1980/05/25 - 1980/05/27
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YOSHITOさん
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5月25日(日曜)午前11時半のフライトでアムステルダム
スキポール空港からパリへ向う。
フランスでは丁度前の月にはサルトルが亡くなっていた。
政治的にはジスカールデスタン大統領の時代で
社会党のミッテラン政権が誕生したのはこの翌年になる。
翌月曜が実はバンク・ホリディで休日だった。
初めてのパリで1日半の観光が可能になる。
しかし当時はヨーロッパの休日は商店など
も休みが徹底しており大変不便でした。
ビジネスは火曜日になりパリ市内の古い出版社と
雑誌のエージェントを訪ねた。その日の夕刻には
慌しくロンドンヘ戻った。
この旅行記のベースになった私の拙いフランスのHPは
以下です。
http://travelingmaki.kilo.jp/newpage34.html
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KLMオランダ航空のダグラスDC-9でパリまで1時間程のフライト。
さすが日本人は見かけなかった。すぐにパリ上空へ。 -
ホテルはパリのど真中、グッチやローラ・アシュレイも近くにある
と言うサントノーレ通りのホテル・ショワズール。
ヴァンドーム広場の横にあった。近くにはあの名門ホテルRitzもある。 -
しかし少し早い時間にチェックインしたが洗面に髪の毛が落ちている。
そればかりか濡れたタオルまで置いてある。
私はなんと英語でクレームすべきかと考える間もなく受話器を取って
フロントに抗議していた。それでもガイドブックではエレガントな
4星ホテルとなっていた。 -
ホテルの中庭。
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日曜日の午後初めてのパリを立地の良いホテルから歩き出した。
最初に訪ねたのはマドレーヌ寺院。18世紀前半にナポレオン
1世によって建てられた寺院。太い52本の石柱が取り巻く
ギリシャ風の壮大な神殿のような建物である。 -
そこから南へ少し下がってコンコルド広場。広場には2基の噴水が
ありそれをバックに写真を撮る家族連れ。 -
中央には19世紀のはじめにエジプト太守から贈られたと言う高い
オベリスクが立っている。この広場からは西へはシャンゼリゼ通り
で正面には凱旋門が見える。
更に南を見ると遥かにエッフェル塔が見えた。 -
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コンコルド広場の続きがチュイルリー庭園。
庭園の丸池では親子が玩具の舟を浮かべて
遊んでいた。 -
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カルーゼル広場を抜けるとルーブル美術館だ。
実際に館内に入ったのは翌日だった。 -
ルーブルの近くを流れるセーヌ川。
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チェイルリー庭園とルーブル美術館の間に建つカルーゼル凱旋門。
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記念撮影のアジア系の人達。
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ルーブル美術館。
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正面先がルーブル美術館。
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広いオペラ大通りの正面突き当たりに豪華なドームの劇場がある。それが19世紀の後半に13年かけて建てられたと言うオペラ座。
現在はバレエ専用の劇場になっている。 今は一筋脇の通りに移っているパリ三越もこの時には劇場のすぐ手前のビルに入っていた。 -
改築前のオペラ座。
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ホテルのあるサントノーレ通りがオペラ大通りに交差するすぐ手前に
OSAKAと大きな横文字が目立つラーメン亭を見つけた。 -
私はラーメンを食べたが餃子やカレーも作っていた。狭い店はほとんど
日本人でチョッとびっくりした。まだヨーロッパでは日本食は結構珍
しい時代だった。 -
6月26日(月曜日)、いささか眠い朝。昨晩はホテルの中庭で遅く
までパーティの笑い声が響いていた。幸いバンク・ホリディーと言
う名の休日。パリは晴れ。今朝は歩くには少し遠いシャンゼリゼ
大通りの凱旋門へ。初めてのメトロを使って出かける。 -
凱旋門を中心に12本もの通りが正に放射線状に全パリ市内に広
がっている。沢山の車がそのサークルを回っておりその一帯は
ド・ゴール広場と呼ばれている。 -
凱旋門の彫刻。
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慰霊の花束が。
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私が日本人の青年にあったのはその広場だった。2人は日本の
メーカー井上通信機(現アイコム)のビジネスマンで当時の
西ドイツのデュッセルドルフから連休を利用してパリまで遊び
に来ていると言う。小林氏と小沢(コザワ)氏と名乗った。 -
左は小沢氏、右は小林豊明氏。
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東京から出張中の私と3人でシャンゼリゼ大通りを歩く人々
を眺めながらカフェテラスで一服した。ちなみに小沢氏が
シャッターを切ってくれた写真は右が小林氏。
あれから既に40年が過ぎている。日本でご健在だろうか。 -
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その後私が向かったのはエッフェル塔である。高い位置にある
シャイヨー宮からセーヌ川を挟んでエッフェル塔。その先緑の
芝生に覆われたシャン・ド・マルス公園が続きその遥か正面に
は陸軍士官学校がある。 -
見事に左右対称を成している。実に壮大な規模で作られた都市の建築美。
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真下から見たエッフェル塔。
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たまたまここに載せている写真は反対側の士官学校前のジョフル広場
からシャヨー宮を見ている。 -
エッフェル塔に続くシャン・ド・マルス公園
地元の女生徒達。 -
パリ市内では至る所で彫刻を見かける。これはたまたま通りあわせた
モリエールの座像。 -
午後は昨日前まで来ているルーブル美術館でゆっくり過ごした。
時間の許す限り精力的に1人で館内を歩き回った。
ちなみにこの時の入場料は9フランだった。約¥500位か。 -
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ルーブル美術館の中からの風景。
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火曜日パリでの初めての仕事はフランスの雑誌の大手エー
ジェントのドーソン・フランスを訪問。もちろん取引先の
一つであるが担当部長とは初対面だった。彼は幸い英語が
話せて助かった。ランチにはオフィス近くのレストランに
案内され舌平目のムニエルをご馳走になった。
その後はフランスの老舗出版社ドゥノー・ゴーチェ・ヴィラ
ールを訪ねた。1835年創業の科学書の版元。デイレクタ
ーのムッシュ・オジェに面談。 -
彼は英語を話さず輸出部のサロメ女史が通訳をしてくれた。
フランス語と英語が飛び交う商談は私には初めての経験だった。
彼女の英語で救われた。写真右は雑誌部のジョリー。
オジェの話では今日はトラッキングのスト。早めに空港に行か
ないとパリ市内は渋滞すると聞かされた。夕方早目にタクシー
を呼んでくれ、シャルルドゴール空港へ向かった。しかしオフ
ィスを出てしばらくすると車が混み出した。
結局空港までは2時間以上かかりロンドンに戻る私のBA機は
既に離陸していた。BAのカウンターで事情を話すと次のロン
ドン行きはエールフランスがあるからそちらで相談したらと言う。
海外はまだやっと2度目の私には飛行機の乗り遅れは初めての
経験。エールフランスのカウンターではスーツケースは持って
いなかった私は、今なら次のフライトに間に合うと便宜を計っ
てくれ、幸いロンドン行きに飛び乗った。
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