2011/08/08 - 2011/08/08
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ぺこにゃんさん
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「泣きたくなるほど美しい印象だ」
桂離宮を紹介するときに,ドイツの建築家ブルーノ・タウト(1880-1939)が桂離宮を絶賛した言葉が引用されます。
タウトは桂離宮の美しさを「簡素さ」の中に見出しました。
簡素でありながらも,斬新な意匠を盛り込み,細部にまで創意を凝らした建築物と庭園。
"日本の美の極致"に迫ってみました。
■桂離宮の歴史(パンフレットより引用)
桂離宮は,後陽成天皇の弟・八条宮初代智仁親王により,宮家の別荘として創建されたものである。幼少の頃より文武百般に秀でておられた親王は,17世紀初頭にこの地を得られて後,元和元年(西暦1615年)頃に山荘の造営を起こされ,数年ほどの間に簡素のなかにも格調を保った桂山荘を完成されている。親王の40歳台前半の時期にあたり,古書院が建てられたものとみられる。
親王が没せられて後10年余の間は山荘も荒廃期であったが,二代智忠親王は加賀藩主前田利常の息女富姫と結婚されて財政的な裏付けもでき,山荘の復興,増築などに意欲的に取り組まれた。智忠親王は父君智仁親王譲りの研ぎすまされた美的感覚を持って,寛文2年(1662年)頃までに在来の建物や庭園に巧みに調和させた中書院,さらに新御殿,月波楼,松琴亭,賞花亭,笑意軒などを新増築された。池や庭園にも手を加え,ほぼ今日に見るような山荘の姿に整えられた。特に桂棚及び付書院で知られる新御殿や御幸道などは,後水尾上皇を桂山荘にお迎えするに当たって新改造されたものと伝えられている。
八条宮家はその後,京極宮,桂宮と改称されて,明治に至り,明治14年(1881年)十一代淑子内親王が亡くなられるとともに絶えた。宮家の別荘として維持されてきた桂山荘は,明治16年(1883年)宮内省所管となり,桂離宮と称されることとなるが,創建以来永きにわたり火災に遭うこともなく,ほとんど完全に創建当時の姿を今日に伝えている。昭和39年(1964年)に農地7千?を買い上げ景観保持の備えにも万全を期している。
-
ブルーノ・タウトにより桂離宮は世界に紹介され,今や日本を代表する庭園として知られるようになった桂離宮。
そんな桂離宮へのアプローチは,離宮の東側,桂川堤防沿いを歩くのがおすすめです。
約250mに渡って笹垣が続いています。 -
■桂垣
他に例を見ないため,桂垣の名前が付けられました。
ただの笹竹の垣根ではありません。 -
実は苑内の竹やぶに生い茂っている竹を「生きたまま」折り曲げ,土台となる建仁寺垣に差し掛けて留めています。
横から見ると竹が曲げられているのがわかります。
「そんなに簡単に曲がるの?」と思われるかもしれませんが,竹に割れ目を入れ,ねじりながら折り曲げています。
こうすることにより枯れることなく,青々とした垣根が保たれるのです。
ちょっと残酷で,生垣というよりも「半殺し垣」です。 -
■表門
桂垣の切れ目を西へと曲がると,桂離宮の正門である表門(御成門)が見えてきます。
二本の丸太柱を門柱とし,門扉と袖垣は磨き竹を隙間なく詰める木賊張りにしています。
見た目は修学院離宮の表門と同じですね。
国公賓が見えたときのみ開かれます。 -
イチオシ
表門の両側には,道に沿って穂垣と呼ばれる垣根が続きます。
この道は私のお気に入りで,イチオシとさせてもらいました。 -
■穂垣
頭部を錐形にそいだ二つ割の竹を等間隔に並べ,その間に細い竹の枝を編み,棕櫚縄(しゅろなわ)で化粧結びした独特の意匠をしています。
刺さったら痛そうな先端をしています。 -
■黒門
穂垣が終わるところに土橋があり,その奥に黒門があります。
表門を一回り小さくした門で,参観者の出入りはここを利用します。 -
さて…
桂離宮は1615年頃,八条宮智仁親王により創建されました。
この智仁親王は幼少の頃,豊臣秀吉の養子に迎えられましたが,秀吉に実子鶴丸が誕生したため縁組は解消。
また兄の後陽成天皇の後継に推された際,豊臣家の関わりゆえに徳川将軍家に反対されます。
歴史に「もし…」はないですが,秀吉の後継者として天下人の座についていたかもしれないし,天皇になっていたかもしれない人物です。
そんな智仁親王が造り出した桂離宮。
現在は中央に大きな池があり,大小五つの中島に橋を渡し,書院や茶室に寄せて舟着を構え,燈籠や手水鉢を要所に配した回遊式庭園と,数奇屋風の純日本風建築物とで構成されています。
参観は中央の池をぐるっと一周するコースを歩きます。 -
定刻になるとガイドさんが迎えに来てくれます。
まずは参観のスタート地点である表門へと向かいます。 -
■御舟屋
土橋の北側は玉水の堀と呼ばれ,御舟屋があります。
垣根で見づらくなっているので注意が必要です。
土橋を渡る前に確認しておきましょう。 -
表門へとやってきました。
桂離宮の外から見た門を,今度は内側から見ています。 -
■御幸門
表門から歩いてくると,御幸門と呼ばれる門があります。
二代智忠親王が後水尾上皇を迎えるため,御幸道と合わせて設けられました。
写真の右手前に方形の切石が置かれていますが,これは御輿石と呼ばれており,貴人の輿を置いたといわれています。
茅葺切妻造で,柱と桁に皮付きのアベマキを用いています。
アベマキは別名コルククヌギといい,触ってみると本当にコルクの感触がしました。 -
御幸門から表門を見ます。
道の幅が表門に近づくにつれ狭くなっているのがわかるでしょうか?
これは奥行きを深く見せるためです。
近くのものは大きく,遠くのものは小さくみえる,これは遠近法の基本ですがそれを強調するような手法が桂離宮内では多く用いられています。 -
御幸門周辺はカエデが多く植えられており,秋の紅葉の撮影ポイントです。
-
イチオシ
■御幸道
御幸門を入って古書院御輿寄手前の中門にいたる道を御幸道といいます。
(先ほど通ってきた道です)。 -
御幸道は黒い小石を「霰(あられ)こぼし」という手法で敷き詰められています。
道の中央がわずかに盛り上がっており,水はけをよくしています。
平らな面が上になるよう敷き詰められていますので,歩きにくいことはないです。 -
御幸道の両側は生垣を植栽することにより,真っ直ぐに延びる道の直線性を強調しています。
さらにはその先にある土橋を少し斜めにかけることで奥行きがより深く見えています。
いにしえのやんごとなき人々は土橋を渡り,中門,古書院へと進みましたが,我々凡人は御幸道を左(南)へと曲がります。 -
■紅葉の馬場
右手の紅葉山,左手の蘇鉄山の間を真っ直ぐに池に向かう道は紅葉の馬場と呼ばれています。
名前の通り,紅く染まる紅葉の時期はとても綺麗なのでしょう。
このまま真っ直ぐ行くと池へと出ます。
かつては池畔から対岸の松琴亭まで朱塗りの大橋が架けられていたそうですが,現在は橋台跡が残るだけです。 -
■御腰掛(外腰掛)
紅葉の馬場の脇道を入った奥に御腰掛があります。
後ほど訪れる松琴亭の待合所として使用されたといわれています。 -
前面と両側面を吹き放しとした開放的なつくりをしています。
腰掛の木目も美しい。
左の扉の内に飾雪隠(かざりせっちん,または砂雪隠)を備えています。
雪隠=トイレですが,実際は身繕いをする場として用いられました。 -
皮付きの自然木の柱と曲木の梁と束で竹垂木の化粧屋根を支えています。
華奢な造りですが,逆にシンプルで軽やかに見えます。 -
■行の飛石
外腰掛前には幅1m弱,長さ17mに渡って延段が設けられています。
長さ2m以上もある切石三個と自然石の組み合わされた凝った意匠をしています。
長尺の切石を埋め込むのは小堀遠州流とされています。
「行の飛石」の名があり,後ほど訪れる古書院御輿寄前庭の「真の飛石」,笑意軒前の「草の飛石」とで三位一体をなします。 -
この行の飛石は御腰掛に対して平行ではなく,わずかに傾けられています。
左の御腰掛の敷石と行の飛石の間隔が奥に行けば行くほど狭くなっているのがわかるでしょうか?
これも奥行きを深く見せるための工夫です。 -
行の飛石の北側には「く」の字型の止め石があり,その脇に方形の蹲踞と石燈籠が置かれています。
外枠に対して45度ずらして方形の水穴が穿たれていることから「二重枡形手水鉢」と呼ばれています。
後ほど出てくる月波楼の「鎌形手水鉢」が秋の刈り入れを意味するのに対し,冬の性格を持つ松琴亭の待合手前の手水鉢が,晩秋に収穫を量る枡になぞらえたものと解釈されるそうです。 -
■蘇鉄山
蘇鉄山は御腰掛の前庭として作庭されたもので,蘇鉄は薩摩の島津家から献上されたと伝わっています。
風雅な庭の中ではちょっと特異な雰囲気が漂っています。
仙洞御所にも蘇鉄山がありますが,それよりも立派です。
この蘇鉄山,実は池を隠すための「ついたて」となっています。
待合のときに池が見えてしまっては,後のお楽しみが減ってしまうからです。 -
では先へと進みます。
行の飛石の南端には止め石と石燈籠があり,そこを左へと曲がります。 -
■大堰川(おおいがわ)
先へ進むと,蛍橋と呼ばれる石橋があります。
その蛍橋が架かる小川を大堰川といいます。
桂川上流の保津川は嵐山へ出て大堰川となりますが,その深く切り込んだ渓谷の風情を意図して造られています。
ちなみに奥に見える石橋は月見橋という名です。 -
■鼓の滝
その大堰川に落差にして30cmにも満たない小さな滝があります。
「鼓(つづみ)の滝」と呼ばれており,桂三景の一つに挙げられています(あとの二つは「真の飛石」と「流れ手水」)。
名前は有馬温泉の同名の滝からとられたといわれています。
智忠親王は有馬へ度々湯治に行かれ,併せて庭石を物色されていたそうです。 -
イチオシ
橋を渡ると急に視界が開けてきます。
ところどころ見え隠れしていたこの景色を一瞬のうちにして披露してみせるテクニックは絶妙ですね。
池中に突き出した洲浜,天の橋立,そしてそれらの向こうに松琴亭が見えています。
このあたりの景観は桂離宮庭園の最高の見せ場です。 -
■洲浜と岬燈籠
池の汀に沿って,丸みを帯びた青黒い賀茂川石を敷き詰め,海辺の景色を表現しています。
池の中に岬が突き出したように見え,その先端には船旅を助ける灯台のごとく石燈籠が据えられています。
岬燈籠と呼ばれ,竿石を用いず,自然石の上に中台が置かれています。 -
■天の橋立
北岸の出島と中島に石の反り橋を架けて,日本三景の一つ天の橋立に見立てました。
智仁親王の奥方,常照院が宮津藩京極高知の息女であったことから,丹後とはゆかりが深かったようです。 -
苑路には飛石が置かれており,その上を進んで行きます。
桂離宮のルールとして,飛石の上を歩くというルールがあります。
苔の保全のためです。
離宮内にはとても多くの飛石があり,まるで歩みをコントロールされているかのようです。
足元に注意しつつ,周りの景色を楽しむ…これはなかなか難しいですよ。 -
苑路の途中にある燈籠は織部燈籠(キリシタン燈籠)と呼ばれています。
竿石に像が彫られているのが特徴ですね。
桂離宮内には全部で24基の燈籠があり,そのうち7基が織部燈籠です。 -
■四ツ腰掛(卍亭)
苑路の左手,東外山に建つ茅葺宝形造の四阿(あずまや)は四ツ腰掛,または卍亭と呼ばれています。
松琴亭の茶会で中座した客が休息するために用いられました。 -
四隅に幅と深さの異なる腰掛を互い違いに設けていることから,その名がつきました。
残念ながら参観コースには含まれていませんが,参観者休処の入り口に腰掛の並びが再現されていましたので,写真を載せておきます。 -
イチオシ
すでに見頃を過ぎてしまった楓の向こうに書院群が見えてきました。
-
イチオシ
松琴亭近くまで歩いてくると,書院群の右手に月波楼の姿を捉えることができました。
-
■白川橋
松琴亭へは白川橋を渡ります。
長さ5.7m,幅33cmの堂々たる直線的な一枚橋で,京都の白川産です。
中央を荒く,両端を細かく叩いて変化をつけています。
この橋から落ちた人が何人もいるそうです。
橋の上では写真を撮らずに,ササッと渡ってしまいましょう。 -
■流れ手水
白川橋を渡ると,袂の池中に「く」の字型の石とその前方に三つの石,さらには脇に小さな石があります。
「流れ手水」と呼ばれる松琴亭茶室の蹲踞で,桂三景の一つに数えられています。 -
松琴亭側から見た白川橋。
橋の奥は二つの流れが合流する地点で,大小の石を荒々しく立てて,荒波をかぶる磯の風景を表現しています。 -
■松琴亭(しょうきんてい)
松琴亭は桂離宮で唯一の草庵茶室です。
南側は築山を背にし,残り三方は池に面しています。
石炉を有し,冬の性格を表すといわれており,「冬の亭」とも称されます。
景観の見事さ,規模の大きさなど,桂離宮を代表する茶屋です。 -
東妻には智仁親王の兄に当たる後陽成天皇宸筆の扁額「松琴」がかけられています。
意味は「松をわたる風の音が琴の音のように美しく聞こえる…」昔の人の想像力は豊かです。 -
白川橋を渡った正面に,茶室の躙口(にじりぐち)があります。
右下の小さな入り口のことです。
躙口の上には横長の大きな竹連子窓,その上に下地窓があります。
また左側に刀掛けと墨跡窓があります。
このような変化に富む意匠のため「小堀遠州好み」と言われています。 -
躙口から茶の間を覗いてみました。
三畳大目の本格的な侘の囲いです。
内部に明り障子窓が八つ付いていることから「八つ窓の囲い」とも「八窓席」とも言われています。
壁の上1/4ほどまで色が変わっていますが,これはかつて桂川の氾濫によって浸水した跡といわれています。 -
茶室に隣接して二の間があります(奥に見えているのが先ほどの茶室)。
右手に違い棚があり,棚の上には藍染の紙が貼り付けられています。
その上の小襖の絵は狩野探幽の筆です。 -
二の間の欄間には瓢箪形の下地窓があります。
一枚上の写真にも瓢箪形の下地窓がありました。
気付かれましたか?
違い棚の下に瓢箪形を縦にした下地窓が設けられています。
このような凝った意匠が随所に見られるのが桂離宮の特徴なのです。 -
二の間から一の間を眺めます。
欄間は麻幹(おがら,皮を剥いだ麻の茎)を並べ,篠竹の横桟で押さえています。 -
一の間はL字形に曲がった11畳の座敷です。
中でもひときわ目を引くのは,青と白の市松模様でしょう。 -
加賀奉書(昭和の大修理で越前奉書に変更)の白紙と,それを藍で染めた紙を交互に貼り合わせた斬新なデザインの襖で,桂離宮を代表するデザインとして広く知られています。
今見てもモダンな雰囲気を感じさせますよね。
パンフレットの写真と見比べてみると,実物は藍色が薄いですが,太陽の光により色褪せてしまったためです。
襖を閉じると本来の色を見ることができます。
その違いは一目瞭然ですね。 -
一の間の西側には,杉板を網代に編んだ引違戸,一畳大の石炉(暖房兼調理用)があり,その上に天袋を設けています。
小襖の絵は右から竹雀,鶺鴒,芦川蝉,古木鳥で,狩野探幽の筆と言われています。 -
これは石炉上の小襖の引き手です。
結紐形をしているお洒落な引き手です。 -
一の間の正面土廂には,竈(くど,かまど)と炉,二重の三角棚を設けた水屋があり,竈構え(くどがまえ)と呼ばれています。
親王自ら客人をもてなしたのでしょうか。 -
竈構えから見た一の間。
正面の床の間にも市松模様の意匠が施されています。 -
一の間から池へと続く道は途中で途切れています。
ここには,かつては朱塗りの橋が架かっており,紅葉の馬場とつながっていました。
向こう岸に見える石組みはその名残です。 -
さらに左に目を遣ると,月波楼,古書院が池の向こうに見えます。
-
松琴亭を後にし,先へと進みます。
飛石の苑路は螢谷へと延び,蛍橋と呼ばれる土橋へと向かいます。
土橋の先は大山島で離宮最大の中島です。 -
蛍橋から見た松琴亭。
黄土色の壁は大坂土壁と呼ばれており,こちらからの姿は正面の造形とは大きくことなります。 -
蛍橋を渡るといつの間にやら上り坂に。
周囲を木々に囲まれ,奥深い山道を歩いているような錯覚にとらわれます。
それにしてもこんなところまで飛石する必要はなかったのでは? -
途中,飛石道の傍らに水蛍燈籠と呼ばれる石燈籠があります。
この島の舟着から山上へと導く明かりですが,書院からみると燈籠の火が水面に映り,それが蛍のように見えることから,この名前が付けられました。 -
■賞花亭(しょうかてい)
海抜28m,桂離宮で最も高い位置に建つのが「峠の茶屋」の名がある賞花亭です。
茅葺切妻屋根,化粧天井,皮付き柱を用いた小亭です。
松琴亭が「冬の亭」であるのに対し,賞花亭は「春の亭」と呼ばれ,四季の花が周囲に植えられています。 -
賞花亭からの眺めです。
遠くは愛宕山まで見渡すことできます。 -
賞花亭の内部は,土間を中心にコの字形に畳四畳をめぐらしています。
連子窓からは背後の谷が奥深く見え,深山幽谷の雰囲気を醸しだしています。
なお,正面「賞花亭」の扁額は曼殊院宮良尚親王の筆によるものです。 -
西面には壁いっぱいに下地窓が作られています。
畳に落ちる下地窓の影が良い雰囲気を出していました。 -
賞花亭の前にある手水鉢。
五輪塔の水輪に見立てたという鉄鉢型手水鉢です。 -
イチオシ
峠下の土橋の袂から書院群を眺めることができます。
霧島躑躅が植栽されており,初夏に赤く彩られます。 -
目の前の土橋は渡らずに,V字に切り替えして園林堂(おんりんどう)へと向かいます。
-
イチオシ
園林堂の正方形の角飛石。
霰こぼしに似た雨落をリズミカルに横切るように配置されています。
個人的にはここのデザインが一番好きですね。 -
■園林堂(おんりんどう)
苑内で唯一,瓦葺の建物であるのが園林堂です。
智忠親王が持仏堂として建立しました。
後水尾上皇宸筆の「園林堂」の額を正面に掲げています。
今は空堂となっていますが,かつては八条宮家代々の位牌と尊像が納められていました。 -
■梅の馬場
園林堂前の土橋を渡ると,直線的に延びる梅の馬場があります。
春が近づくと,左右の梅の花が鮮やかに咲きます。 -
梅の馬場苑路脇にある雪見燈籠。
形がよく,数ある京都名園の雪見燈籠の中でも逸品とされています。 -
■笑意軒(しょういけん)
左手を見ると,池の向こうに笑意軒が見えます。
柿葺き寄棟造りに柿葺きの一の間や廂を付けた農家風の建物で,桂離宮の中で最大の茶亭です。
笑意軒の名は,古句「一枝漏春微笑意」(一枝から春を伝えるほほえみがこぼれる)からとったとされます。 -
-
笑意軒前面の池は他所の自然な汀線とは異なり,方形をしています。
ここには一番立派な舟着があり,池庭舟遊びの出発点でした。 -
舟着には三光燈籠というちょっと変わった燈籠があります。
竿石や中台もなく,火袋を直接地面に置き,笠を載せています。
舟着だけを照らす目的で造られました。
火袋には三日月,太陽,星の3種の窓を開けているので,この名があります。 -
口の間の入り口上部には,智仁親王の兄・良恕法親王筆と伝わる「笑意軒」の扁額が掲げられており,その下に左右に三つずつ円形の下地窓が配置されています。
それぞれに下地の組み合わせが異なり,「四季の窓」と呼ばれています。 -
口の間の奥に見えるのが中の間です。
南に開いた肘掛け腰窓の下にユニークな意匠が見られます。
ビロードの下地の上を,金箔が左上から右下へ流れるように貼り付けられてます。 -
拡大して撮影したのがこちら。
ビロードの布は市松模様になっています。
もともとはビロードだけだったのですが,虫食いのためあえてこのようなデザインにしたらしいです。 -
笑意軒内部の様子です。
手前が口の間,右奥が大坂土壁と雲模様の小襖が特徴的な次の間,左奥がビロードの腰張がある中の間。
天井は竿縁天井となっており,襖を払えば大きな一室となります。
そのためか欄間も簡素な造りをしています。 -
口の間杉戸に付けられた弓形の引手。
実物の矢と同じ長さです。 -
こちらは中の間の襖に付けられた櫂形引手。
笑意軒が舟遊びの出発点であったことから,舟の櫂(かい)を象っています。 -
笑意軒の窓の向こうには庭園の外の景色を見ることができます。
ここは,外の世界が見える唯一の場所です。
水田風景や農民達の農耕する姿を眺めることができたということで,笑意軒は「夏の亭」と呼ばれています。
いまも地元の人にお願いして,田畑を作ってもらっているそうです。 -
ちなみに,次の間は現在ではあまり見られない七畳半の部屋です。
この七畳半というのは「切腹の間」と同じ広さであり,武士は恐怖で震え上がったとか。
真意はわかりませんが,幕府に対する嫌がらせだったのかもしれません。 -
口の間の東の土間には,三個の小石を敷いて,自然石から繰り出した「浮月」の銘のある手水鉢が据えられています。
ここに水を張り,水面に映る月の姿を眺めたそうです。 -
笑意軒前からの景色です。
土橋の右手は大山島で,瓦葺の建物は園林堂です。 -
イチオシ
橋が連なるように見えます。
手前から園林堂前の土橋,奥の賞花亭下の土橋。
そしてもう一つ中島の板橋も見えているのですが,さすがにわからないですよね。
舟で漕ぎ出せばよく見えるのですが,それは無理な話です。 -
笑意軒前から見た梅の馬場。
樹木の向こうに書院が見えます。 -
■草の飛石
笑意軒前の北側を東西に約26mに渡って延びる長い延段があります。
自然石だけで構成されているこの延段は「草の飛石」と呼ばれています。 -
梅の馬場へと戻る苑路の途中に三角燈籠があります。
笠も火袋も中台も脚もすべて三角形という風変わりな燈籠です。
火袋の窓は方形・円形・三日月となっているのも特徴です。 -
園林堂前の土橋まで戻り,土橋手前の道を北へと進みます。
書院へのアプローチも凝っており,「草の飛石」と同様に自然石で構成されています。 -
■書院全景
東(写真右)から古書院,中書院,楽器の間,新御殿が並んでいます。
いずれも数奇屋風書院造で,簡素ですが優美な姿です。
特徴的なのは,古書院から中書院,新御殿が後ずさりする雁行形の書院配置になっていることです。
このような形状になっているのは,建てられた時期が異なるからです。
第一期が古書院,第二期が中書院,第三期が楽器の間と新御殿と,三期に分けて建てられました。
現在の参観コースでは,書院内部に立ち入ることはできません。
障子も閉じられたままで中の様子を見ることさえできず,遠くからその外観を眺めるだけです。 -
■古書院(右),中書院(左)
飛石が三方に分かれており,中央の飛石の先にあるのが古書院。
その名のとおり,書院の中で最も古い建物で,初代智仁親王によって建てられました。
古書院に隣接する中書院は,二代智忠親王の手によるものです。 -
■中書院(右)と楽器の間(中央)と新御殿(左)
中書院と新御殿の間に挟まれるようにあるのが楽器の間です。
楽器を置くところと伝えられ,名前はそこからきています。 -
イチオシ
苔庭の中を真っ直ぐに楽器の間へと向かう飛石。
また,芝の広庭と苔庭をくっきりと分けるように敷瓦も一直線に延びています。
意図的に直線を用いるのも桂離宮の意匠の特徴の一つです。 -
■新御殿
後水尾上皇の御幸を迎えるために楽器の間とともに,二代智忠親王によって建てられました。
御幸が行われたときは智忠親王はすでに亡く,三代穏仁親王(智忠親王の養子)が出迎えました。
穏仁親王は後水尾上皇の息子で,実の父を御殿に迎えたことになります。
新御殿の付書院にある桂棚は,醍醐寺三宝院の醍醐棚,修学院離宮中御茶屋客殿の霞棚とともに「天下の三名棚」と呼ばれています。 -
■月見台
古書院二の間の正面,池に突き出すように竹すのこを敷いた月見台が設けられています。
屋根がなく,開放的な縁台です。
「月の桂」の名があるように,古来から桂の地は月の名所として名高いです(中国では月に桂の木が生えているという伝説があります)。
智仁親王がこの地に離宮を造営した大きな理由の一つは「観月」のためだという説もあります。
実際,「月」を冠した名称が庭園のあちこちに見られます。
「月見台」「月波楼」「月見橋」「浮月の手水鉢」「歩月(舟の名前)」,建物内にも月をあしらった装飾品がいくつもあります。
また庭園の随所で見られた「く」の字形の石も月を象ったものと考えることもできます。 -
月見台(の手前)から見た景色です。
月を愛でるための工夫として,築山は高くせず,池は手前深く切り込むように造園しています。
空に昇る月を追い,水面に映る月影を楽しむ…そのような至福のひとときを味わったのでしょうか。 -
書院群は高床式になっており,最も高い中書院で1.8mもあります。
湿気を避けて夏を涼しく過ごすための工夫,あるいは桂川の氾濫から建物を守るためといわれています。
しかし,最大の理由は,庭を眺めるのに最もふさわしい高さを確保するためです。
月を眺め,庭を鑑賞するのに相応しい高さを求めたのでしょう。 -
最後に忘れてはならないのが,月見台の上にある妻飾りの懸魚。
昭和51年から6年にも及んだ「昭和の大修理」の際,金箔に改められました。
簡素さが売りの桂離宮で,ここだけは燦然と輝いています。 -
■月波楼(げっぱろう)
古書院のかたわらに建つのが月波楼です。
白楽天の詩句「月は波心に點(てん)じて一顆(ひとつぶ)の珠」にちなんで名付けられました。
その名の通り「観月」を目的としていますが,特に水面に映る月を鑑賞するための茶亭です。
秋の性格を持ち,「秋の亭」と呼ばれています。 -
月波楼遠景。
-
膳組の間は,炉と水屋を備えています。
炉の背面に水屋を設け,水屋の床近くに横長の下地窓,一の間と接する側に竈(かまど)を備えています。 -
柿葺の寄棟屋根に,切妻の口の間が出張った小振りな茶座敷です。
土間を囲むように一の間,口の間,中の間,膳組所があります。 -
月波楼全体を船底天井と呼ばれる化粧屋根が覆っています。
葭簀(よしず)を張った上に竹の小舞を垂木で支えています。
1本の樫の曲木が棟木を支えとして立っています。
直線の中に1本だけ曲木というのがユニークです。 -
土間の正面には絵馬が飾られています。
何の絵か一目ではわからないと思います。
実は船の絵です。
そういわれれば輪郭が浮き出てくるでしょう。
下桂村御霊社にあった「渡海朱印船」のです。 -
中の間から東側の眺望です。
池の向こうに松琴亭の姿を見ることができます。
月波楼を舟に見立て,水に浮かぶ舟からの眺めのような感じにしてあるそうです。 -
一方,中の間から南側を見ると刈り込み越しに紅葉山と相対します。
このように秋の風情を満喫できるように造られているから,「秋の亭」なのでしょうね。 -
中の間の襖のデザインは私のお気に入りです。
-
唐紙に紅葉が描かれ,雲母(きら)の流水紋がキラキラと光ります。
長方形の窓には綟織布(もじおりぬの)の障子を入れ,外の景色が見えるようにしてあります。
また引手は機織りの杼をデザインしています。 -
外にでてみます。
北妻に掲げられた額は,近衛信尹,本阿弥光悦とともに寛永の三筆と謳われた松花堂昭乗の筆によるものです。 -
口の間の前には鎌形手水鉢と生込燈籠があります。
鎌は秋の刈り入れを意味しています。 -
月波楼から臣下控所へ向かい,飛石を下ります。
参観ルートは左の古書院御輿寄を見た後,右の中門から出て行くのですが,
雰囲気を出すために,中門から入ってくるという順序で紹介します。 -
■中門
茅葺切妻造で,四本の柱が立つ四客門です。
立派な造りをしているのは,表門・御幸門ができるまでは,この中門が表門の役割を果たしていたからです。
中門の向こう側には背の高い切石の手水鉢が見えます。
ちなみに,右手に見える垣根は「黒文字垣」で,材料となる黒文字は高級爪楊枝に使用される木です。 -
中門の框(かまち)を越えると,「田」の字形の石が敷かれており,さらに四枚の方形の御影石が「く」の字形に配置されています。
そして,一枚の切石を間に入れ,長い畳石が斜め方向に延びています。 -
■真の飛石
長さ9.4m,幅75cm,さまざま形をした花崗岩44個を配した延段で,「真の飛石」と呼ばれています(桂三景の一つ)。
幾何学模様が絶妙ですね。
方角がわかりにくい桂離宮ですが,この真の飛石はほぼ南北方向を向いています。
さて,これで「真・行・草」の3つの延段が出揃いました。
結局何が違うかというと,古書院御輿寄前の「真の飛石」が切石のみ,笑意軒前の「草の飛石」が自然石のみ,そして外腰掛の「行の飛石」が切石と自然石の組み合わせとなっています。 -
■古書院御輿寄
真の飛石の先には古書院の御輿寄があります。
この周辺の飛石の配置は輿が進行しやすいように意図されています。
なおも左手の築山に見えるのは織部燈籠です。 -
御輿寄のすぐ手前には御影石の沓脱ぎ石が置かれています。
六人分の沓が並ぶことから「六つの沓脱」と呼ばれています。 -
中門を出ると,最初のところに戻ってきます。
池をぐるっと一周してきたわけです。 -
■住吉の松(衝立松)
参観の最後は1本の松の木です。
中門の手前,道は池に向かって岬(「亀の尾」という芝地)へと延びていますが,1本の松に遮られています。
この松を住吉の松,別名衝立松といいます。
両側の生垣とともに,岬の向こうの池を隠す役目を果たしていることに由来します。
これで参観は終了です。 -
参観時間は1時間。
最初から最後まで見所満載で,息つく暇もありませんでした。
載せたい写真は沢山あったのですが,枚数が増えすぎて泣く泣く削りました。
それらは機会があれば旅行記として紹介したいと思います。
長〜い旅行記を最後まで見ていただきありがとうございました。
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この旅行記へのコメント (7)
-
- ゆうこママさん 2011/10/10 08:54:19
- 美極まる桂離宮
- こんにちは。
日本庭園と建築物って、どう見たらよいのやらよく分からず、食わず嫌いのところがありました。
この旅行記を拝見し、きちんと見てみようと思いました。
簡素だけれど小さな遊び心が随所にあるようですね。特に襖の引き手の意匠や飛び石の置き方に興味を持ちました。
これだけのボリュームをわずか1時間でとは・・・。
いつか私もの場所が増えました。
- ぺこにゃんさん からの返信 2011/10/10 23:32:39
- RE: 美極まる桂離宮
- こんばんは。
> 日本庭園と建築物って、どう見たらよいのやらよく分からず、食わず嫌いのところがありました。
> この旅行記を拝見し、きちんと見てみようと思いました。
確かに難しいと思いますが,基本的には自分が好き嫌いだけだと思っています。
私としては仏像や絵画のほうが理解するのが難しいです。
> 簡素だけれど小さな遊び心が随所にあるようですね。特に襖の引き手の意匠や飛び石の置き方に興味を持ちました。
> これだけのボリュームをわずか1時間でとは・・・。
修学院離宮や桂離宮を見て感じたのは,趣味や遊びにかける情熱というのは凄いということです。
見所は盛りだくさんあります。
ぜひ一度訪れてください。
ぺこにゃん
-
- ぺでぃまるさん 2011/10/09 23:10:12
- 泣きたくなる感性
- ぺこにゃんさん、こんばんは。
桂離宮の旅行記におじゃましてます。
正に日本庭園の最高峰って風景ですね〜
松琴亭は名前くらいは知っていましたが、外観だけでなく中も意匠を凝らしているのですね。
素晴らしい日本の美を、外国の方が我々以上に感じ取って紹介したのでしょうね。
こりゃ素晴らしいわ!
敷石からしょっちゅう足を踏み外しそうで怖い
ぺでぃまる
- ぺこにゃんさん からの返信 2011/10/10 23:20:28
- RE: 泣きたくなる感性
- ぺでぃまるさん,こんばんは。
> 正に日本庭園の最高峰って風景ですね〜
> 松琴亭は名前くらいは知っていましたが、外観だけでなく中も意匠を凝らしているのですね。
> 素晴らしい日本の美を、外国の方が我々以上に感じ取って紹介したのでしょうね。
> こりゃ素晴らしいわ!
これが江戸時代に造られたものかと,思わず唸ってしまうようなデザインが至る所にあります。
見ごたえ十分なのですが,海外で高く評価されたから,改めて日本人に注目されることになったというのが複雑です。
「他人の意見に流されやすい日本人」というのが現れていますね。
まあ,そうであったとしても桂離宮の価値が変わるわけではないので,是非とも後世に伝えてほしいものです。
> 敷石からしょっちゅう足を踏み外しそうで怖い
写真撮影に夢中になっていると,本当に池に落ちそうです。
笑い話のネタにならないようにしないと。
ぺこにゃん
-
- 大目付さん 2011/10/09 08:37:09
- 面白いですね
- 襖や戸の引き手の意匠が面白いですね。初めて見ました。
-
- 大目付さん 2011/10/09 08:33:14
- 綺麗ですね〜!
- 池を配した日本庭園の典型ですね。
- ぺこにゃんさん からの返信 2011/10/10 23:04:39
- RE: 綺麗ですね〜!
- 大目付さん,こんばんは。
桂離宮の旅行記を見ていただき,ありがとうございます。
> 池を配した日本庭園の典型ですね。
これぞ「日本の庭園」ですね。
海外の庭園とは違い,豪華絢爛ではないのですが,細部にまでこだわって工夫されています。
こういうところにこだわる日本人の気質というのは,今も昔も変わらないのかも知れませんね。
ぺこにゃん
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