2011/06/07 - 2011/06/10
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無知無謀さん
2011年05月29日(日曜日)から06月11日(土曜日)まで13泊(1機中泊含む)14日で、個人手配による夫婦のトルコの旅を楽しんできました。
個人旅行ですので、計画変更はもちろん、失敗や選択のミスによる後悔もありましたが、予想を超えた楽しい旅を送ってきました。なお、「海外旅行は天候次第」と言われる方も多いと思いますが、その面では好天にめぐれました。
本旅行記は総集編、16本に分けた各都市毎の観光編、及び、3本の番外編(ホテル、交通機関、その他)で構成しました。
その中で、本旅行記は16本に分けた各都市毎の観光編の一つでイスタンブール編その2です。
旅行記としてアップをし、少しでも、皆様のお役に立てる事もと考え作成しましたが、どちらかといと備忘録であり、自己満足の記録になってしまったかなとも反省しています。本旅行記は写真も重要ですが、フリー旅行のすばらしさとフリー旅行の困った点、および、こんなことを知りたい等も記しています。
尚、ツアー旅行以上に個人旅行では年齢による計画面・実行面で相違が生まれると思います。その意味では、60歳前後の夫婦の旅であることを考慮してお読みください。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
6月9日木曜日
本日は旧市街の観光です。
写真は宿泊した「ベストポイントホテル」の朝食。 -
まず、朝食。
地下の食堂で朝食をとった後、コーヒー、フルーツを持って屋上テラスに。 -
屋上からは、北側にブルーモスク、南側にマルマラ海が眺められます。
周囲のホテルも同じように屋上で食事などを。 -
こんな感じでブルーモスクを眺めます。
いいでしょう!! -
ちなみに、ここは1Fのテラス。
用途がよくわかりません。雨の日のリラックスの場所? あるいは、冬は屋上テラスは寒いので・・・・?。 -
同じ1F(日本流の1F)のレセプション
陽気なホテルの経営者。 -
9時ホテルを出発。
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まずは、最も混雑しそうで、かつ、見学時間のかかるトプカプ宮殿。
過去の旅行記では、トプカプ宮殿の混雑ぶり、特にハーレムの2時間待ちなどの記事もありましたが、まだ、ハイシーズンでないからでしょうか、ほとんど混雑と言う場面には、出合いませんでした。いたって平穏でした。
この入り口は1478年に建てられた皇帝の門。
この門をくぐると第1庭園。
更に進むとチケット売り場。ここでは、本館のチケットのみ(20リラ)購入できます。
(ちなみにハレムと合わせて35リラ、日本語音声ガイドは10リラ。全て合計して45リラ。2500円です。正直この国の物価を考えると、かなり高い)。 -
トプカプ宮殿の案内図が下記ウェブに載っていましたので、転記させていただきました。
http://takano001.exblog.jp/3256217/ -
威風堂々とした送迎の門。
トプカプ宮殿とは、15世紀の半ばから20世紀初頭にかけて、強大な権力をもっていたオスマン朝の支配者の居城として建設される。名前の由来は、トプ(大砲)カプ(門)サライ(宮殿)とのこと。
1453年にイスタンブールを陥落させたメフメット2世は、1460年代に現在の位置にトプカプ宮殿を建築。1856年に(昨日観光した)ドルマバフチェ宮殿ができるまでは、オスマン朝の中心地として栄える。 -
近づいて1枚。
送迎の門をくぐると第2庭園。 -
第2庭園から左を見ると正義の塔とハーレムです。
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第2庭園の右側に音声ガイドの貸し出し所
本館、ハレム合わせて10リラ。
デポジットとして、パスポート(ホテルのセキュリティ・ボックスに入れてしまいました)か運転免許書(旅行には持って来ませんでした)を求められたが、両方無いと答えるとクレジットカードを預ける羽目に。
ちなみに、エフェス遺跡では10リラをデポジットとして払う(回収時返却)。一方、アヤソフィアでは両方無いと音声ガイドは貸せませんと言われ諦める。
次に、右側の陶磁器コレクションで有名な厨房へ(写真)。 -
再び、中央に戻り、幸福の門
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幸福の門をこえると、即、謁見の間
ここは、大臣たちがスルタンに、議会の内容を報告する場として使われていました。
話の内容を聞かれないため、ここに雇われていたのは耳の聞こえない人だけだったそうです。 -
謁見の間の入り口から宝物館側を撮影
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謁見の門のタイル
入口のタイルの装飾は非常に華やかです。 -
タイルの隣に水道。何のため?
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謁見の間
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謁見の間
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謁見の間は現在は、絨毯の展示室にもなっています。
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謁見の間ををでると第3庭園。
第3庭園の南側の財宝や衣装などを集めた宝物館。
2001年に改装され、4つの部屋ごとに展示しています。 -
残念ながら、カメラ撮影禁止。
入り口に、展示品の内容を記しているのでは?
ガイドブックによると、第4の部屋に「スプーン屋のダイヤモンド」、「トプカプの短剣」など著名なものがあるそうですが、急いで見学したためか、あまり記憶にありません。やはりカメラで撮影していないとどうも復習が・・・・。 -
宝物館を終えるとボスポラス海峡を望めます。
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この下に見晴らしの良いレストランがあります。
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また、中央に戻ります。
ここは、図書館の裏側 -
庭園の奥にあるバーダット・キョシュキュ。
ムラト1世がバクダッドを征服した記念に建設。
内部のイズニックタイルが有名です。 -
有名なイズニックタイル。
1633年にムラト1世がバクダート征服を記念して作ったと.タイルがすごい! -
テラスにある金色屋根の建物はイフタリエと言われ、ラザマン月の断食を終えて、夕食をとる場所。
あまりに記念撮影をする方が多く、イフタリアを含まない形で撮影
イブラヒムが1640年に作った金色の天蓋付きのポーチ「イフタールのポーチ」 -
聖遺物の間や割礼の間がある建物沿いに南へ.
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再び、中央へ。再度正義の塔。
市街の監視など。
ここからハーレムに入ります。 -
ハーレムに入る前に、手前のスルタンの会議の間、肖像画の飾られている間などへ。
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いよいよハーレムへ
ハーレムとは? 宮廷の女性達の住んでいた所で、日本の大奥と同じようなものでしょう。
男性は、スルタン(王様)と王子、黒人宦官のみであったようです。
スルタンは4人の妻を持ち、その女官や、女奴隷などをハーレムに住まわせていました。
中では、大奥と同じように、跡継ぎ問題や、王様のお気に入り等への嫉妬や陰謀があったことでしょう。 -
ある旅行記によると、ハーレムは個人では入れない。グループでまとまって案内してくれる。グループ見学は30分ごとに出発するが、2時間ほど待つ場合もある とのことでした。
しかし、実際には。ここでハーレムのためのチケットを買い、全く待たずに、普通の博物館のように入場できました。
仕組みが変わったのか、ハイシーズンとの相違か 良くわかりませんでした。 -
女たちの居住区、ハレムの中庭である。外からは見えないように囲われた空間。
女たちの住む部屋は、スルタンの母が住む所、1番目から4番目の妻が住む所、その他大勢の女性の住む所に分かれています。 -
4人の女たちは自分の住まいと召使を持ち生活も保護されていた。
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最高権力者,スルタンの母が取り仕切る建物の部分へ
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スルタンの母の間
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皇帝の間
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「kafes カフェス・鳥かご」という部屋。「皇帝の広間」からさほど遠くない一角にひっそりと、鳥かごと呼ばれる「皇子の間」です。
15世紀以降のオスマン帝国では王位争いの対抗者となった兄弟は争いの決着がつくや、その他の王子は粛清されるのが常であった。
この恐ろしい習慣は17世紀以降、宮殿内に鳥かご(カフェス)といわれる部屋で兄弟たちを軟禁・監視する制度に変わった。 -
多分、送迎門出入り口
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送迎門から出たところ、第1庭園にトルコの婦人たちが団体で。
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旧市街第2番目の見学地は、アヤソフィア博物館。
綺麗な全景写真をとれませんでしたので、省略
入場料20リラ。
ほとんど並んでいませんが、チケット購入には時間がかかります。
まず、人数等を言うとパソコンにいろいろ入力し、チケットを印刷し、そのチケットのバーコードを読み取る仕組み。
トルコ中のチケットは、同じような絵柄で印刷等の仕組みも同じ。
博物館等が全て国有とも思えませんが、何か統一した仕組みがあるのでしょうか?
何しろ、チケット購入に時間がかかります。
ところで写真から見ると、洋服自由ですよね!!
なお、もっと手前の入り口で荷物検査やX線検査がありました。 -
入場後、日本語の音声ガイドを借用しようとしたが、NGでした。
パスポート(ホテルのセキュリティボックスに入れたまま)か身分証明書(運転免許証は旅行に持ってきてません)のどちらが必要で、トプカプ宮殿でのクレジットカード、エフェス遺跡での現金(10リラ)のデポジットは認められませんでした。 -
ここで、多くの日本人ツアー客と遭遇。
多くのトルコ旅行ツアーが催行されていますが(HIS,旅物語、トラピックス等)、意外と、今までお会いしませんでした。
昔は、よく、日本人ツアー客に混ざって添乗員の説明を聞かせてもらいましたが、最近は添乗員の説明は無線でツアー客のイヤフォンにつながる形。添乗員(ガイドさん)も、小さな声で説明しますので、無料でのツアー参加は最近はできなくなりました。 -
アヤソフィアは、ビザンツ建築の最高傑作とも評され、さまざまな宗教に利用されながらも、トルコの歴史を体現してきた建築物です。
聖ソフィアは、かつて繁栄したビザンティン帝国(東ローマ帝国)を象徴する建物です。ソフィアは「知恵」を意味します。ギリシャ語ではハギア・ソフィアと発音し、「聖なる知恵」を意味します。 -
アヤソフィアの歴史について下記より転記
(http://blog.livedoor.jp/buschiba/archives/52153506.html)
アヤソフィアは、1500年以上の歴史を誇るイスタンブールの世界遺産です。
キリスト教の大聖堂として西暦360年に建立され(325年コンスタンティヌス1世の時代に建築始まり、2世の時代に完成)、その後何度か崩壊したため現在残る建物は西暦562年に再建されたものです。
東ローマ帝国時代は東方正教会のコンスタンティノープル総主教庁であり、また東ローマ帝国諸皇帝の霊廟として用いられました。
1453年にオスマン帝国がコンスタンティノープル(イスタンブール)を占領すると、時のスルタンメフメト2世はアヤソフィア大聖堂をジャーミィ(モスク)へ転用すると宣言しました。アヤソフィアからは十字架が取り外され、キリストなどが描かれたモザイク画は漆喰で塗りつぶされました。そしてメッカの方向を示すくぼみであるミフラーブが加えられました。その後オスマン帝国で最も格式の高いモスクとして威容を示し続けたのでした。
現在はトルコ共和国の博物館となり、1935年以来一般に公開されています。 -
高さ56m、直径31mの大ドームは、完全な円ではありませんが、世界最大といわれています。
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当時この大きさのドームは例がありませんでした。この巨大なドームの部分に使用されたレンガはロードス島で特別な技法で焼かれたもので、通常の12分の1の軽さだったそうです。
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アヤソフィアは、「光の聖堂」ともいわれ、巨大な丸天井にある40個の窓といたる所にある無数の窓から、光が差し込んでいます。
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大聖堂の奥の半ドームにある聖母子のモザイク画。
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聖堂のギリシア様式の柱は、アテネやエフェソスの古代神殿に使われていた石材を運ばせたものだそうです。
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「マリアの手形」
柱のくぼみに親指を入れて、あとの4本指の指先で、柱から離すことなく、ぐるりと円を描けば願いがかなうと言われています。 -
2Fへ上がります。
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2Fからもう一枚。
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黒に金のカリグラフィー(カリグラフィーは日本の書道と同じく、文字を美しく見せるための手法の円板)の額が8枚あります。
これらは1859年に書家はカザスケル・ムスタファ・エフェンディによって書かれ、これらの額は直径7.5mもあり、1つの単語としてこれだけの大きさは世界1といわれています。 -
円板を拡大。
唯一神アッラー、預言者ムハンマド、初代カリフのアブー・バクル、そして、ウマル、ウスマーン(多分写真のカリグラフィ)、アリー、ハサン、フセインと続きます。 -
イスラム教のジャーミィに変わったことから、1700年代には堂内にあったキリスト像などは塗りつぶされましたが、1931年にアメリカ人の調査隊によって、壁の中のモザイク画が発見されました。
2Fのギャラリーには、破損が激しいものがほとんどですが、イエスを中心にしたモザイク画が展示されています。
写真は、洗礼者ヨハネと聖母マリアに囲まれたイエス。
このような絵で、下半分がないのは昔の人たちがお守りとして少しずつ持ち帰ったからと言われています。 -
そばに展示されていました。
もともとはこんな絵であったのではという復刻図? -
ヨアンネス2世と皇后イレーネが、マリアとイエスに捧げ物をする画。
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聖ソフィアの後陣の上部には聖母子のモザイク画があります。聖ソフィアを飾るモザイク画の中でも最も古いものの1つで、偶像破壊運動(イコノクラスム)が終わってすぐに制作されたものだそうです。
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これは、出口近くの絵です。
聖母子、ユスティニアヌス1世とコンスタンティヌス1世の壁画。10世紀後半の作と言われ、アヤソフィア建立を指示したローマ皇帝ユスティニアヌス1世がアヤソフィアを、アヤソフィア再建を指示した東ローマ皇帝コンスタンティヌス1世がコンスタンティノープルの街を捧げている図が描かれています。 -
ところで、海外旅行と映画のロケ地は切っても切れない縁。
私にとって、非常に古い映画ですが、イスタンブールと言えば、「007 ロシアより愛をこめて」。
そこで、アヤソフィア博物館に関する映画の画面を3枚
まずは、ボンドガールのダニエラ・ビアンキがボンドと待ち合わせのアヤソフィアに入る場面。遠くにブルーモスクが見えます。 -
ツアー客にまぎれてボンドもアヤソフィアへ。
ちなみに1967年公開の44年前の映画です。 -
ボンドガールのダニエラ・ビアンキがロシア大使館内地図をボンドに渡す場面(ただ、監視されていることを覚悟し、直接でなく柱に隠す)。
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アヤソフィア博物館の見学を終了しました。
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当初の予定では、午前中にブルーモスクも見学予定でしたが、トプカプ宮殿に予定外の時間がかかってしまい(混雑したからではなく、単純にじっくり見学したからです)、ブルーモスクは最終日とし、昼食へ。
日本語音声ガイドを借りて見学した場合は、音声ガイドの説明を聞きながら見学しますので、一般的に時間がかかります。 -
スルタンアフメット駅近くのイタリアレストランでピザ。
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それでは午後は地下宮殿から。
チケット売り場です。10リラ。
地下宮殿、Yerebatan Sarnici。
イェレ(Yere)とは、「地に」、バタン(batan)は「沈んだ」と言う意味のトルコ語。 -
階段を下りて宮殿へ。
この貯水池は、4世紀から6世紀にかけて、コンスタンティヌス帝からユスティニアヌス帝の時代に造られたそうです。 -
全体はたて40m、横70m、高さ8mで、内部はコリント様式の柱。
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何しろ非常に暗く、かつ、かなり大きな貯水池ですので、3脚なしでデジタルカメラで撮影するのではうまくいきません。
当初は28本、12列の合計336本の円柱があったようですが、現在90本ほど失っています。 -
宮殿の一番奥の有名なメドゥーサの顔。
2つあって、ひとつは横になっています。 -
もう一つは、逆さまです。
これらは、1984年(最近ですね!!)の大改修で底に残された2mに及ぶ泥が取り除かれ、初めて発見されました。 -
最後にもう一枚。
-
007映画から地下宮殿。
ボンド達が地下宮殿の貯水池をボートですすみ、ロシア大使館の真下に進む(設定ではこうなっている)。 -
15:30
地下宮殿の観光を終えたあとは、ガラタ橋(エミノニュ駅)方面へ歩き、イエニ・ジャーミィとリュステム・パシャ・ジャーミィを見学し、エジプシャンバザールに寄った後にTurkish Danceを見ることになっています。
それでは、次の旅行記へ。
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