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次はアルハンブラの宮殿部分を見ます。パラドールやサンタマリア教会の横を通ってカルロス5世宮殿に行き、その後ナスル朝宮殿に入って、メスアールの間を通り、コマレス宮のファサードに向かいます。

2010年11月スペイン(09) アルハンブラ宮殿 前編

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2010/11/06 - 2010/11/13

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mas98765

mas98765さん

次はアルハンブラの宮殿部分を見ます。パラドールやサンタマリア教会の横を通ってカルロス5世宮殿に行き、その後ナスル朝宮殿に入って、メスアールの間を通り、コマレス宮のファサードに向かいます。

同行者
一人旅
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
  • 次は、王宮部分に向かいます。このような門をくぐります。雨が降ってきて、少しずつ傘をさす人が増えました。<br /><br />(アルハンブラ宮殿周辺の地図はこちら)<br />http://maps.google.co.jp/?ie=UTF8&amp;t=h&amp;brcurrent=3,0x0:0x0,1&amp;source=embed&amp;ll=37.176539,-3.589729&amp;spn=0.002996,0.004823&amp;z=18

    次は、王宮部分に向かいます。このような門をくぐります。雨が降ってきて、少しずつ傘をさす人が増えました。

    (アルハンブラ宮殿周辺の地図はこちら)
    http://maps.google.co.jp/?ie=UTF8&t=h&brcurrent=3,0x0:0x0,1&source=embed&ll=37.176539,-3.589729&spn=0.002996,0.004823&z=18

  • 左手にはこのような水道橋があって、上を水が流れているそうです。

    左手にはこのような水道橋があって、上を水が流れているそうです。

  • 右手には、このようなものが見えます。このように、ヘネラリフェと王宮部分は堀(恐らく谷です)で隔てられています。今渡っている部分も橋で、多分新橋という部分だと思います。

    右手には、このようなものが見えます。このように、ヘネラリフェと王宮部分は堀(恐らく谷です)で隔てられています。今渡っている部分も橋で、多分新橋という部分だと思います。

  • 道なりに歩きます。

    道なりに歩きます。

  • ピンボケですが、左手に城壁が見えます。王宮部分はこのように、城壁で囲まれています。<br />

    ピンボケですが、左手に城壁が見えます。王宮部分はこのように、城壁で囲まれています。

  • 右手に、Medina(昔のアラブ人の居住地)があります。

    右手に、Medina(昔のアラブ人の居住地)があります。

  • まっすぐ歩きます。

    まっすぐ歩きます。

  • 左手に七層の塔門(Puerta de los siete suelos)が見えます。最後の王様ボアブディルは、宮殿を明け渡してこの門から出て行きました。

    左手に七層の塔門(Puerta de los siete suelos)が見えます。最後の王様ボアブディルは、宮殿を明け渡してこの門から出て行きました。

  • 城壁が続きます。この木はアーモンドだったかと思いますが、自信がありません。<br />

    城壁が続きます。この木はアーモンドだったかと思いますが、自信がありません。

  • このような糸杉に挟まれた道を進んでいくと、<br />

    このような糸杉に挟まれた道を進んでいくと、

  • 右手にこのような建物があります。人気のパラドール・デ・グラナダという国立の高級ホテルです(実は今回のツアーを選ぶ際、ホテルと航空券だけのツアーを第二候補で考えていて、グラナダではここに泊まる予定でしたが、日程的に宮殿を見られない可能性が高いのでやめました)。もとはフランシスコ派修道院だったところで、グラナダを陥落させてレコンキスタを成し遂げたカトリック両王(イサベル女王とフェルナンド王)の遺体も暫くここに眠っていたそうです。現在は、グラナダ中心部の王室礼拝堂に眠っています。<br />

    右手にこのような建物があります。人気のパラドール・デ・グラナダという国立の高級ホテルです(実は今回のツアーを選ぶ際、ホテルと航空券だけのツアーを第二候補で考えていて、グラナダではここに泊まる予定でしたが、日程的に宮殿を見られない可能性が高いのでやめました)。もとはフランシスコ派修道院だったところで、グラナダを陥落させてレコンキスタを成し遂げたカトリック両王(イサベル女王とフェルナンド王)の遺体も暫くここに眠っていたそうです。現在は、グラナダ中心部の王室礼拝堂に眠っています。

  • 左手には、アベンセラヘス家の館(Palacio de los Abencerrajes)跡がありました。アベンセラヘス家は、この辺りの名門でした。この後訪れる宮殿の獅子宮というところには、アベンセラヘスの間というのがあって、その部屋で陰謀によって一族が皆殺しにあったと言われています。<br />

    左手には、アベンセラヘス家の館(Palacio de los Abencerrajes)跡がありました。アベンセラヘス家は、この辺りの名門でした。この後訪れる宮殿の獅子宮というところには、アベンセラヘスの間というのがあって、その部屋で陰謀によって一族が皆殺しにあったと言われています。

  • パラドールの左隣には、もう1軒普通のホテルがあって、その左横にはレストランがあります。この辺りを左(西側)に曲がって、

    パラドールの左隣には、もう1軒普通のホテルがあって、その左横にはレストランがあります。この辺りを左(西側)に曲がって、

  • まっすぐ進みます。<br />

    まっすぐ進みます。

  • 更に進むと、<br />

    更に進むと、

  • 右手に、サンタ・マリア教会(聖母教会)があります。三角屋根の塔があって、

    右手に、サンタ・マリア教会(聖母教会)があります。三角屋根の塔があって、

  • 下の部分はこのようになっています。イスラム教のモスクを教会に改修したもので、どことなくイスラム的な感じもする外観になっています。このように、イスラム教の文化を取り入れた建築様式を、ムデハル様式といいます。<br />

    下の部分はこのようになっています。イスラム教のモスクを教会に改修したもので、どことなくイスラム的な感じもする外観になっています。このように、イスラム教の文化を取り入れた建築様式を、ムデハル様式といいます。

  • 更に進むと、向こうに四角い大きな建物があります。これは、カルロス5世宮殿です。紛らわしいのですが、カルロス5世はカルロス1世ともいいます。スペイン王としてはカルロス1世で、カール5世(スペイン語ではカールもカルロスなのです)という神聖ローマ皇帝でもありました。カトリック両王の孫です。あちこちに宮殿や教会を造るために貴重なイスラム建築を壊してしまい、自分で後悔したりもして困った王様です。ここでも、アルハンブラ宮殿の相当大きな部分が壊され、この建物が建設されました。<br />

    更に進むと、向こうに四角い大きな建物があります。これは、カルロス5世宮殿です。紛らわしいのですが、カルロス5世はカルロス1世ともいいます。スペイン王としてはカルロス1世で、カール5世(スペイン語ではカールもカルロスなのです)という神聖ローマ皇帝でもありました。カトリック両王の孫です。あちこちに宮殿や教会を造るために貴重なイスラム建築を壊してしまい、自分で後悔したりもして困った王様です。ここでも、アルハンブラ宮殿の相当大きな部分が壊され、この建物が建設されました。

  • カルロス5世宮殿に沿って歩きます。<br />

    カルロス5世宮殿に沿って歩きます。

  • 宮殿の壁にはワシとか、

    宮殿の壁にはワシとか、

  • ライオンの装飾があります。これらは強さを示しています。<br />

    ライオンの装飾があります。これらは強さを示しています。

  • 正面に見える門は、ぶどう酒の門と言います。外側(向こう側)はムハンマド3世が、内側(こちら側)はムハンマド5世が装飾したものだそうです。この門の方には行かず、宮殿の角を右に曲がって、

    正面に見える門は、ぶどう酒の門と言います。外側(向こう側)はムハンマド3世が、内側(こちら側)はムハンマド5世が装飾したものだそうです。この門の方には行かず、宮殿の角を右に曲がって、

  • 宮殿の入口に行きます。

    宮殿の入口に行きます。

  • 入口の周囲には装飾があります。入口右下には、

    入口の周囲には装飾があります。入口右下には、

  • このようなレリーフがあります。ギリシャ神話か何かですが、忘れました。

    このようなレリーフがあります。ギリシャ神話か何かですが、忘れました。

  • その更に右側にあるこちらのレリーフは、カルロス5世だそうです。入口の左側にも同じようにレリーフがあります。

    その更に右側にあるこちらのレリーフは、カルロス5世だそうです。入口の左側にも同じようにレリーフがあります。

  • 入口を入ると、もう1つ入口があって、<br />

    入口を入ると、もう1つ入口があって、

  • 中にはこのような円形の空間が広がっています。正方形の建物の中に円形の空間があるルネサンス式のデザインです。イスラム建築に負けない建築を目指しましたが、途中で未完成になりました。今は1階がアルハンブラ博物館、2階が美術館になっているそうです。音響効果があるので、国際音楽舞踏祭がここで開催されるそうです。

    中にはこのような円形の空間が広がっています。正方形の建物の中に円形の空間があるルネサンス式のデザインです。イスラム建築に負けない建築を目指しましたが、途中で未完成になりました。今は1階がアルハンブラ博物館、2階が美術館になっているそうです。音響効果があるので、国際音楽舞踏祭がここで開催されるそうです。

  • 回廊部分はこんな感じです。

    回廊部分はこんな感じです。

  • カルロス5世宮殿を出て、ナスル朝宮殿に向かいます。左手にアルカサバの塔が見えています。写真で右側が「忠誠の誓いの塔」で、左側の大きいのが「ひび割れた塔」です。アルカサバはアルハンブラ宮殿の基礎になった古い部分で、是非とも訪れたかったのですが、ツアーではあいにく案内してもらえず、残念です。

    カルロス5世宮殿を出て、ナスル朝宮殿に向かいます。左手にアルカサバの塔が見えています。写真で右側が「忠誠の誓いの塔」で、左側の大きいのが「ひび割れた塔」です。アルカサバはアルハンブラ宮殿の基礎になった古い部分で、是非とも訪れたかったのですが、ツアーではあいにく案内してもらえず、残念です。

  • 正面が入口で、右手に行きます。

    正面が入口で、右手に行きます。

  • 注意書きがあります。写真撮影は自由ですが、フラッシュは禁止です。<br />

    注意書きがあります。写真撮影は自由ですが、フラッシュは禁止です。

  • 入口の所には改札機があって、自分でチケットのバーコードを読み取らせて入ります。<br />

    入口の所には改札機があって、自分でチケットのバーコードを読み取らせて入ります。

  • 雨が大分降ってきました。<br />

    雨が大分降ってきました。

  • この入口を入ります。<br />

    この入口を入ります。

  • 更に進んで、

    更に進んで、

  • この入口を抜けると、メスアールの間です。

    この入口を抜けると、メスアールの間です。

  • 宮殿の最初の部分、メスアールの間に来ました。ナルス朝宮殿の中で最も古い部分で、行政や裁判が行われていました。盗みをした者は右手や両耳を切り落とされたそうです。後に改装され、16世紀には礼拝堂にもなったようです。狭い部屋なので、部分的にしか写真に撮れません。<br />

    宮殿の最初の部分、メスアールの間に来ました。ナルス朝宮殿の中で最も古い部分で、行政や裁判が行われていました。盗みをした者は右手や両耳を切り落とされたそうです。後に改装され、16世紀には礼拝堂にもなったようです。狭い部屋なので、部分的にしか写真に撮れません。

  • 天井はこんな感じです。<br />

    天井はこんな感じです。

  • 部屋を出来るだけ横から見ると、こんな感じです。天井を4本の大理石で支える構造になっています。<br />

    部屋を出来るだけ横から見ると、こんな感じです。天井を4本の大理石で支える構造になっています。

  • 奥にこのような空間があって、多分祈祷室です。窓から外の景色が見えるようになっています(たしか立ち入り禁止でした)。

    奥にこのような空間があって、多分祈祷室です。窓から外の景色が見えるようになっています(たしか立ち入り禁止でした)。

  • 壁にはこのような模様があります。<br />

    壁にはこのような模様があります。

  • 窓ごしに、西側の庭を眺めます。多分「マチューカの中庭」といいます。マチューカはカルロス5世宮殿を建てた建築家の名前で、この中庭を設計室にしていました。右手にアーチが連なった柱廊があります。<br />

    窓ごしに、西側の庭を眺めます。多分「マチューカの中庭」といいます。マチューカはカルロス5世宮殿を建てた建築家の名前で、この中庭を設計室にしていました。右手にアーチが連なった柱廊があります。

  • メスアールの間を東側に出て南側を向くと、このようになっています。コマレス宮のファサード(正面)です。ムハンマド5世が造りました。一度に全体が収まりませんが、

    メスアールの間を東側に出て南側を向くと、このようになっています。コマレス宮のファサード(正面)です。ムハンマド5世が造りました。一度に全体が収まりませんが、

  • 上を見るとこんな感じで、

    上を見るとこんな感じで、

  • 下を見ると、こんな感じです。中央に噴水があります。ここは謁見の間だったようです。王様はファサードを背に玉座に座り、人々は背後に直立して兵士の頭ごしに王に謁見したようです。2階の透かし彫りの窓からはハーレムの女性たちが様子を眺めていました。南側には2つの同じ形の入口があります。左側は本当の宮殿の庭に行き、右側は戻るような形で応対の間へ行くようです。右の入口をよく見ると、右側の柱が曲がっています。レバノン杉でできた船から採った材木を使っているため、船の曲線の形がそのまま残ったためだそうです。

    下を見ると、こんな感じです。中央に噴水があります。ここは謁見の間だったようです。王様はファサードを背に玉座に座り、人々は背後に直立して兵士の頭ごしに王に謁見したようです。2階の透かし彫りの窓からはハーレムの女性たちが様子を眺めていました。南側には2つの同じ形の入口があります。左側は本当の宮殿の庭に行き、右側は戻るような形で応対の間へ行くようです。右の入口をよく見ると、右側の柱が曲がっています。レバノン杉でできた船から採った材木を使っているため、船の曲線の形がそのまま残ったためだそうです。

  • 今立っているところはこのようなアーチが並んだ回廊になっていて、<br />

    今立っているところはこのようなアーチが並んだ回廊になっていて、

  • 天井はこんな感じですが、背後(北側)にもう1つ、<br />

    天井はこんな感じですが、背後(北側)にもう1つ、

  • このような部屋があって、「黄金の間(ドラドの間)」といいます。王様に謁見するため直立不動で立つための部屋だとか、王宮来訪者の待合室だとか、執務室だとか、色々な話があります。使い方も時代ごとに変化していたのかも知れません。

    このような部屋があって、「黄金の間(ドラドの間)」といいます。王様に謁見するため直立不動で立つための部屋だとか、王宮来訪者の待合室だとか、執務室だとか、色々な話があります。使い方も時代ごとに変化していたのかも知れません。

  • カトリック王家の手に渡って改装された後、天井が主に金色になったことから、このように名づけられたそうです。

    カトリック王家の手に渡って改装された後、天井が主に金色になったことから、このように名づけられたそうです。

  • ファサードの左側の入口を入ります。後編に続きます。<br /><br />(説明は、本やインターネットの情報とガイドさんからの情報を合わせたものです。)<br />

    ファサードの左側の入口を入ります。後編に続きます。

    (説明は、本やインターネットの情報とガイドさんからの情報を合わせたものです。)

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