2010/03/12 - 2010/03/15
1329位(同エリア5342件中)
アルデバランさん
- アルデバランさんTOP
- 旅行記551冊
- クチコミ8件
- Q&A回答7件
- 991,247アクセス
- フォロワー69人
北京4日目最終日。
帰りの便は4時40分なのでまだたっぷりある。
という事で出かけましょう。
注意しなければならないのは月曜日だということ。
なんせ年中無休のメジャーなところを除いて休館日は大概月曜だもんね。
橋なら大丈夫だろうと盧溝橋を最終日の午前中に宛てました。
ちょいと郊外だけど、宿の前門客桟のチェックアウトは12時までなんで大丈夫でしょう…
-
早朝。同部屋の3人を起こさないようにそっと出る。
ロビーにもまだ誰もいない…
昨日の朝は大葆台西漢墓博物館の場所をこのPCで色々調べたが、盧溝橋の場所は分かっているので
朝飯食べに出かけよう。 -
6時20分。例によって煤市街の食堂で一日のエネルギーを補給。
-
昨日の雪はあらかた融けたが屋根には残っている。
寒さはそんなでもないが、一昨日の反省からコートを着ていこ… -
盧溝橋までは地下鉄1号線でなるべく近くの八角遊楽園駅まで行き、そこから路線バス313,309,339を利用する、
予定であったが、なかなかバスが来ない…
地図を見るとここから真南に南下すれば盧溝橋に行けるはずだ。 -
時間がもったいないのでタクシに切り替えてGO!
-
15分であっけなく着きました。22元也
バスセンターはこの先、歩いて10分の所にあるらしいけど、盧溝橋の真ん前で降ろしてもらう。 -
8時過ぎ。
料金所は開いたばかりのようでした。
20元。
おいおい、橋渡るだけなのに20元も取るのかよ…
でも、マルコポーロも帝国陸軍も渡った橋だからねえ、
ん?帝国陸軍はすでに永定河の左岸で演習してた? -
橋の方に行って見ましょう。
自転車とか徒歩で地元民は行き来している。
あの連中はきっとタダなんだろうね。
そして左右に何故か4門ずつ大砲が橋の方を向いてる…
ぶ、物騒ですね。この平和の世に。 -
振り返ると通りの向こうに堂々たる城門。
宛平城とある。後で行ってみましょう。 -
宛平県城はこんな感じです。
こりゃあ、盧溝橋を渡った後の楽しみが出来たワイ…
それにしても、昨日の雪がカチカチに凍ってツルツルです。 -
橋の袂、だいぶ手前に碑がありました。
碑文は右半分は漢字、左半分は満洲文字。
どうも、康熙年間に橋を修復したようでその内容を書いてあるようです。
永定河が増水して壊れたのかな? -
もう一つありました。
でも達筆すぎてなんて書かれているのかわかりません…
しかも、四隅に華表のような柱が上で梁で繋がっている。
碑亭なのかな? -
裏を見ると…
こ、これが有名な乾隆帝が書いた「盧溝暁月」の碑だったんだ。
上に「御筆」とあるもんね。 -
さあ、橋を渡ってみましょう。
だけど、路面が凍結していて轍の跡が見えません… -
欄干には獅子像がズラリ。
いったい何体の獅子がいるんだろうね。
手摺があって欄干を保護してます。 -
獅子たちを代表して2、3体登場してもらいましょう。
-
仲良しこよしの獅子たちもいました。
-
おっ!ここは轍の跡がくっきりと残ってる…
-
歩いていたらバリッっときた。
轍の氷が薄かったんだ。 -
あ、足が…
一昨日の捻挫で痛いのに加えて、またびしょ濡れになっちゃった。 -
対岸にも立派な碑がありました。
更に横に説明用の碑もありました。
それによるとこの碑は「康熙察永定河碑」というらしい。
きっと康熙帝も盧溝橋を観光したんだろうね、なんせ日中戦争の発端となった場所だから…
左岸の「盧溝暁月」の碑が乾隆帝なら、こちらは康熙帝の御筆ということだ。 -
おんや?
これは今度は乾隆帝が橋を修復した記録の碑だ…
碑文の書き出しを見ると「乾隆重葺盧溝橋記…」とあり最後にやはり御筆とある。
左岸と右岸で全く逆ですね。
天頂の彫はパーマを掛けた頭みたいだけど… -
横から見ると
2匹の龍が並んでいるんだ。 -
そして、橋の欄干は象が頭で支えていました…
-
左岸、右岸の両方の欄干を4頭の象で支えているんだ…
-
対岸の先は行き止まりでなく門があましたが、門番の人に「ちょっと外を見せて」と断って
対岸の街の方にも行ってみましょう。 -
しばらく行くとまた橋がありました。
第二盧溝橋と勝手に名づける… -
でも川原に水は流れてませんでした。
-
引き返そっと…
正面が盧溝橋を渡り終えた門
そしてその彼方に宛平県城 -
乾隆帝に続いて1986年にも橋を改修した。
どうも、そのとき路面をきちんと元通りにしなかったようだ。
凍結でわかりにくいけど轍の跡が不揃い。
きっと石をナンバリングとかせずに外してしまったんだろうね…
後で分からなくなっちゃったんだ。 -
下流を見ると堰堤でも有るのか湖のように水が貯まってる。
この盧溝橋は車での行き来は出来ない為、下流には自動車用の橋が架かってる。 -
北方面の上流はというと鉄橋です。
-
あたかも大河を渡る盧溝橋のように演出してますが、川はやはり流れていなけりゃねえ。
-
また橋の袂まで戻ってきました。
入場してから1時間近く経って、9時前だ。
そろそろ観光客も来るのか、総出で雪かきならぬ、氷かきをしてました。 -
あらら、左岸で欄干を支えてるのは象ではなくて獅子でした。
-
雪の帽子を乗せた、泣いてる獅子もいました。
-
おお!
この辺りの路面は轍の跡がくっきり残っている。 -
抱きかかえられた幼児が差し出す椀の意味がよく分かりませんでした。
-
だ、誰だ?
レリーフの背景の石の張りぼてに穴を開けたのは! -
では、轍に沿って宛平県城に行って見ましょう。
この門はイッチョ前に甕城構造になってる。 -
門を入る前に外側の様子も見て見ましょう。
あの道路案内によればぐるっと左に回り込むと南門街だ。 -
南西の角までやって来ました。
道の右側は観光バスの駐車場で、さらに城壁に沿って東南の角にバスセンターがあります。 -
城壁の袂には夥しい数の甕がありました。
最初漬物や酒か酢でも仕込んでる甕かと思いましたが、どうやら砲弾のモニュメントで盧溝橋事件に端を発する先般の戦争での帝国陸軍の行為を文字で表しているようです。
このまま進んでゆくと外をぐるっと回ってしまう事になるんで戻って宛平城に入ります。 -
甕城の中に入りました。
西の門はいつから名付けたのか「威厳門」とあります。 -
甕城の門と彼方の盧溝橋を振り返ります。
-
では、城内に入ってみましょう。
狭い城門を車が行き来します。 -
東西を貫くメインストリートは雪でベチャベチャです。
-
城壁の上に登れるのかと思ったけどガッチリ鉄柵がしてあります。
近くでウロウロしていた観光客に「上に登れないみたいね。せめて一緒に写真撮りませんか?」
と誘ってパチリ。
「ワシは日本人じゃ。あんたらは?」と聞くと
「南方人」ときた。
「南方はドコじゃね?」と聞くと
「温州から来た」という。
「ほほー、温州は日本でも有名でっせ、ミカンで。」というと
キョトンとしてました。温州には温州みかん無いのかネエ… -
宛平城の説明のレリーフもありました。
過去からの歴史が記載されてます。
東西640m、南北320m、華北地区で唯一整備された城壁なんだ。
あれれ、1987年に城壁は游客に開放されたとあるが、月曜日だから閉まっているのかなあ? -
更に城壁の内側に沿って路地を奥に行ってみる。
共同トイレからおじさんが出てきてはちあわせ。
ギョ!っとした顔をされてしまった。
別に怪しいもんではないのに、仕方ないか… -
城壁内の建物はよく整備されております。
-
盧溝橋第一小学校。お寺が小学校か…
左右の壁の八角窓が洒落てるね。 -
そして抗日戦争記念館は月曜日で休館でした。
-
抗日戦争記念館から南面の城壁を見ると、階段があるが登れないだろうな…
捻挫した足が痛くてあそこまで行く気力がわかない。 -
東門の順治門が見えてきました。
-
宛平県衙の前の門番です。
-
同じく宛平県衙の門のメンドル。
北京市内のは文化大革命で装飾をほとんど削られてしまったが、これは左右とも完品です。 -
路地に入った所の家並みもすっかり整備されてレンガが並ぶだけで面白くありません。
-
改装中の宛平戯楼「老北京印象」
-
宛平城の東門、順治門です。
城壁に上がる階段がありましたが閉まってます。
右下のテニスラケットを担いだオッちゃんに、未練たらしく城壁に上がれるか聞いてみたら、やはり開放していないとのことでした。 -
順治門から出ると途端にごみごみした街並みになります。
そこを右折して城壁東南角に。 -
バスセンターでバスの状況を確認しようとする前に一台のタクシが止まったので、これに乗って帰ろっと…
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
アルデバランさんの関連旅行記
北京(中国) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
62