2009/05/29 - 2009/06/08
2817位(同エリア8847件中)
さんしぇさん
6月7日(日)
お付き合い頂いた、初夏のフランス旅も残すところ後、2日。
帰国を明日に控え、午後は昨日行った、ムラン市の更に先、
モレ村へ遠出します。
それまで本日、無料開館日の第一日曜日、ルーブルを
どこまで見て周れますやら。
本日のメニュー
・ルーブル無料観覧
・モレ・シュル・ロアン
・アパルトマンあれこれ
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
9h開館に合わせ、ぐるり行列を成した
ガラスのピラミッド周り。 -
尻目に向かうは、空いている入り口として
知る人ぞ知るポルト・デ・リヨン(ライオンの扉)。
着いてみればこんな感じ、話たがわず5,6人位で
しょうか、ほとんど並んでいません。
開場早々、皆さん足早にある1点へと、急ぎ足で
目指します。
それは、この方。 -
何やら、遠くにおわします。
20年も前は、やたら無防備で他の作品と同様、
触れる(触りませんが)近さから見上げたもん
でしたが、今や二重に手摺が設けられ、でも
一頃禁止だった写真撮影はいつの間にか解禁に
なったんですね。
いの一番に向かったモナリザ居わす、ドゥノン翼
仏式2階の辺りには、ルーブルの推す傑作が集中
していて、今日は中でも“傑作コース”の幾つかを
覚書したいと思います。 -
ひと気のまだない大きな部屋、モナリザ嬢の
お向かいには、ヴェロネーゼの大作、
「カナの婚礼」
修道院の食堂に掲げるように寸法を合わせた
お陰か大きさの横綱級、ルーヴル最大の
6,7×9,9を誇ります。
昨今、およそどんな絵画でも待ってさえいれば
来日してくれる日本ですが、さすがにこれは
おいそれとは展示できる場所が見つからず。 -
「オダリスク」
“背骨が3本多い”と言われるほどなるほど
背中が長いうえ、右胸と左脚が体幹に妙に
くっついたり。
古典主義の当時、理解されなかったそうですが、
身体を自分のやり方でデフォルメしてまで
再構成するやり方を取り入れたのが後世のピカソ
だったとか。
アングルの傑作。 -
次室、背中合わせに、アングルの師、
ダヴィッド描く同じ構図の、
「レカミエ夫人」
当代随一の才色兼備で知られた夫人に、
理想の女性美、気品美を重ね、
・肖像画に珍しい横長の構図
・古代風な衣装の人物
・簡素な背景
等の点で当時の前衛作品との事。 -
しかし、仕上がりの遅さに業を煮やした夫人が、
弟子に依頼し後に、アングルが仕上げたと言う、
こちら。
カルナヴァレ美術館蔵の「レカミエ夫人」
当時のモード、ロココ趣味と申せましょうか。
なるほど、硬質さが気品を漂わせる、ここは、
先生のダヴィッドの勝ち。
ダヴィッドはその事で気分を害し夫人の手に渡る
事はついぞ無く、未完のまま自分のアトリエへ
お蔵入りと言う曰く付き。
因みに、このマダム・レカミエ、晩年は、作家で
外交官のシャトーブリアンと静かな余生を過ごした
とか。 -
もう一つ、ダヴィッドの大作、
(6×9mルーヴルで2番目の大きさ)は
「ナポレオンの聖別式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠」
ここルーヴルと、も一つヴェルサイユ宮に
“写し”があります。(ヴェ宮の方は今回は
修復中で残念。)
この頃にはナポレオンの主席宮廷画家の不動の
地位を占めたダヴィッド、依頼に応じ、3年
掛かりで製作。
スマートで大柄なナポレオンに、若返った
ジョセフィーヌ、デッサンでは、弛んだ首元
など冷徹に描いたものを何食わぬ、美しい
仕上がりです。
不承不承祝福を贈るかの教皇や茶番とばかり
皮肉な視線を投げるタレイランなど、溢れん
ばかりの群像にはまだまだ汲み尽くせぬ物語り
がある様で。 -
「メデューズ号の筏」ジェリコー作。
船長の無能から引き起こされた遭難と言う
実話を写し取った作品。
140人からの遭難者の内、生き残ったは
僅か15人。
その間に起こったと言う、虐殺と狂気と
人喰いのドラマが画面の中に封じ込め
られています。
助けを目前に亡くなった死人、亡くなった息子
だかを前に、途方に暮れる老人、遠くに見える
救助船のに向かい千切れんばかりに手を振る男。
生と死、希望と落胆が呉越同舟するよう。
写真技術の実用前、1800年初めの報道の眼
だったのが絵画だったそうですが、事実に衝撃を
受け依頼ではなく、自発的に生存者から取材、
病院では死体の写生、筏までも大工に作らせるほどの
徹底した取材姿勢で臨んだジェリコー。
発表された作品は、あまりのリアルさに世に騒がれ、
封印するためにルーヴルにお蔵入りしたとか。 -
「7月28日―民衆を導く自由の女神(1830年7月28日)」
原題は“民衆を導く自由”
仏7月革命を描いたのはドラクロワです。 -
旗を振るのはフランスのシンボル、マリアンヌ、
フランス共和国の擬人像です。
はだけた胸は祖国を、被った帽子は革命を、
女性は自由そのものをそれぞれ隠喩している
そうです。 -
こちら、フリギア帽なるもの。
以上、傑作コースラインアップでした。 -
「キオス島の虐殺」
-
「アルジェの女たち」
ドラクロワには一連の異国趣味な作品も。 -
アルチンボルド。
「秋・春」(連作<四季>のうち)
もともと、ステンドグラスやフレスコ画など
宗教作品から出発したルネサンス期イタリアの
アルチンボルド。
彼の宗教画は忘れられても、これら一連の奇妙な
肖像画が今も人々を魅了し続けて止まない一つの
証が、これ。 -
同じ春の絵、よくよく見ると上はジグソーパズル。
ジグソーを展示しようとはルーヴルもなかなか
柔らかい。
このコランーティエボー(G.Cllin-Thiebaut)製作の
ジグソー、他に、昨日のドラクロワ「民衆を導く女神」
やアングル、ヴェロネーゼ、ドゥ・ラ・トゥールの作品も
手掛けているとの事、時差でここルーヴルで見ることが
できるようです。
パズル的発想は、ルネサンス期の風変わりなものに惹か
れる精神に通じ、泉下のアルチンボルドも、してやったりと
さぞや、お喜びの事でしょう。 -
ダヴィンチ・コードの舞台となったルーヴル、
物語は全て、このドゥノン翼で進行しました。
そこを逃さず、さすがはルーヴル、“ダヴィンチ
コードコース”をサイトで提案しています。
おのずと逆さにコースを辿る私、やがてドゥノンの
長い通路、グランド・ギャラリー半ば辺り、当の
ダヴィンチの作品をまとめて展示したゾーンに
やって来ました。
「岩窟の聖母」
ここと、ロンドンナショナルギャラリーに計2点。
注文に応じて複数あるのはごく普通だそうで、しかも
この場合、契約不履行とかの甚だ俗な理由とか。 -
さて、多くの宗教画と同じく絵には
幾つかの符号が置かれています。
・中央に聖母マリア
・ヨハネから洗礼を受けるイエス
・見守る、大天使ガブリエル
(ガブリエルの出現は、受胎告知と
イエスの復活のシンボル。)
・構図を斜めに横切る十字架
一つの絵の中に、
“受胎告知”
”イエスの洗礼”
”十字架”
”キリストの復活”
といった出来事が描きこまれ,言わば、宗教的
スペクタクルが時系列が前後して展開されている、
と解釈するのだそうです。
いやはや、なかなか深い。
イエスが既にそこに居るのに受胎告知だったり
亡くなってもないのに、復活?
など、異を挟んではなりませぬ。 -
因みにこちらは同じ構図の、ラファエロ作、
「美しい女庭師」
原題、聖母子と小さなヨハネ。
洗礼者ヨハネには本来、こういう葦の十字架を
持たせるのが慣わしとか。
牧歌的な雰囲気とは裏腹にイエスの受難の予兆が、
聖書を取ろうとしているイエスや十字架を手にして
いるヨハネから読み取れるとか。 -
ダ・ヴィンチに戻りますと。
「洗礼者ヨハネ」原題 聖ジャン・バプティスト
手の示す寓意やら何とも不可思議な男性とも
女性とも判断の付かない笑顔など、おいおい
知りたいと思います。 -
「聖母子と聖アンナ」親子三代の図。
ルイ12世の依頼。
長期にわたる製作過程で、一度は洗礼者ヨハネを
描いたのを同じ象徴の子羊に替えて、イエスの受難を
陰に描いているとか。
宗教画は、お約束を知ると謎解きのようで、面白い
とも思いますが何しろ幾重にも入り組んでいて、
門外漢にはなかなかに手強い。 -
最後に生身の女性を。
「女性の肖像」原題 美しきフェロニエール
宮廷画でしょうか、硬質な佇まいが美しい。
これで、ルーヴル所蔵の全5点踏破。
他に多分、複数の弟子や職人の手で注文に応じた
ものでしょう、
“ダ・ヴィンチ工房”製作のものがありました。 -
ルーヴルの誇る、傑作コース、更に
ダヴィンチ・コードコースの立役者。
“ミロのビーナス”“モナリザ”に並ぶ
三大貴婦人の一人。
など、乗せる冠に事欠かない、
通称「サモトラケのニケ」
サモトラキ島の勝利の女神(ニケ)。
大階段の踊り場、ドゥノン翼の入り口で水先案内を
するように、舟の舳先に据えられています。
サモトラキ島の神殿への戦勝記念の献上品だったとか。 -
掌部分。
ダイナミックなニケ神を後に、続いて
親密、細密な工芸品のブースへ。 -
“水玉模様のボール”4世紀シリア
-
“飾り絵のボール”1世紀フランス(ニーム)
-
“花飾りのボール”1世紀イタリア
-
緻密な彫金技術のネックレス。
-
今も古びず。
レプリカをショップでいかが? -
やって来ました、
大好きな北方ヨーロッパ絵画のブースです。
「ロラン宰相の聖母」ヤン・ファン・アイク
(エイク)作。
当時最新の油絵技法を駆使し完成させたと言われる
ヤン・ファン・アイク。
フランドル絵画特有な細密表現は油絵技術の進歩に
追うところが多いと。
人物、建築物に風景を描いて光彩を放っています。
更に遠近法を取り入れて、見る者の眼が遠くに馳せる
よう誘導して奥行きの深さを感じさせるとか。 -
聖母子の向こうには、教会の尖塔群。
-
宰相ロランの背後にはひしめく民家。
画面の左右に俗なる人と聖なる人。 -
間を取りもつ中央バルコニーに立つのは
左側が描いたヤン自身と、右に兄フーベルトとか。
絵の中に画家自身が潜むのは、
ファン・アイクや後世のレンブラントにも。 -
「両替商とその妻」
クエンティン・マサイス描く風俗画。
商売に余念ない夫、時の祈りを唱えつつも、
眼では夫の手元の金貨類を追っている妻。 -
画面のあちこちに、宗教上の約束が散りばめられ、
俗ながら日々を堅実に生きる市井の夫婦に、善なる
道を示しているかのようです。
鏡などの細密表現が、ファン・アイクからの流れを
汲んでいます。
マサイスは、ロンドン・ギャラリーで
「醜い公爵夫人」で衝撃の出会い(笑)をしましたが、
当時の風俗の中にキリスト教の様々を描き上げたこの絵は
紛れも無い、フランドル派絵画だと思いました。 -
続いて、ドイツな人々を。
16世紀ドイツ三羽ガラスが、
デューラー、ホルバインそしてクラナッハ。
まずは、
「風景の中のヴィーナス」クラナッハ作。 -
「少女の肖像」
-
「黄金の時代又の題を嫉妬の結末」
この頃の北方ヨーロッパの裸体は乳房が小さく、
すっきり締まったスタイルなのだそうですが、
時代下ったルノアールなど放埓なまでのふくよかさ
とは大きく違いますね。
そもそも、裸体を描くのに、生身はタブーなので、
勢い、ヴィーナスなど神に形を借りての描写とか。
そう言った、抑制、規制の中で生み出された為か
どうか、立ち上ってくる何とも蒼いようなストイック
さに強いエロティシズムを感じます。 -
「自画像、もしくはあざみを持った自画像」
デューラー、22歳の頃。
手に持ったあざみの花は、“夫の忠誠”の証として
婚約者への贈り物。
あるいは“キリストの受難”の暗示とも。 -
「アンナ・フォン・クレーフェの肖像」ホルバイン。
仕えていたヘンリー8世の4番目の結婚相手として
結婚写真の役目を果たした絵。
実は、この絵と実物とが大きく違ったとか。
結婚生活、僅か半年で破綻したのはそのせいか
どうか、果たして。 -
フランスの貴顕を最後に、ルーブル巡りも
ようやくお開きです。
「ガブリエル・デストレとその姉妹」作者不詳。
妹は姉の乳首をつまみ、姉は指輪を左手で
つまんでいる。
仕草の意味するところは謎ですが、
一説には、王の子を身ごもる暗示とか。
姉ガブリエルは愛人として時の王、
アンリ4世の子を妊娠したものの
産褥の際、亡くなってしまう。
王妃マルゴの陰謀説なども囁かれ
ドラマに事欠かない宮廷模様です。 -
「狩の女神ディアーヌ」作者不詳。
ディアーヌ・ド・ポワチエ、
アンリ2世の19歳年上(!)の愛人。
王妃カトリーヌ・ド・メディシスとの
シュノンソー城での攻防が有名ですが
色香衰える事を知らぬ彼女を称えて
フォンテーヌブロー城に集う芸術家達が
ディアーヌをテーマに多くの作品を
生み出しています。
作者不詳のこの二作は、古典的な書法の上に
想像力旺盛などこか奇抜な描き方、装飾性優雅
さを備えた貴族趣味と言ったイタリア、マニエ
リスムの色濃い一派、フォンテーヌブロー派
画家の描いた作品。
絵画に留まらず、城の装飾にも生かされ様式として
大きな流れ、フォンテーヌブロー様式を作りました。 -
「フランソワ一世の肖像」ジャン・クルーエ作。
先ほどのアンリ2世の父君。
このフランソワ王の庇護の許、フォンテーヌ
ブロー派はもとより多くの芸術運動が展開した
のだそうです。 -
最後にフランスとフランドル絵画の結合、
ファン・アイクの影響色濃い、
ジャン・フーケの「シャルル7世」
クルーエの描くフランソワ一世像に影響を及ぼしたほど、
当時、名声を博していたと。
シャルル7世その人は、ジャンヌ・ダルクが戴冠させた
フランスの王。
そのジャンヌを見殺しにした暗愚さ故にジャンヌを
起用したせっかくの功績が相殺してしまう。
王の実子ではないと囁かれ続けた生い立ち故か、
どこか猜疑心が強そうで、狡猾そうで。
それでいて気が弱そうで、見るたび素通りできない、
私の中では気になる王様の筆頭なのです。 -
いにしえ雅なルーヴルから、一気に俗世へ。
ムフタール辺りに戻って来ました。 -
白いメスナジェと黒いネモ。
-
さて、アパルトマンに帰って来ました。
黄色いこれ、何だと思われますか?
文字通り、“イエローページ”
入り口一角に山積み、お好きに持って行って、と。
2日目になって残り僅かです。 -
和式7階建ての、3階が我が家。
上階へは同様に螺旋していますが、どうやら
“屋上”なるものは存在しなさそう。
実は、未だ行った事が無いので今度こそ。 -
こちらは、ほの暗い狭い壁の迫る奥の院(?)。
螺旋階段に沿った廊下の延長上にあって、
ここも、ついぞ足を運ぶ機会の無いエリア。
ほんとに面白い造りです。
さて、今更に己の住居空間を接写する内、午後の約束の
時間迫り、最終日の今日、今度は約束のモレ村に行く
電車へとパリ・リヨン駅へ向かいました。 -
パリの東南60kmのモレ村。
村の正式な名はモレ・シュル・ロワン、
“ロワン川辺のモレ”の意味。
どこにも“村”の字は無いけれど、親しみを込めて
モレ村と呼ばせて頂きます。
(それと、ロアンとロワン両方の表記がありますが、
スペルからするとロワンの様に思われます。) -
時刻通りに出発、モレ村駅にはヴェロニクが迎えに
来てくれていました。
ヴェロニクとは、一昨年のTGVで偶然隣り合ったのが
ご縁で、2日後にお宅にお邪魔したのが始まりです。
私の予定では、お宅に伺うとお手数なので、直接
ロワン河岸でのんびりと、持参の日本のお菓子で
おやつするつもりだったのですが、「子供達も
待ってるのよ。」とまずは、お宅に迎えて
頂きました。
「今日は、“母の日”で“ヨーロッパ議会選挙投票日”で
“(モレの)漁師の祭り”なのよ。」
なるほどテーブルには子供達から贈られた、蘭の鉢が。
そうしている内に、去年と同じく、夫君のムッシュ
チアリの手で甲斐甲斐しくお茶の支度が進みます。
ヴェロニクお手製のさくらんぼクランブル、見事に
おいしいおやつでしたし、家族皆さんが揃って歓迎
して下さるとは思っても無かったので本当に嬉しい
再会でした。 -
さて、議会選挙、そもそもヨーロッパ議会
なるものも知らない私、話に付いていけなくて、
話になりもしないのですが、エスピリ家こぞっての
投票にくっついていく事になりました。
帰ってさっそく調べたところに拠ると。
ヨーロッパ連合加盟国27カ国での、ヨーロッパ議会の
議員選挙、5年に一回の選挙です。
785の議席に対して、各国で、人口数に比例した議員の
数だけ、その国の候補者の中から国民の直接選挙で選ばれ
ます。
ちなみに、大国であるドイツからは99人、フランスからは
72人、オランダからは25人の議員が選出されるそうです。
さて、投票会場では、私もぬけぬけと入れて頂く。
ここら辺は、日本では考えられないラフさ加減。
まず、候補者の名前やら公約やらのプリントを候補者の
数の分を全て拾い、 -
推したい候補者のプリントを封筒に入れ、
-
残りは捨て(!)、
-
ジュラルミンの物々しいどこかと違って、
逆にすっかり丸見えの箱に投票し、 -
いずれ集計。
おのおの書き込めば少ない紙で済むのに、
まことに不可思議。 -
因みに、うちのアパルトマンの近くの選挙公示板。
-
さて、EU加盟国民の義務を果たした後は、
エピスリ家にしたら今更なのでしょうに私の
リクエストに応じてロワン河畔を一緒に散歩。 -
ロワン河がかつて氾濫した記録。
そう言えば、この村に長滞在した画家シスレー描く
“マルヌの氾濫”が1876年でした。
あれはセーヌ川でしたが、このロワンはいずれ
セーヌに合流する至近の川でもあり、画像の
1876年MARS(3月)はまさに、シスレーの
画材となったのでしょう。 -
-
さて、滞在すること2時間強、パリに戻る
時間が来ました。
家族揃ってもてなし下さったエピスリ家とも
お別れ。
女性陣とはごく自然にビズしたものの、
今はパリ大学の学生となり、いっぱしに
おひげも蓄えたファビアン達男性とは?
握手しようとする私に、おひげのほっぺを
とんとん、
「ほらこっち。」とファビアン。
慌てて、ぎこちなくも親しさが嬉しいビズ。
電車際まで来られるのが仏鉄道のいいところ、
無粋に“入場券”などとは言われません。
やって来た電車に乗り込む際も、再度、
ヴェロニクと彼女の優しさが流れ込むような、
胸一杯のビズで今度こそお別れです。
来年を約束して、しばしさようなら。 -
あちこちバラ尽くしのフランスに、期せずして
行った落書き展、予約が便利になったヴェル
サイユや服飾展、食はラデュレのマカロン全種制覇。
いつものパリの合間に、“初めて”を散りばめて、
今回も新鮮で満足な10日余りでした。
一人旅であって、決して一人じゃないと思えるのも
仏旅行ならでは。
バスでの隣合わせたマダムとの他愛無い片言ばなしや、
扉や席を譲ってくれるムッシュの優しいまなざしや。
もちろん、ヴェロニク始めエスピリ家の暖かいもてなしも。
あちらにこちら、ありがとうを重ねながらフランスへの旅
またいつか。
ご一緒くださった方々、ありがとうございました。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- wiz さん 2011/09/04 22:15:16
- 11厳冬〜09初夏
- さんしぇさん、こんばんは〜。
今度は09初夏のモレを拝見しています。
モレのお知り合いはTGVで偶然隣り合わせた方だったんですね!
それにしても 議会選挙 の様子?!という
貴重なお写真見せて頂きありがとうございます。
Louvreの解説も詳しくされて素晴らしいです。
ところで、この角度のロワン河畔の風景を見ると
オルセーにあるピサロの絵を思い出します・・。
ル ヴェジネ Le Vesinet のドニの天井画も興味深かったです!
wiz
- さんしぇさん からの返信 2011/09/05 13:14:18
- 興味尽きせぬイル・ド・フランス
- wizさま、コメントをありがとうございました。
NAVIGOパスのzone6までを購入して、イル・ド・フランスを
右往左往するのがこの頃の旅での倣いですが、お陰様で
ルヴシエンヌ、そしてサンジェルマン・アン・レイは、
ドビュッシー止まりだったところ、更にモーリス・ドニを
巡って楽しみができました。
ドニは奇しくも、この週末から東京展開催ですね、件のドニ美術館か
らを含め100点からの展観だそうで、心くすぐられます。(でも、
東京は少々遠い、せめて京都とか・・。あ、ワシントン・ギャラリー展を
京都で見るんですよ。^^ゴッホよ、待ってて〜。)
モレ村は不思議なご縁を頂きました。
もともとシスレーつながりで、どことはなしに親しみを覚えていた
土地でしたが、勝手にフランスでの今や第二のふるさとです。
ピサロの描いた辺り、確かに画像と重なりますね〜、なるほど。
ルーヴルについては、絵画の守備範囲広いwizさまには、さぞや
お目汚しでしょうが素人の覚書と思し召して、笑ってお許しを。
次回は、いつでしょう、気持は来秋なのですけど、仕事上だめだろな。
- wiz さん からの返信 2011/09/05 20:09:32
- RE: 興味尽きせぬイル・ド・フランス
- 興味尽きせぬイル・ド・フランス、
まったくそのとおりですよね。
調べれば調べるほど何かが出てくる!
私も2008年にナヴィゴ(デクーヴェルト)ZONE1-6で
?モレや、?ルヴシエンヌ、ポール・マルリー、
?サン・ジェルマン・アン・レー等気軽に乗っていました〜。
ロワシーバスにも乗れるしいちいち切符を買わなくて良いし便利ですよね。
私の旅行記にも書いていたんですがもし?〜?の移動をするなら
RATP258バスがちょうど良かったです。(もう調査済かもしれませんが・・)
いまのところドニは私の琴線にピリッと入ってくる感じではないのですが、
ル・ヴェジネのは教会の天井画ということでちょっと興味が湧きました^^
wiz
- さんしぇさん からの返信 2011/09/05 22:20:36
- RE: RE: 興味尽きせぬイル・ド・フランス
- wizさま。
> 調べれば調べるほど何かが出てくる!
笑、全くですね。^^
なかなか自分では調べが足らず、wizさまなど旅巧者からお知恵を
お借りしては、これからも楽しみを追っかけて行こうと手薬煉
引いています。
> 私も2008年にナヴィゴ(デクーヴェルト)ZONE1-6で
> ?モレや、?ルヴシエンヌ、ポール・マルリー、
> ?サン・ジェルマン・アン・レー等気軽に乗っていました〜。
> ロワシーバスにも乗れるしいちいち切符を買わなくて良いし便利ですよね。
ナヴィゴはと〜ってもお役立ち、仏の公共交通機関さまさまですよね。
この便利さに乗じて、普段は出不精の私がかの地では一転、身軽に
なれます。
> 私の旅行記にも書いていたんですがもし?〜?の移動をするなら
> RATP258バスがちょうど良かったです。
土地鑑無き身には思いも寄りませんね〜。
この手、晴れた日の(^^wizさま、大変でしたね。)ルヴシエンヌ行の
際に使ってみようと思ってるんですよ。^^
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