2010/09/07 - 2010/09/07
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コクリコさん
今年の9月に奈良に旅行するのは予定外のことでした。
ユーロが安くて涼しいフランスに行きたかった夫が諸々の事情で行けなかったため「2年振りに奈良に行ってN氏(夫の大学の先輩)にでも会ってくるか」と、急に言い出し急遽奈良行きが決まったのです。
2年前の春の奈良旅行に登場するN氏です。
あの時は桜が美しく、葛城古道を気持ち良く歩いたのでした。
今年の9月初めの奈良は単なる暑さではなく猛暑疲れしてしまった奈良ですが、思い出すとやはり懐かしい。
N氏との楽しいドライブの一日が始まります。
-
奈良三条通の交差点でN氏の軽四輪が待っていました。
見覚えのある軽四輪。
2年前も若葉マークつけてたけどまだつけてる。
N氏はこの軽四輪に12年も乗ってるんですよ。
「初心者マークは娘のだ」
と、2年前も言ってましたっけ。
今回奈良に来る前から何度もN氏と電話とメールのやり取りしたのは私。
「行きたい所をピックアップしてくれ」と言うので夫の行ったことのない「今井町、當麻寺、信貴山」とメールを送りました。
今井町には気が進まないN氏。
これに吉野を加えたいらしいのです。
たった1日で今井町、當麻、信貴山、吉野山なんて無理ですよね。
いったい何考えているんだか(^^;)
クソ暑くて退屈な毎日を私たちと奈良をドライブすることだけを楽しみに生きていたというN氏の運転中の後姿です。
後姿から張り切り様がありありと伝わってきます。 -
奈良を出発して今井町に行く前にちょっと寄り道する、というのでどこに行くのかなぁと思っていたら、、、
車を止めて指さす方向を見たらなんと「唐古・鍵遺跡」の文字が!
わーい、唐古遺跡!
遥か昔、考古学少女だった私が「唐古遺跡っていったいどんなところう」と夢見てたことがあった。
N氏はそんなこと知るはずはないのに、何かテレパシーが通じたのかしら。
夫も教科書に出ていた「唐古遺跡」の前に立って喜んでいました。 -
遺跡へは木でできた簡単な階段を登ります。
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「唐古・鍵遺跡」の案内板。
弥生時代に唐古池と鍵池一帯に集落の遺跡がありました。
飛鳥に近いこの地帯は古くから人々が住み文明があったのですね。 -
目の前の池が案内板にある「唐古池」
遠くに見える低い山々が奈良盆地って感じ。
あの山の麓は山の辺道なんじゃないかしら。 -
「唐古池の周りを少しだけ歩くよ。
ここにはマムシが多いから」
と案内するN氏。
唐古・鍵遺跡全部を見学するには時間が足りないし、マムシもいるんじゃ仕方ない。
マムシのいない冬に来るしかないですね。
でも予定外の唐古遺跡、車がなければ来られなかった。
N氏ありがとう! -
唐古池の端に楼閣が復元されていました。
どこかで見たことあるなぁ、と思ったら記念切手になっています。
平成3年秋、唐古・鍵遺跡の第47次調査において楼閣が描かれた土器片が2片出土され、その土器片に描かれいてた楼閣を元に復元されたそうです。
この土器片は弥生時代中期(紀元前1世紀)のもので、すでにこの時代に大陸文化を取り入れた建築物があったことを証明する資料となりました。 -
一つの土器片には二層の屋根、大きな渦巻き状の棟飾り、3羽の鳥と考えられる波線が描かれ、もう一つの土器片には2本の柱と刻み梯子が描かれています。
この建物の表現から宗教的な建物ではないかと考えられているそうです。
卑弥呼の時代以前の建物は大和の景色にすっかり溶け込んでいました。
「いい建物だなあ」
と3人で頷きあいました。
この楼閣があるのは唐古遺跡のほんの一部分、唐古・鍵遺跡は思っていたより広く、大きな集落がここにあったことがうかがわれます。 -
唐古・鍵遺跡を少しだけ見て今井町に向かいます。
N氏が嬉しそうに見せてくれた真新しい赤い帽子。
「今、ボランティアでこんなことしてるんや」
《京都府 緑の指導員》
府内の豊かな自然環境(森林・鳥獣)の保全管理のために従事しているそうです(仕事のない時に) -
奈良に来る前、私がN氏に「今井町」のリクエストをしたら、
「今井町、2年前に行ったけど古い家が並んでるだけで綺麗すぎてつまんないで。あんなとこ30分ありゃええわ」
と乗り気ではありません。
私は30年位前に妹と一度今井町を訪ねていて、その時はピンと来ず「なんだかつまらないわね」(奈良のお寺や仏像の方にずっと惹かれていたため)とシラけていたのでした。、
やはり2,3年前に今井町を歩いた息子が
「良かったよ。川越や倉敷みたいにチャラチャラ観光地化してなくて」
と言うので久しぶりに行ってみたくなったのです。
さて、N氏の運転する車は《今井まちなみ交流センター華甍》(写真)に隣接する駐車場に入ります。
「なんやで〜2年前に来た時は無料だったのに、駐車料金とりよって」(ハイハイ駐車代はモチロン私たちが払います。いくらだったか忘れた^^)。
☆今井町へは鉄道で行く場合は近鉄橿原線に乗り「八木西口」下車徒歩3分。 -
《今井まちなみ交流センター》から北上し、北尊坊通から歩き始めることに。
スタートは案内板確認から。
N氏の後をついて行くだけなので、私は旅行記を書きながら「どこ歩いたのか?」と心もとないのです。 -
今井町は天文年間(1532〜1555)に造られた町並みが今も残る寺町。
日本全国にある所謂<古い町並>と違って町全体が古い町並で、その中で普通に人々が暮らしているのです。
そこが今井町の素晴らしいところだと思います。
その中でも10軒ほどある文化財に指定されている豪商の家が見学でき、町歩きのポイントになっています。
しかしながら私の写真ではその建物や町並みの美しさが表現できなかったので、違うものを多くUPしました。
《髪技屋 る美》ルビーと読むらしい。
床屋さんかな? でもヘアーカウンセラーとなっている。
どっちでも良いけど味のある看板が気に入った。 -
南都銀行畝傍支店ですって。
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さすが今井町「おすい」のマンホールまで格調あり。
真ん中の模様は多分《駒つなぎ》だと思います。
☆今井町は本願寺今井一家衆の今井兵部が天文年間(1532〜1555)に大和の一向宗の拠点として今井御坊を開いた所。
その際に造営した東西約600m,南北約310mの寺内町が今の町並みになっている。
現在は民家が約700軒あり、そのうちの7割が古い建物(ガイドブックより)
町は16世紀にできましたが、建物は江戸時代18,9世紀の建物です。
とはいえ、江戸時代の街並みが7割も残っている町は日本では珍しく貴重なことです。 -
☆《山尾家住宅》今井まち衆博物館新堂屋
"新堂屋"の屋号で、両替商や肥料商を営んでいた山尾家の住宅。
町年寄も務めた豪商で18世紀後半築の母屋には明治堪能行幸の折に三条実美と木戸孝允が泊まった部屋もある(ガイドブックより)
入場料400円なので、もちろん入らない。
外観見ただけで充分です。 -
この看板、好き "伝統 今井すし"
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左の道の突き当たりが蓮妙寺。
ちらっと横目で蓮妙寺を横目で見て、もう少し先まで。
この通りは電信柱がないのですっきりしていますでしょう。
江戸時代には電信柱なんてなかったんですから、本来の町並みはこうでなくちゃね。
メインの通りだけは電信柱が埋めてありますが町全体埋めて欲しいです。 -
凝った雨どいのある家。
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《上田家住宅》という「壺屋」の屋号で酒造業を営んでいた堂々とした構えのじ住宅を通り過ぎ・・・見学は事前連絡で見学料200円のため、もちろん通り過ぎる。
粋な生け花教室を見つけてパチリ。
看板もステキですが、格子戸にちょっと小花を飾るなんてアッパレです。 -
北尊坊通を戻り、今度は蓮妙寺への道を歩きます。
私の前を歩く二人の会話を聞いていたら、
N氏「京都の二条陣屋にもこんな町並みがあってな。この間そこを歩いていたら、20代くらいの着物を着たえらい美人がいてな。自分のカメラをワシに渡して『私の写真撮ってください』というから撮ってあげたんだよ。ほんまに綺麗な娘だったなぁ。」
夫「Nさんもカメラ持ってたんでしょ。『僕のカメラでも獲らせてくださいと言えばよかったのに』」
N氏「おー、そうだったなー。何で気がつかなかったんだろう。惜しかったなぁ」
夫「そうですよ。それがきっかけで恋が芽生えるってことも在り得ないこともないですよ」
N氏「そうだよな〜そうだよな〜」(何回もつぶやいている)
「何が『そうだよな〜』なのよ!在り得ない! ウチの夫は何喜ばせてんだ!」
と、心の中で叫ぶ私。
風情のある今井町で、こんな話ばかりしているオジサン二人。 -
こんな私たちだから妙蓮寺にはもちろんお参りしない。
ここが妙蓮寺だと確認しただけ。 -
『手を合わせありがとう 手を合わせごめんなさい』
こんな写真しか撮らない私(^^;) -
どの通りを歩いているのかわかりませんが、多分、中町筋からメインストリート本町筋あたりだと思います。
マンホールには今井町の町並がデザインされています。 -
ここで普通の生活をしている今井町の人々。
和服姿の年配のご婦人が通ったり、乳母車に赤ちゃんをのせている若いお母さんが通ったり、自転車乗ってるおじさんや、セールスマンらしき男性。
どこでも同じ日常の姿なのに時間が静かに通り過ぎて行くように感じるのは今井町だから? -
飾り瓦ここでも見つけた。
桃かなザクロかな?
注意深く観察していればもっとたくさん飾り瓦の捕獲をしたのに。 -
N氏に似ている飾り瓦は鯛を持っているから恵比寿様。
「今井町って随分良くなったなぁ。2年前はこんなじゃなかったよ」
とN氏。
「私が来た30年前と比べると電信柱も減ったしかなり整頓されたけど、2年前とは変わってないと思うけど・・・2年前と変わったのは駐車代払わされたことだけじゃないの?」
と心の中でつぶやく私。 -
《虫籠窓》
主に漆喰の"塗屋造り"と呼ばれている町家建築の二階部分に取り付けられた窓で、縦に格子状の開口を設けた固定窓です。
窓の開け閉めはできず、明り取りや通風を目的として造られています。
関西地方に多く、私は2年前の木津、葛城でたくさん見かけました。
もちろん今井町の家々でも虫籠窓が多く見られます。 -
《今井町並保存整備事務所》では虫籠窓を造る行程が写真パネルで説明されていました。
ここは入場無料なので入ったのだと思います。
でもゆっくり見る時間がなかったため、ざっと。 -
これも《今井町並保存整備事務所》内部の写真だと思いますが、、、
当時の人たちが使った道具が展示されていたり、住まいの様子など見たように思いますが、あまり覚えていません。 -
お隣の《旧米谷家住宅(重文)》も無料なので入りました。
入り口のドアノックのようなものは《駒つなぎ》です。
その名の通り馬をつないでおくもの。
ヨーロッパの町ではよく見かけましたが日本では気がつかなかったのか初めてみました。
今井町の旧家には意匠を凝らした「駒つなぎ」があり、そのデザインによって家の格式がわかるそうです。
が、しかし、すっ飛んで今井町を見学したためたくさん《駒つなぎ》を見つけ写真に撮る時間がありませんでした。
飾り瓦もしかり・・・今井町には駒つなぎ、飾り瓦、家の外壁の紋など、お宝が多いのに残念です。 -
旧米谷家は"米忠"の屋号で金物商や肥料商を営んでいたそうです。
18世紀後半の切妻造り、五間取りの座敷に煙出し月の土間が見られます。
台所のかまど。 -
裏庭の座敷。
N氏「"上がってはいけない"って書いてないから上がって写したらええよ」
私「書いてなくてもお座敷に上がって良いのかなー」
N氏「書いてないから良いんじゃよ、ほれ上がって写してみ」
私「うーん」
N氏の言うことはあてにならないので、家の人に
「"禁止"と書いてないけれどお座敷に上がって見ても良いのですか?」
と聞くと、
「わー、ダメです、ダメです」
ほらね〜(^^;)
このお座敷は正面の襖の奥を開くと土蔵がある《蔵前座敷》と呼ばれている座敷。 -
こちらが嘉永2(1849)年築の土蔵。
-
《音村家住宅(重文)》(見学料200円)はスルーして、中町筋通りだと思われる通りへ。
江戸時代の町並とはいえ、自転車を漕ぐ人の後姿を見ていると昭和30年代にタイムスリップしたよう。
観光客がほとんどいないので、見学者も町に溶け込んだかのようにゆったり見学しています。
今日は町民の生活を邪魔する行儀の悪い非常識な観光客はいないようです(N氏はご愛嬌ということで^^;) -
今井町歩きの楽しさ・・・
玄関の戸に小さな輪っかの注連縄。 -
お豆腐屋さん、
《大和あげ》ってどんなあげどうふなんだろう。
近くに住んでいたら毎日買いに来たい。 -
風船カズラが簾代わり。
それぞれの家の前には工夫を凝らした花々が植えられていましたが、ブレた写真ばかりで旅行記にはUPしませんでした。
どなたかの今井町旅行記には今井町の花の写真がステキに紹介されていました。
町並を美しく保つために皆さんがんばっておられるようです。
ヨーロッパの町や村は本当にそう。どこで途中下車しても美しい。
それは重要なことだと思います。 -
町屋茶屋《古伊》
築約300年の町屋を江戸時代の雰囲気そのままに利用。
自家製のわらび餅(飲み物付450円)がいただけるそうです。
N氏や夫が一緒なのでこんな時はつくづく一人か女友達と来た方が良いなぁと思う瞬間です。
美味しい(美味しいことが肝心)ワラビ餅が大好きなので、今回の旅でも何回が食べました(どうってことない味のわらび餅もあったけど^^;) -
-
今井町に現存する一番古い住宅《今西家住宅》
慶安3(1650)年に建てられた住宅です。
今西家だけは今でも覚えていたぞ(^^)/
今西家は見学無料ですが、4月15日〜5月14日、10月15日〜11月14日しか公開されていません。 -
今井西口門跡の側にある《今井児童公園》
今西家住宅から寄贈された土地を使ってつくられた公園。
地下には100tの耐震性防火水槽と、60tの貯水槽が埋め込まれ、防災施設となっているそうです。
ここで水など飲んだり、お手洗いに入ったり暫し休憩。
N氏が最近司馬遼太郎に凝っていて『関が原』について熱く語っていました。 -
旧常福寺観音堂にちょっと入ってみましょう。
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旧観音堂ですが、現在は春日神社のようです。
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工事中なので殺風景です。
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石灯篭彫られている鹿。
N氏には鹿に見えないらしく「鹿に見えんよ」
「牛」とか「犬」だとか言っていました。
角があるんだからどう見ても鹿ですよね。
しっかり証拠写真を撮りました。
春日神社なんだから鹿に決まってるじゃないの。。。やれやれ -
最後に中尊坊通をぶらぶら。
このお宅の郵便箱が実に良いですね〜 -
アトリエ《百合》
今井町にもアトリエですか・・・南仏の鷲巣村のエズやサン・ポール村にはこんな看板のアトリエがたくさんあったなぁ。
古い町並を利用したアトリエって世界共通なんですね。 -
外壁に『木』の紋の浮き彫りのある《豊田家住宅(重文)》(見学料200円)
材木商だったそうです。
正面の飾り格子など豪壮な造りの家。 -
床屋さん。
町の建物は今井町の景観を損なわないように建てられています。 -
この屋根に座っている飾り瓦はどなたでしょうか。
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《夢ら咲長屋》
たくさんのお店が入っていて自由に見ることができます。 -
時間がないから長屋を通りから覗くだけ〜
間口が狭く奥が深い町屋造りですね。 -
長屋の住民のポスト。
-
猛暑の中を歩きまわる私たちには"かき氷"に誘惑されそうですが、先を急がなくてはなりません。
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いいね、このお醤油屋さん。
今井町に短期スティできる貸家などがあったら、1週間位滞在して、ここのお醤油も買って試してみたい。
隣に《太閤本陣跡》の建物がありますが、説明版を見て駐車場に戻ります。
N氏は「今井町は30分も見れば充分だ」
と言っていましたが、結局1時間半滞在しました。
それでも三分の一くらいしか見られませんでした。
見学料のかかる住宅には入りませんし、お寺もひとつひとつ見ていないし、お店で一服の休憩もしなかった。
満足するには3時間位は必要だと思います。
私としては住宅内見学はほどほどで良いから飾り瓦や、紋、駒つなぎをもっと見つけたかった。
そして、わらび餅など食べて、夢ら咲長屋を覗いたり、お菓子など買ったりしたかったなあ。
またいつか来られる時のためにお楽しみはとっておくことにしましょうか。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 唐辛子婆さん 2010/11/06 16:13:30
- N氏
- コクリコさん、こんにちは
我が家の近くの仏壇屋には
「おててのしわとしわをあわせてしあわせ。」と書いてあるでぇ(^o^)
いよいよN氏登場。
緑保全のお仕事してらっしゃると聞いてますますファンになりました。
今井町、いいですねえ。ぜひ訪れてみたいです。
唐辛子婆
- コクリコさん からの返信 2010/11/06 22:28:50
- RE: N氏
- 唐辛子婆さん、こんばんは。
大量に投票とコメントありがとうございます。
> 我が家の近くの仏壇屋には
> 「おててのしわとしわをあわせてしあわせ。」と書いてあるでぇ(^o^)
お仏壇の「長谷川」でしょ! 我が家の近くにもありますぅ。
テレビでもCMやっていましたよね(^o^)
> いよいよN氏登場。
> 緑保全のお仕事してらっしゃると聞いてますますファンになりました。
「緑の指導員」って、緑を傷つけていないか、草むらに不法投棄していないか、色々見回っているみたいです。
ボランティアだから空いている時にだけだそうですが、それでも大変ですよね。
《歩こう会》も主催しているし。
> 今井町、いいですねえ。ぜひ訪れてみたいです。
良いですよ。町全体があのままで残されていますから。
N氏は大内宿みたいに作られた町並は好きではないみたいです。
今井町も好きではなかったみたいですが大内宿や倉敷と違うから見直したみたいです。
こんな古い町並が残っているのに観光客も少なく、人々の生活に「ちょっとお邪魔します」と歩かせてもらっている感じ。
お土産物屋さんも少ないです。
駅からも近いので、車がなくても大丈夫です。
でも、N氏や夫と一緒だと走りながらついてってるので写真も走りながら。。。
ちょっと覗きたいお店(少しはある)も覗けなかったです。
とはいえ、も少しお土産屋さんの多く、古い町並がも少し少ない奈良町も良いぞ〜
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