2011/08/08 - 2011/08/08
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ぺこにゃんさん
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京都には宮内庁が管理する皇室施設が5ヶ所あります。
京都御所,大宮御所,仙洞御所,修学院離宮,桂離宮であり,大宮御所を除く4施設が一般に公開されています(事前予約必要)。
これらを訪れ,四季の移り変わり,風雅な建築物などを撮影し,その多彩な魅力に迫ってみたいと思います。
最初の旅行記として,修学院離宮を採り上げました。
壮大なスケール,巧みな地形利用,そして素晴らしい景観。
後水尾上皇の雄大な構想のもと造営された理想の山荘です。
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■修学院離宮の歴史(パンフレットより引用)
修学院の名は,10世紀後半ここに修学院という寺が建立されたのが始まりあった。南北朝時代以後この寺は廃絶したが,地名は修学院村として残った。
修学院離宮は,桂離宮におくれること30余年,明暦元年から2年(1655~1656)にかけて後水尾上皇によって造営工事が起こされ,万治2年(1659年)に完成した山荘である。
離宮の造営より早く上皇の第一皇女梅宮が得度して,現在の中離宮付近の円照寺に草庵を結ばれていたが,早くから別荘としての適地を探しておられた上皇は円照寺を大和の八嶋に移し,上と下の二つからなる茶屋を建設した。幕府との間に緊張が続いた時代であっただけにこれほど大規模な山荘を造営し得たことは一つの驚異でもある。
中御茶屋は創建当時の山荘にはなかったものであるが,上皇の第八皇女光子内親王(朱宮)のために建てられた朱宮御所に東福門院(後水尾上皇の皇后,将軍徳川秀忠の娘和子)亡き後の女院御所の建物を一部移築して拡張した。上皇崩御の後,光子内親王は落飾得度してこれを林丘寺となされた。
明治18年(1885年)林丘寺門跡から境内の半分が楽只軒,客殿とともに宮内省に返還されたので,離宮に編入したものである。昭和39年(1964年)上・中・下の各離宮の間に展開する8万㎡に及ぶ水田畑地を買い上げて付属農地とし,景観保護の備えにも万全を期して今日に至っている。
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新たなシリーズものとして「京都の御所と離宮」を始めました。
季節を変え,視点を変え,いろいろな角度から旅行記を作成していきたいと思います。
記念すべき(?)1回目は真夏の修学院離宮です。
最初ということで写真枚数が多く,説明だらけの文章となってしまいましたが,最後までお付き合いいただけると幸いです。
■表総門
修学院離宮の玄関である表総門です。
左右に磨き竹の袖塀をしつらえ,磨き丸太の門柱に磨き竹の門扉を取り付けただけのシンプルな門です。
桂離宮の表門もほぼ同じ形式です。
樹木の間から見えるのは比叡山山頂です。 -
隙間なく竹を並べていく手法を木賊張(とくさばり)といいます。
一緒に写っている松の木も立派なものです。 -
受付は定刻20分前から始まります。
参観者は表総門で参観許可書を見せ,さらに中で受付をします。
参観許可を取る方法はインターネット,はがき,窓口と3通りありますが,それぞれ一長一短あります。
それについてはクチコミで後ほどアップしたいと思います。
今回は窓口で申し込みをし,参観許可をもらいました。 -
定刻までは休憩所で待機します。
売店もあり,ここでしか売られていないグッズもあります。
10分前ぐらいからビデオが流れ,修学院離宮の概要を映像で見ることができます。
余談ですが,桂離宮の休憩所はとても立派なのですが,修学院離宮の休憩所はショボイです。
桂離宮は人気ありますからね。そちらにお金をかけたということでしょうか? -
定刻になると,ガイドさんが迎えに来てくれますので,後をついて行きます。
なお,ガイドさんの説明を聞かずに,写真ばかり撮っていても何も言われません。
ただし前列で写真を撮っていると,他の参観客に迷惑なので一番後ろを歩きましょう。
後ろからは皇宮警察の方が忍び寄ってきますので,そのプレッシャーを感じることになりますが… -
参観は下御茶屋(下離宮),中御茶屋(中離宮),上御茶屋(上離宮)の順に,3kmほどの距離を約1時間20分かけて歩きます。
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ゆるやかな上りの砂利道を進んで行くと,下御茶屋の入り口である御幸門が見えてきました。
■下御茶屋-御幸門
切妻造柿葺屋根の簡素な門で,石段の上に西向きに建っています。
その名の通り,行幸の際に用いられた門ですが,創建当時は現在のものと位置も様式も異なっていました。 -
■下御茶屋-御幸門
御幸門には花菱模様の透かし彫りが施されています。
後水尾上皇のお気に入りだったらしく,離宮内のあちこちで見ることができます。 -
御幸門を入ると,右手奥に中門があります。
■下御茶屋-中門
たすき掛けの木戸に竹を詰め張りした袖塀を持ちます。
この中門の左にあるシナノキは,修学院十境の一つであった菩提樹を偲ぶために植えられています。
修学院十境については,また後ほど… -
中門をくぐると,そこは下御茶屋の内庭です。
すぐ左手の石段の上には,寿月観の御輿寄があります。
■下御茶屋-寿月観御輿寄
後水尾上皇の行幸の際,御座所に当てられたのが寿月観です。
御輿寄はその玄関に相当し,ここで輿を降りられました。
舞良戸がしつらえられており,中央に明障子が2枚はめられています。 -
御輿寄を左に見ながら進むと,小さな苑池があります。
楓が多く植えられているので,紅葉の季節は綺麗でしょうね。 -
■下御茶屋-袖型燈籠
苑路を進むと,中島に架かる石橋を越えた右手に袖形燈籠があります。
ワニが口をあけているように見えるので,鰐口(わにぐち)とも呼ばれる珍しい形をした燈籠です。
上部の蛭釘に釣燈籠を下げて足元を照らしたそうです。 -
■下御茶屋-朝鮮燈籠
中島を渡ったところから苑路を見返しました。
手前に見える燈籠は朝鮮燈籠です。
四隅が反っており,笠の上に切籠形の宝珠が載っています。
袖形燈籠,朝鮮燈籠については,ガイドさんによっては軽くスルーします。
気をつけていないと見落としますよ。 -
池を掘った土を盛り,石垣で土留めした高みに寿月観は建っています。
下御茶屋唯一の建物です。
■下御茶屋-寿月観
下御茶屋は離宮全体のベースキャンプ的な存在で,後水尾上皇が行幸の際に御座所にあてられたのが寿月観です。
後水尾上皇時代に建てられましたが,その後取り壊され,光格上皇の御幸に備えて再建されました。
寄棟造と入母屋造を鉤形状に配した建物です。 -
■下御茶屋-寿月観前庭
前庭には,目が痛くなるほどに眩しい白川砂が一面に敷かれ,一の間・三の間へと飛石が打たれています。 -
■下御茶屋-寿月観(一の間)
一の間南の縁に掲げられた「寿月観」の扁額は,後水尾上皇の宸筆です。 -
■下御茶屋-寿月観(一の間)
一の間は15畳のうち,3畳を上段の間として主座敷としています。
奥の飾棚の天袋には鶴,地袋には岩に蘭の絵が描かれており,共に江戸後期の画家・原在中の筆と伝わっています。
飾棚脇の床は琵琶が置かれたことから琵琶床の名があります。 -
■下御茶屋-寿月観(一の間)
二の間との境の襖には,江戸後期の画家・岸駒(がんく)作と伝わる水墨画「虎渓三笑図」が描かれています。
虎渓三笑とは中国の故事成語で,話に夢中になって他のことをいっさい忘れてしまうという意味です。 -
■下御茶屋-寿月観(二の間)
二の間の杉戸には夕顔の絵が描かれています。
光格上皇のお好みのもので,仙洞御所から移したと伝えられています。 -
■下御茶屋-寿月観
寿月観の三の間の南妻に「蔵六庵」の扁額が掛かっています。
後水尾上皇の宸筆といわれています。
蔵六庵は寿月観の北側に隣接して建てられていた別棟の建物のことで,修学院十境の一つですが,現在は存在しません。
こんなところにあると,蔵六庵という部屋があると勘違いしてしまいますけど。
ちなみに「蔵六」とは,頭・尾・四肢,合わせて六つを隠すということから「亀」を表します。 -
■下御茶屋-前庭
二の間前から前庭を眺めました。 -
■下御茶屋-前庭
寿月観の東南にかつて彎曲閣(わんきょくかく)という二階建ての建物がありました。
彎曲閣も修学院十境の一つです。 -
櫓型燈籠はその名残です。
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■下御茶屋-白糸の滝
寿月観の東に小さな滝があります。
後ろの三角形の石を富士山に見立て,水の落ちる様が白糸を引いたように見えることから「白糸の滝」と呼ばれています。 -
■下御茶屋-前庭
白糸の滝から遣水は前庭を流れていきます。 -
何度か「修学院十境」という言葉が出てきましたが,後水尾上皇は「修学院十境」の漢詩を作らせました。
下御茶屋に4つ,上御茶屋に6つあります。
○寿月観
×菩提樹
×彎曲閣
×蔵六庵(以上,下御茶屋)
○窮邃亭
○隣雲亭
○洗詩台
○浴龍池
×止々斎
○万松塢(以上,上御茶屋)
○印が現存するものですが,下御茶屋の十境は寿月観を除いて見れません。 -
■下御茶屋-東門
東門を通り,下御茶屋から出ます(写真は裏側から)。 -
東門をくぐると,視界が一挙に開けます。
上御茶屋へと続く松並木の向こうには,正面に上御茶屋を抱く御茶屋山(現在の呼称は本山),右手に東山の山々が連なる大風景です。
ちなみに修学院離宮の総面積は545,000?もあります。
東京ディズニーランドよりやや広いといえばわかりやすいと思います。 -
少し北側に目をやると,本山の奥に比叡山の頭が見えます。
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松並木の道を進んで中御茶屋へと向かいます。
この松並木は各御茶屋へと至る連絡路で,御馬車道とも呼ばれています。
明治になって中御茶屋が併合された際,拡幅整備されたもので,それに伴い赤松が植樹されました。
今では離宮を代表する景観の一つとなっていますが,かつては田んぼの畦道でした。
綺麗に手入れされた松並木ですが,離宮内の樹木は「御所透かし」という手法で手入れされています。
葉や枝を間引いて空間を開けて姿を整えつつも,あたかも人手を加えていないような柔らかな感じに仕上がっています。 -
イチオシ
松並木の間からは,のどかな田園風景を眺めることができます。
後水尾上皇は,離宮の造営の際に,利用する域を最小限にとどめ,他は耕作地として残されました。
耕作する民の姿を自然景観に取り入れることは,上皇の構想だったようです。
現在は農地を買い取り,地元の農家と賃貸契約を結んで耕作を依頼しているそうです。 -
関係者以外立ち入り禁止なので,警察の方が見回りをしていました。
広い敷地なので自転車は必須のようです。 -
西側に目を遣ると京都市街,さらに遠くは西山の山並みを見ることができます。
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中御茶屋の表門が見えてきました。
■中御茶屋-表門
国公賓が訪れたときのみ開かれる門です。
新調されたばかりの門ですが,新しくなってからは一度も開かれたことがないそうです。
参観者である私達はもちろん通ることができず,脇の通用門を通り中へと入ります。 -
中御茶屋はそもそも創建当時の構想には無かった御茶屋で,後水尾上皇の第八皇女である朱宮(あけのみや)光子内親王のために造営された山荘・楽只軒を中心とした朱宮御所が前身です。
後に東福門院(後水尾上皇の皇后,将軍徳川秀忠の娘和子)が亡くなられると,女院御所の奥対面所であった客殿を移築しました。
後水尾上皇崩御後に朱宮内親王は落飾得度して,朱宮御所の地に林丘寺(りんきゅうじ)を建立しました。
以来,この地は林丘寺の境内でしたが,明治時代に楽只軒,客殿の建物などの一部が皇室に返却され,中御茶屋として新たに修学院離宮に加えられました。
修学院十境に中御茶屋から一つも選ばれていない理由はこのよう経緯があるからです。 -
表門から石段を上ると年期の入った門があります。
中御茶屋の中門です。
■中御茶屋-中門
柿葺の廂に襷掛けの扉を配しており,木賊張りの袖塀が左右に連なります。
参観者はこの門もくぐることができず,左手の通用口から中へと入ります。 -
中に入るとまず目にするのは楽只軒です。
■中御茶屋-楽只軒
朱宮御所創建当時からあり,中御茶屋では最も古い建物です。
瓦葺に廂の部分を柿葺にした建物です。 -
■中御茶屋-楽只軒
楽只軒の沓脱石は,二色の変わった模様をした石が使われています。
こういった普通とは少し変わったところを探してみるのが楽しいですね。 -
■中御茶屋-楽只軒(前庭)
楽只軒南側に広がる前庭。
苑池は創建当時からあり,客殿前からの遣水が小さい滝となって落ち込んでいます。 -
■中御茶屋-楽只軒
建物内部の様子は東側から見たほうがわかりやすいです。
手前が一の間,その奥が二の間です。 -
■中御茶屋-楽只軒(一の間)
一の間と二の間の境の長押に掛かる「楽只軒」の扁額は後水尾上皇の宸筆といわれています。
文字は緑色,額縁に色と柄の異なる三種の竹を用い,七宝の竹葉をあしらったお洒落な扁額です。
「楽只」とは,詩経の「楽只君子,萬寿無期」より採られたもので,楽しむことを意味しています。 -
■中御茶屋-楽只軒(一の間)
手前の一の間の襖壁には吉野山の桜が描かれていることから,「吉野の間」と呼ばれています。 -
■中御茶屋-楽只軒(二の間)
二の間の襖壁には狩野探信が描いた龍田川の紅葉の絵が貼り付けられていることから,「龍田の間」と呼ばれています。
一の間,二の間の絵は狩野探信の作と伝わっています。
ちなみに二の間の押入れは奥の間とつながっており,通り抜けできる面白い構造となっています。 -
■中御茶屋-旧書院跡の傘松
楽只軒の西側の旧書院跡には背の低い傘松があります。
写真にすると周りの緑と同化してしまい,わかりにくくなってしまいました。 -
楽只軒の前庭にある池を渡ったところにあるのが客殿です。
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■中御茶屋-客殿
女院御所の奥対面所を移築したものなので,修学院離宮の中で最も華やかな建物となっています。
ここでの見所は何といっても「霞棚」でしょう。 -
■中御茶屋-客殿(一の間)
一の間は12畳半の広さで,中央に1間半の飾棚があります。
飾棚は大小5枚の欅が互い違いに配置されており,まるで霞がたなびく様に似ていることから「霞棚」と呼ばれています。
桂離宮の「桂棚」,醍醐寺三宝院の「醍醐棚」と並んで,「天下の三棚」と称されています。
パンフレットのように真正面から撮影したかったのですが,柱がどうしても入ってしまいます。 -
■中御茶屋-客殿(一の間)
一番下に地袋,その上に三角棚が置かれています。
壁面には,創建当時の「修学院八景」を詠んだ親王・公家達の和歌と,五山の禅僧達がつくった漢詩が,和漢を対にして貼り付けられています。
修学院八景とは,村路晴嵐,修学晩鐘,遠岫帰樵,松崎夕照,茅檐秋月,平田落雁,隣雲夜雨,叡峰暮雪の八つです。 -
■客殿(一の間)
地袋に描かれているのは,友禅染の張場の情景です。
そして引手は羽子板の形をしています。
また,三角棚には更紗模様に子供玩具・振振毬杖(ぶりぶりぎっちょう)の引手となっています。 -
■客殿(一の間)
さらに良く見ると,地袋の下の金具には三葉葵紋が施されています。
東福門院が将軍家の出自であることを示しています。 -
■中御茶屋-客殿
霞棚以外にも見所は他にもあります。 -
■中御茶屋-客殿(一の間)
襖の腰張は群青と金箔の菱形模様となっており,宮廷風の華やかさです。 -
■中御茶屋-客殿
南縁座敷の杉戸には鯉が描かれています。
西面の杉戸には鯉の親子が描かれ,全体が網で覆われています。
夜毎杉戸を抜け出して池で遊ぶので,金色の網を描かせたといわれています。
鯉の絵の作者は不明ですが,網だけは円山応挙の筆と伝えられています。 -
■中御茶屋-客殿
真裏の東面には鯉が一匹だけです。
こちらも網が描かれています。
良く見ると所々網が破けており,本物の網と見間違うぐらいです。 -
■中御茶屋-客殿
一の間の西側畳縁つきあたりの杉戸には,右に祇園祭の放下鉾,左に岩戸山が描かれています。
作者は住吉具慶と言われています。
豪華な客殿の装飾を見ていると,鯉の絵,祇園祭の絵は少し浮いた感じがしますね。 -
■中御茶屋-前庭
前庭東隅にある滝口。 -
■中御茶屋-前庭
遣水は楽只軒前庭の池へと流れ込みます。 -
■中御茶屋-前庭
遣水近くには織部燈籠と呼ばれる燈籠があります。
別名キリシタン燈籠と呼ばれ,マリア像に見立てられる彫刻が見られます。 -
■中御茶屋
客殿の東側に階段があり,上った先には門が見えています。
門の奥は林丘寺の境内です。 -
■中御茶屋-客殿
客殿の北側,仏間の外側の縁には,数本の直線で構成される手摺があります。
「網干(あぼし)の欄干」と呼ばれるもので,漁の網を干した姿を現してます。
客殿西側にも網干の欄干はあります。 -
盛り沢山であった中御茶屋から次に向かうのは上御茶屋です。
棚田の向こうに,上御茶屋に向かってゆるやかに上る松並木が見えます。 -
イチオシ
上御茶屋へのアプローチ。
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御馬車道を上りつめると広場があり,その奥に上御茶屋の表門に当たる御成門があります。
■上御茶屋-御成門
下御茶屋の御幸門と似た造りで,柿葺の屋根を持つ簡素な門です。 -
御成門をくぐり,石段の急坂を上ります。
左右は背の高い刈り込みで視界を遮られています。 -
イチオシ
石段を上り切ると突如視界が開け,眼下に大パノラマが広がります!
浴龍池と呼ばれる池を中心とした回遊式の大庭園こそが修学院離宮の一番の見せ場なのです。
刈り込みで視界を遮っていたのは,このための演出なのです。 -
■上御茶屋-浴龍池
浴龍池は御茶屋山(本山)を背景とした標高137mの高台にあります。
古久美谷,野神谷,御三社谷などの谷川の水を堰き止めて造った大きな人工池で,その広さは11,500?もあります。
山腹に石組みを四段積んで堰堤を築いており,その高さは中央部で15m,長さは200mあります。 -
堰堤はそのままでは景観を損ねるので,三段の高生垣とさらに上部を大刈り込みで覆っています。
(写真は上御茶屋へ上ってくる途中で撮りました。ちょうど剪定作業をしているところでした。) -
この雄大な景色を堪能できる高台に建つのが隣雲亭です。
展望を目的としている隣雲亭は,余計な装飾を一切排除して仕上げられています。 -
■上御茶屋-隣雲亭
白い漆喰で固められた土間の中に,鞍馬の赤石と賀茂川の真黒石が埋められています。
一個,二個,三個の組み合わせによって点々と模様が描かれており,「一二三石(ひふみいし)」と呼ばれています。 -
「ひ,ふ,み」と数えられるところを探して撮影しました。
意外となかなか見つからなかったです。 -
隣雲亭から京都市街を眺めました。
隣雲亭は海抜149mと離宮内で最も高い位置に建っています。
海抜30mのところに建つ京都タワーの展望室は高さ100m,合わせて130mなので,京都タワーの展望室より高いのです。 -
■上御茶屋-万松塢
隣雲亭前から浴龍池を望みます。
浴龍池には万松塢,中島,三保ヶ島という島があります。
水面から突き出た島が,龍が水浴びしている姿にみえることから「浴龍池」と名付けられました。
写真はそのうちの一つ万松塢(ばんしょうう)。
山の尾根を削って作られました。 -
■上御茶屋-万松塢
万松塢の先端にある1本の楓の木が,早くも色付き始めていました。 -
■上御茶屋-万松塢
万松塢にいた1匹のアオサギ。 -
■上御茶屋-万松塢
万松塢と中島は千歳橋で結ばれています。 -
■上御茶屋-千歳橋
千歳橋をアップで。 -
■上御茶屋-御船屋
写真右手前に一部だけ見えているのが,万松塢の腰掛待合。
その向こうに御船屋が見えます
御船屋から左に目をやると,大きな岩の後ろに崩家形燈籠があるのが確認できます。 -
■上御茶屋-洗詩台
隣雲亭の北側に,四畳の露台のような板間があり,そこを洗詩台と呼んでいます。
近くにある雄滝の水音を聞きながら,後水尾上皇が詩歌を練ったところといわれています。
三方吹き放しで眺めの良いところなのですが,ご覧のように板戸で塞がれてしまっていました。 -
隣雲亭から次へと進みます。
洗詩台の東側に山寺燈籠という変わった形をした燈籠があります。 -
■上御茶屋-滝見燈籠
隣雲亭から下る坂の途中に滝見燈籠があります。 -
■上御茶屋-雄滝
滝見燈籠を過ぎると渓流にさしかかり,杉木立の奥に雄滝を望まれます。
高さ約6m,音羽川の水を引いて造られました。 -
滝水は浴龍池へと流れていきます。
余談ですが,滝見燈籠からこの写真を撮るまでの時間はたった30秒しかありませんでした。
ガイドさんはどんどん進んでいくし,後ろからは皇宮警察の人に急かされるし,構図を考えて撮影なんて出来ません。
ほとんどが一枚勝負です。 -
ここからは池を巡るように苑路を進んで行きます。
■上御茶屋-外腰掛跡
苑路を進んでいくと,苔の中に埋もれた礎石があります。
外腰掛跡です。 -
さらに歩くと浴龍池に出ます。
風もなく,水鏡のように綺麗に樹木が映っていました。 -
万松塢を左手に見ながら歩いていくと,万松塢と中島に架かる千歳橋を間近に見ることが出来ます。
■上御茶屋-千歳橋
後水尾上皇の作庭時にはなく,文政7年(1824)の大改修の際,京都所司代・内藤紀伊守信敦が石橋台を献上,屋形は1827年に水野越前守忠邦が寄進したものです。
ブルーノ・タウト曰く,「環境に似つかわしくない中国風の橋」 -
■上御茶屋-千歳橋
東側は金銅の鳳凰を載せて鳳輦(ほうれん)になぞらえた宝玉造。
鳳凰は瑞草を咥えています。 -
■上御茶屋-千歳橋
西側は寄棟造の四阿(あずまや)を設けています。 -
イチオシ
■上御茶屋-千歳橋
千歳橋の下を鴨の親子が通り過ぎて行きました。
微笑ましい光景です。 -
■上御茶屋-楓橋
中島へは楓橋を渡ります。
高い橋脚で支えられた素朴な橋です。
その名のごとく,周囲に多くの楓の木が植えられています。 -
■上御茶屋-楓橋
楓橋の上から浴龍池を眺めました。
紅葉の頃はさぞや美しいことでしょう。
秋の紅葉シーズンは人気が高く,抽選に当たるのは至難の業です。 -
■上御茶屋-窮邃亭(きゅうすいてい)
中島の頂上に窮邃亭があります。
後水尾上皇の創建以来,現存する唯一の建物です。 -
■上御茶屋-窮邃亭(きゅうすいてい)
軒下に掛けられている扁額は後水尾上皇の宸筆です。
「窮」「邃」それぞれの文字を八角形で囲み,真ん中を水引で結んだ洒落たデザインです。 -
■上御茶屋-窮邃亭(きゅうすいてい)
内部は十八畳一間のシンプルな造りをしています。
鉤の手に曲がった6畳の上段がしつらえられており,窓際には御肘寄と呼ばれる欅の一枚板を渡しています。
本来ならば,突き上げの板戸や障子が開け放たれるのですが,この日は閉じられたままで,室内はとても暗かったです。
開けたままにしておくと,おサルさんがやってきてイタズラをするそうです。 -
宝形造柿葺の屋根の上には,菊花紋のある大きい瓦の露盤と切籠形の宝珠頭が載っています。
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■上御茶屋-土橋
中島から浴龍池の北岸へは土橋を渡ります。
木製の橋ですが,桁の上を土で覆っているので,このように呼ばれます。 -
手斧がけの跡が残る栗の欄干に菊花紋の留金具が打たれています。
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■上御茶屋-三保ヶ島
土橋から東側を望むと,出島のようにみえる三保ヶ島が浮かんでいます。
この島も万松塢,中島と同じように山の尾根を削って造られました。
比叡山を富士山に,島に生える松を三保の松原に見立て,三保ヶ島と名付けられました。
島の右手奥は紅葉谷と呼ばれています。
秋の紅葉には華やか色付くのが想像つきます。 -
■上御茶屋-西浜
一方,土橋から西側を望むと,西浜が広がっています。
汀は緑の芝生で彩られています。
ここには桜の木が植えられており,春には是非見てみたい場所です。 -
■上御茶屋-御船屋
土橋を渡って北岸の苑路を歩くと,御船屋があります。 -
■上御茶屋-止々斎跡
さらに歩くと,止々斎跡があります。
止々斎は舟遊びの拠点とされた,離宮一大きい建物でした。
仙洞御所に移築後,火災にあい焼失してしまいました。
今は石船と呼ばれる大きな水盤が置かれているだけです。 -
■上御茶屋-舟着
止々斎前に設けられた舟着。
立石は舟を係留する網をかけるためのものです。 -
■上御茶屋-西浜
西浜を歩いて行きます。
ここだけ直線的な構成となっているのは,ここが浴龍池の堰堤となっているからです。 -
■上御茶屋-大刈込み
西浜の苑路からは大刈り込み越しに田園風景,京の街並み,遠くは西山連山を眺めることができます。
右奥の一番高い山は愛宕山ですね。 -
訪れたばかりの建物や島を見ながら帰路につきます。
写真は万松塢に架かる千歳橋。 -
■上御茶屋-腰掛待合
万松塢の西側の湖畔に,杮葺の小さな小屋は腰掛待合です。
1986年にイギリスのチャールズ皇太子とダイアナ妃が修学院離宮を訪れた際,この腰掛に座って景観を楽しまれました。 -
イチオシ
山一つを映し出す浴龍池。
本当にスケールの大きな庭園です。 -
浴龍池北岸と中島を結ぶ土橋。
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一本一本じっくりと観察したいのですが,時間オーバーで急かされます。
これも歩きながら撮りました。 -
左から浴龍池北岸〜中島〜万松塢。
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左から中島〜万松塢〜隣雲亭。
-
小高い丘の上に建つ隣雲亭。
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■上御茶屋-雌滝
修学院離宮参観のフィナーレは浴龍池南岸に落ちる小さな滝です。
雄滝に対して雌滝と呼ばれています。 -
眺めを堪能しながら帰ります。
上御茶屋表門前から見た松並木と棚田。 -
御馬車道を戻ります。
奥に見えるのは,下御茶屋の東門。 -
最初の下御茶屋の御幸門に戻ってきました。
参観はここまでです。
ガイドさん案内の元,限られた時間での参観なので,写真を撮るのは本当に苦労しました。
構図を考える時間なんてなく,時には歩きながらシャッターを押していました。
見苦しい写真が多々あったと思いますが,最後まで見ていただきありがとうございました。
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この旅行記へのコメント (9)
-
- ぺでぃまるさん 2011/09/22 20:15:12
- 凄い!!!
- ぺこにゃんさん、こんばんは。
またまたこれは凄いテーマで旅行記作成するのですね〜
実際桂離宮しかピンとこなかったというか、無知なもんで5つあるの知りませんでした。
この表紙にもなっている回遊式の大庭園、庭園の緑と青空と浮かぶ白い雲全てが素晴らしいですね!
せかされて撮ったとは思えない素晴らしい写真の数々、ありがとうございました。
もちお子さんと一緒じゃなく、一人行動ですよね?
ぺでぃまる
- ぺこにゃんさん からの返信 2011/09/23 23:29:08
- RE: 凄い!!!
- ぺでぃまるさん,こんばんは。
> またまたこれは凄いテーマで旅行記作成するのですね〜
> 実際桂離宮しかピンとこなかったというか、無知なもんで5つあるの知りませんでした。
> この表紙にもなっている回遊式の大庭園、庭園の緑と青空と浮かぶ白い雲全てが素晴らしいですね!
旅行記を作るからには少し気合を入れて作ってみようと思い,シリーズ化を試みました。
とはいうものの,私も最近まで名前と場所ぐらいしか知らず,一からのスタートです。
修学院離宮の庭園は他の寺院とは違いました。
純粋に理想を追求して,ここまでのものをよく造ったなあと,ただ感心するばかりです。
> せかされて撮ったとは思えない素晴らしい写真の数々、ありがとうございました。
写真撮影には向いていないところかもしれません。
見返してみると「あっ,失敗してる…」というのが多く,納得のいかない写真も載せているものもあります。
それらは次回リベンジですね。
> もちお子さんと一緒じゃなく、一人行動ですよね?
本当は連れて行きたかったのですが,18歳未満は保護者同伴であっても参観できないのです。
創建当時の状態を再現するために柵などが設置ないので,池に落ちるなどの危険があるためではないでしょうか。
ぺこにゃん
-
- susanaさん 2011/09/04 12:35:40
- せかされたとは思えない写真ですね♪
- ぺこにゃんさん、お久しぶりです。
修学院離宮、ステキすぎです!!!
いつかは行ってみたいとおもいつつ、事前申し込みが必要なので諦めていたところです。
窓口での申し込みは可能なのですね。
写真も、いつものように美しいです。
楽しませていただきました。
ツアーには2回参加したいです。
1回目は見るのに集中、2回目は写真に集中で・・・無理ですかね。。。
- ぺこにゃんさん からの返信 2011/09/06 00:11:00
- RE: せかされたとは思えない写真ですね♪
- susanaさん,ご無沙汰しております。
> 修学院離宮、ステキすぎです!!!
> いつかは行ってみたいとおもいつつ、事前申し込みが必要なので諦めていたところです。
> 窓口での申し込みは可能なのですね。
4月とゴールデンウィーク,紅葉シーズンは抽選になることが多いみたいですが,その他のシーズンは定員割れしているようです。
窓口申し込みが時間指定もできて便利ですよ。
> 写真も、いつものように美しいです。
> 楽しませていただきました。
ありがとうございます。
ガイドさんに遅れないように,写真を撮るのは大変でしたね。
> ツアーには2回参加したいです。
> 1回目は見るのに集中、2回目は写真に集中で・・・無理ですかね。。。
同じ日に2度参観という意味ですかね?
それは可能かはわかりませんが,スケールが大きすぎるので,1度行っただけでは理解しがたいですね。
季節を変えて2度,3度と訪れて欲しいとガイドさんも言われていました。
ぺこにゃん
- susanaさん からの返信 2011/09/07 20:07:31
- RE: RE: せかされたとは思えない写真ですね♪
- > 4月とゴールデンウィーク,紅葉シーズンは抽選になることが多いみたいですが,その他のシーズンは定員割れしているようです。
> 窓口申し込みが時間指定もできて便利ですよ。
桜と紅葉とGW以外とは・・・意外と定員割れ時期が多いのですね。
いいことを教えていただきました♪
> > ツアーには2回参加したいです。
> > 1回目は見るのに集中、2回目は写真に集中で・・・無理ですかね。。。
>
> 同じ日に2度参観という意味ですかね?
> それは可能かはわかりませんが,スケールが大きすぎるので,1度行っただけでは理解しがたいですね。
> 季節を変えて2度,3度と訪れて欲しいとガイドさんも言われていました。
できれば同じ日に2度がいいですね。
スケール大きいのですか・・・私の頭では10回くらい行かないと理解できないかもしれません。。。
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- 大目付さん 2011/09/03 22:11:52
- 綺麗な景色ですね
- ☆広々として池がある綺麗な景色ですね〜。
- ぺこにゃんさん からの返信 2011/09/06 00:18:49
- RE: 綺麗な景色ですね
- > ☆広々として池がある綺麗な景色ですね〜。
結局のところ,修学院離宮はこの浴龍池という池がすべてなんですよね。
昔の技術で山を切り開いて人工池を造るなんてのは大変だったと思いますが,それをやり遂げた後水尾上皇の熱意に感心させられます。
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- 大目付さん 2011/09/03 22:09:17
- 非常に芸が細かい
- 円山応挙の手になる網は非常に芸が細かいですね。本物の網のように見えます。
- ぺこにゃんさん からの返信 2011/09/06 00:13:56
- RE: 非常に芸が細かい
- 大目付さん,こんばんは。
> 円山応挙の手になる網は非常に芸が細かいですね。本物の網のように見えます。
この鯉の絵はなかなかユニークですよね。
夜中に逃げ出すので網を描いた…よくある逸話ですが,そういったのを知ってみるとまた面白いです。
ぺこにゃん
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