2010/07/06 - 2010/07/06
641位(同エリア736件中)
まみさん
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2010/07/06火 ヴイリニュス観光2日目
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<ヴィリニュス創建者かつリトアニアの英雄ヴィータウタス大公戴冠記念日の祝日>
・聖ペテロ&パウロ教会見学
・工芸美術館(祝日で閉館)
・考古学資料展示館
・リトアニア国立博物館
・市庁舎広場からゲディミナス大通り散策(中央郵便局に向かったら改装中)
・大聖堂前広場で式典見学
・ピリエス通りのギャラリー見学
・ヴィリニュス大学と聖ヨハネ教会(どちらも祝日で入れず)
・大統領官邸前のダウカント広場でひと休み
・聖アンナ教会見学
・ウジュピス地区散策
・バスターミナル下見
【ヴィリュニス泊:ホテル・パノラマ(Panorama)】
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ヴィリニュスのバロック教会の金字塔といえるような聖ペテロ&パウロ教会へは、行きは近くまでトロリーバスを利用しました。
旧市街まで徒歩圏内なので、帰りは歩きました。
その途中で、旧市街に戻るトロリーバスに2度3度と追い越されましたので、停留所で待っていればよかったな、とちょっと後悔しましたが、観光客向けのよそいきでない街並みが見られたのは、徒歩ゆえの収穫だと思っています。
おかげで、途上でこんな花の写真もゲットできました。
セイヨウマツムシソウとプランタゴ・メディアとソバナです。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/19898884/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/19898892/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/19898893/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/19898897/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/19898900/
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行ハイライトその9:植物編<夏の野花>」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10487694/
聖ペテロ&パウロ教会の次に楽しみにしていて、本日のハイライトだと思っていた工芸美術館は、なんと祝日で閉館でした。
鍵のかかった無情な扉を前に、あわててガイドブックをチェックしてみて、ガーン!
その次くらいに楽しみにしていたピクチャー・ギャラリーも、ヴィリニュス大学も、祝日は休みでした。
7月6日は中世リトアニアのヴィータウタス大公戴冠記念の祝日だったのです。
リトアニアでも博物館はたいてい月曜日がお休みですが、翌日の火曜日である本日も祝日だったため、ヴィリニュス滞在が月曜と火曜の2日間では、見学できない博物館があることをプラン中に失念していました。
ちなみに、ヴィリニュス大学が休みで併設の聖ヨハネ教会にも入れないことに気付いたのは、門前でした。
ブルータス、おまえもか!(大袈裟?)───と、がっくりしたものです。
どちらも旧市街のど真ん中にあってどうせ近くを通るとはいえ、わざわざ扉の前まで回ったのに、損した気がしました。
しかも、どうやら特別に許可を得ていたのか、スペイン人の団体さんが中に入っていくのを、指をくわえて見ていなければなりませんでした。
ひょっとしておこぼれに預かれないかしら、と思って入ろうとしましたが、警備員さんに止められてしまいました(苦笑)。
もっとも、祝日で損した〜!と思うこともあれば、祝日だからこその特別なチャンスもありました。
大聖堂前広場からなにやら音楽や放送が流れてくるし、テレビ録画もやっているようなので好奇心から近付いてみたら、舞台上に中世の服装を着た人々がずらっと並んでいて、式典をやっていました。
目で楽しむだけでなく、その写真もバッチリ撮れました。
街中でも、国立博物館前で民族衣装を着た美少女たちの写真を撮ることができました。
博物館などが閉館になるのを恐れて、海外旅行の日程からなるべく祝日を外すように組み立てている私にとって、こういうラッキーはめったにありません。
その写真はこちらのハイライト旅行記に収めました。
「2010年バルト3国旅行ハイライトその13:フェスティバルとセレモニー編<ヴィリニュスのヴィータウタス大公戴冠記念日>」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10488159/
幸い、国立博物館と考古学資料展示館は、祝日でも開いていました。
考古学資料展示館は特に勘定に入れていなかった博物館なのですが、工芸美術館もピクチャー・ギャラリーも休みなので、この際、入れる博物館は入ってしまえ、という気分でした。
私は考古学はどちらかというと苦手なのですが、博物館の展示品ともなれば、意味するものがよく分からなくて、私が見学しても宝の持ち腐れ、ブタに真珠!───というフラストレーションを忘れられれば、考古学資料というよりはプリミティブ芸術という目で鑑賞したり、よく分からないなりに民族性の違いを楽しんだりすることができます。
古代のアクセサリーや、武具・生活用品に使われたデザインを眺めるのも好きです。
本日は、午前中はとても晴れていたのですが、晴れていた時間帯は、聖ペテロ&パウロ教会や、考古学資料展示館とリトアニア国立博物館などほとんど屋内ですごしていました。
大聖堂前広場でヴィータウタス大公記念式典を見学していたときには空は曇り、中世の衣装を着た人たちが退場しはじめた頃から、ぽつぽつ雨が降り始めました。
旧市街を歩いている間、さーっとシャワーのような雨に2度見舞われましたが、どちらも30分とたたずにやみました。
こういうときには現金にも、天気の変わりやすいヨーロッパはいいなと思ってしまいます。
バルト3国の7月は平均雨量が多く天気が変わりやすいと旅行プラン中に知って、それはいやだな、都合悪いな、と思ったものですが、雨が降ってもすぐにやむだろうという期待はしていました。
だけど、本日の午後はそんなかんじでいつ雨が降るか分からないような曇天だったので、外観の撮影を楽しみにしていたトゥラカイ城は、昨日のうちに行ってしまってよかったと思いました。
つづく。
2010年バルト3国旅行の旅程一覧はこちら。
簡易版「2010年バルト3国旅行プロローグ(旅程一覧)地図付」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10481279/
詳細版「2010年バルト3国旅行の詳細旅程(写真付き)」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2010/07/2010-ccbf.html
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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コシューシコス通りの建物
聖ペテロ&パウロ教会から旧市街に戻る途中です。 -
コシューシコス通りで見つけた石像と木のモニュメント
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コシューシコス通りで見つけた……マリア像?
リトアニアの伝統的な十字架彫刻のひとつでしょうか。
背後にはギボウシがたくさん咲いていました。 -
コシューシコス通りのレンガの家
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リトアニアの国章の白い馬上の騎士ヴィーティス(Vytis)があった橋の欄干
今はあちこちで見られるけれど、ソ連時代には夜明けの門の上くらいしかなかったといわれる国章です。
夜明けの門の上の国章が見られる写真はこちらです。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/20871290/
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行第2日目(6)ヴィリニュス:旧市街散策(4)旧市庁舎前〜夜明けの門〜駅前」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10507895/ -
ガーン! 祝日で休館だった工芸博物館
楽しみにしていたのに、楽しみにしていたのに、楽しみにしていたのに(泣)。
「工芸博物館
ゲディミナス城の一部を構成していた16世紀の武器庫(古武器庫Senasis Arsenalas)に、おもに中世ヨーロッパの工芸品が集められた博物館。キリスト教に関する工芸品が多く、特にリトアニアの村々で造られた木彫りのキリスト像や十字架などは見ごたえがある。そんな素朴な民俗芸術から、ヨーロッパの宮殿を飾った絵画やタペストリーなどの豪華な手工芸品、また教会儀礼で使われるきらびやかな道具の数々まで、さまざまな地域、時代、用途の品々が収められている。
またこの博物館では、かなり長期の特別展が行われている。現在は、大聖堂東側に再建されつつある王宮からの出土品が展示されている。装飾が施された建材やタイル、陶器、武具やアクセサリーなど、ゴシック様式全盛の当時を彷彿とさせる品々だ。」
(「‘09〜’10年版 地球の歩き方 バルトの国々 エストニア・ラトヴィア・リトアニア」より) -
思った以上に良かった考古学資料館展示室
入場料は4.00リトアニア・リタスでした。
(旅行前に調べた2010年6月30日現在の換算レート:1.00リトアニア・リタス(Lt)=31.32円)
見学時間は11時から11時20分とそんなに長くないですが、英語の解説と図解がとても充実していたので、もっとじっくりと見学してもよかったんじゃないかと思っています。
展示で特に注目したのは紀元後1〜4世紀のブロンズや銀製品のアクセサリーです。なかなかきれいでした。特にブローチあるいはピンに見たことがないデザインのものが多くて、興味深かったです。
また、琥珀がとれるバルト海沿岸らしく、琥珀のアクセサリーもありました。
そういったアクセサリーの展示とともに、どのように見に着けたかを描いたイラストもありました。
2階にはさらに、民族衣装やアクセサリーを身につけたマネキンもあって、中世くらいまでの服飾が分かりやすく展示されていました。
考古学博物館といいつつ、中世くらいまでは網羅していたので、中世くらいが好きな私にとっても面白かったです。
ちなみに、考古学博物館らしく、出土した土器の展示もありましたが、リトアニアで紀元後に使用された土器の模様はポツポツと棒で穴を開けたようなシンプルなもので、日本の縄文土器の方がずっと凝っていると思いました。
「考古学資料館展示室
リトアニアで出土した歴史資料を集めた展示館。展示はリトアニアにキリスト教が入る以前の資料(1階)と、その後地域的、言語的に構成された複数の民族からリトアニア人が形成されるまでの資料(2階)に分類されている。豊富なスケッチや復元図、英語の詳しい解説で、知識がない人でも楽しめるよう工夫されている。古代のアクセサリーや武器を身に着けたマネキンもあり、一見奇妙に見える古代の品々がどのように使われていたのかも理解できる。」
(「‘09〜’10年版 地球の歩き方 バルトの国々 エストニア・ラトヴィア・リトアニア」より) -
考古学資料館展示室で買った古代のリトアニア民族のアクセサリー
写真不可なので、代わりにポストカードを買いました。
1枚0.20リトアニア・リタスです。
どれも上に羽織るマントのようなものにつけるブローチあるいはピンです。
右下のタイプがとくに興味深かったです。 -
とても充実していて盛りだくさんだった国立博物館
入場料は5.00リトアニア・リタスでした。
見学時間は11時40分から12時55分(1時間35分)です。
はじめはヴィリニュス大学の寄贈品や、考古学資料などの歴史資料がありました。
寄贈品にはいろんなものがあって、19世紀、ロシアの将校に贈られた日本からのうちわなどもありました。カラフルなヒエログリフと絵がぎっしりの、古代エジプトの棺桶もありました。
鉱石コレクションも少しだけありました。
歴代のリトアニア公や、リトアニアと連合王国を打ち立てたヤギゥェオ朝ポーランド王国の王たちの肖像画もありました。
ポーランド王兼リトアニア公として選挙で王となったヤン・ソビエツキの肖像画にも再会しました。
彼の肖像画はポーランド旅行中はもちろんのこと、生誕地はいまのウクライナなので、去年2009年のウクライナ旅行でもなじみがあった王様です。
ぱっと見て分かったのは彼くらいでした。
2009年のウクライナ旅行でヤン・ソビエツキゆかりの城めぐりをしたときの旅行記
「2009年ウクライナ旅行第11日目(1)リヴィブ近郊城めぐり:こぢんまりしてるけどなかなか味があったオレスク城」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10419199/
「2009年ウクライナ旅行第11日目(2)リヴィブ近郊城めぐり:栄華の跡が偲ばれる、痛々しかったピドゴレツク城」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10419202/
「2009年ウクライナ旅行第11日目(3)リヴィブ近郊城めぐり:奇妙な日本風?中国風?庭園のあるゾロチフ城」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10419207/
また、さまざまな印章、文書、テキスタイル、陶器、古い教会から保存してきたような信者席や旗もありました。
教会宝物の金銀の器、象牙や象嵌細工がすばらしいピストルや鎧兜に刀剣、鉄製品、などなど、どんな分類がされているのかよく分からないくらいさまざまな展示品がありました。
2階は民俗コレクションが充実していました。
可愛い花模様の衣装箱や背もたれ付きの椅子、民族衣装のマネキンや伝統的な機織道具や織物、それから素朴派絵画。
3人のフォーク・アーティストによる特別展もありました。寸胴でプリミティブな木彫りの聖人たちや、のどかな田舎を描いた、グラン・マ・モーゼフを連想させた絵画などはとても気に入りました。
2階の展示を見学した後は再び1階に下りて、奥の建物の展示室へと続きました。
1989年8月23日の「人間の鎖」の写真やモニュメントなどの展示や、ソ連からの独立にまつわるさまざまな資料や写真がありました。
ユネスコ無形文化遺産に登録されている、リトアニアの十字架作りに関する展示もありました。
最後に廊下を歩いて出口に出るまで、駄目押しのように肖像画がずらっと展示されていました。
誰が誰だかさっぱりわからないのでスルーしましたが、それもまた残念でした。
「リトアニア国立博物館
18世紀に建設された細長い武器庫(新武器庫Naujasis Arsenalas)に、45万点もの資料を収めた見ごたえのある博物館。先史時代から始まり中世に大発展したリトアニア大公国時代、さらにソ連に占領されるまでの歴史を、順を追ってわかりやすいように展示してある。生活用品や手芸品など民俗資料を集めた展示も豊富で、特に民家の内部を再現した一角は興味深く、郊外の野外博物館に行く時間のない人には見逃せないところ。」
(「‘09〜’10年版 地球の歩き方 バルトの国々 エストニア・ラトヴィア・リトアニア」より) -
リトアニア国立博物館で買ったリーフレット
写真不可なので、代わりにリーフレットを買いました。
上3冊がそうです。
アドルファス・テレシウス(Adolfas Teresius)、アンタナス・ジュセヴィチウス(Antanas Jusevicius)、エレーナ・アドマイティエネ(Elena Adomaitiene)という3人のフォーク・アーティストの特別展のリーフレットです。
リトアニア語と英語が併記されています。
1冊2.00リトアニア・リタスでした。
下の3冊は無料配布の資料です。
左は、1989年8月23日に実現した「人間の鎖」の写真と、ユネスコ無形文化遺産に登録されているリトアニアの地方に残る木造の十字架彫刻についてのリーフレットです。
右端の冊子は、大聖堂前のインフォメーションでゲットしたヴィリニュスの観光案内です。
人間の鎖についての解説と、このときにゲットしたリーフレットからの写真はこちらの旅行記にアップしました。
「2010年バルト3国旅行第2日目(2)ヴィリニュス:旧市街散策(2)ゲディミナスの丘」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10502262 -
リトアニアの十字架彫刻を紹介したリーフレットより
英語版が切れていたので、仕方がなくイタリア語版を手にしました。
全く読めないリトアニア語よりも、イタリア語なら、昔、イタリア旅行に夢中になっていたときにNHKラジオ講座で独学したので、辞書片手に奮闘すれば読めなくもないから。
でもどちらかというと写真を楽しむためにもらいました。
リトアニアの十字架彫刻の伝統は古く、はじめに見られるようになったのは16世紀だそうです。
ユネスコ無形文化遺産に登録されたのは2001年5月18日です。
写真は19世紀後半の小礼拝堂で、リトアニア西部のもののようです。 -
聖なる柱、1847年、リトアニア西部
苔むした古い素朴な柱です。
村人が集まって、礼拝しているのでしょうか。 -
小礼拝堂、19世紀末、リトアニア北部
いまでもこの礼拝堂は残っているのでしょうか。 -
十字架、20世紀前半、リトアニア南部
ちょっとだけメイポールを連想しました。 -
3人のフォーク・アーティストの一人、アドルファス・テレシウス(Adolfas Teresius)さんのリーフレットより
聖マルティン像、2004年制作。
聖マルティンには、自分の上着を脱いで乞食に与えたという伝説があります。
この彫刻は、盲目の乞食にお金を与えている場面のようです。 -
地上の守り主、聖フランシスコ像、2006年制作
自然に愛され、鳥の言葉が分かったというアッシジの聖フランシスコさまでしょう。 -
聖ヤコブと彫刻の天使、2009年制作
聖ヤコブのアトリビュート(聖人につきもののシンボリックな物)といえば、キリストから授かった天国の鍵ですが、それがこんな風に光輪となっているなんて、なかなか面白いです。 -
聖フロリアン、2003年制作
もと兵士だった聖人でしょう。
聖フロリアンと台座に書かれてありますが、おそらく殉教シーンと思わせる燃える家の上に立っているのでなければ、強面の王様に見えなくもありません(苦笑)。 -
植物を集める少女、1997年制作
タイトルは少し意訳しています。
ひょっとしたらこれらの花から薬草を作るのかもしれません。
これらの写真にあるとおり、アドルファス・テレシウス(Adolfas Teresius)さんの彫刻は、中世の彫刻を思わせる古めかしいところがあるけれど、それよりはどこか洗練されていて、どことなく温かみのある彫刻でした。
この方の彫刻は非常に多岐にわたり、伝統的な彫刻にならって色づけをしているそうです。 -
3人のフォーク・アーティストの一人、アンタナス・ジュセヴィチウス(Antanas Jusevicius)さんのリーフレットより
ぱっと見ると微笑ましいフォークロアのような作品ですが、よく見ると痛切な皮肉が込められていたり、ギョッとするものが彫り込まれている作品があったのを記憶しています。
写真の作品は、祭壇「ピエタ」、1987年制作。
これは素朴な味が出ている、特に痛切な皮肉もない、ピエタそのものだと思います。 -
青い血(ブルーブラッド)の赤い木、1996年制作
ブルーブラッドとは高貴な血筋の意味も込められているのでしょうか。
もしリトアニア語にも英語と同じようにブルーブラッドにあたる言葉にその意味があるなら。
裸の人物は男女ともに妊娠でもしているみたいにおなかが膨れています。 -
3人のフォーク・アーティストの一人、エレーナ・アドマイティエネ(Elena Adomaitiene)さんのリーフレットより
グラン・マ・モーゼスを連想させる絵画がたくさんでした。
3人のフォークロア作家の作品の中では1番気に入りました。
写真の絵は一部です。背景の家々は、とても細かく描きこまれていました。
題名は「バルトの道」、すなわち人間の鎖の場面です。1989年制作。
人間の鎖についてはこちらの写真コメントにウィキペディアフリー百科事典からの引用を載せました。
関連の写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/20427819/
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行第2日目(2)ヴィリニュス:旧市街散策(2)ゲディミナスの丘」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10502262 -
上の絵は「子供時代」1984年制作、下の絵は「やぎを引く老女」1985年制作
彼女はラトヴィアと国境を接する北リトアニアのAkmene地方の村に生まれて、子供時代はそこですごしました。
人間の鎖のような絵も描いていますが、この画家の絵のテーマやモチーフは、グラン・マ・モーゼスを連想させるものが多かったです。 -
上の絵は「木こり II」、1996年制作、下の絵は「告解の火曜日 III」、1984年制作
下の絵はキリスト教以前からの古い異教時代の伝統的な祭りとキリスト教の祭りが合体したものでしょうか。
真ん中の人物は仮面をかぶっています。
左後ろにいる雪ダルマは、まるで死神みたいに大釜を持っています。 -
市場III(細部)、2001年制作
もっと大きな絵の一部です。
こんなものが描かれている、あんなものが描かれている、と一つ一つゆっくり見るのがとても楽しくなる絵でした。
たとえば、売買されている白い動物はウサギばかりで、変わっています。
かわいそうだけど、食用ウサギかしら? -
ザマイチィアの養蜂家、1989年制作
茅葺きのとんがり屋根の木の小屋の中に蜂を飼っていて、ハチミツを採る農家だと思います。
庭に十字架があって、木にはコウノトリが巣を作っているようです。屋根の上にもコウノトリがいます。 -
国立博物館の入口に貼ってあった、フォーク・アーティスト3人の特別展の宣伝ポスター
こんな風に展示されていました。
ちなみに、国立博物館を見学後、建物の前の広場で、民族衣装を着た女の子とヴィータウタス対応の旗を掲げた一行と出会いました。
女の子たちに写真撮影の許可をもらい、ポーズもとってもらいました。
こちらの旅程旅行記の表紙の写真です。
「2010年バルト3国旅行プロローグ(旅程一覧)地図付」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10481279/
一行が記念撮影しているところの写真も撮らせてもらいました。
関連の写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/19967055/
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行ハイライトその13:フェスティバルとセレモニー編<ヴィリニュスのヴィータウタス大公戴冠記念日>」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10488159/
本日、ヴィータウタス大公戴冠記念の祝日のせいで工芸博物館が休館だったので、この祝日をとてもうらめしく思ったのですが、思わぬもうけものがあって、祝日でよかったと現金な気分になりました。 -
ゲディミノ大通りの図書館
友人や家族に出すポストカードに貼る切手を買いに、ゲディミノ大通りの中央郵便局に向かう途上で見かけました。 -
ゲディミノ大通りで見つけたチョウチョのゾウ
面白いと思ったけれど、よく見るとちょっとグロイ@ -
イチオシ
振り返ると、大聖堂前は人でぎっしり!
VIPでもやってきたのか、という賑わいでした。
大聖堂は昨日のうちにゆっくりと見学しておいてよかったと思いました。
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行第2日目(1)ヴィリニュス:旧市街散策(1)国立博物館前広場〜大聖堂」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10500249/ -
祝日だからか、車が通っていなかったゲディミノ大通り
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イチオシ
もう一回、大聖堂の方を振り返る
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ゲディミノ大通りのステキな建物
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イチオシ
国立ドラマ劇場の入口の像
3人のミューズ像です。
演劇の女神カリオペ、喜劇の女神タリア、悲劇の女神メルポメネ。 -
なんと、やっていなかった中央郵便局
祝日だったから休みなのでしょうか。
ガラス窓から中を覗いてみると、修復中にも見えました。
切手はあとでキオスクで手に入りました。
わざわざ郵便局をめざす必要はありませんでした。
でも、ゲディミノ大通りにはステキな建物がたくさんあったので、散策した甲斐はありました。
このあと、14時20分から14時50分まで大聖堂前広場で式典を見学しました。
中世の服装を着た人たちが舞台上やゲディミナス大公像のそばに勢揃いしていたので、一生懸命写真を撮りました。
途中、何度か場所を移動しました。
私が躍起になって撮影しようとしていたら、私の前にいた男性が私を前に入れてくれたりしました。
紳士的な態度で、とても嬉しかったです(あるいは子供扱いされただけかな?)。
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行ハイライトその13:フェスティバルとセレモニー編<ヴィリニュスのヴィータウタス大公戴冠記念日>」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10488159/ -
ピリエス通りのギャラリー
昨日、目をつけたけれど、月曜日だったので休館でした。
ギャラリーなら無料かと思ったのですが、見学に1.00リトアニア・リタスかかりました。 -
インドラ・グリュサイテ(Indra Grusaite)という方のテンペラ画?
家具もイメージに合っています。 -
シュルレアリズムっぽい不思議な絵
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さきほどの絵と同じ場所を描いたようにも思える!?
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ピリエス・ギャラリーの一室
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やはりこれもシュルレアリズムチック
画家は同じく、インドラ・グリュサイテ(Indra Grusaite)という方だと思います。 -
イチオシ
ヨノ通りの彫刻
ヴィリニュス大学に向かう途中です。
ここで少し雨に降られましたが、カサをさすほどではありませんでした。 -
祝日で休館だったヴィリニュス大学
中は迷路のようで分かりにくいというので、方向音痴の私は恐れつつも楽しみにしていたのに。
「ヴィリニュス大学
この地方ではクラクフ、ケーニヒスベルグに次いで創立された由緒ある大学。16世紀に宗教改革が到来するとそれに対抗してイエズス会が招かれた。彼らによって1570年に高等学校が設けられ、9年後には大学へと改編された。帝政ロシア時代には抵抗運動の本拠地となったため、88年間閉鎖されたこともあった。現在は2万人あまりの学生が学ぶ総合大学の歴史、言語学部になっている。
12もの中庭がある構内は広く、迷路のようになっている。大学通りの入口から入って最初の中庭、サルビエヴィユスの中庭(M.K. Sarbievijaus Kiemas)は、いわばこの大学の表通り。大学の書店もあり英語の案内書なども手に入る。
アーチをくぐって正面の建物は言語学部。2階のホールには自然崇拝時代の生活を描いた有名な「四季(Petras Repsys画)」のフレスコ画が見られる。隣の棟の2階にもリトアニアの文化人とギリシアの神々を描いたレリーフ画がある。一見前衛的にも見えるこれらの壁画からは、新しいものを取り入れるのに柔軟な大学の姿勢が感じられる。
大学の最も古い部分は18世紀の天文観測所がある中庭。当時はグリニッジの天文台と双璧をなすほどの性能だったという。外壁には12宮のレリーフが彫り込まれている。
ほかにもフレスコ画で飾られた総長の式典会場(Rektoriaus Aula)やレレウェル・ホール(J. Lelevelio Sale)など、ガイド付きのツアーでのみ見学できる施設がある。なかでも有名なのは、19世紀初頭のクラシック様式が見事な古書室(Smuglevicus Sale)だ。ここに保存されている本のなかで最も古いのは1467年にまでさかのぼる。」
(「‘09〜’10年版 地球の歩き方 バルトの国々 エストニア・ラトヴィア・リトアニア」より) -
無残にも閉ざされていたヴィリニュス大学のゲート
隣の扉は大学の中に入るチケット売り場のオフィスです。もちろん、ここも閉まっていました。
大学が休館だと、大学構内に入口がある聖ヨハネ教会にも入れません。
「聖ヨハネ(ヨノ)教会
旧市街で最も高い鐘楼(63m)をもつ教会。1387年にリトアニアがキリスト教を受け入れてすぐに建設が始められた。16世紀の終わりにイエズス会に与えられ、18世紀には大学の教会となった。現在のバロック様式の教会は、1737年の火災の後改築されたもの。
内部には6つの礼拝堂があり、本堂とともに多くの記念碑や彫像で飾られている。本堂の東側に位置する18世紀の祭壇は10の独立した祭壇からなる複合的な構造をしており、「視覚的音楽」とも呼ばれるバロック装飾の傑作だ。
この教会も、ソ連の占領期初めには倉庫として使われ大きなダメージを受けた。後に科学思想博物館となり、今も大学に属していた著名学者の肖像画が飾られている。」
(「‘09〜’10年版 地球の歩き方 バルトの国々 エストニア・ラトヴィア・リトアニア」より) -
浮彫がすばらしいヴィリニュス大学の図書館の扉
いかにも中世からあった大学らしいです。
イタリア・ルネサンスの幕開けともいえるギベルティとブルネレスキが対決した彫刻コンクールの対象となったという、フィレンツェのサン・ジョヴァンニ洗礼堂の扉を思い出しました。
表に出ていたこの扉だけでも、ヴィリニュス大学がどんなに見学し甲斐があるのか、うかがえます。
入れなくて残念でした。 -
複雑な大学の構造を示すマップと解説
「1579年にイエズス会によって創設された、バルト世界の中で最も古い大学です。大学の古いキャンバス部分は16〜18世紀に創設されました。古いキャンバスは13の中庭の間に配置されています。建物に様々な様式や時代のものがあることは注目すべきです。中心の建物は管理棟で、図書館と隣接しています。図書館にあるインキュナブラ(活版印刷術が発明された1450年頃から1500年末までに印刷された初期の書物)のような稀少な書物の中には、1547年に印刷された最初のリトアニア語の本があります。最も印象的なのは、フレスコや飾り板に飾られたオープン・ギャラリーに囲まれた1番広い中庭です。大学の内部、特に、レレウェル・ホール、古書室とホワイトホール、そしてリトアニア人学生のためのセンターは大変興味深いです。」
(看板の英語版の説明の私訳) -
イチオシ
大学のすぐそばにあった大統領官邸
これは当然、中の見学はできません。建物を見るだけです。 -
大統領官邸と説明看板
「この建物は旧・総督宮の中心部分でした。最初の宮殿は15世紀に建てられ、1795年のポーランド・リトアニア連合王国の最後の分割のときまでヴィリニュス司教の居城として使われました。その後、総督に与えられました。19世紀、この宮殿には、ナポレオン・ボナパルトやM. クトゥゾフ等、多くの著名な歴史人物たちが訪れました。1824年〜1832年、V. Stasovの設計に基づいて、帝国様式に改築されました。宮殿の両サイドも同様に印象的で、列柱によって飾られています。内部はとりわけ美しいです。大統領オフィスは宮殿の右サイドにあります。」
(看板の英語版の説明の私訳)
大学が見学できないので拍子抜けしてしまい、ここでしばらく休みました。
まだ観光を切り上げるには早かったので、どこを回ろうかと休みながら考えていたとき、郊外も少し回る観光バスに乗ろうと思いつきました。
16時30分発がラストなので、今から大聖堂前広場に戻れば間に合います。 -
大聖堂前広場の観光バス乗り場
観光バス乗り場は市内公共交通のバス停を曲がりしていました。
しばらく待って、16時30分になってもバスが来ないのでヘンだと思い、時刻表をよく見直したら……残念!
16時30分発は市庁舎前の乗り場で、ここ大聖堂前は16時発でした。
つまりバスはとっくに出た後……。
戻ってきて損しました! -
大聖堂前広場で見かけた、鐘を運ぶ車!?
式典で使った鐘でしょうか。
* * * * *
このあとどこへ行こうかと思ったとき、昨日は入れなかった聖アンナ教会に行くことを思いつきました。
そして、当初は特に回ろうと思っていなかったウジュピス地区もちょうど同じ方向なので、さくっと散策することにしました。
その写真と顛末は、次の旅行記にて。
「2010年バルト3国旅行第3日目(3)ヴィリニュス:聖アンナ教会見学&いまひとつ良さの分からなかったウジュピス地区散策」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10526587
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