1993/12/24 - 1993/12/25
242位(同エリア621件中)
Halonさん
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カトマンズからポカラへバスで移動。
翌日、ダンプスまでガイドを雇って半日のミニトレッキングに出かけた。
ヒマラヤの峰峰が間近に見渡せた。
Rp1=約2.3円
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
今日はカトマンズからポカラまでバスで移動(200ルピー)。
バスは6時半に出発。 -
途中の風景
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-
途中の峠道では断崖の細い道を縫うように走る。
向かいから来るタタ製のトラックとすれ違うたび、冷や冷やする。 -
バス会社はスイス・トラベル
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途中で通過した小さな街
ランチタイムで30分停車。 -
トイレ&タバコ休憩
欧米人の旅行者も多い。 -
民家の前で何か作っている。
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鉄橋を越える。
バスの中で日本人M氏としゃべった。
彼は昨年1週間ネパールを訪れて気に入ったので、今年は会社を辞めてきたそうだ。
彼が定食屋で出された水を飲んだと言ったので、びっくりした。 -
ポカラのバス・ターミナルに3時ごろ到着。カトマンドゥから約8時間かかった。
M氏が言っていたホテルの客引きの姿はない。
「僕はダムサイドの方に行きますよ」
とM氏が言う。
僕は取りあえずレイクサイドに向かうつもりなので、彼とここで別れる。
ターミナルを取り囲んだ有刺鉄線が切れている出口に歩いてゆくと、その外に20人程の客引きが待ち構えていた。
「レイクサイドか?、ダムサイドか?」
皆、口々に聞いてくる。
「レイクサイド」と答えると、皆一斉に
「うちはレイクサイドだ」
と叫びながら、我先に僕を引っ張って行こうとする。それをひとりの警備員が制する。
しばらく歩くとまたその繰り返し。
今度は客引きのボスの様な男が大声をあげてそれを制する。
が3秒も経つと、また大騒ぎが始まる。
結局、ホテルの言い値が一番安かったそのボスに引っ張られて、彼の仲間がすぐ横に乗り付けた車に乗った。
外では他の客引きが日本語で
「ヤクザ、ヤクザ」
と車の中のボスを指して僕に忠告している。
一瞬ひやっとしたが、真昼間から何もされないだろうと思い無視した。
車にはボスと運転手の他に、もう一人男が乗っていて彼はボスとは違うホテルを紹介してくる。
まずボスのホテルの前で降ろされ、二階の部屋を見に行く。
屋上には首からじゅず玉を2、3本ぶらさげたヒッピーみたいな奴がいた。長髪を後ろで結び、あご髭をたくわえているので、一見むさくるしいが、なかなかハンサムである。
「ども。シャワー付きの部屋で5ドルだそうですけど・・・」
と聞くと
「5ドルなら大体そんなものだと思いますよ」
と丁寧に教えてくれた。 -
部屋はホットシャワー、水洗トイレ付きのツインで5ドルと特に問題ないので、これ以上値切る気のない僕はここに決めた。
改めて屋上でヒッピー氏と話していると、もう一人ヒッピーみたいなのがやってきた。こちらも口とあごに髭を生やしていて、喜太郎風の髪の毛をしてベレー帽をかぶっている。
「ポカラは居心地がよかったからまた来てしまった」
今回の旅行中ポカラに来たのはこれで3回目だそうだ。
風来坊みたいでいいなあ。
冬休みを利用してきたことを話すと、
「あっ、サラリーマンの方ですか。最近は結構長い休暇が取れるんですねえ」
と感心している。
部屋に戻ると、シャワー室に蚊が5、6匹飛んでいるのを見つけた。早速一階に下りて主人に文句を言うと、慌てて2階の部屋まで上がって必至に蚊を追い出し始めた。ここで他の宿に移られてはかなわないと思ったようだ。その場は蚊がいなくなったが、夜になったらまた来るのがうっとおしそうだ。ドアの上の格子には網戸がない。
「あとで蚊取線香をくれ」
と頼む。
今日はクリスマスイブだ。
どこか面白いイベントにでも潜り込めたらいいのだが。
宿の前のテラスでヒッピー氏と外人3人がしゃがんで日向ぼっこをしている。その前で大同芸人が弦楽器を演奏しているが、誰も相手にしていない。
外人の一人が話し掛けてきた。日本人だと教えると、
「私はイランから来ました。私は日本に行きたい。ビザを取るために協力してくれませんか?」
といきなりずうずうしいことを言ってきたので、距離をおいて相手した。
喜太郎氏がネパール人ガイドといっしょに、向かいの店で自転車を借りるまえに試乗している。これからロックコンサートに行くそうだ。ロックか、面白そうだな。僕も行きたくなったので、急遽お供することにして自転車を借りた。
ガイドの後について、2キロほど走って町外れの公会堂についた。
門の前にはコンサート目当ての客が100人ほど集まっている。ネパール版演歌のような曲が流れている。どうやら僕が想像したのとはちょっと毛色が違うようだ。
チケット売り場で出演アーチストを確かめると、コメディアンみたいなおっさんの歌手の写真をみせられた。げっ、みる気がしない。
「オレ、やっぱやめとくわ」
と喜太郎氏に言って引き返すことにする。
彼も見たくはなさそうな顔だったが、ガイドに連れてきてもらった手前、やめにくそうである。ここで見切りを着けて帰ってしまうのもちょっと薄情な気もするが、ここは日本じゃないし、お互い自由な旅行者だ。付合いで見ることもあるまい。 -
向かいの部屋のイラン人に誘われて、部屋に入った。
コンロでお湯を沸かして、紅茶を入れてくれた。レストランでだされる赤い袋のティーパックだ。ゴムを噛むように味気ない。
彼らの中で最年長の55才のハッサン氏が、パスポートを見せてくれた。入国スタンプは20カ国以上もあり、アジアの国はほとんど回っている。日本にも一度来ている。
「コリア、チャイナ、シリア、トルコ・・・」
その中に「ORDON」という聞いたことのない国もあった。
「ヨルダンのこと?」
「違うよ。シリアとイラクの間にある国だ」
三人の中で一番英語の通じるメーラン君がノートに地図を書いて説明したが、そんな国は思いだせなかった。
ハッサン氏はイラン中部の街、エスファハンにある有名な寺院の前で、金物細工のお土産屋を営んでいるという。今回は陸路でカイバル峠を越えてインドに入り、そこで他の二人と知り合い、いっしょにネパールまで来ていた。
ワールドカップの話になった。
「日本チームには、髭を生やした選手がいるだろう?背番号10の選手だ」
背番号10は誰だったか、すぐに頭に浮かばない。そうだ、ラモス選手だ。イラン人から見ても、彼が日本チームにいるのは目立つのだろう。
「彼は長く日本に住んで、日本国籍を手にいれたんだ」
と説明する。
「イランのフォワードのアリ・ダエーにはやられたな」
と言うと
「ああ、ダエーか」
とハッサン氏がうれしそう。
「日本に手紙をだすよ」
とメーラン君が言った。彼は今見るかぎり知的で人当たりもいい。しかしだから日本に来たときトラブルを起こさないかというとそれは別だ。現に日本に来ている外国人労働者には単純作業に従事していても、本国では地位の高かった人も多いらしい。でもその時僕は印鑑を押す意外のことなら、日本人として協力できることはしてあげてもいいなという気になっていた。 -
ポカラの夜明け
昨夜は5時から7時まで計画停電だったので、その間はロウソク生活になる。
停電の時間は分かっているので、その間バンブーレストランに出かけて焚き木を囲んでイタリア人とビールを飲んだ(1本70ルピー)。 -
ホテルの屋上
ヒマラヤの峰峰を望みながら、旅でたまった洗濯物を干す。 -
遠くに山が見える。
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だいぶ明るくなってきた。
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マチャプチャレの頂が見えた。
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ホテルに出入りしている男に、ダンプスまでのガイド兼運転手を頼んだ。
25ドルという値段はけして安くはなかったが、トレッキングは初めてなのでお願いした。
麓のフェディまで車で、そこから登り始める。
登り始めのところで大きなザックを背負った日本人女性を追い越す。
既にへばっているように見えた。
中腹で振り返ると、麓の谷が眼下に広がる。 -
段々畑の中を登っていく。
この辺はノーダラ・エリア。
だいぶ傾斜が緩やかになった。 -
斜面に建つ集落。
来年には道路が完成して、ゴレパニまで一日で行ける様になるそうだ。 -
彼がガイド。
ジョンレノンとピンクフロイドが好きだと言っている。 -
登りながら、ネパール定番の曲、レッサン・ピリリを歌ってくれた。
代わりに何か歌ってくれというので、ノーウォーマン・ノークライと歌い始めたが、サビの部分を繰り返すことしかできないので、何かインターナショナルな日本の曲をと思い、「上を向いて歩こう」を歌った。 -
木の根元に蜂の巣があると説明を受けているところ。
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尾根に近くなり、また傾斜が急になる。
地元民が前を歩いている。 -
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尾根上の集落、ダンプスに到着。標高1800m。
ガイドブックにはフェディから1.5時間とあったが、40分ほどで登りついた。 -
ここからだと、マチャプチャレもより間近に見える。
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マチャプチャレ(6993m)
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マチャプチャレの頂は、魚のしっぽのような形に見えるので、フィッシュテールとも呼ばれていた。
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その左手にはアンナプルナサウスも見える。
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こんな景色を毎日見て過ごせるなんて。
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民家の軒先でサーランギを弾いている。
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地元の人が急な斜面を降りていく。
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サランコット方面を望む。
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帰り道、斜面の民家の前。
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おばあさんがほっぺたを押さえて痛そうにしている。
虫歯の薬を持ってないかと聞かれたが、あいにく手持ちはないと伝える。 -
途中にあった万屋。
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集落の中で休憩していたら、シンガポールヤマハで営業をやっているという男性に出会った。
麓まで降りてお昼ご飯にダルバートを食べる。
米には小石が混じっていて、じゃりっと噛んでしまう。 -
ポカラの街戻る。
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フェワ湖を望む。
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フィッシュテイルロッジでダンスショーを見る(100ルピー)。
素朴でそれほどインドっぽくない。日本の民謡のようにも聞こえる。
フィッシュ・テイル・ロッジの帰り道。
湖の島に建つホテルからいかだはちょっと前に出発したところで、岸から10メートルのところを進んでいた。前を歩いていた白人達が、それに乗り込んでいる。
岸に取り残されて、しかたなくオーバーアクションで、その白人達に向かって掌を上に向ける。
後ろから一組のカップルがきた。向き合ってお互いの首に手を回している。変なところに居合わせて、居場所に困る。
彼らは多分香港かシンガポールから来たのだろう。いかだが戻ってくる間、しばらく沈黙。こちらから声をかけてみる。
「香港からですか?」
「そうです。あなたは・・・日本から?」
どこで日本人だとわかってしまうのだろう。はい、と答えてしまっては面白くないので、
「ツォン ベイジン(北京から)」
と答えた。すると二人とも今までのよそ行きの笑顔から打って変わって、びっくりした表情でこちらに一歩近づくと、北京語だか広東語だかわからない言葉で質問し始めた。
「うそうそ、日本からです」
慌てて訂正すると、なあんだという顔。これで一気にそのカップルと打ち解けた。
やがて対岸から戻ってきたいかだに乗り込む。
彼らは香港から新婚旅行で来ているそうだ。香港人もハネムーンの行き先は、大抵ハワイなどが多いそうで、ネパールを選んだ彼らに対するまわりの反応は「なぜそんなところへ?」だったそうである。
僕らの会話の中にハネムーンという言葉を聞いて、同じいかだに乗り合わせたネパール人達が歓声をあげた。
いかだを降りてからも、しばらく歩きながらそのカップルと話した。
彼らは毎日9時から5時までの、平均的な暮らしをしているそうだ。僕が仕事で毎日夜8時頃まで働いていることを聞いて、彼らは驚いた。また週休二日であることは意外だったようだ。
通りまで出て二人と別れた。彼らはすぐ近くのレークサイドの宿に泊まっていて、僕とは反対方向に歩いていった。
暗い夜道をダムサイド方面に向かって歩く。
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