2011/09/15 - 2011/09/15
1595位(同エリア1983件中)
WT信さん
芦野宿を発った芭蕉達は旧陸羽街道(現国道294号線)を北上し、境の明神に向かう。
両神社の中間の地点の道の反対側の薮影に、「従是北白河領」と刻まれた石塔が建っている。
曾良の日記によると、芭蕉達が立ち寄ったころには「従是南黒羽領」と併記された杭が建っていたらしい。
芭蕉達が立ち寄ったころの"境の明神"は、両神社の前に茶屋が有ったと曾良は日記に記録している。
今や一人の人影も見えない峠跡の様子だが、江戸時代は参勤交代の通過道で、大名たちが安全祈願で必ず立ち寄る、大いに賑わった所らしい。
我々のバスは旧陸羽街道を一旦下野(関東)と陸奥(奥州)の国境を通過し、陸奥側の玉津島神社の先の停留所へ。
境の明神は国境を挟んで下野と陸奥二其々一棟、計2棟の神社で構成され、下野側の立場で見ると、下野側の神社は女神を祀る玉津島神社で、陸奥側の神社は3柱の男神を祀る住吉神社。
陸奥側の立場からすると、男女の神は逆転すると云うからややこしい。
旅行記各会社提供の資料によると、男神には外敵の侵入を阻止する事を願い国境の最前面へ、女神は国内の繁栄を願い、国境の内部に祀られたらしい。
我々は先ず男神の住吉神社次いで玉津島神社の順序で参拝。
立派な灯篭が建つ玉津島神社の境内に、刻まれた文字は殆ど判読し難いが、芭蕉の句碑が有った。
風流の初めや奥の田植歌
芭蕉達は旗宿の宿に向かう途上、旧陸羽街道を白坂の手前で右折(東側)し、義経ファンの芭蕉がいかにも好みそうな逸話のある、「庄司戻し」と云う桜を眺めに立ち寄った。
頼朝軍に加わらんとする義経の供に二人の息子を伴わせた佐藤庄司基治が、携えていた桜の杖を地面に突き刺し、二人の息子が「忠なれば生きよ、不忠なれば枯れよ」と祈願したと云われる場所。
そこに立つ”霊桜碑”を背にして、真っ白な可憐な花が満開の蕎麦畑が広がっていた。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス JRローカル
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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