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今から丁度40年前の物語。<br />それは1980年の晩春のこと・・・・などと書くとどん<br />なロマンチックなヨーロッパ紀行かと誤解を与える。<br />昭和55年と言えば大平首相が急死して鈴木善幸首相の<br />時代。当のイギリスは後に鉄の女と言われたサッチャ<br />ー首相が誕生し200万を超える失業者の溢れる英国の<br />建て直しに取り組んでいた。1ポンドは約¥530(買<br />いレート)で現在の¥130からすれば約4倍。ホテル<br />も食事もとても高い。<br />私にはイギリスへ2度目の出張。ロンドン滞在中に大陸の<br />アムステルダムとパリへ4,5日の駆け足の旅を挟んで15日<br />間。イギリスには前年自社のロンドン・オフィスがオー<br />プンしていた。ホテルも現地で手配済みで一昨年のこと<br />を思えば大いに助かる。<br />ロンドン滞在中もイングランド南部のフォークストーン<br />を始め北部のケンブリッジと毎日慌しい日帰り出張。<br />写真はビジネスで訪ねたロンドン市内の自然史博物館。<br />小さな人物―それが私です。英国の旅は私のHPでも紹介しています。<br />http://travelingmaki.kilo.jp/newpage42.html<br />(これをUpして既に10年が過ぎ、今回Titleの30年前を40年前と変更<br />しました。2020年5月11日 牧義人)

40年前のヨーロッパ (1) 2度目の英国

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1980/05/17 - 1980/05/31

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YOSHITO

YOSHITOさん

今から丁度40年前の物語。
それは1980年の晩春のこと・・・・などと書くとどん
なロマンチックなヨーロッパ紀行かと誤解を与える。
昭和55年と言えば大平首相が急死して鈴木善幸首相の
時代。当のイギリスは後に鉄の女と言われたサッチャ
ー首相が誕生し200万を超える失業者の溢れる英国の
建て直しに取り組んでいた。1ポンドは約¥530(買
いレート)で現在の¥130からすれば約4倍。ホテル
も食事もとても高い。
私にはイギリスへ2度目の出張。ロンドン滞在中に大陸の
アムステルダムとパリへ4,5日の駆け足の旅を挟んで15日
間。イギリスには前年自社のロンドン・オフィスがオー
プンしていた。ホテルも現地で手配済みで一昨年のこと
を思えば大いに助かる。
ロンドン滞在中もイングランド南部のフォークストーン
を始め北部のケンブリッジと毎日慌しい日帰り出張。
写真はビジネスで訪ねたロンドン市内の自然史博物館。
小さな人物―それが私です。英国の旅は私のHPでも紹介しています。
http://travelingmaki.kilo.jp/newpage42.html
(これをUpして既に10年が過ぎ、今回Titleの30年前を40年前と変更
しました。2020年5月11日 牧義人)

同行者
一人旅
一人あたり費用
50万円 - 100万円
交通手段
鉄道
航空会社
ブリティッシュエアウェイズ
  • 1980年5月それは2度目のLondon訪問。<br />当時のヨーロッパへの北周りコースは言う<br />までもなく米国アラスカ州アンカレッジ経由。<br />直行便で現在より5時間長い17時間の飛行。<br />写真はアンカレッジ空港のBAの747jet機。<br />

    1980年5月それは2度目のLondon訪問。
    当時のヨーロッパへの北周りコースは言う
    までもなく米国アラスカ州アンカレッジ経由。
    直行便で現在より5時間長い17時間の飛行。
    写真はアンカレッジ空港のBAの747jet機。

  • 今回取引先の訪問は英国内はもとよりオラン<br />ダ,フランス と予定していたのでロンドン<br />の名所を訪ねると言った時間はとれない。<br />昨年オープンしたロンドン・オフィスが手配<br />してくれたメトロポール・ホテルへチェック<br />イン。<br />このホテルには大陸への小旅行を挟んで10日<br />程泊っていた。

    今回取引先の訪問は英国内はもとよりオラン
    ダ,フランス と予定していたのでロンドン
    の名所を訪ねると言った時間はとれない。
    昨年オープンしたロンドン・オフィスが手配
    してくれたメトロポール・ホテルへチェック
    イン。
    このホテルには大陸への小旅行を挟んで10日
    程泊っていた。

  • 英国内でもイングランド西部ではベイジング<br />ストーク、オックスフォード、スラウ。北部<br />ではステイヴイナッジ、ケンブリッジそして<br />南部ではフォークストーンまで行く。<br />大学出版局を始め学会の事務局、商業出版<br />社、出版取次店と多様な訪問先である。<br />写真はEdgeware Roadのホテル自室からの<br />街並み。

    英国内でもイングランド西部ではベイジング
    ストーク、オックスフォード、スラウ。北部
    ではステイヴイナッジ、ケンブリッジそして
    南部ではフォークストーンまで行く。
    大学出版局を始め学会の事務局、商業出版
    社、出版取次店と多様な訪問先である。
    写真はEdgeware Roadのホテル自室からの
    街並み。

  • London初日の写真はフィルムトラブルで<br />ほとんど残っていない。<br />この写真は市内の何処であったか。

    London初日の写真はフィルムトラブルで
    ほとんど残っていない。
    この写真は市内の何処であったか。

  • ロンドン2日目はイングランド南部の<br />Folkstoneに出かけた。出発点のチャリング・<br />クロス駅。

    ロンドン2日目はイングランド南部の
    Folkstoneに出かけた。出発点のチャリング・
    クロス駅。

  • 今日はイングランドの南の町Folkestoneへ<br />日帰り出張。南部は初めてで車窓からの風景<br />を楽しんだ。西や北へと同様に牛や羊が草を<br />食む牧草地帯を見ることが出来た。 <br /><br /><br />  <br />  

    今日はイングランドの南の町Folkestoneへ
    日帰り出張。南部は初めてで車窓からの風景
    を楽しんだ。西や北へと同様に牛や羊が草を
    食む牧草地帯を見ることが出来た。 


      
      

  • フォークストーン中央駅のプラットフォーム。<br />もっともケント州のフォークストーンは南部<br />には違いないがイングランドの東の外れになる。<br />すぐ近くのドーバーは海路フランスやベルギー<br />への港として知られていたがこの時代は全くの<br />田舎の港町に過ぎなかった。<br />

    フォークストーン中央駅のプラットフォーム。
    もっともケント州のフォークストーンは南部
    には違いないがイングランドの東の外れになる。
    すぐ近くのドーバーは海路フランスやベルギー
    への港として知られていたがこの時代は全くの
    田舎の港町に過ぎなかった。

  • 私が訪ねたドーソン社は英国の雑誌を海外<br />へ輸出する雑誌の取次会社だった。我々は<br />同社からかなりの学術雑誌を輸入していた。<br /><br />DirectorのMr.Barnes<br />午前中の商談を終えるとランチに誘われ二<br />人の役員と共に車でド―バー海峡を眼下に<br />するレストランへ出かけた。最初入った部<br />屋では食前酒だけが運ばれてきた。その後<br />で初めてディナーとも言えるテーブルにつ<br />きフルコースが供された。

    私が訪ねたドーソン社は英国の雑誌を海外
    へ輸出する雑誌の取次会社だった。我々は
    同社からかなりの学術雑誌を輸入していた。

    DirectorのMr.Barnes
    午前中の商談を終えるとランチに誘われ二
    人の役員と共に車でド―バー海峡を眼下に
    するレストランへ出かけた。最初入った部
    屋では食前酒だけが運ばれてきた。その後
    で初めてディナーとも言えるテーブルにつ
    きフルコースが供された。

  • Sales Manager Mr.Jones<br />今日初めて面談したバーンズ氏は食事をし<br />ながら、イギリスは未だ2度目と言う私の<br />英語の話になり、<br />「私は先ず日本語で考えて、それを英語で<br />作文しながら話している」<br />「ミスター・マキ!それは大変だ。疲れる<br />だろう」  <br />レストランを出るとすぐ前の岸壁に立った。      バ―ンズ氏は対岸を指差して<br />「あれがフランスのカレーです。40キロ<br />とないでしょう」<br />「フランスがこんなに近いですか」この時<br />代にはド―バー海峡の海底トンネルはまだ<br />無かった。しかし今や英仏を結ぶ”ユーロ<br />トンネルの都市”フォークストーンである。<br />そして同じ南部の都市ブライトンのように<br />結構英語学校が多いと言う。<br /><br />

    Sales Manager Mr.Jones
    今日初めて面談したバーンズ氏は食事をし
    ながら、イギリスは未だ2度目と言う私の
    英語の話になり、
    「私は先ず日本語で考えて、それを英語で
    作文しながら話している」
    「ミスター・マキ!それは大変だ。疲れる
    だろう」  
    レストランを出るとすぐ前の岸壁に立った。      バ―ンズ氏は対岸を指差して
    「あれがフランスのカレーです。40キロ
    とないでしょう」
    「フランスがこんなに近いですか」この時
    代にはド―バー海峡の海底トンネルはまだ
    無かった。しかし今や英仏を結ぶ”ユーロ
    トンネルの都市”フォークストーンである。
    そして同じ南部の都市ブライトンのように
    結構英語学校が多いと言う。

  • ロンドンのチャリング・クロス駅には夕刻<br />戻った。駅を出るとすぐネルソン提督の高<br />い塔の建つトラファルガー広場だ。<br />観光をする時間の無い日程ではあるがホテ<br />ルへ帰るひと時をたくさんの鳩が群がる広<br />場で一人静かな時間を持った。<br /><br />   <br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />  

    ロンドンのチャリング・クロス駅には夕刻
    戻った。駅を出るとすぐネルソン提督の高
    い塔の建つトラファルガー広場だ。
    観光をする時間の無い日程ではあるがホテ
    ルへ帰るひと時をたくさんの鳩が群がる広
    場で一人静かな時間を持った。

       






      

  •   <br />初夏のロンドンの6時はまるで東京の真昼<br />の明るさ。その後どんな道を歩いてピカデ<br />リー・サーカスまで着いたかよくは覚えて<br />いない。しかし2年ぶりのロンドンを散策<br />するには快適な気候だった。<br />

      
    初夏のロンドンの6時はまるで東京の真昼
    の明るさ。その後どんな道を歩いてピカデ
    リー・サーカスまで着いたかよくは覚えて
    いない。しかし2年ぶりのロンドンを散策
    するには快適な気候だった。

  • ロンドンのバーバリ本店。

    ロンドンのバーバリ本店。

  • 翌3日目の5月20日ロンドン近郊の町、<br />Slaughは汽車で西に約30分の距離。<br />スラウの小さな駅の改札を出ると、<br />「ミスター・マキですか。お待ちしていました」 <br />「マキです。有難うございます」<br />と言って迎えの車に乗った。 <br /><br />田舎の町の瀟洒な白い建物が英国農務省出版<br />局である。

    翌3日目の5月20日ロンドン近郊の町、
    Slaughは汽車で西に約30分の距離。
    スラウの小さな駅の改札を出ると、
    「ミスター・マキですか。お待ちしていました」 
    「マキです。有難うございます」
    と言って迎えの車に乗った。 

    田舎の町の瀟洒な白い建物が英国農務省出版
    局である。

  •  

     

  • オフィスで私を迎えてくれたのはニュートン<br />博士であった。午前中彼の部屋でコーヒーを<br />飲みながら来日の日程を打ち合わせていた<br />が、昼になりレストランへ行こうという彼の<br />車に乗った。<br />眼鏡の奥のニュートン博士の鋭い目をつい<br />この間のように思い出す。

    オフィスで私を迎えてくれたのはニュートン
    博士であった。午前中彼の部屋でコーヒーを
    飲みながら来日の日程を打ち合わせていた
    が、昼になりレストランへ行こうという彼の
    車に乗った。
    眼鏡の奥のニュートン博士の鋭い目をつい
    この間のように思い出す。

  • オフィスの前は農務省の出版局らしく<br />庭園になっていた。

    オフィスの前は農務省の出版局らしく
    庭園になっていた。

  • CABの正面入口。<br />Dr.Newtonの撮影。

    CABの正面入口。
    Dr.Newtonの撮影。

  • 4日目、5月21日は2年ぶりに英国南部ハ<br />ンプシャー州の Basingstoke <br />を訪れた。ロンドンから西に70キロ程<br />の距離。近年はIBMやエクソンとハイ<br />テク企業が集まっている街であるが、当<br />時は静かな田舎町と言ってよかった。<br />あのコートで有名な Burberry <br />が19世紀半ばにここべージングストー<br />クに洋服店を開いたと言うのが唯一の話題。<br />ルイス社長はじめ役員などに再会した。<br />  <br /><br />

    4日目、5月21日は2年ぶりに英国南部ハ
    ンプシャー州の Basingstoke
    を訪れた。ロンドンから西に70キロ程
    の距離。近年はIBMやエクソンとハイ
    テク企業が集まっている街であるが、当
    時は静かな田舎町と言ってよかった。
    あのコートで有名な Burberry 
    が19世紀半ばにここべージングストー
    クに洋服店を開いたと言うのが唯一の話題。
    ルイス社長はじめ役員などに再会した。
      

  • ロンドン滞在中は毎日地方都市への日帰り<br />出張をしていた。この日も昨年開設したば<br />かりのロンドン事務所の若い筆保支配人と<br />テイラー&フランシス社の本社に来ていた。<br />当時同社の全書籍、雑誌の日本での販売総<br />代理店をしていたのでお互いに緊密な関係<br />であった。<br />同社の会長ネヴィル・モットー博士は19<br />77年にはノーベル物理学賞を受賞されて<br />いた。<br /><br />

    ロンドン滞在中は毎日地方都市への日帰り
    出張をしていた。この日も昨年開設したば
    かりのロンドン事務所の若い筆保支配人と
    テイラー&フランシス社の本社に来ていた。
    当時同社の全書籍、雑誌の日本での販売総
    代理店をしていたのでお互いに緊密な関係
    であった。
    同社の会長ネヴィル・モットー博士は19
    77年にはノーベル物理学賞を受賞されて
    いた。

  • 翌6月22日はロンドンより北へ30分程の <br />Stevenage へ出張。行き先は当時<br />私の所属していた会社がSole Agentをして<br />いた英国生化学会である。 <br />ロンドン・オフィスの筆保支配人も同行。<br />契約更新に向け学会側は法務担当も出席し厳<br />しい条件の詰めの議論になった。<br />スティヴナッジはもちろん観光の時間はない。<br />特に何かある町とも思えなかったが。<br /><br />ロンドンでは連日の日帰り出張であるが、明<br />日から4,5日アムステルダムからパリに出<br />張してくる予定。<br /> <br />

    翌6月22日はロンドンより北へ30分程の 
    Stevenage へ出張。行き先は当時
    私の所属していた会社がSole Agentをして
    いた英国生化学会である。
    ロンドン・オフィスの筆保支配人も同行。
    契約更新に向け学会側は法務担当も出席し厳
    しい条件の詰めの議論になった。
    スティヴナッジはもちろん観光の時間はない。
    特に何かある町とも思えなかったが。

    ロンドンでは連日の日帰り出張であるが、明
    日から4,5日アムステルダムからパリに出
    張してくる予定。
     

  • 5日振りに英国へ戻ってきた。5月28日は<br />大学都市ケンブリッジへ。<br />ロンドンはキングス・クロス駅から北に<br />およそ100キロの距離、1時間15分。<br />タクシーの車窓から眺めたケンブリッジは<br />市内も大学キャンパスもまるで公園の中を<br />走っているようだ。緑一杯の林の中をきれ<br />いなケム川が流れている。<br />写真はケンブリッジ大学出版局の新社屋と<br />ナイト氏。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />

    5日振りに英国へ戻ってきた。5月28日は
    大学都市ケンブリッジへ。
    ロンドンはキングス・クロス駅から北に
    およそ100キロの距離、1時間15分。
    タクシーの車窓から眺めたケンブリッジは
    市内も大学キャンパスもまるで公園の中を
    走っているようだ。緑一杯の林の中をきれ
    いなケム川が流れている。
    写真はケンブリッジ大学出版局の新社屋と
    ナイト氏。




















  • 当時私の所属していた会社はケンブリッジ<br />大学が発行している数百点に及ぶ学術雑誌<br />の日本に於ける販売総代理店をしていた。<br />ノーベル賞学者が60人も越す大学の文字<br />通り世界最高レベルのJournalを出版して<br />いた。当然掲載される論文の質は高く、最<br />新の科学技術情報が発表されている。世界<br />中の大学や研究機関が購読していた。もち<br />ろん日本の大学でもかなりの数が定期購読<br />されていた。インターネットのない当時で<br />はプリントされた雑誌が最も早く情報を入<br />手する手段だった。<br />写真は左Marketing Director Mr.David<br />Knight 右はJournal Publishing Dire<br />ctor Mr.Dennis Forbes<br />

    当時私の所属していた会社はケンブリッジ
    大学が発行している数百点に及ぶ学術雑誌
    の日本に於ける販売総代理店をしていた。
    ノーベル賞学者が60人も越す大学の文字
    通り世界最高レベルのJournalを出版して
    いた。当然掲載される論文の質は高く、最
    新の科学技術情報が発表されている。世界
    中の大学や研究機関が購読していた。もち
    ろん日本の大学でもかなりの数が定期購読
    されていた。インターネットのない当時で
    はプリントされた雑誌が最も早く情報を入
    手する手段だった。
    写真は左Marketing Director Mr.David
    Knight 右はJournal Publishing Dire
    ctor Mr.Dennis Forbes

  • 5月29日、やっとロンドン最後の予定。<br />今日は1日市内でのビジネス。<br />当時はまだ大英博物館の付属機関であった<br />ケンジントンの自然史博物館を訪ねた。<br />彼等が刊行していた機関紙の日本への輸入<br />の件であった。<br />初めて入る館内は恐竜の化石から動物の剥<br />製、昆虫のコレクションと珍しい展示品が<br />所狭しと並んでいた。日本人は見かけなか<br />ったが小学校から来ている生徒をはじめ訪<br />問客で賑わっていた。<br />

    5月29日、やっとロンドン最後の予定。
    今日は1日市内でのビジネス。
    当時はまだ大英博物館の付属機関であった
    ケンジントンの自然史博物館を訪ねた。
    彼等が刊行していた機関紙の日本への輸入
    の件であった。
    初めて入る館内は恐竜の化石から動物の剥
    製、昆虫のコレクションと珍しい展示品が
    所狭しと並んでいた。日本人は見かけなか
    ったが小学校から来ている生徒をはじめ訪
    問客で賑わっていた。

  • 一方この日はオックスフォードではなくロン<br />ドン市内にあったOxford university <br />Press のJournal部門のManaging Editor<br />Mr.Anthony Toyne とSubscription Dept.<br />Mrs.Claytonを訪ねた。 <br />明日5月30日(金曜)午後1時10分発のBAで<br />2週間ぶりの東京へ帰る。 <br />

    一方この日はオックスフォードではなくロン
    ドン市内にあったOxford university 
    Press のJournal部門のManaging Editor
    Mr.Anthony Toyne とSubscription Dept.
    Mrs.Claytonを訪ねた。 
    明日5月30日(金曜)午後1時10分発のBAで
    2週間ぶりの東京へ帰る。 

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