2009/08/01 - 2009/08/15
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Tommyさん
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2009年夏ポーランド旅行に行ってきました。
ワルシャワ→クラクフ→ヴィエリチカ→ザコパネ→アウシュビッツ→ワルシャワ→グダンスク→トルン→ワルシャワで15日間。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 航空会社
- LOTポーランド航空
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ポーランド7日目。今日はアウシュビッツに行きます。
ホテルで早めの朝食を取り、クラクフバスターミナルからアウシュビッツに行くバスに乗り込みます。
バスの座席指定がないので前日に時間を調べ、早めにターミナルに行くことをお勧めします。
1人10zl。私たちのバスは9時30分発。アウシュビッツまで直通です。
ちなみにポーランド語でアウシュビッツはOswiecim/オシフィエンチム。アウシュビッツはドイツ語なのでバスターミナルなどでは注意しましょう。 -
1時間半ほどバスに揺られ、アウシュビッツに着きました。
15時まではツアーでしか入場は許されていないため、私たちもツアーで回ることに。12時からのフランス語のツアーに参加しました。
日本語のツアーもあったようですが、英語やフランス語のツアーに比べると頻繁ではないようなので予約をした方がいいでしょう。
一応、日本語のパンフレット(案内書)を売店で購入(各言語4zl)。簡単なものですが地図なども載っているので使えます。
結局私たちのツアーは20名程、2人で66zlでした。 -
真ん中の女性がガイドさん。もちろんポーランドの人がフランス語をしゃべっているので訛がありますが、一生懸命説明してくれました。
みんなに説明が行き渡るよう、イヤホンが配られます。 -
第1アウシュビッツ強制収容所。赤煉瓦の建物が並んでます。元々ここは、ポーランド軍の基地があったところで、収容所を作るために軍の撤退がなされ、1940年6月に初めての囚人が運ばれてきました。
フランスにもこのようなれんがの建物はまだまだ残されているので、まだ平常心で見られる範囲でした。 -
収容スペースと管理側スペースを分ける有刺鉄線。当時は本当に電気が流れていたのでしょうか。近づくのが怖いです。
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その有刺鉄線の前にこの看板。これがなくても絶対に近づきません。
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第1アウシュビッツ収容所内の建物はいくつか展示場となっており、中に入れます。その中には収容者の髪の毛やガス室用のチクロンBの缶などが展示されています。目を覆いたくなるようなものばかりですが、平気で写真を撮っている人もいます(展示場内は撮影禁止です)。
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死の壁。
ここで大勢の人が銃殺されていった。
右側の建物の地下には監房もあり、1941年にはコルベ神父も他人のみがわりとなってここへ入れられ、亡くなったと言われている。 -
1947年4月16日。アウシュビッツ収容所所長であったルドルフ・ヘスの死刑執行がおこなわれた絞首台。
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ガス室の煙突が見えます。収容者住居スペースのすぐとなりにガス室があることには驚きました。
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ガス室への入り口。
ここには3台の焼却炉があり一日平均350人の死体が焼かれていたそうです。
一秒でも早く外に出たかったのを覚えています。 -
第1アウシュビッツを後にして、3kmほど離れたところにある第2アウシュビッツ、ビルケナウへとバスで移動します。
バスだと5分ぐらいですが歩くと軽く30分かかるのではないでしょうか。ツアーだとのらざるを得ませんが。。 -
ちゃんとした形で残っている建物は45棟のレンガの建物。あとはナチスが去るときに焼き払って行ったとのこと。所々、煙突が残ってるぐらい。その何もなさが悲惨さを増強させます。
幾つかの建物の中に入れますが、第1アウシュビッツとは違いこちらはバラック。所狭しと並んだ3段ベッド、トイレなど、生活の壮絶さが想像されます。こっちは完全に平常心ではいられません。 -
多くの人たちが焼かれ、灰が捨てられた場所。ビルケナウの奥に位置します。5台の焼却場跡のすぐそばにあります。
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線路の先にある国際慰霊碑。
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元収容者の各言語で書かれた小さな慰霊碑。こちらのはフランス語で書かれています。
多くのフランス人もまたパリ郊外のドランシーという収容所からアウシュビッツなどの強制収容所に送られ、亡くなったとされています。
フランスの政治家のシモーヌ・ベイユもアウシュビッツに送られた人の一人で、解放の日まで生き続けました。 -
線路の行き着くところ。ビルケナウの端。
ユダヤ教の星の形をした花輪が飾られていました。
アウシュビッツを訪れて、一つすごく違和感を覚えたことがあります。
イスラエルの若者の団体と何回かすれ違ったのですが、彼らは皆、肩に国旗を掛け、まるでサッカーの代表の応援に行くように旗を振り、国歌のようなものまで歌っていました。彼らは何がしたかったのでしょう。何を他の旅行者訴えたかったんでしょう。 もちろん被害者の大半はユダヤ系、彼らの同志であったにしろ、もうすでにナチスVSユダヤ人の構図だけにはとどまらないところまで来ています。多くのポーランド人、各国の政治犯とされた人、同性愛者など民族問題ではないところで殺された人もいます。
違和感でした。 -
ビルケナウの有刺鉄線。こうして見るとただの何もない原っぱのようですが、沢山のバラック小屋が並んでいたのでしょう。
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ビルケナウ入り口の上にある建物の上から。
ガイドさんによっては時間がないと行って登らせてくれない人もいるそうです。
登った方がいいです。ビルケナウがどんだけ大きかったか実感できます。 -
この建物から見えない奥の方までバラック小屋は続いていたといいます。
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ビルケナウを見終わり、また第1アウシュビッツに帰ってきました。15時をすぎていたのでもう一度ガイドなしで第1アウシュビッツに入りました。見れていなかった展示場などを見て16時半。
外に出たとたん、疲れと共に空腹感が。朝から何も食べていませんでした。勿論、見学中は全く空腹感なんか感じませんし、何も食べたくない。
バス停前のスタンドで見つけました。ピザの具が乗ったパン。マッシュルームとタマネギとケチャップが乗っています。1個5zlでした。 -
バス停。帰りのバスは17時05分。少し前から並び始めます。
満員。立ってる人もいました。 -
バスの乗り心地は良く、疲れもあってか爆睡してしまいました。
途中渋滞に遭い、クラクフに着いたのは18時30分。
疲れました。
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