2010/09/10 - 2010/09/20
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funasanさん
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リマからナスカの地上絵観光(日帰り)をする場合、2つのオプショナル・ツアーがある。(リマの日本人経営の旅行会社「ミッキー・ツアー」利用)
①定期バス+英語ガイド混載ツアー(34000円)‥‥片道7時間強のバス、30分の遊覧飛行、昼食、早朝発・深夜着
②専用車利用・ピスコ発遊覧飛行(43000円)‥‥片道4時間弱のタクシー、90分の遊覧飛行、昼食、早朝発・夕方着
安全と時間短縮を考えて我々は②を選びナスカの地上絵を見てきた。ただし、リマからの日帰りツアーの場合、一発勝負で、この日の天気が悪化したら、「雲がかかって地上絵が見えない、最悪、フライト中止」もあり得る。どうしても地上絵が見たければ、ナスカに泊まるプラン(当日の午後と翌日の午前の2回のチャンスあり)のほうがいいかもしれない。
写真:ナスカの地上絵「ハチドリ」
私のホームページ『第二の人生を豊かに―ライター舟橋栄二のホームページ―』に旅行記多数あり。
http://www.e-funahashi.jp/
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9月12日(日)午前4時起床。4時半朝食。5時出発。朝食は前夜、ホテルのフロントに早朝出発の旨を連絡しておくと出発時間に合わせて朝食(コンチネンタル・ブレックファースト)を用意してくれる。写真:ピスコ周辺の風景
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ホテルの外は寒い。防寒をしっかりして、スペイン語ドライバーの専用車に乗りこむ。「ブエノス・ディアス!(おはよう)」「ミッキー・ツアー?」「Go to ピスコ?」「ナスカ・ツアー?」等、単語を並べて、間違っていないか確認する。写真:ピスコ近くの町の風景
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外は真っ暗なのでしばらく仮眠する。しかし、気持ちが高まっているせいか、あまり眠れない。写真:ピスコへの分岐点
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7時過ぎになると夜が明けてきたが、空にはどんよりとした雲が覆い視界も悪い。嫌な予感がする。このままピスコ・ナスカも曇っていたら今日のフライトは最悪!写真:ピスコ付近の風景
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しかし、奇跡が起こった。専用車がピスコに近づくと雲が消え、真っ青な空が出てきた。写真:ピスコの町
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そして、ピスコ空港(写真)に到着。約3時間半のドライブである。晴れ渡った空!ナスカの地上絵観光には申し分ない天気である。妻と共に神と仏に感謝する。
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日本人ツアー「ユーラシア旅行社」のバス1台(写真)が空港の駐車場に止まっている。我々のフライトの1本前の便に乗っているようである。
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チェックインの時にパスポートの提示を求められるかな?と思ったがパスポートナンバーの記入だけだった。ピスコ空港税3.65ドル支払いチェックインを完了する。写真:ピスコ空港の待合室
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午前10時過ぎ、12人乗りのセスナ機(写真)に乗り込む。
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座席配置は横1−1の2席だけで、全員が窓側(写真)になり不公平はない。乗客の半数は日本人。
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いざ、テイクオフ!この瞬間がたまらない。写真:管制塔
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ピスコからナスカまで30分間水平飛行し、ナスカで約30分間地上絵遊覧飛行、その後、ピスコまで30分間かけてもどってくる。
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天気が良く、風もないので小さなセスナでも安定している。ほとんど揺れることなく快適な水平飛行を続ける。乗客の皆さんは大喜びでカメラ撮影している。
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セスナが上空に行くにつれてアンデス山脈が見えてくる。意外に山が近い。
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さて、謎多き「ナスカ地上絵」誕生の年代測定は炭素の放射性同位元素によって正確になされ、紀元後300年〜800年にかけてのものと判明した。
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そして、地上絵の線は黒い地表の小石を取り除き、そこに溝を掘って明るい地肌を露出させたものという。
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溝の幅は20?、深さは10?ほどで、近くでみると車のわだちのようにしか見えないという。しかし、空からみると巨大な幾何学模様や様々な絵が浮かびあがってくる。未だ解明されていないミステリーをこれから見に行く。
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何気なく下を見ていると、広大な大地に何本もの直線が走っているのが見える。最初は道路かな?と思ったが、これこそナスカの不可解な直線で300本以上あるという。
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そして、単なる直線から今度は台形(写真)に変わる。上空から見るとまさしく「滑走路」である。
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しかし、それらの滑走路も形を変えて、至る所に「変形台形」(写真)がある。
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私が感動したのがこの写真(写真)である。小山(遺跡)の頂上を基点に2本の直線が延び、1本は直角に折れ曲がって他の1本と平行に進む。見事な長方形を描いている。写真を2度クリックして大きな元画像を見て頂きたい。
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あまり真剣に下ばかり見ていると酔う恐れがあるので、時々遠方の風景(写真)を見てリラックスする。
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ナスカの地上絵を世界的に有名にしたのがアメリカの考古学者・天文学者「ポール・コソック」で、彼は、1939年6月22日、ナスカ川とインヘニオ川の間に位置するナスカ台地を飛行機で飛んでいて、無数の線や巨大な地上絵を発見したという。
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ポール・コソックの研究を受け継ぎ、ナスカの研究に半生を捧げたのがドイツ人「マリア・ライヘ」である。彼女は50年以上の歳月をかけて地上絵の解読と保存に人生を捧げた。
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彼女は砂漠に住み込み、わらぼうきで地上絵の線を掃き清め、略奪から身を守り、疲れを知らずに亡くなる1998年まで研究と保存に努めたという。
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そのライヘ女史の地上絵解釈は「ナスカ人のカレンダー説」である。線は太陽、月、星の軌道、絵はナスカ文化の神だった星座を意味しているという。
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いよいよナスカの地上絵のご登場である。まずは「サル」。サルの体の部分は80m、尻尾は30m、合計110mの巨大絵である。(写真を2度クリックして元画像参照、以下同様)
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お次は「蜘蛛(クモ)」この蜘蛛は46mの大きさでペルーのシンボルとして雨(豊饒と豊作)に関連しているという。
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次は「ハチドリ」。大きさは96mもある。ナスカ文化の人々にとって鳥は特別な存在であったらしい。地上絵にも「コンドル」「オウム」「ペリカン」「ハチドリ」等、複数の鳥が描かれている。
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パンアメリカン・ハイウエイ脇に立つ「ミラドール(観測塔)」の前に大きな「木」(97m)と「手」(45m)が見える。この地上絵の手の指が4本(写真)と5本(写真外)になっているのも謎である。
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200mもある巨大な「オウム」(写真)。巨大絵は豊饒と豊作に関連があり、同時に神聖なる儀式の魔術を表しているとも言われる。
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ナスカ地上絵観光の30分間は、パイロットがサービス精神を出して左先回・右旋回を繰りかえす。これが一気に船酔いを誘う。「やばい!」。遠くの景色(写真)を見て気分を落ち着かせる。
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ピスコへの帰り道は水平飛行なのでそれ程揺れない。しかし、皆さんお疲れ(船酔い)ぎみで機内は静か。1時間半のフライトを終了し、無事にピスコ空港に到着(写真)。
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12時頃、ピスコ飛行場からスペイン語ドライバーの専用車で本日のランチのレストランに向かう。写真:ピスコの海岸
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レストランはピスコ海岸(写真)に面したシーフード・レストラン「プロ・ピスコ」
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店内(写真)に入ってみると、ユーラシア旅行の一行がランチを終える頃であった。
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本日のランチはペルー名物「セビーチェ」(写真)ソフトドリンク付き。
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メインは「ペルー風魚介類のパエリア」(写真)結構うまい味で完食。
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デザートに「プリン」。満足のいくランチであった。午後2時頃、再び専用車に乗り、リマまで帰る。車内では熟睡である。リマのホテル到着は午後5時半頃だったので余裕でホテル滞在ができた。
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