2010/08/23 - 2010/09/01
13427位(同エリア17084件中)
etretatさん
- etretatさんTOP
- 旅行記127冊
- クチコミ7件
- Q&A回答1件
- 186,528アクセス
- フォロワー1人
右岸と左岸をつなぐパリでいちばん古い通りが、シテ島の真ん中を
走っている。
その名もシテ通り、その両端はセーヌに出て、そこから対岸の岸に出る
ふたつの橋を、川幅の大きさによって区別し、左岸に渡る橋をプチ・ポン
(小さい橋)、右岸に渡る橋をグラン・ポン(大きな橋)と呼んでいた。
どちらもパリで、いちばん古くから橋が架かっていたところである。
かつてパリがローマ帝国の支配下にあったころ、パリには大橋
(現在のノートルダム橋の前身)と小橋の二つの橋しかなかった。
最初に架設された年代もほぼ同じであり、他を圧倒する長い歴史を
持っている。
この橋が歴史上にはっきりと記録されるのは、861年に再建された
石橋からで、この石橋は五径間のアーチ橋だった。
1852年に二径間のアーチは就航に不便なため取り壊され、一径間で
長さ40mのアーチ橋に改修された。
これが現在目にする小橋であり、セーヌで最も小さな橋だ。
- 旅行の満足度
- 4.5
-
マティスの「遅い午後のノートルダム大聖堂」(1902年)。
サン・ミッシェル河岸のアパルトマンから右方を眺めた、フォーヴの誕生を予言する明るい光の絵だ。
プチ・ポンを馬車が通っている。
-
絵にある通り、シテ島側には河岸へ下りる階段が見える。
-
セーヌでいちばん短い橋を渡る。
-
-
-
マルケの「雪のノートルダム大聖堂」(1905年)。
マルケはグラン・ゾーギュスタン河岸のアパルトマンに転居し、ここからノートルダム大聖堂やポン・ヌフを描いた。
セーヌに浮かぶ川舟や露天のブキニストの箱に積もった雪、遠景の薄紫まで雪のグラデーションが見られる。
マティスの絵でも、マルケの絵でもプチ・ポンはノートルダム大聖堂を描くための前景として、その歴史とともに、絵を引き締める潤滑油の役目を果たしている。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
etretatさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
6