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高野山は、和歌山県伊都郡高野町にある標高約1,000mの山にあり、平安時代の弘仁10年(819年)頃より弘法大師空海が修行の場として開いた高野山真言宗で、比叡山と並び日本仏教における聖地である。現在は「壇上伽藍」と呼ばれる根本道場を中心とする宗教都市を形成している。山内の寺院数は高野山真言宗総本山金剛峯寺をはじめ117ヶ寺に及び、その約半数が宿坊を兼ねている。<br /><br />平成16年(2004年)7月7日、高野山町石道と山内の6つの建造物が熊野、吉野・大峯と共に『紀伊山地の霊場と参詣道』としてユネスコの世界文化遺産に登録された。<br /><br />

和歌山紀行!①真言密教の聖地・高野山(大門~壇上伽藍)

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2010/10/08 - 2010/10/11

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風遊

風遊さん

高野山は、和歌山県伊都郡高野町にある標高約1,000mの山にあり、平安時代の弘仁10年(819年)頃より弘法大師空海が修行の場として開いた高野山真言宗で、比叡山と並び日本仏教における聖地である。現在は「壇上伽藍」と呼ばれる根本道場を中心とする宗教都市を形成している。山内の寺院数は高野山真言宗総本山金剛峯寺をはじめ117ヶ寺に及び、その約半数が宿坊を兼ねている。

平成16年(2004年)7月7日、高野山町石道と山内の6つの建造物が熊野、吉野・大峯と共に『紀伊山地の霊場と参詣道』としてユネスコの世界文化遺産に登録された。

同行者
友人
交通手段
自家用車
  • 高野山・大門<br />10月8日 広島を21時に出発し、山陽道〜名神道〜近畿自動車道〜西名阪道と夜通し走り、途中香芝SAで仮眠をとり、高野山・大門に着いたのは9:30。少々眠いですが、これからがスタートです。<br />高野山にきて、最初に御目にかかるのは大門です。<br /><br />国の重要文化財に指定されている高野山の総門。

    高野山・大門
    10月8日 広島を21時に出発し、山陽道〜名神道〜近畿自動車道〜西名阪道と夜通し走り、途中香芝SAで仮眠をとり、高野山・大門に着いたのは9:30。少々眠いですが、これからがスタートです。
    高野山にきて、最初に御目にかかるのは大門です。

    国の重要文化財に指定されている高野山の総門。

  • 大門<br />高野山はこれで三度目です。何度来ても、凜としたものを感じます。<br /><br />高野山の入り口は、丹(に)塗りの大きな門が建っております。現在のような門となる以前は、数百メートル下方の旧道、「九折谷」という場所に鳥居があって、これが門になる前身だといわれています。<br /><br />

    大門
    高野山はこれで三度目です。何度来ても、凜としたものを感じます。

    高野山の入り口は、丹(に)塗りの大きな門が建っております。現在のような門となる以前は、数百メートル下方の旧道、「九折谷」という場所に鳥居があって、これが門になる前身だといわれています。

  • 大門の前の高野山道路は<br />日本の道100選に選ばれています<br />

    大門の前の高野山道路は
    日本の道100選に選ばれています

  • 阿形像は、京都の仏師であり高野山大仏師をも名乗った康意が造立し、胎内の背位置に留められていた銘札から判明しています。 ...<br />

    阿形像は、京都の仏師であり高野山大仏師をも名乗った康意が造立し、胎内の背位置に留められていた銘札から判明しています。 ...

  • 吽形像は同じく京都五条の仏師、運長が造立したことが胎内の背位置に留められていた銘札から判明しています。

    吽形像は同じく京都五条の仏師、運長が造立したことが胎内の背位置に留められていた銘札から判明しています。

  • 重文|金剛力士立像|二躯|元禄16年造立|平成10年4月15日指定<br /><br />大門の仁王像(金剛力士立像)は、その大きさからすると、奈良の東大寺南大門の仁王像に次ぐ、我が国二番目の巨像となるようです。阿形像の像高は 546.0センチメートル、吽形像は558.0センチメートルあります。向かって右の阿形像は、京都の仏師であり高野山大仏師をも名乗った康意が造立し、吽形像は同じく京都五条の仏師、運長が造立したことが胎内の背位置に留められていた銘札から判明しています。また両像の造立に関わる関連資料が別に伝わっており、それによると、元禄9年(1696)から10年にかけて、康伝、康意、康敬、運長など、当時の著名仏師による仕様見積書等がそれぞれに提出されていたことがわかりました。当時の仁王像造立過程を知る上で貴重な資料ということから、重要文化財金剛力士立像の付属品として取り扱われることになりました。(資料参照)<br /><br />

    重文|金剛力士立像|二躯|元禄16年造立|平成10年4月15日指定

    大門の仁王像(金剛力士立像)は、その大きさからすると、奈良の東大寺南大門の仁王像に次ぐ、我が国二番目の巨像となるようです。阿形像の像高は 546.0センチメートル、吽形像は558.0センチメートルあります。向かって右の阿形像は、京都の仏師であり高野山大仏師をも名乗った康意が造立し、吽形像は同じく京都五条の仏師、運長が造立したことが胎内の背位置に留められていた銘札から判明しています。また両像の造立に関わる関連資料が別に伝わっており、それによると、元禄9年(1696)から10年にかけて、康伝、康意、康敬、運長など、当時の著名仏師による仕様見積書等がそれぞれに提出されていたことがわかりました。当時の仁王像造立過程を知る上で貴重な資料ということから、重要文化財金剛力士立像の付属品として取り扱われることになりました。(資料参照)

  • 金堂と根本大塔

    金堂と根本大塔

  • 金堂<br /><br />高野山御開創当時は講堂と呼ばれていました。平安時代半ばから、高野山の総本堂として重要な役割を果たしてきました。<br /><br />現在の建物は7度目の再建で、昭和7年(1932年)に完成しました。梁間23.8メートル、桁行30メートル、高さ23.73メートル、入母屋造りですが、関西近代建築の父といわれる武田五一博士の手によって、耐震耐火を考慮した鉄骨鉄筋コンクリート構造で設計、建立されました。<br /><br />内部の壁画は岡倉天心の理想に傾倒し、日本美術院の発展に貢献した木村武山(ぶざん)画伯の筆によって、「釈迦成道驚覚開示(しゃくそんじょうどうきょうがくかいじ)の図」や「八供養菩薩像(はっくようぼさつぞう)」が整えられました。本尊の薬師如来(秘仏)は、洋彫刻の写実主義に関心をよせ、江戸時代までの木彫技術に写実主義を取り入れて、木彫を近代化することに貢献された、高村光雲仏師によって造立されました。(資料参照)<br /><br />

    金堂

    高野山御開創当時は講堂と呼ばれていました。平安時代半ばから、高野山の総本堂として重要な役割を果たしてきました。

    現在の建物は7度目の再建で、昭和7年(1932年)に完成しました。梁間23.8メートル、桁行30メートル、高さ23.73メートル、入母屋造りですが、関西近代建築の父といわれる武田五一博士の手によって、耐震耐火を考慮した鉄骨鉄筋コンクリート構造で設計、建立されました。

    内部の壁画は岡倉天心の理想に傾倒し、日本美術院の発展に貢献した木村武山(ぶざん)画伯の筆によって、「釈迦成道驚覚開示(しゃくそんじょうどうきょうがくかいじ)の図」や「八供養菩薩像(はっくようぼさつぞう)」が整えられました。本尊の薬師如来(秘仏)は、洋彫刻の写実主義に関心をよせ、江戸時代までの木彫技術に写実主義を取り入れて、木彫を近代化することに貢献された、高村光雲仏師によって造立されました。(資料参照)

  • 金堂からの六角経堂

    金堂からの六角経堂

  • 金堂

    金堂

  • 金堂の廊下を一周します。

    金堂の廊下を一周します。

  • 右手に根本大塔が見えます。

    右手に根本大塔が見えます。

  • これ!なんて言うんでしょうね?<br /><br />多分クサビかなんかを隠している飾り物?

    これ!なんて言うんでしょうね?

    多分クサビかなんかを隠している飾り物?

  • 御影堂

    御影堂

  • 准てい堂と孔雀堂

    准てい堂と孔雀堂

  • 六角経堂

    六角経堂

  • 空海が中国の都、長安に留学し、帰国後、高野山の地に真言宗を開きましたが、その第一段階は根本道場としての伽藍の建設でした。まず金堂と高野明神の御社を築造。引き続き大塔、その他の諸堂を建築されました。<br />現在では、大塔の鎮まる壇として、壇上伽藍の総称で呼ばれています

    空海が中国の都、長安に留学し、帰国後、高野山の地に真言宗を開きましたが、その第一段階は根本道場としての伽藍の建設でした。まず金堂と高野明神の御社を築造。引き続き大塔、その他の諸堂を建築されました。
    現在では、大塔の鎮まる壇として、壇上伽藍の総称で呼ばれています

  • 根本大塔<br />高野山の象徴的な朱塗りの多宝塔。高さ48.5m。<br />日本で最初に建てられた多宝塔。現存の塔は、昭和12年の再建。<br /><br />

    根本大塔
    高野山の象徴的な朱塗りの多宝塔。高さ48.5m。
    日本で最初に建てられた多宝塔。現存の塔は、昭和12年の再建。

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