学した程度で立ち去ることになった。ぺトラの特徴はなんといっても広大であることであり、まともに見ようと思ったら1週間はかかるらしいのだ。そして、あまりに有名なためにやはり擦れているのだ。これは仕方がないがやはり残念である。
 遺跡近くのホテルでアイスクリームを食べ、(これがまた美味い)ハイウェイを飛ばしアンマンへ。途中、十字軍の城跡があるショーバックに立ち寄る。山の上に堅牢な石造りの要塞を築く西欧の人々と、城を持たずラクダとナツメヤシだけで行軍したといわれるアラブ人。こうしたところにも文化の違いが見て取れる。
 日も傾き6時頃にはアンマン市内に入っていた。クラクションと渋滞が懐かしく感じる。ほんの半日前に砂漠で往生したのが随分と遠くの出来事に思える。それだけ濃密な1日であったのだろう。ぺトラが脇役に思えるほどに。
 
 アーメルを一旦、自宅まで送り僕とマヘルは家に戻り、シャワーで砂を流し彼の奥さんのアキコさんが用意してくれた夕飯を平らげた。その後、アーメルがやってきて今日の出来事の報告会となった。アキコさんが呆れていたのは言うまでもない。これがヨルダン最後の夜となったのでワインで乾杯し、疲れもあったが存分に語り明かした。

 翌日は慌しい中での帰国となり満足に礼も言えずに出発したのが心残りであった。

同行者
一人旅
航空会社
エティハド航空
旅行の手配内容
個別手配
  • ただただ砂漠

    ただただ砂漠

  • 車も通らず

    車も通らず

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