1987/07/17 - 1987/07/21
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Halonさん
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旅も後半。キンタマーニ高原の絶景を堪能した後、クタへ戻る。
クランビタン村の家並みを見学。
ヌサドゥア・リゾートを見学後に歩いてクタへ帰る途中で、村祭に遭遇。来賓席でダンスを見る。
7/12 浜松→成田→Kuta
7/13 Kuta→Ubud
7/14 Ubud→Denpasar
7/15 Denpasar→Lovina Beach
7/16 Lovina Beach
7/17 Lovina Beach→Kintamani→Kuta
7/18 Kuta→Kuranvitan→Kuta
7/19 Kuta→Nusa Dua→村祭り→Kuta
7/20 Kuta→Jakarta→
7/21 →成田→浜松
1ルピア=約0.1円
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 2.0
-
7月17日
朝、スタルコが来るのを10時まで待ったのだが、現われないのでコテージのボーイに伝言してチェックアウトした。(帰国後、彼から「あの日は熱を出して寝込んでいた」との手紙が届いた)
シンガラジャの街まで出て、キンタマーニ高原行きに乗り換える(Rp250+1500)。来た時よりはやや東よりに遠回りのルートになる。 -
島の中央山地を突っ切って上っていく。
-
キンタマーニ高原に到着。ここまでくると日本人もいた。
バトゥール山(1717m)とバトゥール湖は絵に描いたような雄大な眺め。 -
一枚の写真には入りきれないので、カメラを平行移動して二枚に収める。
キンタマーニの高原レストランでミーゴレンを食べた後で休んでいると、クタまでバイクの後ろに乗らないかと誘われた。だがいくら安くても疲れるのはお断りだ。
ベモを乗り継いで4日ぶりにクタへ戻った。 -
初日に世話になったアレックス氏の住むロスメンを訪ねたが、部屋は満員だった。今はインドネシア人の長期休暇で各地から観光客が来ているとの事。
アレックス氏に連れられて他のロスメンへ。
「数日いるつもりなら値切ってみては」と氏に促されて、3日で9000ルピアのところを6000ルピア(600円)にまけてもらった。 -
7月18日
早朝、マンディールームの風呂桶に前の晩に使った分だけ水が流れ込む音が聞こえた。ずっと気になっていたのだが、あの風呂桶の水は果たして清潔なのだろうか?使い残しの水はずっと溜まりっぱなしのようだが。
朝、毎度ながらバナナとアイス・ネスカフェの朝食。
向かいの部屋の娘さんとお母さんはチモール島から来ていた。
クランビタン村までベモに乗る。
村では伝統的な門構えの家屋を見ることができた。 -
帰り道、ベモに乗り合わせた日本人としゃべる。彼は今日、飛行機に乗るのだが、まだ時間があると言うので僕のロスメンまで来てもらった。
僕自身もちょっと疲れが出ていたので、午後は休憩するつもりだったのだ。
彼、Y氏は沖縄出身の宝石技工士で、仕事をしばらく止めて旅に出てからもう4カ月になるという。「僕なんかまだまだ。2〜3年旅してる人に何人も会ったよ」世の中にはそんな人もいるんだなあ。何食って生きてるんだろ。
昼寝をして体力が回復してきたので、ナイトマーケットの辺りまで歩く。映画館ではオカルト映画が目立つ。
いつも朝食を持ってきてくれるロスメンのじいちゃんが、土間でテレビを見ていた。
ニュース番組で京都の祭りが映っている。蚊取線香を置くために皿をひとつ貸してもらった。 -
7月19日
Lennyでロブスター(Rp20,000=2千円)を食って、記念のキーホルダーを貰う。 -
午後から高級リゾートのヌサドゥアを見物に行く(ベモでRp1000)。
広告で見たことのある門だなあと思いながら、広い敷地を横切ってのこのことホテルの中へ。プールサイドに寝そべる人、ビーチバレーに興ずる白人のおっさん。そこには別天地が広がっていた。 -
椰子の木の向こう側に夕陽が沈む。おおホテルカリフォルニア!思わずカメラを構える。
暮れかかった帰り道、運よく止まっているベモを見つけたが、本日の営業は終わりだと言う。
もしクタまで行くのならと5000ルピアふっかけられたので、意地になりクタへ向かって歩きだす。 -
途中で村祭に出くわした。あとでダンスが催されるというので暫く時間つぶし。露店で焼いているサテを2、3本買う。
熱いお茶を頼んだら、奥さんが気を利かせて水でぬるめてくれた。が、生水はありがた迷惑だ。ちょっとだけ飲む。 -
そろそろダンスが始まるので、みんな集会場の屋根の下に集まり始めた。
僕はなぜか来賓席に座らされた。来賓にはバナナの葉で包んだナシ・チャンプル(まぜ御飯)とお茶が付くのだ。むはは。
ダンスの前に村長のお話、これが長い長い。言ってる意味が分からんので余計長く感じる。時々、周りから声がかかる。そうだそうだーと言ってるのか、早く引っ込めーと言ってるのか。 -
30分以上経ってやっとダンスが始まった。
ステージの上から幼稚園にあるような飾り付けがしてあり、なんか学芸会の雰囲気である。 -
みんな見やすい場所に移り始めたので、僕もかぶりつきから写真をパシャパシャ。
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客席を振り返ると、てかり顔のおやじがこっちも撮ってくれというので仕方なく1枚撮ってやった。
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-
席に戻って地元の女子大生と話した。
「あなたの肌は白くていいわね」
と自分の腕と見比べて言っている。 -
外人は自分だけかと思ったら、フランス人のおっさんが一人いた。
彼は10年前にバリを訪れてここが気に入り、以来ずっと住み着いているそうだ。
今はヌサドゥアのホテルで働いているのだとまわりの人が教えてくれた。 -
おっさん自身が喋っているのもどうやら英語らしかったが、何を言っているんだかさっぱり分からず相槌の打ちようがなかった。
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終わったのは午前1時近く。
村人の列に混じってとぼとぼ歩いていたら、通り掛かりのスズキのジムニーが拾ってくれた。
ロスメンの閉まった門を乗り越えて部屋に戻る。 -
7月20日
今日が最終日。
9日間という日程は短いと思っていたが、忙しく動き続けると以外に息が切れる長さだった。
かと言って腰を据えていると何もせずに終わってしまいそうだが。
アレックス氏に別れを告げに行く。彼は将来、クタの街に自分の絵をを売る店を持ちたいと言う。
「来年もまた来るかい?」「いや、たぶん5年後くらいじゃないかな」そう言っても再訪問した国はまだ無い。
彼は僕の小型の英和辞書を売ってくれと言ってきた。旅行の直前に買ってきた新品なので本当は売りたくないのだが、いろいろ世話になったし買い値の半額で譲ることにした。 -
通りの店でフィルムを現像してもらう間、他の店をぶらつく。
半袖シャツを4000ルピアまで値切って買う。店のおばさんはマジで怒っているように見えた。ぼられるのは嫌だが、値切るのも後味が悪い。
カラープリントは角が丸く切られていて、日本のよりひと周り大きかった(84枚でRp13000)。 -
夕方、ベモで空港へ(Rp300)。
飛行機はジャカルタに降りた。当地からの出発が遅れる。
トランジット・ルームで待つ我々の所にパンとジュースが差し入れられた。待つ間、ウォークマンでラジオの音楽を片っぱしから録音する。イスラミックなダンドゥットのサウンド。
3時間遅れでやっと出発。空きのある機内でシートを3つ占領して横になる。
バリの情景を思いながらユーミンの「スラバヤ通りの妹」を聞く。
7月21日 成田到着。
7月22日 予定より一日遅れで出社。連絡を入れなかったので上司に怒られた。
これ以降、海外旅行は長いトンネル期間に入ることになる。
とほほ。
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旅行記グループ 1987 海外3.バリ島(初航空機による海外旅行)
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