2010/11/06 - 2010/11/13
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mas98765さん
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前編に続き、アルハンブラ宮殿を見学します。ナスル朝宮殿の見所であるコマレス宮やライオン宮を回ります。
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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コマレス宮のファサードで、左側の入口を入ります。
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入ったところの天井はこのようになっています。入ったらすぐ左に回り込むように進んで、
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右に曲がります。とてもひどいピンボケ写真なので、目の健康を害さないように注意しましょう。通路の様子を写真に撮りたかったのですが、ツアーグループの先頭の方に立っていたため止まる訳にもいかず、このような結果になりました。
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出たところで見える光景は、こんな感じです。ここはアラヤネスの中庭というところです。現在、東側を向いていて、左側(北側)にコマレス宮の建物がありますので、そちら側に進みます。
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コマレス宮の建物の前に立つと、アラヤネスの中庭がこのように綺麗に見えます。縦34.70m、横7.15mの水鏡があります。池の周囲に天人花(アラヤネス)が植えられていることからこの名前があるそうです(写真では見えませんが今もあるのでしょうか)。水槽の深さは2mあるそうです。左右の建物は王様の4人の正妻の住居で、1階が夏、2階が冬の生活の場でした。正面に見える南側のアーチの向こうには、王子たちや家庭教師の住居がありましたが、カルロス5世宮殿の建設のために壊されてしまいました。
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手前に噴水があります。池が向こうの建物を映し出しています。
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今立っている北側にはコマレス宮のメインの部屋「大使の間」がありますが、その前にこのような小さな部屋があります。「祝福の間(バルカの間)」といいます。新しいスルタンが玉座につく前にアラーの祝福を祈ったことに由来するそうです。夏のスルタンの住居でした。天井が引っくり返した船に見えるのでバルカ(船)という説もありますが、発音の類似からきた間違いのようです。オリジナルの天井は19世紀の火事でなくなったそうです(天井の写真は撮り忘れました)。
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コマレス宮に向かう途中、ミフラブがありました。お祈りをするメッカの方向を示すものですから、右側にあったはずです。
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大使の間に入りました。この部屋は「コマレスの間」「玉座の広間」とも呼ばれます。ユースフ1世が、城壁をくりぬいて建造しました。カルロス5世宮殿を除けば、アルハンブラで最大の部屋です。重要な国事の決定や、外国使節の謁見に使用されたそうです。写真に写っている正面(北側)と、東西の三方にそれぞれ3つずつこのようなアーチ窓があります。
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天井はこのようになっています。
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天井近くにもアーチ状の窓が並んでいます。かつてはここにステンドグラスがありました。コマレスは、アラビア語のカマリヤス(ガラス窓)に由来するらしいです。
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床の中央部はこんな感じで、オリジナルだそうです。柵がしてあって、立ち入り禁止になっています。
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正面のアーチの中央に王様が座ったそうです。
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その脇の柱には、タイルでこのような模様がデザインされています。
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柱の上の方も連続した模様で装飾がされています。これをアラベスクといいます。柱だけでなく、この部屋の内部すべて(実はこの宮殿の他の部分もすべて)の壁にアラベスクが施されています。イスラム教では偶像崇拝がタブーでしたので、このような連続模様やコーランや詩などの一節をモチーフにした装飾で壁を埋め尽くしました。
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ここには、アラビア語で「ラ・ガーリブ・イリ・アッラー(勝利者は神のみ)」の文字があります。この言葉はこの宮殿のあちこちにあります。
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同じ意味の言葉が、古代のアラブ人の文字でも描かれています。
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今度は池の反対側から眺めます。正面に見えるのが、先ほど中に入ったコマレス宮の建物(内部が大使の間)です(メインのカメラは記念写真しかなかったので携帯の写真をのせます)。
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この位置の手前で、ライオンの展示がされていました。この後入るライオンの中庭には、この宮殿の目玉の1つである噴水があって、噴水の周囲に配置された12頭のライオンの口から水が出る仕組みなのですが、現在中庭を修復中のため、残念ながら見られません。そのうちライオンだけは修復が終わったようで、
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このような形で展示されています。でも、ここは現在撮影禁止になっていますので、入口の外から撮影しました。個人的にはライオンというより、ネズミといった感じの口をしているように感じます。
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池の右側を少し進み、真ん中辺りにある入口を右に入ります。獅子宮(ライオンの中庭)の入口です。この入口はカルロス5世が壁をくりぬいて作ったもので、もともとの入口は南西の方にあったそうです。
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入口を入ると、正面にライオンの中庭が見えます。この中庭がある獅子宮は、ムハンマド5世が母親のため、また祝賀行事の舞台を兼ねて造営しました。その後王様のハーレムとなり、王様以外の男性は立ち入り禁止だったそうです。
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今いる場所は、細長い「鍾乳石装飾の間(モカラベの間)」です。
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天井にはもともと鍾乳石装飾(モカラベ)があって、そこから名前がついたのですが、1950年にダロ川のほとりで起きた火薬庫の爆発事故で崩落してしまいました。祝賀行事の際、来賓の控えの間として使われたようです。
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モカラベの間の前面にはこのような回廊があって、
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中央が中庭に飛び出ています。この部分をパビリオンといいます。写真で向かい側にも突き出た部分がありますが、これがパビリオンで、こちら側も全く同じ形になっています。中庭が工事中なので分かりにくいのですが、中庭を囲んで4つの部屋が向かい合っています。この写真で手前がモカラベの間、向かい側が諸王の間、右側がアベンセラヘスの間、左側が二姉妹の間です。この中庭は現在修復工事中なので、美しくありません。
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パビリオンのあたりの柱を拡大するとこんな感じで、
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柱の根元はこんな感じです。鉛で長さを調節しているそうですが、何故調節しているのか、記憶が飛びました。
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手前には噴水があって、本来は中庭の中央にあるライオンの噴水とつながっているようです。ライオンの噴水からは四方の部屋に同様に水が流れる仕組みになっています。
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回廊を進みます。左前方がアベンセラヘスの間です。
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まず、アベンセラヘスの間の前に来ました。紛らわしくなりますが、ここで向かい側に見えるこの建物は、二姉妹の間です。お互いに反対側からでないと全景が見えないのです。
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また、右側には諸王の間がありますが、今回は修復工事中か何かで入れませんでした。
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アベンセラヘスの間に入ります。実は、この部屋がどこにあったか記憶が飛んでしまっていたのですが、各種写真をインターネットなどで照合して、アベンセラヘスの間と特定しました。中央にこのような噴水があります。このような12角形をしているのが特徴です。この部屋は、ナスル朝の名門貴族アベンセラヘス家の一族が殺されたところだと言われています。対立する名門貴族セグリス家の主が「王妃がアベンセラヘス家の者と特別な関係にある」と王様に忠告した結果、この部屋に参上した一族が皆殺しになったという話です。でも、これは16世紀の歴史小説に出てくる創作らしく、話の内容や王様の名前は諸説あるようです。
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横に引っ込んだ空間があり、カラフルな装飾がされています。
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正面にはアーチ形のものが2つ並んでいます。
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でも、一番注目したいのは天井で、
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このように綺麗な鍾乳石(モカラベ)装飾があります。ここのモカラベは星のような形をしているのが特徴です。
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今度は、向かい側の二姉妹の間に行きます。これまた紛らわしいのですが、二姉妹の間の正面に今中に入ったばかりのアベンセラヘスの間が見えます。先ほど見た二姉妹の間の建物にそっくりですが、よく見ると、屋根の形が微妙に異なっています(二姉妹の間の屋根の方が単純です)。
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二姉妹の間に入ります。中央に噴水がありますが、アベンセラヘスの間のものより単純です。二姉妹の名前は、噴水の横に配置された2つの大理石に由来します。その下に二姉妹が埋葬されていると言われます。
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正面はこんな感じで、柵があっていけないと思っていましたが(この写真で前方に人が2人いるのに気づきました)、前方の2人が立っているあたりが二連窓の間(アヒメネスの間)で、その先にリンダラハの出窓があります。カルロス5世の宮殿が出来る前はここからアルバイシンを見渡せたそうです。
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前方上部は、このようになっています。
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この部屋でも一番注目すべきなのは天井です。鍾乳石(モカラベ)装飾が綺麗です。アベンセラヘスの星型に対して、こちらは八角形になっています。大きすぎて、普通に立って撮影したのでは全体が収まりません。
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二姉妹の間の中に、左側(西側)に行く入口があります。ここを入って右(北側)に曲がります。
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このような廊下があって、
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左手に浴場の屋根が見えます。アラブの浴場は釜炊室、温浴場、蒸気浴場、冷浴場などが連なっていたそうですが、これはそのうちどれなのか分かりません。
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右側には、リンダラハの中庭が見えます。
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少し進んで左手を見ると、このような部分が眺められます。今回行けなかったのですが、本などの写真と比べると、恐らく浴場の2階部分で、下の方に浴場があるのだと思います。見えているのは2階のバルコニー部分です。ハレムの若い女性たちが(王様とでしょうか)入浴している間、覗き見が出来ないように両目を潰された音楽家たちが、このバルコニーで綺麗な音楽を奏でていたそうです。
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廊下の突き当たり(一番北側)には、アーヴィングの部屋があります。部屋に入って右手に、写真のような記念プレートがあります。写真はかなりピンボケですが、重要なのでのせます。アルハンブラ宮殿は長い間忘れ去られ、荒れ果てていました。でも、スペイン駐在のアメリカ公使館員だったアメリカのワシントン・アーヴィングがこの部屋で暮らした記録を書いた「アルハンブラ物語」がベストセラーになり、この宮殿が注目されるようになりました。今ではスペインを代表する世界遺産です。
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アーヴィングの部屋で左に曲がると、アルバイシンやサクロモンテを見渡せるところがあります。
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階段を下りて、リンダラハの庭を通って進み、
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このような場所を通って帰ります。
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左手にイチジクの木があります。ガイドさんの説明によれば、左側にもう1本あるのでニジクだそうです。
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リンダラハの中庭から東側に進んでナスル朝宮殿を出ると、このような場所があります。これはパルタル宮といいます。正面に見えるこの建物は、貴婦人の塔といいます。大した建物ではないように見えますが、実はムハンマド3世が建てたアルハンブラ最古の宮殿です。でも、後世に大幅な改修がされて、オリジナルとは形が異なってしまっているようです。
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階段を上っていくと、
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池があります。
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パルタル宮を振り返ります。
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このような城壁に沿って帰ります。
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門の辺りで塔を振り返ります。場所的に、王女たちの塔ではないかと思います。
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先ほど入ってきた王宮部分入口の門を出ます。出たら新橋を渡って右に曲がります。
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右を向くと、先ほど見えていた水道橋の上の部分に水が流れているのが分かります。
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出口まで来ました。この時点で17時56分。閉園時間は18時です。女性の係員の人は、構わず金属製の柵を閉め始めました。全員無事に外に出てバスに乗り、ホテルに戻ります。
(説明は、本やインターネットの情報とガイドさんからの情報を合わせたものです。)
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